第38話 最高の思い出

 目一杯お洒落をしてきたミクを見ていてふと思った。


「俺も少しお洒落に気を使った方が良かっただろうか?」


 そう、当たり前みたいに普段着で来たが今になってあまりにも適当だったのではないだろうかと思ったのだ。


「え?大丈夫だよ、おじさんはそのままでも十分お洒落だと思う」


 だが、ミクはそんなことを気にも止めていないような返事をくれた。しかしお洒落… か?なにせ流行りには疎いもので俺だけでは判断しかねる。だがミクの優しさを無下にはできないので礼を述べる。

 

「ありがとうミク、実は前に太郎に言われてね?いい歳なんだから相応の格好をした方がいいんじゃないかってさ」


「私こういうの初めてだからよくわからないけど… お洒落は着たい服を好きなように着て楽しむものだってママセーバルさんが言ってたよ?」


 なるほどな、その通りだ。

 

 現在、お洒落したミクと二人で街まで来ている。

 フレンズ、ヒト、ハーフ、その更に混血の種族。いろんな人たちが行き交っている。


 お洒落の話を引き摺るわけではないが、綺麗な服ラフな服、礼服平服、だらしないように見える服、細身に見える服、逞しく見える服、皆それぞれいろんなお洒落をしている。勿論フレンズ本来の服を着る子もいる。


 ミクがせっかく俺の為に時間を掛けてお洒落してきたのに俺がいつも通りというのもなんだか申し訳なく思えたし、太郎が言ったように時代に合った歳相応の服というのがある、あまり変に見られる格好ではミクに恥をかかせるのではと少し心配になったのである。


 今更だが。


「私が選んであげる!って言おうと思ったんだけど… やっぱりよくわからないし普段のおじさんも変な格好とは思わないよ?私は好き!」


「ありがとう、俺の若い頃はパークもこんなに栄えてなくてね。あまりお洒落らしいお洒落って言うのもしたことがなかったからいざ考えてみると俺にもよくわからないよ」


 今思えば… 妻と並んで歩く時の俺は彼女に相応しい格好だったのだろうか?なんだかもっと申し訳ない気持ちになってきた、ミクに対してもあり倍申し訳ない。


「あの…」


「ん?」


 そんな俺の心を何らかの方法で読み取ったのか、ミクもまた申し訳なさそうな表情で俺に尋ねた。


「奥さんのこと… 思い出した?」


 本当に… よく俺を見てるな。

 俺は優しく頭に手を置くと答えた。


「いつだって思い出してるよ?ただ今みたいにお洒落したミクと歩いていると、あの頃俺は隣にいた妻に相応しい格好でいられたかな?って反省してたのさ?今みたいにお店は無かったけど、無いなりに妻は俺の為にいろいろ着飾ってくれた… 今のミクみたいに」


 全て話してしまったあの日から、ミクが俺の心に感付いた時には隠さないことにしている。隠しても無駄だし、言ってしまった方がミクも変に考え込まないで済むからだ。


 少し寂しげな俺を見て、ミクも答えた。


「ありのままでいいよ?」


「え…?」


 ミクはそう言って真っ直ぐな目で俺を見ていた。その目を見ていると俺は瞬きも忘れ、まるで全てを見透かされたような気持ちになっていた。ミクであるはずの小さなこの子に胸を貫くような衝動を覚える。


 思わず喉まで妻の名が出かかった。


「私はね?私がお洒落しておじさんと歩きたかっただけなの。おじさんがどんな格好でも、せっかくお出掛けするならお洒落したいなって思ったから」


 この子は今とても子供とは思えないような、そんな女性らしい笑顔でそう話してくれた。まるで母親を何年もやっていたような、そんな余裕のある笑顔で。


「だからね?奥さんもそうだったんだと思う!私がそう思ったってことは奥さんもきっと同じだよ?だから心配しないで?」


 そして次の瞬間元の子供らしいミクに戻っていた。これまでも何度かあったが、今の雰囲気はまるで妻を目の前にしているかのようだった。


「そうだね、ありがとう」


 懐かしさのようなものを噛み締めながら、絞り出すようにまたありがとうを伝えた。


 代替わりが起きてもよく過去の記憶がぼんやり継承されていることがある。その記憶というのは見たことがある聞いたことがあるなどに限らない、身に付けたスキル、経験などもそれに当て嵌まるだろう。


 よくミクの中に妻を思い出すことがあるが、それはそのどれもこれもが妻の記憶で、それらがミクの無意識の向こうから浮かび上がっては消えていくのを繰り返しているからそう感じているのかもしれない。


 それでもミクはやはりミクなのだ。


 妻の記憶がハッキリと現れ俺に語り掛けてくることはない。だがそれでいい、いくら似ていても二人は別人なのだから。


 そりゃ妻は恋しいが、俺は目の前にいるミクを見たい、ミクと話したい。


「さぁ、行こうか?」


「はい!」


 立ち話が過ぎたので俺達は再び歩き始めた。





 まっすぐ花屋に向かっている途中、なにやら華やかな雰囲気に遭遇した。教会であろうところに正装に身を包んだ人が集まっているのだ。


「わぁ… 綺麗…」


 ミクが見とれていたのはその人だかりの中心、そこには主役であろう男女がいる。共に純白の衣に身を包み周囲から祝福を贈られ、二人はこの世で一番幸せという顔をしていた。オルガンの音色と共に腕を組んだ二人は一段一段階段を降りていく。


「結婚式だ、あの二人は今日夫婦になったんだよ」


「結婚式… ステキ」


 そう結婚式、外に出ているので二人はこれからブーケトスをして祝福を目一杯浴びてから披露宴会場へ直行するのだろう。ご来賓の皆様が揃えば大宴会の始まりだ。


「ウェディングドレスって言うんだよね?お嫁さん凄く綺麗!あれは… フレンズさん?」


「あぁあれは… へぇ、ギンギツネさんかな?旦那さんはハーフだ、多分同じキツネ系フレンズの」


 この時代のギンギツネさんがどんな方かは存じ上げないが、俺の知ってるギンギツネさんでさえかなり世話好きなしっかりしたフレンズだった。あんなお嫁さん向きな人がいたら世の男も放ってはおかないさ。


 しかし結婚式か…。

 懐かしいな、あの頃はこんなにご立派ではなかったが、それでも最高の結婚式をみんなで祝ってくれた。


 あの日の妻は最高に綺麗だった…。


「あのおじさん?聞いてもいい?」


「構わないよ」


「おじさんも結婚式したの?」


 気になるのだろう、特に隠す理由もないので俺は正直に答えた。


「あぁ、あの頃は教会なんてなかったしあんなに素敵な花嫁衣装も指輪さえも用意できなかったんだけど、島のみんながたくさん協力してくれてね?最高の結婚式になったよ。妻は真っ白なワンピースに花冠を着けていて、それはもう天使かなにかと思うくらい綺麗でね… しっかりした結婚式ではなかったかもしれないけど、俺にはそれだけで十分幸せだった」


 ミクに向けていた目を主役の二人に向け、どこか遠くを見るように自分の結婚式を思い出した。


 張り付けにされて神父をやってくれたラッキー、全ての段取りをしてくれた博士と助手、花嫁の父の代わりをしてくれた姉さん、友人代表のスピーチをしてくれたツチノコちゃんとサーバルちゃん、ウェディングケーキを一緒に作ってくれたアライさんとフェネックちゃん、祝福してくれたたくさんのフレンズ達…。


 昨日のことのようだ。


 しかし。


「でもあぁいうちゃんとした式も改めて挙げるべきだったかもしれない、ちゃんとした場所、ちゃんとしたドレスで…」


 また、過ぎたことで少し後悔していた。妻に対して、俺はもっと配慮すべきだったんだ。彼女は文句なんて言わない女性だったから、俺はつい甘えていたんだろう。


 だがそんな風に思う俺に、今度は少し眉間にシワを寄せ怒ったような表情でミクが言うのだ。


「それは違うよ」


「そう… かな?」


「そうだよ!おじさんさっきから後悔してばっかり!それこそ奥さんに失礼だよ!」


 怒られた、ミクがこんな風に怒るところを初めて見た。最近どこかセーバルちゃんに似てきたな。


 間抜けな俺にミクは続けて言った。


「奥さんがそう言ってたの?違うでしょ?おじさんの勝手な解釈で大切な思い出を悪く言っちゃダメ。奥さんはおじさんのこと凄く好きだったはずでしょ?そうじゃなきゃ結婚なんてしないもん、だからその結婚式がおじさんにとって最高だったように、奥さんにとっても最高の結婚式なんだよ?あんな風にしっかりしてなかったかもしれないけど、だから特別なんだよ?私だったらそう思うから、やっぱり奥さんもそうなんだよ!」


 まるで本人に怒られているような気になり呆気にとられていた。

 確かにだからこそ特別だと感じる。ちゃんとしたドレスなんて無かったよ、指輪だって用意できてなかったよ、会場だって水辺のステージだったし、ケーキは自分で作った。


 でもだから特別なんだ、あんな式はあの時にしかできなかった、最高の結婚式だった。


「ごめん、ミクの言う通りだ… 今のは妻に失礼だったよ」


「分かればよろしい!」


「良かった」


 ミクに全て話して良かったかもしれない。こうして気兼ねなく思い出を話しミクから妻に言われたような意見をもらえる。ずっと心に雨が降っていたが、ようやく晴れ間が見えた気がした。


 だから先生は俺にミクを任せたのかもしれない、こうなることを分かっていたから。 

 




 

「あれ?ねぇおじさん?あの白い人こっちを見て手を振ってるよ?」


「ん… おや?」


 離れて式を見ていると来賓者の中に不思議な雰囲気を持つ女性がいて、その人がこちらに気付くと何故か手を振り始めたのだ。

 ミクに言われて誰かすぐにわかった、白いキツネ耳に尻尾… 流石に今日は普段の白い服ではないようだ、結婚式に白ドレスはご法度だからな。


「ミク、あれは守護けものオイナリサマだ」


「守護けもの?オイナリサマ?それじゃあ四神さんみたいに凄く偉いフレンズさん?」


「そう、少し挨拶しておきたい。いいかな?」


「うん!」


 ミクと共にこっそり人だかりに近寄ると、オイナリサマも少しだけ集団を離れこちらに来てくれた。


「ご無沙汰しておりますオイナリサマ。ミク、こちらが守護けものオイナリサマだ。オイナリサマ?こちらはヒトのフレンズ、ミクです」

「こ、こんにちは!」


「こんにちはシロさん?ミクさんのことも勿論存じていますよ?こんにちは?はじめまして?お二人ともこんなところで会うなんて奇遇ですね?」


「しばらくご挨拶が遅れて申し訳ありません、なかなか時間がとれず…」


「そんなことは気にしないでください?色々お話は伺っています、四神の仕事は大変でしょう?例の件も存じています… 剣の腕は上達したようですね?実は少し心配しておりました」


 常にパークの為に動き忙しいイメージなのはオイナリサマのほうだ。それでもこうして俺を気遣ってくれる、目に見えて優しい。剣の先生もオイナリサマの紹介だ。


 そんな忙しそうなオイナリサマだが、今日はお暇を取り直属の部下の結婚式に出席しているようだ。


「今日はあの子の結婚式なんです、仕事仕事って働いてばかりの子だったのでこうして良い人と無事に身を固めてくれたのがもう嬉しくて… 母親になったような気分ですよ」


「そうでしたか」


「お嫁さん凄く幸せそう!」


「フフフ、本当に… あんな顔してるとこなかなか見れませんよ?」


 オイナリサマは本当に嬉しそうだ、母親になったようだと言っているが、実際母親のつもりでここにいるのだろう。守護けものは何世代もフレンズの移り変わりを見なくてはならない、その中で特に面倒を見てきた子がこうして幸せになるのだから胸が熱くなるのは当然だろう。


 笑い合うミクとオイナリサマを見て俺もどこか温かい気持ちになった。


 幸せ絶頂の新婚夫婦、知人友人家族の皆さんもその幸せを分けてもらい笑顔に… がその幸せに、天は時に意図せず水を差すことがある。


「おや… 雨が?」


「あれ?お空はいい天気なのに?」


 頭上には雨雲がない、が空からは水雫がポツリポツリとこぼれ落ち新郎新婦を雨に晒す。


「参りましたね… まさに“狐の嫁入り”とは天も皮肉の効いたことを」


「狐の嫁入り?」


「晴れてるのに雨が降るのをそう言うことがあるんだよ」


 所謂天気雨。雨雲が消えるのが早かった、降った雨が風に乗ってきた、雨雲が小さいなどが原因だと言われているそうだ。


 何もキツネの結婚式だからと言って本当に雨を降らせるなど天も人が悪い…。オイナリサマも言うように皮肉もいいとこだ。


 主役の新郎新婦は空の代わりに表情を曇らせていく。大事なドレスやこの日の為に何時間も掛けたメイクやヘアアレンジがダメになる、誰もが笑顔でいたであろうこの日を天気一つが台無しにしている。


 天気とはまさに天の気分、恨んだってどうにもならない。自然現象に文句を言っても仕方がない…。


 でも。


 どんな結婚式でも最高の結婚式であってほしい。


「オイナリサマ、少しミクを見ていてくれますか?」


「えぇ構いませんが…」


「おじさんどうしたの?」


「すぐ済むよ」


 俺は四神籠手を装備しゲンブ様の力を発動、ディスプレイに紋章が浮かび上がる。


 左手を天にかざし念じた。



 結婚式には… 雲一つない青空だろうが。



 四神玉が輝き空から雲が消えていく。

 雨は止み青空の下に太陽だけが俺達の頭上に浮かび光を照らす。


「まぁ… 職権乱用では?」


「黙ってれば平気ですよ」


 オイナリサマはそんな俺を咎めずただクスクスと笑っていた。娘同然の子の結婚式が救われて満更でもなさそうだ。


「おじさん凄い!」


「最高の結婚式にしたい… だろ?」


「えへへ、うん!」


 新郎新婦の顔にも再び笑顔が戻った、日輪を浴びると美男美女がよく映える。特別な日に二人の笑顔が守れてよかった。


 そうして青空の下、恒例のブーケトスの時間がやってきた。


「ミクさん良ければどうですか?」


「え?でも私…」


「いいんですよ、私が許します」


 ミクはオイナリサマに連れられ女性陣の中に混ざりブーケを待った。新婦が背中を向け、合図をするとその手に持つブーケは高く舞い上がる。


 瞬間黄色い歓声が上がり皆手を伸ばす。

 

 太陽の光に目を眩ませる女性達の手に弾かれブーケはなかなか捕まらない、ミクはその雰囲気に圧倒されオイナリサマの後ろにおずおずと引き下がっていた。


 そして最後にブーケを手にしたのは…。


「あら、まぁ…」


 なんとオイナリサマの手に渡った。


 特に狙っていたわけでもなかったのか、どうすれば良いのかと少し慌てた様子が伺える。


「私ではなくもっと未来ある若い方の手に落ちれば良いものを…」


「オイナリサマは好きな人いないんですか?」


「そんな恋愛だなんて… 私オイナリサマですし?」


 その姿に一番笑っていたのは新婦のギンギツネさんだった、普段なかなか見れない光景なのだろう。オイナリサマは真面目な方なので確かに恋愛ってイメージは薄いが、女性であることには変わりはないのだし誰かと恋に落ちてもなんらおかしいことはない。


 そんなオイナリサマの加護を一身に受けられるような人がいるとしたら、一目見てやりたいものだ。









「ただいま」

「ただいまー!」


「おかえりなさい、大丈夫?急に降ってきたね?濡れなかった?」


「平気、おじさんがこう… 屋根?を作ってくれたから!」


 結婚式の時の反動か、帰り道に短い間とはいえ豪雨に教われた。俺がサンドスターコントロールを使えなかったら今頃せっかくの花束もずぶ濡れだ。幸い少し靴を濡らす程度で済んだ。


 セーバルちゃんが気を利かせてタオルを持ってきてくれたがそれほど必死に拭かなくても大丈夫だ。


「どうだった?ミクとデート」


 ミクを中に通すとセーバルちゃんはイタズラっぽくそんなことを言ってきた。

 ベルにも言われたが、あまりデートって言い方はどうなんだろうか?事案だろう。


「止してよ?でも、なんだか楽しかった… ありがとう?」


「いいよ、ほんのお詫び」


「お詫び?なんの?」


「いいの、セーバルがお詫びと言ったらお詫びなの」


 花束を手渡しながらそんなことを話し、彼女はやや楽しげに奥へと戻っていく。何か良いことでもあったのか鼻歌など歌いながら。


 お詫びね… “なんのこと”だか知らないが律儀なことで?


「ん…?どうしたミク?そんなに濡れてはいないだろうが着替えたほうがいい、薄着だし体を冷やすと風邪をひく」


「あ… うん!じゃあ後でねおじさん!」


「…?あぁ、またあとで」


 珍しくボーッと考え込んでいたミクに一声掛け、俺もお別れ会をするリビングへ向かった。


 少し歩いたので、疲れていたのかもしれない。







「もし私が奥さんだったら私が先にいなくなった時… うん…  それでも幸せでいてほしい」



 おじさんを幸せにするには…。

 ダメ、私じゃおじさんがいつまでも奥さんを意識し続けちゃう。それにまだ子供だし。


 じゃあ…。


 やっぱり?

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