第37話 いつかの話

「…また、アイツか」


「アイツさえいなければワレワレもイベントをタノしめたものを」


「ムカつくの、でもアイツさえタオせばシンニュウはトめられるの、タノむのシロ」


「了解」


 あれから1ヶ月ほどのこと。

 夏も終わり紅葉がチラホラと見え始める季節になってきた頃。


 俺はベルの母親の件から外されたまま普段と変わらない毎日と戦いの中に身を置いていた。普段は子供達と家で過ごし、たまに外出して、指令が来ればこうして戦いに赴く。


 シールドブレイカーと戦うのは今月に入って既に三回目だ。さすがに慣れてしまった。


「そろそろウンザリしてくるな、その無駄にデカイ図体と…」


 まずは胴体に蹴り。


「その鬱陶しい鞭みたいな腕と…」 


 そして両腕をサーベルで切り落とし。


「薄気味悪いムカデみたいな足も」


 さらに体内に侵入させた水竜は腹部から大穴を開けヤツの胴と下半身を泣き別れにさせた。


「オ… オ… オ…」


 とうめき声のようなものをあげ地面に転がるシールドブレイカー。

 俺は再生させぬように下半身に火球をぶつけ焼き払い、残った上半身に向かい一人言のように尋ねた。


「なぁ、お前はどこからくるんだ?何が元で発生してる?」


 返事がないことくらいわかってる、だがさすがに引っ掛かっていた。


 以前スザク様は言っていた、妙なセルリアンは何者かが人為的に発生させている可能性があると。

 このシールドブレイカーというセルリアンは昔からいたわけではない、俺が復活する前の数ヶ月以内で現れ防御シールドを破り街に侵入、下級セルリアンを招き入れガーディアンに苦戦を強いていた。

 街の防御シールドを無効化… それが意味するのは、シールドの技術に対するカウンターとしてわざわざ現れたかもしれないってことだ。だとすると防御シールドの技術に通じた人物が絡んでいるということになる。おまけにサンドスターコントロールの壁も破られた、どーも釈然としない。


「目的は知らないが… 何度来たってバラバラにしてやる、俺から逃げられると思うな」


 俺はコアとなる石に足を置くとそれを力一杯踏み潰した。ヒビが入り、やがて砕け散るとその体もバラバラに散っていく。


 雑魚の掃討も済んだらしい、既に出動していたガーディアンも優秀なようだ。


 戦いが終わっても妙な胸騒ぎが消えない。パーク内で何か起こっているのを感じる、俺達には見えないところで何か良くないことが起きている…。ベルの母親の件ともあながち無関係だと言い切れなくなってきた。


 だがとにかく今は任務完了だ。フウチョウ達のとこに戻ろうと歩き出したその時、俺の元へ駆け寄るフレンズがいた。


「守護けものネコマタ様?協力に感謝します、おかげで街への侵入の前にシールドブレイカーも下級セルリアンも食い止められました」


 そこに現れた温厚そうな彼女はガーディアン東本部の隊長であるマンモスのフレンズだ。ここにきて隊長を勤めているのが大型猫化ではないのは少し意外ではある。


「礼には及ばない、四神ゲンブ様からの指令で協力したまでさ」


 そう、実は今回はゲンブ様からの緊急指令だった、そして内容は勿論シールドブレイカーの討伐… ではないのである。

 なんでも今日ホッカイエリアでは大きなイベントがあるらしく本当はそのイベントに出るアイドルの護衛という指令だった。なんとゲンブ様プロデュースらしい、ゲンブPだ。


 だがそんな時に限りシールドブレイカーが出現、街に侵入されてはそのイベントも中止になってしまう。この日を楽しみにしていたゲンブ様が「あの子達の晴れ舞台の邪魔はさせん」と急遽彼女達の護衛ではなくガーディアンと協力してシールドブレイカーを討伐しろとの命を下したのだ。


 任務は成功、被害は0だ。


 今ごろ会場では年甲斐もなくハッちゃけてるゲンブ様が見れることだろう。


 さておき、俺の社交辞令的な言葉にマンモス隊長は答えた。


「それでも助かりました、バリーから聞いていた通りの方ですね?それに… まるでサーベルタイガーがそこにいるような気持ちになりました、そのサーベル… 彼女の剣だというのは本当なんですね?」


 あの目、友を慈しむ目。

 隊長達の間には強い絆があるんだろう、気軽に名を呼んでいるところに三人の強い友情を感じる。が尤も… その内一人はもういないのだが。


 いや…。


「いるような気がするんじゃない。彼女はいますよ、ちゃんとここに」


 俺はサーベルを鞘のまま地面に突き立てると言った。


 マンモス隊長はどう受け取ったら良いのかわからなかったのか、何も言わずとても不思議そうな目でこのサーベルを見ていた。


 勿論言葉通りの意味でもあるが、そういうことではない。


「彼女の信念はあなた達へ、さらに彼女の息子を通し俺にも引き継がれている。俺が彼女の願いを汲みこの剣を振り、あなたやバリー隊長が彼女との思い出を忘れない限り、彼女の存在が消えることはない。月並みな表現だが、みんなの心にサーベルタイガー隊長は生き続けている」


 皆が忘れた時、その存在は本当の死を迎える。


 絶滅動物である彼女達も守護けものも、きっと誰かが覚えているからフレンズになれる。俺の復活もまた… スザク様や先生達が願ってくれたから果たされたように。


 そんな、まるで綺麗事のような俺の言葉に彼女は答えた。


「ありがとうございます、その通りですね?私達がどこへもいかないように彼女も消えることはない…。いつか、彼女の子供にお母さんのことを話してあげたいです」


「いつでも会いに来てやってください、母のことを知ると彼は喜ぶ」


「はい、その時は是非ピロシキをご馳走しますよ?得意なんです!」


 柄にも無く長く話してしまった。が、やがてお互い話す事が無くなってしまったのか黙りこんでしまった。

 また話せる時に話せばよいと、俺はそのまま何も言わずフウチョウ達の元へと帰った。






 

「ただいまミク」


「あ、おじさんおかえりなさい?」

「おかえりシロ、早かったね?」


 ちなみにライブは大成功だったそうだ、正直あまり興味がなかったので報告だけ済ませると帰らせてもらった。ゲンブ様の御前でアイドル達にちょっかい掛けるようなヤツなどいるはずもないからだ。


 それから家に帰るなりミクに声を掛けた。何やらセーバルちゃんと部屋中服を散らかしているようだが。


「探し物か何か?」


「デリカシーがないね、空気読みなよ」


 開幕この言われようである。

 どういうことなの?何か俺がいると良くない状況なのかもしれないが困っているのなら力になれないだろうか?一応尋ねておいた。


「え… っとごめん、どうしたのか聞いてもいいかい?」


「明日何着ようかなって!でも全然決まらないの…」


「シロの為なんだよ?まったく乙女の衣装部屋にズカズカ入り込んで… 娘に“パパさいてー!”とか言われたことなかった?わかったら出た出た!」


「あぁ~… そっかごめん、出直すよ」


 そう言えば明日はミクと出掛ける日だったか、ホームの子で一人里親が決まったのでお別れの花束を買いに行くことになっている、なんでも注文は済んでいるそうなので後は引き取りにいくだけらしい。

 ならラッキーにでも任せればよいと思ったのだが、恐らく先生かセーバルちゃんが二人の時間を作れと気を回してくれたのだと思う。それでも特別遊びに行くというわけではないのでいつも通りでも構わないのだが、それでミクは何を着るのか決めかねているという状況らしい。


 いつも通りでいい、そうだそれで構わないんだよ、デートじゃあるまいし…。


 何て言うと、楽しみにしてくれているミクに失礼だろうか?妻と分けて考えるあまり少しミクに対してこういう配慮が欠如している気がする。よく考えて発言しなければ。


「あ、おじさんおかえり?」


「ベル、ただいま?今丁度追い出されたとこだよ」


「ははっ、おじさんデリカシー無いから?」


「そうかな?実はさっきセーバルちゃんにも言われたんだ」


 部屋を出てぼんやりドアを眺めているところをベルに見付かった。それにしても俺はそんなにデリカシーが欠如しているだろうか?こうなってからなのか元からなのか気になるところではある。


 丁度良いのでマンモス隊長のことを話しておこう。


「そうだ、東のマンモス隊長がいつかベルに会いたいと言っていた。お母さんのことを話したいんだそうだ」


「マンモス隊長?どんな人?」


「温厚そうな美人だったな、だがどっしりと山のような雰囲気を感じた… 押してもビクともしなさそうな力強いフレンズだ」


「そういうとこがデリカシーないんだよ、まさかそれ本人に言ってないよね?ダメだよ女の人にどっしりとか言ったらさ?気にしてるかもしれないんだから」


 言われてグサグサと胸に刺さるものを感じる。確かに今のはまるで体重の話のようで失言だった。やはり俺はこうなってから少し常識が欠如気味なのかもしれない、ネコマタの名をもらう時もサーベルを腰に差して歩いて警察に連行された実績がある。


「まぁとにかく、またベルのお母さんをよく知るフレンズがいたってことだ。それと今度ピロシキをご馳走してくれるそうだ」


「そうなんだ、ピロシキ?ってよくわかんないけど楽しみにしてるよ!」


 そう言うとベルは行ってしまった。


 俺はデリカシーはないかもしれないがベルがなんとなく感じているであろうことはわかっているつもりだ。


 本当は俺に聞きたいはずだ、「お母さんのことは何かわかった?」と。


 あの件を四神に伝え外されてしまったことは既に本人にも伝えてある。癪ではあるがスザク様が任せろというなら心配するなとは言っておいた。だがあれから進展無しではやはり何をボサッとしているんだという気持ちがあるはず。


 あるはずだが… ベルはそれを聞こうとしてこない、それは恐らくあの子が俺に気を使っているからだと思っている。俺にもいろいろあって進展がないんだと自分に言い聞かせているからだろう。


 面目無いよベル… だが必ず決着は付ける。どうかもうしばらく我慢してくれ。


 スザク様… 一体何をしようとしているんだ?連絡もあれからないが。




 …




「おじさんお待たせ!」


 翌日、珍しく花柄のワンピースを着たミクがベルの素振りに付き合う俺の元へと現れた。


「随分おめかししてきたね?」


「へ、変かな…?」


「いや、よく似合ってる。ミクなら何を着ても似合うよ?リボンとも合ってる」


「ほ、本当?よかったー!」


 その時、ワンピースの柄にも負けないような可愛らしい花がここに咲いた。その笑顔に凝り固まった俺の表情も綻んだ気がした。


「ベルもそう思うだろ?」


 ただのノリだが、俺は素振りに集中するベルを巻き込んだ。どーせ隣で騒がれるのも気が散るだろうし、俺にデリカシーが無いと言うならベルのお手並みも見せてもらおう。


「え、ちょちょっとなに?僕に振らないでよ!ま、まぁいいんじゃない?」


 珍しく頬を赤らめて目を逸らしている、ミクが普段と違うから思わずドキッとしたのだろう。ベルだって年頃の男の子だ… 素振りの速度が上がったな。


「なんだよ、照れてないでちゃんとミクを見て褒めてあげてくれ?適当なことを言うのはデリカシーがないんじゃないか?」


「おじさんそれもしかして仕返し?なんだよ大人気ないな… はいはい!可愛い可愛い!わぁミクじゃないかと思った~」


「別にベルに褒めてもらわなくたっていいですよ~?」


「じゃあこっちに振らないでよ… ほらもう行きなよお二人さん?デート楽しんできてねー?あとお土産よろしく」


 少し意地悪だったか、ベルは拗ねてしまった。確かに大人気無かったかもしれないので俺は簡単に「すまない」と言って頭をポンと撫でた。

 しかしなんだかミクはデートと言われて少し照れくさそうにしているが、いくらミクが妻の生まれ変わりでもこの絵面でデートと言うのはな… また連行されるかもしれない。


「悪かったよベル、それじゃあな?あまり無理するなよ?」


「ほら僕はいいから早く行きなって?気が散るの!」


「はいはい… ミク、行こうか?」


「はい!ベルいってきまーす?」


 ベルはミクの言葉に返事を返さずそのまま不服そうに背中を向け木刀を振り続けていた、今はどんな想いを掲げてその木刀を振っているのだろうか?いやそれを聞くのは野暮だろう。

 だがその姿は初めて素振りを始めたあの頃よりもどこか様になっているように思える。もう数ヶ月か… 子供の成長は実に早い、昨日できなかったことが今日できるなんてことがざらにあるのが子供というものだ。

 サンドスターコントロールも始めたことであと半年も経てばベルも実戦に入れるかもしれない、そのポテンシャルは十分に秘めている、なにせガーディアンの隊長の息子だしな。

 将来はやはりガーディアンだろうか?その頃にはこの剣をベルの元に返せるようにしておきたい。


 展開はさせず、サーベルか収納されているキューブに触れながら考えていた。


 母親よ、ベルが戦えるようになるのは不服か?それとも、強くなる息子は誇らしいか?


 ベルは君に憧れ、そして尊敬し戦う力を求めた、“守る為の剣”という君の信念を引き継ぐ為だ。なら君のやることは一つ…。


 全てに決着が着いた時ベルにサーベルを任せろ、ベルが正式に母である君の後を継ぐんだよ。そろそろ認めてやってくれ?


 俺のような老いぼれではダメなんだ。


 子供たちがこれからを作るんだから。


「おじさん?」


「ん?」


「なんか難しい顔してる、悩み事?」


「いや、すまない… ちょっと仕事で気になることがあってね、考え事してたんだ」


 ミクは本当に俺のことによく気が付く。


 そんなミクもまた、他の子供たちと同じようにこれからを作る一人だ。


 いつも気に掛けてくれてありがとうミク… 

でも、いつかは俺に拘らず自由に生きてほしい。俺じゃない誰か素敵な人と恋をして、幸せに生きてくれ。



 俺がいなくなっても生きていけるように。



 ミクはそんな俺の様子を見て不安になったのか手をきゅっと強く握ってきた。

 俺もその小さな手を優しく握り返し、声に出さずに「大丈夫だよ」と答えた。


 君はどんな大人になるのかな?やっぱり妻にそっくりになるのかな?そしたらダメな俺はきっと君の姿を見てまた妻が恋しくなるんだろう、そうして連れてくる男にヤキモチを妬くんだろうね。


 だから、これから覚悟しておくよ。

 ちゃんとおめでとうって言える覚悟を。



 二人手を繋いで歩くこの時間。

 こんな時間も今だけだと思うと、なんだかやけに寂しくなり愛おしく思えた。


 妻を想うのとは別に、ミクといるこの時間をそう感じていた。


 今この瞬間を、この時間を大事にしなくてはならないと感じることができた。

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