第33話 反撃

「シロじぃ死なないで~!?」


「アチチ… バカを言うなこの程度で死ぬか」


『バカとは何よ』


「いやこっちの話です。それよりスザク様に連絡は取れませんか?繋がらないんです」


 少し燃えたが炎はなんとか払いのけたので怪我らしい怪我はない、すぐに治るのでなんら問題はない。


 そして。


 気難しいが察しのいいセイリュウ様はすぐに俺達のこの状況に気が付いてくれた。出た瞬間文句を垂れてガチャ切りされるかと思っていたのでなかなかに意外だ、このまま俺が持ちこたえている間にスザク様に連絡をとって貰えると幸いだ。


『スザクに文句でもあるの?あなたは謹慎処分を受けたはず、それを帰って早々に破ったのだからその状況は必然ね?せいぜい罰を受け反省すること、これ以上私から言うことは何もない』


 察しはいいが冷たい。このままではガチャ切りされそうなので俺は慌てて説明させてもらうように頼んだ。


「待ってください、事情があるんです」


『言い訳は聞かない』


 困ったな、この際別の方に掛け直すか?本当に気難しい方だ。正直面倒でしかない。


 が、その時太郎。

 今日一の勇気を見せる。


「おい!話くらい聞いてくれてもいいだろ!ミクちゃんが迷子なんだよ!夜の森で一人で寂しい思いしてんだッ!シロじぃが行かなきゃなんねーんだッ!なんだ四神だからって偉そうにしやがって!現場のことも知らねーで突っぱねてんじゃねーよ!乳と態度がでけーんだよ!」


 バカ野郎なんてことを…。


 突然にキレ始めたので驚いて止めることができなかった、相手がセイリュウ様でなければ… いや誰でもここまで言われれば怒るだろうが、まだ別の誰かならましだったのに。


 胸と態度ってお前余計なことを…。


「おい太郎なんて失礼なことを!すぐに謝るんだ」


「まともに話も聞かないでなにが神様だ!」


「おいよさないか! …セイリュウ様本当に申し訳ありません、あなたの仰る通りなんですが何分こちらにも事情がありまして。後日彼を連れて改めて謝罪に参りますので今回は何卒…」


『ぼうや、モニターを映しなさい?失礼な子の顔が見たいわ』


 社交辞令的な言葉をあれこれ並べてみたが無駄だったか。セイリュウ様は怒っている様子こそないがその静けさが寧ろ波一つ立たない海面を見ているかのように異様なものを感じる。静かだが、津波の前触れに潮が一気に引いていくような、そんな見えない圧力があるように思える。


 だが太郎だって俺の為に怒りを露にした、悪い気はしない。大丈夫だ、守ってやるからな?御先祖として当然だとも、心配するなご先祖に任せておけ。


 俺は少し躊躇したが音声通話からモニター通話に切り替えた。


 っていうかセイリュウ様…。


『ぼうや、私の顔に何か付いてる?』


 なにやら見慣れない姿。

 意外とこんな趣味なんだろうか?髪を下ろしてるところも初めて見た。よし、持ち上げて機嫌を取ろう。


「いえ、なんかその… 部屋着ですか?可愛らしいですね」


『おべっかはいいからそっちの子を出しなさい』


「いや本当に可愛いですよ、よくお似合いです、普段も髪を下ろ…『ふざけたことを抜かしてると私の化身も送り込むわよ』


「はい… 太郎、ご挨拶だ」


 すまない太郎、ご先祖はここまでのようだ…。←圧倒的無力


 まさかセイリュウ様があんなあからさまに可愛いって感じのパジャマを着ているとは…  緊張をほぐすためのギャグとかではなさそうだが普段からオフの時はあんな感じなのだろろうか?

 

 そして無力な俺を他所に太郎とセイリュウ様の対談が始まった。


『名前は?』


「レオ太郎、パークガーディアンだ」


『いい名前ね、私に臆せず彼の為に声を挙げるその態度、威勢がいいのだけは認めてあげる… でも自分が何をしたかわかってる?私がその気になればあなたなんてどうにでもできる、権限を使えばガーディアンの立場も抹消できる、覚悟はあるんでしょうね?』


「知ったことかよ!ここで引いたら一族の恥!百獣の王の名折れだ!シロじぃが何も言えないなら俺が代わりに言ってやる!やってみろこのわからず屋!俺は一歩も引かないぞ!」


 一言多いんだよ… 頼むから冷静に話してくれ。


 この光景は見ていて心臓に悪い。なんで太郎はこんな時に限ってそんなに強気なんだ。相手はあのセイリュウ様だぞ?まったく誰に似たんだよ四神に啖呵切るなんて、無礼が過ぎる。←えぇ…


 これは後日俺だけが土下座をしても許してもらえそうにない、お土産に太郎の土下座も添えなくてはなるまい。そうして俺がどうやって謝ろうかなんて考えていた時、セイリュウ様から意外な一言が飛び出した。


『気に入ったわ、事情を話しなさい』


 マジでか。

 太郎、お前は一族の誇りだ。


 それから太郎は先程より冷静にミクの件を話し、スザク様と連絡が付かないのでその訳を話せないことも伝えた。そして話が済むと同時に空気を読んで静かにしていてくれた化身の攻撃が再度始まり、俺はそれをまたゲンブの甲羅で防いだ。


「チィッ!しつこいやつだ反撃もしていないのに …それでセイリュウ様?スザク様とは?」


『事情はわかった、でも残念ながらスザクはあの後すぐに一人で飛び立ってしまって今は私達も連絡が付かないの、何をしてるかも知らない。化身はあなたが家を離れたら妨害するように作られてるのね、見張られてたってことよ?だからそれはあなたがおとなしく帰るまで攻撃をやめない、しかもぼうや用に強力に作られている』


「そいつは参りましたね、今すぐ行かなきゃならないんですが…」


『構うことないわ、あの剣で斬り伏せてやりなさい?私が許可する』


 大胆なことを仰る、戦って良いものかと抱いていた俺の複雑な心境などまるでなかったように化身を斬り伏せろと言うのだ。しかも不殺の為セルリアンだけを切り刻んできたこのサーベルでだ。


 相手はセルリアンと性質こそ似ているが別のもの。あれはスザク様の使い、力の化身なんだ。拳ならまだしもサーベルで斬るのは些か抵抗がある。そもそも俺は勝てるのか?あんなものに… 今の俺が。


「しかし化身を斬るだなんて… それにスザク様も只でさえ怒っているのにそんなことをしたら…」


 そんな俺の気持ちとは裏腹にサーベルを展開するとどこか叩き斬ってやろうというように息巻いて見える。君までやる気か?みんな四神相手に気合い入りすぎだ。


『躊躇してるとやられるわよ?そのサーベルにも意志があるなら頭ごなしに仇討ちの邪魔をするスザクに怒ってるんじゃない?やらせてあげなさいよ、相手は目的が違うだけで性質自体はセルリアンとそう変わらないわ』


 だから気にすることはない、思いっきりやるといい。

 セイリュウ様はそう言うが、スザク様の気持ちになると俺がこれ以上無礼を働くのはあの方への裏切りになる気がする。散々世話になっている俺がやっていいことなのだろうか…。


『はぁ… ダメね?あなたも腹を決めなさい?レオ太郎のような覚悟を見せてみなさい?ミクを迎えに行くんでしょ?だったら神だろうがなんだろうが蹴散らしていく覚悟を見せなさい?ウジウジ悩んでないでさっさとやるの、そんなだからあなたは“ぼうや”なのよ』


 そう言われて吹っ切れた。


 覚悟ならできているじゃないか、ミクの為なら誰だって相手にしてやる。そうだ、最後に悪党だと罵られても構わない、ミクを守れるなら俺はどこまでも堕ちる。スザク様には悪いがここは押し通ることにする、連絡を無視する方が悪い。


 それがあの子にミクと名付けた俺の覚悟。

 あの子の未来は俺が守る、妻ではなくミクの未来を。


「もちろん始めからそのつもりでしたよ?ただスザク様に申し訳ないので話し合いで解決したかっただけです。強そうだし」


『よろしい、じゃあ私がそいつの嫌がる技を教えてあげる。まぁスザクだってあなたのこと殺してやりたいんじゃないんだからなんとかなるわ?さぁ私の力を発動しなさい?』


 言われた通り水の力を発動、大地の守りである甲羅が消滅し籠手からは水が渦巻くように現れる。


「反撃開始?」

 

「あぁ、太郎は無理するな?あれの狙いは俺一人だ… それでセイリュウ様?嫌がる技というのは?」


 これが化身の嫌がる技なのかスザク様の嫌がる技のなかはわからない。ただ属性的な面で見れば水が火に強いのは当然だ。


 あれが嫌がる技の名は。


『水竜水縛り、まずは飛んで逃げられないように水竜を使って拘束、逆に捕まらないように注意すること。やってごらんなさい?』


「了解」


 水竜を出す。

 簡単に仰るが前にやった帯状に流れる水でシールドブレイカーを縛り上げたのとは少し違う。なんでもあれの強化版で水竜を出現させそれを操り動きを封じるらしい。


『炎も水も風も大地も同じ、私達の力にはこの星の意志が宿っている、化身はその象徴とも言える存在。でもあなたがやるのは何も化身を作れってことじゃない、ただ意思を感じ取り水に誠意を持って心から命じなさい?“食らい付け”とね』


 意思を感じ取るというのは昔炎を操る時に散々練習したのでなんとなく理解している、会話ができるわけではないが俺の体内にこいつに向かって話しかけろというのがあるのだ。だから言われた通り籠手を化身の方に向け手のひらを開くと渦巻く水に命じた。


「食らい付け!」


 その瞬間水は竜のような姿となり化身に向かい飛んでいく、成功のようだ。


「キェアァァッ!!!」


「あ、化身が逃げてく!」


「よほど苦手なんだな、よし追いかけろ」


 何か嫌なものを感じ取ったのか化身は飛び上がり逃げに徹し始めた、さっきまで俺に執拗に攻撃を繰り返していたとは思えない憐れな姿だ。しかし飛ばれると厄介だな。なかなか捕まらない。


『あらあら小さい、ずいぶん可愛らしい水竜ちゃんね?まぁぼうやに備わった程度の力ではそんなものかしらね、でも化身ごときの相手には丁度いいわ。ほらもっとスピード上げて、しっかり追わないと逃げられるわよ?』


 何か大事なものをバカにされたような気分だな… まぁそれはいい。セイリュウ様はもっと怪物みたいなやつを出せるんだろうか?俺ではあの10メートルくらいが精一杯だ。


 集中力のいる作業だ、あまり長くは保てないかもしれない、だが逃がさんぞ。


「キィアッッッ!?」


「捕らえた!」


 足に噛み付いた水竜はそのまま化身の体を這い絡み付いていく、そして決して離れぬと言わんばかりに首に食らい付き動きを封じた。文字通り水竜水縛りというわけだ。


『上出来、そのまま地面に叩き落としてやりなさい?ここからが本番よ』


 拘束し羽の動きを完全に封じた、化身は飛行を維持できず真っ逆さまに落下を始めた。後は落ちて身動きの取れないアイツをサーベルで…。


 ってほど上手くいくはずもなく。


「ギィァァァァアッ!!!」


「なにっ!」


『ふぅん… そう上手くいかないものね?放射した炎で水竜を蒸発させてしまった』


 そう、化身は全身から炎を吹き出し絡み付く水竜を消し飛ばしてしまった。スザク様はこれを読んでいたのかもしれない。流石だ、ウンザリするほど。


 そして水竜に怒りを覚えた化身は俺に鍵爪を向け迫る。


「しまった!」


『油断したわねぼうや、動けるうちになんとか抜け出しなさい?』


 セイリュウ様の最初の忠告も虚しく俺は捕まってしまった、爪が食い込んで死ぬほど痛い、本当に殺す気はないんだろうな?まぁ死なないんだが。


 化身は俺を掴んだまま上空へ飛び上がる。


 方角は家を向いている、このまま家に連れてく気か?子供たちがびっくりするだろうが、なんとか抜け出さなくては。


 でも…。


「動けないっ…」


『ここまでかしら?スザクも意地になりすぎね』


「本当それですよ、何を怒ってるんだあの方は…」


『鈍いわねぇ?』


 くぅっ!無理か?強すぎる。せめて左腕、籠手の力を使えれば。


 とその時だ。


「キィアッッッ!?」


 何か光弾が数発化身の体を撃ち抜き気を逸らした、そしてその瞬間爪が僅かに緩んだ。あれはコントロールトリガーのショットプログラムだ、攻撃したのはもちろん…。


「シロじぃ!援護するよ!」


「助かった太郎!これからこいつを落とすから一旦離れろ!」


「了解!」


 太郎だ、あの距離からよく的確に当ててくれた。レベッカさんに何か教わったか?


 俺はこの隙を逃さずもう一度水竜で化身を拘束した。


「食らい付け!」


「キィッ!?」


 この距離じゃ逃げられまい、上手くいった。


『いいわぼうや、また蒸発させられる前に今度はこう命じなさい、“食い荒らせ”と』


「了解」


 水竜の拘束により爪が緩み俺は脱出できた、だがこのままだとまた水竜が可哀想なことになる。なのでセイリュウ様に言われた通り俺は命じた。


「食い荒らせッ!」


 なんとおぞましい技なのかと俺はその光景に寒気がした。俺にも経験がある、でももっとヤバいやつだこれは。


「ギィッ!?ギィァァァァアッ!?!?!?」


 苦しんでいる、当然だ。


「水竜が… 化身の口の中に…」


『体を拘束してから内部に侵入し体を食い荒らす、それが水竜水しばり』


 おっかない… そりゃ嫌がるわけだ、こんなのスザク様でなくても嫌がるだろう、温泉セルリアンのあれよりずっと辛そうだ。


 やがて地に堕ちた化身には最初のあの美しさが見る影もなかった。喉の潰れたうめき声のようなものを漏らし地面をのたうち回っている。お得意の炎を発動する余裕もないらしい。


『とどめよ、楽にしてやりなさい』


 申し訳ありませんスザク様…。


 でも俺は、ミクの為なら何だってやる。


 そういう男ですッ!


「ハァー… ッ!」


 キン… とサーベルを抜いた音が、音色を奏でるようにその場に残り空気を揺らす。


 次の瞬間、化身の首は地面に転がり、全身から火の粉を巻き上げながら体を無に還していく。


 月明かりに反射する刀身には血の代わりに水竜だったものが滴り堕ちる。


 あまり気持ちのいいものではないな。


「シロじぃ!勝ったね!」


「ありがとう、太郎のおかげだな」


『私のおかげでしょうが』


「ええもちろんです、セイリュウ様もありがとうございます」


 勝ったな、なんとか…。


 これでミクを探しに行けるが、まだ無視できないことが一つ残っている。今回はそのおかげで結果オーライなのだが、正直めでたしめでたしで済ませていい話ではない。ちゃんと決着を着けておこう。


「セイリュウ様、先程は太郎が無礼な態度を取り本当に申し訳ありませんでした… 太郎もちゃんと謝っておけ?セイリュウ様はちゃんと話を聞いて協力してくださったんだ」


 太郎は俺の横に並びモニター越しのセイリュウ様と再度向かい合った。


「あの俺… つい熱くなってしまって…」


『私の何と何がでかいんだったかしら?』


「や、それはえーっと!?言葉のあやというかなんというか!?とにかくごめんなさい!生意気でしたぁー!!!」


『フフフ… いいわ、今回は不問とします。私もあなたの言う通り話を聞かなすぎた』


 セイリュウ様が笑った。

 太郎の何が気に入ったのかわからないが、本当に気に入られているんだな…。しかも俺は「ぼうや」のままなのに太郎はちゃんと「レオ太郎」と呼ばれている、既に俺より気に入られているのはなぜなんだ。


『ぼうや?今度レオ太郎を私のとこに連れて来なさい?謝罪ならその時改めて聞いてあげるわ』


「わかりました、近いうち時間を取ります… って、謹慎処分なんですが?」


『今更そんなことを気にするの?いいから来るのよ?わかった?レオ太郎もわかった?』


「「はい…」」


 そのあと優しく微笑むとセイリュウ様との通話は終わった、緊張していたのでどっと肩の力が抜けた感じがする。戦いに礼節、くたびれた…。


「シロじぃ… 俺ガーディアンクビになるのかな?」


 今更不安になってきたのだろう、腰でも抜けたのか地べたにぺたんと座り込み力のない声で俺に尋ねてきた。


「そうはさせないさ、俺の為にありがとう太郎?おかげで切り抜けられた」


「俺こういうとこあってさ?身内が嫌な目にあってると凄いムカつくんだ」


 つまらんところを遺伝しているようだな… もっと自己中でいいんだよ、もっと器用に暮らしてくれ。そんな風に思った。


 太郎を安心させるために、ミクのとこに行く前に少し話すことにした。


「セイリュウ様はあぁ見えて優しい、なんでかお前のことを本当に気に入ったんだろう、だから大丈夫だ」


「そうかなぁ?」


「そうさ、胸と態度がでかいとか言った時は流石に血の気が引いたけどな」


「へへ、だってでかいじゃん?」



 うんまぁそうだな… でかいな。

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