第35話 集合

 資料が揃いベルの母親の件を四神に報告するとその件から外され、その後様子のおかしかったミクが妻のことで家出したと聞き、遂に隠し続けていた事実をミクに話した。


 そんな色々あった一日からほんの数日後、謹慎処分を律儀に守る俺の前に現れたのは。


「シロじぃおはよう」


 太郎だ、だが先日来たばかりだから今日は休みではなかったはず、何か用事で有給でも取ったのだろうか?それにしてはあまり「休み!」という顔に見えないし、どこか不安が分かりやすく滲み出ているように見える。それにわざわざ訪ねてくるくらいなので俺に話があるのかもしれない。言いにくい様子なので俺の方から少し遠回しに尋ねることにした。


「今日はどうした?休みでも取ったのか?」


「あぁ~違うんだ、一応今も仕事中って扱いになってる。あのそれでさ?これ…」


 太郎は少し言いにくそうな顔のまま何か差し出してきた。なんとこの時代には珍しい紙媒体の手紙だ。


「紙の手紙なんて珍しいな… これは?」


「いいから読んで」


 何をソワソワとしているんだラブレターじゃあるまいし…。だが言われて手紙を開いた時、俺は全てを察した。


「そうか… そっちにいったか」


「何故か隊長のとこに届いてたんだよね、俺とシロじぃ宛で… それで、任務として扱うからすぐに行けって」


 手紙には… いや手紙というにはそれはあまりにも荒々しく大きく、ただ一言だけがこう書かれていた。



 “集合”



 そのたった一言。

 

 読むまでもない、一目瞭然というやつだ。そして手紙の端にはセイリュウ様の紋章、どうやら先日の約束を急かしてきたようだ。これは偉いことになった、また怒らせただろうか?俺に連絡をくれない辺りに太郎への拘りを感じる。


「どどどしよう!?俺やっぱりクビになるんじゃ!?」


「大丈夫だ、なにがあっても俺が必ず守ってやる」


「ふぇぇ… でもそれじゃシロじぃが…」


「情けない声を出すな、百獣の王の名折れなんだろ?」


 すべて俺のせいなので太郎の立場はなんとしても守り抜くが、太郎も啖呵切ったのならせめて毅然とした態度を貫いてほしいと思った、やってしまったものは仕方がない。それに俺から見れば太郎だって間違ったことを言っているわけではないのだから。


 そんな俺の気持ちとは裏腹に爪を噛みながら挙動不審になる太郎の姿にはあの時の威厳が欠片も見られなかった。まだまだ王を名乗るには若すぎるか。


「そう怯えるなよ、セイリュウ様だって鬼じゃないんだ?お土産でも持って礼儀正しくしてれば平気さ。めんどくさい性格だが優しい方だ、誠意を込めて謝れば許してくれるはずだ」


「そっか… そうだね… うん、大丈夫大丈夫、俺土下座とか余裕だからさ?父さんが母さん怒らした時によくしてるの見てたから得意なんだ」


「悲しい特技だな…」


 太郎の両親… 大変そうだなライオンの嫁を持つというのは。同じライオンである姉さんは穏やかで明るい女性だったが、真面目に怒る時は尋常ではない圧を放っていた、俺も初めて姉の低い声を聞いたときは腹の底から冷えるような感覚を覚えたものだ。

 今度改めて太郎のご両親にも挨拶したほうがいいかもしれない、ご先祖として。


 とにかく来いと言うなら行こうじゃないか、俺は太郎に声を掛けた。


「それじゃ行こうか」


「飛んでくの禁止ね」


「タクシーに決まってるだろ、途中から結構歩くけどな」


 この前の風を使った移動を根に持ってるようだ。


 タクシーが来るまでの間事情を皆に話し留守にすることを伝え、その時セーバルちゃんには「バカだね」と少々呆れられた。俺も太郎も反論の余地がない。

 それから道中どこか店に寄り一応身なりを整えることにした。二人してスーツなど着てまるで堅苦しい三者面談に行くような気分だが、形式に拘りそうなセイリュウ様だ、ここまでしておけば誠実さが伝わるはずだ。





「緊張するなぁ… 俺スーツなんて初めて着たよ、ガーディアンの面接は学校の制服だったし」


「あぁ、俺もこういうのは片手で数えれる程度しかない。最後に着たのはずいぶん昔のことだ」


「えぇ~?歳なんだから相応のお洒落したら?年寄りくさい感じのさ」


「いつもの服も今の時代から見れば十分年寄りくさいだろ?さぁ、行こうか」


 セイリュウ様の… 家?住み処?なんと言い表せばよいのかわからないが到着した。そこそこ険しい道のりだった。


 綺麗な水が流れマイナスイオンで気持ちが落ち着くはずのこの風景、外観、音。それらからは何故か強烈な圧迫感を感じる。

 川のせせらぎや滝の音が巨獣が俺達を威嚇してうなり声をあげているように聞こえるのは既に心が折れている証拠だろう。俺は覚悟を決め扉をノックし訪問を伝えた。


「セイリュウ様?シロとレオ太郎です、お手紙を頂いたので参りました次第です、扉を開けてもよろしいでしょうか?」


 しかし返事がない… 耳に入るのは水の流れる音、もしや留守だろうか?呼んでおいて留守にするような方ではないはずだが。


「返事ないね?留守?出直す?」


「いや、わざわざ手紙をくれたのに留守ってことはないはずだ、もう一度声をかけてみよう。 …セイリュウ様?シロとレオ太郎です!いらっしゃいませんか?」


 先程より少し声を張り呼び掛けたその時、完全に予想していないところから応じる声が飛んでくる。


『ちょちょっと待ちなさい!聞こえてるわよ!呼び鈴くらい押しなさいよ!はぁ… 来るなら来るって言いなさい?アポも取らずに来るなんて非常識よ、まったくもう… 今開けるから黙って待ってなさい!』


 この声はドア越しでなくまるでスピーカーから発せられる声の聞こえ方だ、でもそんなものどこにある?ここはどう見ても石造り、いや岩を切り出したようなところに扉が付いてるだけにしか見えないのに。


「あ~ちょっと待って?もしかしてこれがピンポン?わかんね~… でスピーカーが上かな?えぇ~マジかよカモフラージュ率高っ!初見で気付ける人いるの?」


 太郎が発見した、確かによく見るとどう見ても岩肌のそこにスイッチのような形になっている部分がある、そして天井にも同じようにスピーカーのようになった岩肌にしか見えないものがある。

 なんだこの技術は、久しぶりに100年の流れを感じたぞ。


「意外と文明の利器に浸っているんだな」


「そういえば電話してた時部屋の中ちょっと見えたけど、この外観のわりに部屋って感じだったよね?」


「機械とか新しいものに疎そうなイメージだったんだけどな、セイリュウ様が特に」


「わかる、四神はみんなそれ系弱そうなイメージだよね?セイリュウ様が特に」


 実際のところはゲンブ様が意外に強い、ビャッコ様もあれで便利な物は積極的に取り入れている、スザク様はよくわからないなりに使ってる、セイリュウ様はブレスレットすら持ってないイメージだったがまぁそれなりに使いこなしてるのかもしれない。手紙は紙だが。


 なんて失礼なことを話しているとパタパタとドア越しに音がしてセイリュウ様が出迎えてくれた。それはもう普通の家みたいに出迎えてくれた。


「ちょっと、聞こえてるわよ?まぁいいわ、苦手なのは認める。よく来てくれたわね?…ってなによその格好?お葬式の帰りかなにかかしら?」


 そういうあなたはめちゃくちゃオフなんですね。いつもの凛とした姿からは想像もつかないほどオフな姿だ。なんですかそのTシャツ?“天然水”て大きく書いてるけど。えぇ… センス…。


「…なによ?」


「あ、いえ… 普段着だと失礼かと思いまして」


「いい心掛けだけど、そんなに固くならなくてもいつも通りで良かったのに?まぁいいわ、さぁどうぞ?上がって?」


「ありがとうございます、ではお邪魔します」


 上司の家にお呼ばれしたら完全にオフの姿で出迎えられたって感じか、いつものセイリュウ様より態度もフランクだ。もしかすると普段は「私は四神セイリュウである」と自分を鼓舞してから出向いてきてるのかもしれない。普段は気が張っていて家でやっと気の抜けるタイプか?本当は繊細な方なのかもしれない。


 俺と太郎は普通に玄関に入り普通に靴を脱ぎ普通に中へと進んでいった。見たところ内装も特に気取っていない、普通だ。らしくないと言えばらしくない。







「どうぞ座って?今何か出してあげる」


「セイリュウ様いけません、お茶なら俺がやりますから?どうかお構い無く」


「ここ私の家なんだけど?勝手にあちこち触らないでくれる?黙って座りなさい」


「はい…」


 いつものセイリュウ様だ、天然水Tシャツのせいで威厳が無いがいつものセイリュウ様だ。俺はいそいそとお茶を用意するセイリュウ様を横目に素直に着席した。


 ところで太郎は緊張だろうか?隣に目を向けると先程からうつ向いて汗をかきとても静かだ。


「太郎、大丈夫か?」


「待って… ちょっと話しかけないで」


「具合でも悪いのか?」


「ちょっ… ブフッ!?ごめん本当に待って?ククク… だって… て、天然水www」


 わからんでもないがセイリュウ様がわざわざ着てるのは気に入ってるからかもしれないだろ、堪えるんだ太郎、がんばれ。


「はい、暑いなかご苦労だったわね」


「ありがとうございます」

「あぶフッ!?あ、ありがとうございます」


 もう無理そうだ、目前まで迫ってきた天然水に太郎の我慢は終わりを迎えようとしている。

 しかしなんでわざわざそんなの着たんだろうか?ウケ狙いか?そうか、きっと自分のめんどくさいイメージを気にして本当は私だって面白いヤツなんだということを伝えこの場を和ませようしているんだ、そうでなくてはあのセイリュウ様ともあろう御方がこんなものをわざわざ着て客人の前には出まい。なんだセイリュウ様も可愛いとこあるな?どれそうと分かればここはひとつ乗ってみるとするか。他でもない上司の為だ。


「セイリュウ様、それにしてもいいですねそのTシャツ。めっちゃ面白いです」←真顔


「べぶゥアっ!?ゲェッホ!?(いじるなwww)」←お茶を吹き出す音


「ちょっと、このTシャツの何がおかしいと言うの?」←気に入ってた


「も、もうやめ…!っ!っ!っ!」←過呼吸


 太郎があまりにも笑うので仕方なくセイリュウ様はいつもの服に着替えることになった。先日のお詫びも兼ねてスーツまで着てきたのに俺達は罪状を増やしまくっていた。このままでは俺達二人一生セイリュウ様の奴隷になるかもしれない。


 と、俺は太郎の口から吹き出されたお茶で汚れてしまったテーブルを拭きながら覚悟の準備をしていた。


「はぁ~っ…!まったくあなた達はどこまで私を怒らせれば気が済むのかしら?」


「本当に申し訳ありません、あのセイリュウ様があんなわざとらしい面白Tシャツを着てるのは場を和ませるためかと思い…」


「それはつまり私にファッションセンスが無いってことかしら?」


「シロじぃもうやめよう… もう何も言わない方がいいよ…」


 太郎の言う通りだ、もうひたすら頭を下げる以外に俺達二人にできることはない。


 その後小一時間説教が続き…。


「まぁいいわ、スザクじゃあるまいしこれ以上説教なんてしても意味がない。とにかくよく来たわね二人共」


「はい、ガーディアンの本部へ届きました手紙を見て急いで参りました。お伺いするのが遅れてしまい申し訳ありません… 先日はお力を貸して頂き改めて本当にありがとうございます。それから、その説はうちのレオ太郎が無礼な口を利き本当に申し訳ありませんでした… さぁ、太郎も」


 言われてハッと気付くと太郎も深々と頭を下げた。


「はい、俺身内のことになると熱くなってしまう癖がありまして!セイリュウ様!失礼なこと言って本当にごめんなさい!」


「いい子ね、今時は大の大人がまともに謝ることもできないのが多い… その件は話を聞こうとしなかった私にも落ち度がある、頭を上げなさいレオ太郎?あなたを許します」


 とりあえずこれで一件落着だろうか?結局何故わざわざ呼びつけたのかはわからないが、太郎の立場も無事守られたというわけだ。


「それよかあなたのことよボウヤ?一応伝えておくわね?」


 俺?バカな、俺は失礼なことなんて言ってない。←言ってた

 何を言われるのかと身構えているとセイリュウ様は一度コップに口を付け俺に言った。


「スザクと連絡がついたわ、化身の件はやり過ぎたって?謹慎は解除、明日からまた指令を待つように」


「本当ですか?ありがとうございます」


 元からあって無いようなものだが謹慎処分が終わったようだ、これで気兼ねなく自由に動くことができる。それから…。


「それからこれは私個人からの意見だけど、ちゃんとスザクのとこにも顔を出しておきなさい?あなた、誰のおかげで今こうしていられるのかまだ理解が足りない」


「もちろん必要なら今からだって行きます。ですがあの… それはどういう?」


「この100年、アイツがどんな気持ちでいたか考えたことはある?前にも話したかもしれないけれど、自分の代わりに妻を連れて大任に着いたあなたを助ける為にずっと動いていたのはアイツよ、私達は大したことはしていない… 本来過干渉してはならない私達四神、その一人のアイツがパークの上層部に掛け合いフィルターの研究を進めさせた。自ら研究材料になったようなものよ?何をどうしたのか詳しくは知らないしあまり興味もないけれど、その甲斐あってかたった100年でアンチセルリウムフィルターの機械制御に成功した」


 わかっている… つもりだった。

 スザク様やカコ先生、他にも顔も見たことないような人達のおかげで俺はここに戻ってこれたのだと。


 だが妻を失ったショックで目を向けられていなかった。


 周りの人の苦労など知らず、新たに始まった己の生を呪っていた。


「前に集まったときアイツはあなたを頭ごなしに押さえ付けたけれど、それも多分あなたの為なんじゃないかと私は思ってる。理由も理屈もわからない、でもアイツ… 四神スザクとはそういうフレンズよ」


「存じております…」


 何か理由があるのはわかる、そうでないとあぁいうやり方はしてこない。

 わかっている、あの方が優しいということくらい。100年以上前から知っている。


「話はここまで、レオ太郎?良ければまたいらっしゃい?」


「え?ハハハ… はい、また機会があれば是非…」


「ボウヤは今すぐなんて言わないから必ずスザクのとこに顔をだすように。あなたと一番付き合いが長い四神なのだからわだかまりは解いておきなさい?」


「無論です、今日はお招きいただきありがとうございました」


 セイリュウ様は話を聞こうとしないめんどくさい方だが話せばわかる方だ、自分にも落ち度があればそれをすぐに認めてくれる。それになんだかんだこうして気にかけてくれている、間違って電話をかけたことで始まったことだがこうして話せて良かった。


 玄関までお見送りしてもらうと最後に尋ねた。


「セイリュウ様、やっぱりこれからスザク様のとこへ伺いたいんですが、ご在宅でしょうか?」


「知るわけないでしょ?さっきも言ったけどアポくらいとりなさい、まぁでも… 今回は私が特別に伝えておいてあげてもいいわ?お土産のプリンのお礼よ、いいセンスね?」


「ありがとうございます、それでは長々とお邪魔しました」

「お邪魔しました!失礼します!」


「えぇ、またね?」


 セイリュウ邸を出ると、来た時とはうって代わりとても清々しい空気が肺を満たしていくのがわかった。今回は少し話し込んでセイリュウ様に対する萎縮が和らいだ気がする。きっと太郎もそうだろう。


「シロじぃ、行くの?」


「あぁ、スザク様には色々迷惑かけてるし、あれで少し抜けてるところがあるからな… 様子が変だとなんか心配だ。麓まで連れてってやろうか?」


「いい、一人で帰れる」


 やや食い気味の反応、余程風を使った移動が嫌いと見える。貴重な体験だぞ空を飛べるなんて。


「わかった… じゃあ気を付けてな?隊長さんにもよろしく言っておいてくれ?」


「うん、シロじぃもせっかくのスーツ汚さないようにね?」


「お互いにな、またな?」


「うん、またね?」


 四神籠手を装備し風の力を発動させるとフワリと足が地面を離れる。そのまま風は俺を空の彼方へ押し出しあっという間に元いた場所から離れたところへ飛んでいく。


 スザク様のやることは全て俺のためか…。

 それは罪悪感なのか、あるいは情が移ってしまっただけなのか。


 なんにせよ、ずいぶん大事にされてるんだな… 俺は。

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