第36話 罪と罰
風に乗り南方の火山へ、ひたすらに暑いだけのこの場所に建つこれこそがスザク様の… やはり家と呼ぶべきか否かは不明な建物の前。セイリュウ様の親切が行き届いているとするならばスザク様は今ご在宅のはず、早速ノック… いや呼び鈴を押そう。もう騙されないぞ、どこにあるんだ?
セイリュウ様のとこで学んだ俺はカモフラージュの激しいであろう呼び鈴を探しドアの周囲を眺める。が、やはりそれらしいものは見当たらない、もうノックでいい。俺はオールドスタイルでスザク様に声を掛けることにした。
「スザク様、突然の訪問申し訳ありません、シロです。ご在宅でしたらどうかお返事ください」
セイリュウ様の時同様に返事がない、しんと静まり返ると急に熱気がまとわりついてきた気がした、スーツでは少々暑苦しく感じる。残暑が厳しいので涼しくなるタイプのやつを買ったんだがな、100年の技術も火山ではこの程度か…。
さて、もう一度呼び掛けてみるか。いなかったら適当に時間でも潰そう。
「スザク様?シロです、突然申し訳ありません、ご在宅でしょうか?」
やはり、返事はない。
俺は何の気なしにドアノブに手を掛けそっとそれを捻りカギを確認した。すると…。
開いている…?
瞬間ガチャンと音をたてあっさりとドアが開いてしまう。てっきり留守かと思っていたので不思議だった、こういうときは…。
掛け忘れ?あるいはご在宅だが返事もできず出られない状況。
もし後者だとするのなら、スザク様が何らかの理由で一人倒れているなどの可能性があげられる。つまり何かあった… と考えてほぼ間違いないということだ。
スザク様は様子がおかしかった、もし… その理由が病か何かだとするなら?
「スザク様大丈夫ですか!」
杞憂ならそでいい、意を決し中へ。
なにやら中は和の風合い、セイリュウ様のとこと違い和を中心とした作りとなっているようだ。渡り廊下を進み襖を開けると、そこには畳が綺麗に敷き詰められた純和風で心落ち着く空間が…。
「スザク様失礼しまsあっ」
「なっ!?」
まずいことになった。
「返事もしとらんのに勝手に中に入るとは何事じゃこのドスケベホワイトライオンがぁぁぁぁぁーッ!?!?!?」
そこにいたのは、バスタオル一枚のスザク様でした。ご入浴でしたかこれは失敬。
「ごめんなさ…ッ!?」
言い訳する間もなく火の玉の大砲みたいなものが飛んできた、だが俺はそれを咄嗟にゲンブ様の力で防ぐことに成功した。できたのだが… 受け止めることはできても威力が強すぎてそのまま外に放り出されてしまった、スーツは無事だ、四神籠手を装備しておいてよかった。さぁ登山開始だ。
…
「まったくお前というやつは!いきなり来ると言うからせめて小綺麗にでもしとこうとシャワーを浴びとったのになんと不埒な!」
「返事がないのにカギが開いていたので何かあったのかと」
「上がってから返事しようとしてたんじゃろうが!少し待つなり一報入れるなりなんかあるじゃろ!」
「申し訳ありません」
それしか言葉が見付からないな、本当に申し訳ない。今日は謝ってばかりだ。
ちなみに、そもそもスザク様はよく鍵を閉め忘れるそうだ、こんなところにわざわざくるやつはそういないとかで。
「まぁよい!それでなんじゃ?いっちょまえに背広なんぞ着よって」
「はい、先日からスザク様に無礼が続いてましたので謝罪に伺いました。謹慎も破り化身の首を切り落としました… 本当に申し訳ありません」
「それは我にも落ち度があるが… ところで手土産は?」
「さっきの火の玉に吹っ飛ばされました」
セイリュウ様も絶賛のプリンを買っていたんだが、それをスザク様は自らの手で葬りさってしまった。それを伝えた時スザク様は文句を言いたくて堪らないって感じの顔をしていたが、自分のせいなので何も言えずばつが悪そうに頭を掻いていた。
「ぬぅ… すまんかったな、いきなり吹っ飛ばして?」
「いえ、それも俺が悪いので」
「それだけではない。あの時は少々言い方もやり方も強引じゃった… どうか許してくれんか?我にも考えがあるんじゃ、だから例の件はもうしばらく我に預けてほしい… 良いか?」
例の件。
ベルの母親の件だ。
俺は理由を聞かなかった。恐らく聞いても答えてはくれないし、聞かれたくないことだと思ったからだ。
だがあのスザク様が考えがあると言うのだから、きっと良い方向に導いてくれるはずだ。
そう思ってスザク様を信じて敢えて聞かなかった。
最後に… 誰かの血が流れることになったとしても。
「はい、彼女もベルも… きっとわかってくれると思います。どうかよろしくお願いいたします」
「うむ、心配するな?悪いようにはせん、我に任せておけ?お前は我らからの依頼をこなし、皆と平和に暮らしておればよいのじゃ」
スザク様はそう言うとニッと笑い、少し照れくさそうに前髪に触れていた。
スザク様がこう言うのは、この件に関わると俺の平穏が破られるという意味だろうか?セイリュウ様の言う通り、スザク様は俺の為に今回の件から外したのかもしれない。これに関わることで俺が危ういと…。
「そういえば、セイリュウ様から聞きました。俺がフィルターから戻れたのはスザク様が頑張ってくれたからだと」
「なんじゃアイツ余計なことを… 我等の肩代わりをさせていたんじゃ、尽力を尽くすのは当然じゃ」
「いえ、なのに俺はちゃんとお礼も言ってませんでした… 妻のことで何もかもどうでもよくなり、周囲に目を向けていなかったんです。スザク様が何もしていなければそもそも俺は妻が消えたことにすら気付けなかった。こうしてまたあなたやカコ先生、セーバルちゃんや娘にも会えなかった。それに太郎にもベルにも子供たちにも… ミクとも会えなかった。だから、ありがとうございます」
俺は頭を下げ静かに一礼した。
俺からの礼が意外だったのか、スザク様は一瞬瞳を大きく開くとすぐに目を逸らし、複雑そうな表情をすると小さく返事をくれた。今俺がどんな顔で話しているのか自分ではわからない、だがきっと無表情なのだろう。
そんな固まった俺の顔を、スザク様は見ていられないという感じで目を背けている。俺に対して後ろめたさのようなものを感じているのだろうか。
「のぉシロよ…」
「はい」
そして、この時俺はそれの正体を知ることになる。
「お前は我を恨んではおらんのか?」
「とんでもありません、感謝はすれど恨むだなんて」
この時スザク様は、ずっと心の奥で悩んでいたことを教えてくれた。
俺の復活のこと、妻の消滅のこと。
俺のこれからのこと。
「お前が我を打ち倒しかばんを連れてフィルターになったあの日… あの日から我はお前達を救うことを一番に考えてきた。本来我々の責務だからというのもあるし、単にお前達夫婦が好きだったからというのもある。あるいは残されたお前の家族に罪悪感を覚えていたからかもしれん。だから我はアンチセルリウムフィルターの研究を進めてもらうため自ら協力を惜しまなかった。成果は上々じゃ、クロとカコが参加してからは更に成果がでた」
クロが… 先生も。
図書館跡で星の記憶を見たときクロが研究をしてるらしいことを呟いていた。少しずつ話が繋がっている気がする。
なんでも街の防御シールドはそれらの研究の副産物らしい。
「じゃがあの二人の協力を得ても100年掛かった、クロは無理が募ったのかまだ死ぬには若い歳で亡くなってしまったし。カコがあのような体でなければそれから200年は掛かっていたかもしれん… そしてようやくシロ、お前を取り戻すことができたのじゃ。長かった、我等にしてみれば100年などそう長い年数でもないはずじゃが、それでもやけに長く感じた… だから戻ってきたお前を見たとき我は思わず涙が零れた、とにかく嬉しかったんじゃ。じゃが同時に、かばんが戻らないことを知った時は膝から崩れ落ちる感覚を覚えた…」
スザク様は思ったそうだ。
こんなことを伝えたら俺にどれだけの精神的ショックが訪れるか。いつまでも共にいようと二人で飛び込んだはずなのにいつの間にか妻は消えていた、それを知ったら俺はどう思うか。
そのことは言うまでもない、今の俺がそうだからだ。
「結果的に我はお前を不幸にした。我がお前達を救いたいと色々やってきたこの100年、全て己の良心を満たす為の自己満足だったのではないかとすら思った。余計なことをしてしまったと感じた… 眠らせていたほうが幸せだったかもしれんと思ったんじゃ…」
聞いたとき、セーバルちゃんのことと似たようなものではないかと感じた。彼女と同じく、俺という存在がスザク様のことも追い詰めていたのかもしれない。話すスザク様の声は震え、やがて両手で顔を覆うと泣き出してしまった。俺に対して、四神ともあろう存在が涙してしまうほどに責任を感じていたということだ。
「現に目覚めたお前は生きる気力を無くし、ただボンヤリとそこにおるだけじゃった… 自決を図っても眉ひとつ動かさんほど心がバラバラになり、その光の無い目を見る度に我の心も痛んだ。お前と目が合う度に恨み言を言われている気がして耐えられなかった。お前の為だと思いしてきたこと全部、お前を苦しめていただけだったと感じた… 今でもそうじゃ」
やけに気に掛けてくれると思っていたらそういうわけか。あらぬ誤解だ、確かに俺は始め何のために生きているのかわからなくなっていた、何もかもどうでもよいと感じていた。だがスザク様を恨んだことなどない、余計なことをしたのは俺の方だとさえ思っている。
あなたがそこまで俺のことを気に掛け、今も尚俺に罪悪感があるというのなら。ならば俺からも言うことがある。
「スザク様、先程も言いましたが俺はあなたを恨んだことなどありません」
「しかし我のせいではないか!不用意に復活させたせいでお前を孤独にした!そもそもお前は我等を救うために自らフィルターの任に着いた!我のせいではないか?そうじゃろう?」
「確かに… 俺は自暴自棄でした、何故自分だけが無様に生きているのかわかりませんでした。正直今でもそれは感じています… ですが妻が消えたのは俺がフィルターになると言い出したからです、あなたを姑息な手を使い倒したのは俺がそうするべきだと思ったからです。つまり全て自分で選択したこと、自分の招いたことなんです… 不本意ながら死ねない体になったのがそれらの罰だとするなら、俺はこの罪を背負い続けます。そして俺の為に力を尽くしてくれたスザク様、あなたが望むのなら俺はあなたの牙となり戦います。生意気なことを言うこともありますが俺はスザク様に感謝しています、してもしてもしきれないくらい感謝しているんです」
「シロお前…」
もし、俺がフィルターにならなかったら。
俺は家族と賑やかな老後を送り妻と共にこの世を去っていたのかもしれない。いや、そうなったのだろう。
そうなったところでいつかフィルターを制御する技術が進みスザク様達四神もセーバルちゃんも自由にはなれたのかもしれない。
俺がしたのはお節介、なのにあなたは俺の為に100年の時を費やしてくれた。
ならばその100年をスザク様に返さなくてはならない。そもそもあなたと出会ったのも俺のワガママから始まったことだ。
そう思った、だから。
「守護けものネコマタとしてお仕えします、必ずこの大恩お返しします… なんなりと命じてください?まぁスザク様ならあんまり変な命令しないでしょ?優しいから」
「なんじゃ?お前というやつは… このスザクを口説き落とすつもりか?」
「え?そんな口説くだなんて…」
そんな風に聞こえただろうか?
涙のせいなのか照れているからなのかわからないが、そんなことを言いながら頬を赤く染めたスザク様の笑顔はとても綺麗だった。
わだかまり… 取れましたかね?セイリュウ様?
「あぁまぁ良い!わかっとる… それじゃあ聞いてくれるかシロよ?」
「なんなりと」
「デートせんか?」
「は?」
なにデート?今デートと言ったのか?また作戦の一環とかではなくデート?
なんといかにも乙女って感じの顔で、そしてあまり突拍子もないことを言い出したものだからさすがの俺も唖然としてしまった。
「ダメ… かのう?」
「あぁいえとんでもない… しかしデートですか?」
「そう重く考えるな?無理にとも言わんし深い意味もない。ほれ!お詫びじゃお詫び!可愛い我が化身を溺れさせた挙げ句首までハネよって!おまけに我のあられもない姿を見たんじゃぞ!男らしく責任取らんか!」
「あぁ~はいはい… 承知しました、楽しませられるかは保証しかねますが」
俺がそう言って了承すると、スザク様にはいつもの快活な笑顔が戻っていた。
なんのつもりでデートだなんて言い始めたのかは知らないが、お詫びのつもりでワガママに付き合ってあげればそのうち気も済むだろう。時間もまだ早い、それに丁度良く服もキマッてるしな。
許してくれるかい?愚痴ならいつかそっちに行ったときいくらでも聞くからさ?
なんて、心の中で君に断りを入れてみる。
そして…。
「では行くぞ、さぁ乗れ?ひとっ飛びじゃ」
「化身ですか?爪以外のところに掴まるのは初めてです」
「特別じゃぞ?泣きすぎて糖分不足じゃ、小洒落たカフェにでも行くぞ!」
「泣いた時は塩分では?」
なんだってよい!なんて言われながら化身の背中に乗った俺達はデートへ向かった。
なんのことはない、いつものようにスザク様の長い話を聞き相槌を打ち、たまに俺も話した。俺はカプチーノを頼み、スザク様はストロベリーサンデーを頼んだ。
「ここも一人ではなんとなく来づらくてのぅ?一度でいいからここのストロベリーサンデーを味わってみたかったんじゃ」
「どうですか?」
「さいっっっっこうじゃな!!!ほれ?一口…」
とスプーンを差し出される、いつかの時と同じように。
だが前にも言ったはずだ、俺は食べないと。言ったのだが…。
「あぁすまん… 食べないんじゃったな?」
今はあまり悲しむ顔を見たくない。
気を使ったような、困った笑顔をしている… そんなあなたを見るのが耐えられない。
「いただきます」
「は!?大丈夫か!?」
「食べられないんじゃなくて食べなくても平気なんですよ、気になるのでくれると言うならいただきます」
「そ、そうかそうか!ほれ我自ら口に運んでやるぞ~?こんな機会は二度とないからのぉ!感謝するんじゃぞ?ほれあーん?」
言われた通り口を開くと、スプーンに乗ったストロベリーサンデーがそっと運ばれてくる。普段と違いなんだか優しげな笑みを浮かべたスザク様の手で、スザク様の使っていたスプーンで、俺の口に甘味が運ばれる。
「どうじゃ?」
「えぇ、美味しいです」
「そうじゃろう!」
満足気な顔を見ると、なんだか俺もほっと一安心した気持ちになった。こんなことでこれまでのことが許されご機嫌も取れるのなら、まぁとりあえず付き合おう。少し胸の奥がモヤモヤするが。
…
その日はカフェで過ごして帰ることになった。スザク様もお忙しい方だ、こうした時間が取れてそれが束の間でも休息となれたのならまぁそれでよい。
「すまんかったな、急に妙なことを頼んで」
「いえ、楽しめたのならなによりです」
「うむ、もう少しレディに気を使えたら一人前じゃな?まぁ今日は特別に合格にしといてやろう!」
「ありがとうございます」
この後は、さっきも言ったが特にどこへ行こうというのはない。お互いにお互いの場所へ帰るだけだ。丁度日も傾いて来たので今から帰れば皆にも心配は掛けないだろう。
「じゃあの?気をつけて帰るんじゃぞ?」
「あの… 送りましょうか?」
「なに?」
なんだろうか、何故だか必要もない申し出をしてしまった。敢えて言うならこのまま別れるとスザク様とは二度と会えないような気がしたからだ。
だがスザク様は… 夕陽を背に浴びながら俺に言うのだ。
「ここで化身を出すと皆を驚かせるからのう、街外れまで歩いてそこから飛ぶんじゃよ?送られても困る… 気持ちだけ受け取っておこう」
「そう… ですか。いえ、呼び止めてすいません?それでは…」
その通りだ、俺が送ったところであのスザク様だ、自分で帰ったほうが早いとしか言いようがない。思い直すと俺も背を向け帰ろうと歩きだした。
その時…。
「シロよ」
今度は向こうから呼び止められた。
「なんです?」
再度スザク様に目を向けるが、既に夕陽が逆光となりどんな顔しているのか見えなくなっていた。手で光を遮りながら目を細め返事を返すと。
「もし… もしな?もし我に何かあったら、その時は助けに来てくれるか?」
何でそんなことを聞くのか。
どんな顔でそんなことを言っているのか。
今の俺にはわからない。
だがハッキリとしていることがある。
「当たり前じゃないですか?いつでも呼んでください」
スザク様にそんな危機が訪れるなんてことはありえないし、そんな敵がいたら俺には勝ち目がないだろう。だがそんなことは関係ない。どうだっていいことだ。
「頼もしいのぅ?それじゃまたな!」
「はい、お気をつけて」
戦うとも、誰が相手だろうと。
皆俺の家族だ、家族の為なら俺は何とだって戦う、何だって倒してみせる。
最後に俺が朽ち果てたって。
絶対に守りきってやるさ。
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