第32話 妨害

「いない… ミクがいない?」


 意識が遠退く感覚と声が聞こえなくなっていくようなあの感覚。妻のことを聞かされたあの時と同じだ。


 だが取り乱すな、ミクは消えてしまった訳ではない。俺は気を強く持ち先生に向き直した。


「状況は?」


「本当にごめんなさい、今セーバルが探しに出てる。あの子ならすぐ見つけてくれると思うんだけど…」


 目を離していたことの罪悪感だろうか、先生は目を伏せたままこちらを見れずにいる。ただ、俺は何も先生を責めようとは思わないし、何故誰も引き止めてくれなかったのかと疑問も抱かない。


 原因はわかっているからだ。


「ミクはなにか悩んでいるようでした。多分、俺のことなんだと思います。だからきっとそれで思い詰めて…」


「何かあったの?」


「いえ、でもほんの数日前からだったと思います。そういう目で俺を見ていました、今日出る時もあからさまに変だった」


 誰のせいでもなく、俺がミクを苦しめたのだろう。そう思うと俺も同じように目を伏せた。


「やっぱりわかるのね、あの子のことなら」


 先生はそう言って少し懐かしそうに微笑んでいた。


「そんな風に言わないでください、妻にもミクにも悪い」


「そうね… ごめんなさい」


 でも違う、どんなに同じでもミクと妻を同じように見てはいけない。俺も少し懐かしいと感じながらそれを否定した。


「それより早く探さないと、もう辺りも暗くなってきた。俺は行きます」


「待って?お客さんが来てるわ、あなたに話があるって、聞いてあげて?」


 そんな場合ではない、わからないかもしれないが俺はこう見えて焦っている。誰だか知らないが今日はお引き取り願おう。


 そう思い俺はもう一度外へ出ようとした。


「待ってシロじぃ!聞いてよ!」


 太郎だ、客とは太郎のことか?俺の帰宅に気付いたのか奥から顔を出すといそいそと玄関まで現れた。わざわざ来てもらって申し訳ないが今は話している場合ではない。


「太郎、大事なことなのかもしれないが後日にしてくれないか?今はミクを…」


「違うよシロじぃ!ミクちゃんのこと!俺のせいなんだ!」


「なに…?」


 この時、自分でも驚くほど感情を感じたのをよく覚えている。俺は気付くと太郎の頭に手を置き力一杯指で締め付けていた。そして静かに尋ねる。


「ミクに何をした、説明してみろ?」←握力増し増し声低め


「痛い痛い痛い痛い!?何もしてないよ!?そういうんじゃないから!?おとーさんお願いやめて!」





 話をまとめるとこういうことだ。


 太郎は俺を探して家をうろうろしてると二人で仲良くおしゃべりをするミクとセーバルちゃんを発見した、尋ねると俺は留守だと知る。二人はなにやら俺のことで盛り上がっていたらしくセーバルちゃんがお茶を用意してる間にミクは太郎に聞いたそうだ。


「奥さんのこと知りたいって…」


「話したのか?」


「ごめんなさい… 俺ユキばぁに聞いてたから少しだけ知っててさ?何も考えてなかったよ、ミクちゃんがどういう存在なんだってこととか、シロじいがどんな気持ちでいるのかとか…」


 余程罪悪感を感じているのか、太郎もまた目を伏せたまま俺の顔を見なかった。


 だから俺はそんな太郎の肩に軽く手を置くと言った。


「すまない太郎、気を使わせたな」


「そんな謝らないでよ!俺が話さなければこんなことにはならなかったんだから!?」


「いや違う、遅かれ早かれ知られることだったのに俺はそのことをミクに話さなかった。伝えられずにいたのは俺がそれを口にすることを恐れていたからだ。そうして先伸ばし先伸ばしにしていくうちにこういうことになった… 全て俺の責任だ、だから気にするな」


「いや気にするって… 俺正直シロじいの気持ちなんてまったく想像もつかないけどさ?今日俺がやったのが良くないことだってことくらいわかるよ」


 太郎はこう言ってくれているが、先にミクが何かに感付いて悩んでいたことやそれによって太郎に妻のことを尋ねたのではないかってことも考えれば、やはり原因は俺にある。

 

 本当は俺が直接、本当のことを全部、ミクに話さなければならないんだ。


「太郎はそれを伝える為にわざわざ俺を待っていてくれたんだろ?ありがとう」


「だからいいって!それより捜しに行くんでしょ?俺も行くよ!本当は家を出る前に引き止められたら良かったんだけど気付いた頃にはもういなくなってて… セーバルさんも明るいうちに探しに出たのにまだ戻らないし、なんか俺のせいで色々心配だ!」


 セーバルちゃんなら星の記憶に聞けばミクの行き先がすぐにわかりそうだが… 戻らないのはミクを説得しているからだろうか?それとも途中でトラブルにあった?太郎の言う通り心配だ、とにかく俺も行こう。


 俺達は話を済ませるとすぐに家を出た。




 出たのだが、ここで想定外の足止めをくらうことになる。

 帰りは歩いてきたし、その後ミクのことを聞いてすっかり頭から抜け落ちていたことがあった。まさか先程のスザク様がここまで本気になっていると俺は思っていなかったのである。


 まさか。


 ここまで本気で止めてくるだなんて。


「なに…!?太郎下がれ!」


「ちょっ!うわ何こいつ!?」


 ここは家からほんの100メートルも進まない辺りだ、恐らく見張られていたのだろう。どこからともなく赤い怪鳥が現れ空を覆い尽くした。


 そいつは昇ったばかりの月を背にけたたましい雄叫びのようなものを挙げる。


「キィアァァァァァァッ!!!」


 思わず後退りしてしまいそうな威圧感を押し付けてくるのは鳥型セルリアン、いやスザク様の放った力の化身だ。そういえば俺は謹慎処分だったな、まさか本当にこいつで阻んでくるとは。


「セルリアン!?」


「いやスザク様の化身だ、実は謹慎処分を受けてな。外出するとこいつが止めにくると言われていたんだがすっかり忘れていた」


「何それ!それじゃあ探しにいけないじゃん!」


「落ち着け今は緊急事態だ、事情を話せばスザク様だってわかってくれるさ?」


 俺は太郎を一度下がらせて一歩前へ出ると化身に向かい叫んだ。


「聞け化身!ミクが家出したんだ、だから今から探しに行きたい。今頃夜の森で怯えているかもしれないあの子を放ってはおけないんだ!どこかへ行こうとかそんなつもりはない、ミクを見付けたらすぐに帰る、約束する、必要なら罰も受ける。スザク様にそう伝えてくれないか?」


 伝えると大きな体を持つ化身は俺をじっと見下ろしセルリアン同様作り物のような目を向けてくる。だがそれだけだ、とりあえず止めてくる気配はない。


 よかった、様子がおかしいと言ってもスザク様は寛大な方だ。理由が理由なら聞き入れてくれるはずだ。


 …はずなんだが。


「いいか?通るぞ?」


 じっと黙っているようなので俺は頼みを聞き入れたということにして再度歩み始めた。


「大丈夫だ太郎、行こう?」


「うわぁ… し、失礼しますスザク様…」 


 俺の後ろをビクビクしながら着いてくる太郎、そして羽を畳みこちらの動きを伺っている化身。俺達二人がその横を通り過ぎ背を向けた時だ。


「キィアァァァァァァッ!!!」


「なにっ?」

「うわぁっ!?」

 

 ビリビリと空気を揺らし再度大きな叫びを挙げる化身。開かれたくちばしから炎が揺らめき、広げた羽から美しく火の粉が散る。忌むべきか美しい姿だった。


「あれ!?通っていいんじゃないの!?」


「スザク様そんなに怒ってるのか?それとも通じていない?直接本人に連絡してみるか」


「俺今日怒られてばっかだよぉ…」


 俺は今にも襲ってくるであろう化身を前にしながらブレスレットからディスプレイを出しスザク様にコールを掛けた。


「く、来る!」


「待ってくれ… スザク様なんで出ないんだ?」


 しばらく鳴らしているが電話に出る気配はない、その間にも化身は臨戦態勢に入り俺達を狙う。


 俺の話なんて聞きたくないとでも?なんとまぁずいぶんと器の小さいことだ、見損なったよまったく!子供じゃあるまいし!なんなんだ!


 その時、化身は遂に動き出す。


 俺達を目掛けて一直線。


「チッ… 太郎、下がれ!」


 すぐに四神籠手を装備して大地の守りを発動させた。化身が甲羅に衝突したその瞬間衝撃波が起こり、同時に言葉で言い表し難い甲高い声を挙げ大きく仰け反っていた。


「四神のセルリアンと戦うなんて冗談でしょ!?」


「そうならないようにはしたいんだがな」


「勘弁してよ…」


 本気の妨害が始まった。


 太郎が言うようにこのままでは戦闘になってしまう、しかも結構しっかりと作られたスザク様の化身を今の俺が倒せるかは怪しい、生半可では撃破されると見てスザク様も意地になって送り込んだのかもしれない。いつかの火山の時のように本人ではなく化身は化身に過ぎないとしても戦うのは心苦しい、こんなのは無意味だ。


 だが、ミクの為なら俺は押し通るくらいの覚悟はしている。


 相手が誰であろうと。


 さてどうする?









 日が傾いてる、みんな心配しているだろうか。


 心の中がどうしようもなくなってしまい、家を飛び出すと走り続けた。ただ一人になりたいと思った。一人になってそれから…。


 どうしよう。

 なにも考えていない、考えられない。考えるのは得意なつもりだったのに。


 一人で生きられるはずがなかった。

 私はいつの間にかジャパリパークにいて、どうしようもなくなっていた時にパークの職員さんに迷子センターに連れていかれた。そしてカコさんに会って、一緒においで?って言われて、今の家に連れてきてもらって…。


 そこで…。


 おじさんと出会った。


 今思えば最初に私を見た時おじさんとカコさんは少し揉めていたように思える。あの時は自分の置かれた状況が不安で堪らなかったので会話はよく覚えていない。だけど、きっと急に現れた自分の存在が二人にとって迷惑なんだと思ったから、私は酷く怯えながら「ごめんなさい」と言った。何度も謝った。


 でもその時、おじさんは震える私の頭を撫でながら私は悪くないって言ってくれた。ここが私の居場所だと言ってくれた。


 ミクって名前を付けてくれた。


 私は優しいおじさんが大好き。



 だけど…。



 おじさんは私じゃなくて奥さんを探してた。


 ミクって名前は奥さんの“かばん”って名前とは全然違うけれど、おかしな名前なのでそれは多分渾名で、もしかすると本当は未来ミクって名前を持っていたのかもしれない。

 奥さんと私は見た目こそよく似ているのかもしれない、でもきっともっと女の子らしい口調でおじさんにですますって使わない人だったんだ… 夫婦だもんね、そうだよね?だからおじさんは言葉を直させた。


 私が「僕」っていった時、おじさんは「女の子なんだから」って「私」と言うように注意した。


 私が「ですますございます」って使ったら、おじさんは「子供なんだから」って敬語をやめさせた。


 私が「シロさん」って試しに呼んだとき、おじさんは「シロでいいよ」って呼び方を直させた。


 名前や言葉だけではない。父の日にリボンをあげた時おじさんは嬉しそうにしてたけど、お揃いしたいって言ったら嬉しそうにしながら目が泣いていた。

 今思えば、奥さんは髪が長かったのかもしれないし、お揃いとかあんまりしない人だったのかもしれない。


 つまりおじさんが悲しい目をして私を見ている時、それはおじさんの期待に応えられていなかった時なんだと私は今更気付いた。


 やっぱり私はおじさんのこと何もわかってない、奥さんになりきれてないってこと。


 ごめんなさい…。

 上手に奥さんができなくてごめんなさい。


 私おじさんが笑えるなら頑張って奥さんやりたい… でも、それじゃあ私は?



 私って何?



 考えていたら涙が止まらなかった。

 おじさんは好き、多分自分で思ってるよりもっと好き。ヤキモチ妬いちゃうくらいには好き。


 でもおじさんは私のこと好き?


 違うよね… おじさんは奥さんが好き。

 いなくなってもおじさんに愛され続ける奥さんが羨ましいと思った。



 でもそれじゃあ…。



 私って何?




 悲しくて悲しくて、だんだん暗くなる森なんて怖くもなんともなかった。帰れなくなった時の不安なんてなかった。どうでもよかった。


 それくらい悲しくて堪らなかった。


 風が吹き葉が揺れる音と共にたくさん声をあげて泣いた。


 

 いっぱいいっぱい泣いた。



 泣いていたら…。



「みーつけた」



 って、優しく抱きしめられた。


「ママセーバルさん…」


「探したよ、一人で寂しくなかった?」


 フワリと空から舞い降りたママセーバルさん、私を探しにきてくれた。そして泣いている私を優しく包み込んでくれた。


 それから…。


「あの私…」


「何も言わなくていい、いっぱい泣いてからでいいよ?ミクが大丈夫になるまでセーバルこうしててあげるから」


 そんなことを言われたらもう何も我慢できなくなってしまって。


 私はまた声を張り上げて、ママの胸の中で泣いた。









「キィアァァァァァァッ!!!」


「あぁくそっ!いちいち重たいなっ…」


 名案が浮かばない、ミクが心配過ぎる。


 攻撃を受け止めながら考えていた。


 果たしてこのまま倒しに掛かってもいいものなのだろうか?尤も倒せるかわからない相手ではあるが、このまま守りに徹して時間が過ぎていくなら俺は戦うしかない、捩じ伏せてでもミクを迎えに行く。


「シロじぃ一度引こうっ!ミクちゃんはセーバルさんに任せるしかないよ!これじゃとても探しにいけないし、無理やり探してもミクちゃんにケガをさせるかもしれない」


「その通りだ… でも、俺が行かないと」


「意地になるなよ!無事に再会するのが先決だろ!ここで無理してシロじぃにも何かあったらどうするんだよ!それこそミクちゃんが可哀想だ!」


「耳が痛いな…」


 太郎に説教食らうとは俺もまだまだだな。


 太郎の言ってることは正しい、倒せるかわからない相手に無理に挑んで何かあれば本末転倒だ、いざミクが帰った時あの子は責任を感じ自分を責めるだろう。

 流れ弾が家に当たるかもしれないし、太郎にもケガをさせるかもしれない。


 ただそれでもだ。


 俺が行きたいんだよ… 俺があの子に全部伝えてやりたいんだよ。


「スザク様と連絡さえ着いたらな…」


「そうだ、ねぇ?他の四神は?スザク様に伝えてくれるかも!」


 なるほど…。

 と素直に思った。


 やはり少々冷静さを欠いている、なぜそんな簡単なことに気が付かなかった間抜け。


「名案だ… っと!伏せろ太郎!」

「うわぁ!?」


「キィアァァァァァァッ!!!」


 岩をも吹き飛ばす火炎弾が放たれた。

 俺は太郎の前に立つとそれをゲンブ様の力でなんとか上空に弾き飛ばすことができた。間一髪、実に容赦がない。本当にスザク様の意思なのか?


 さて、それじゃあ連絡を… 話しやすいビャッコ様にでも。


 …っと危ない!


 その時上空からの鍵爪攻撃、慌てて回避したその時、俺は誰かに間違って発信してしまったようだ。しまった、誰に… おおっと冗談キツいな?掛けちまったらもう誤魔化せないじゃないか。


 呼び出し音が一回… 二回… 三回… そして四回目がなったその時、その方は答えた。


『あらぼうや?あなたが私に連絡なんて初めてじゃない?どうかした?』


 一番気難しい人に掛けてしまった。


「あぁ~セイリュウ様、申し訳ありませんお忙しくなかっ… っ!?とと… なかったですか?」


 攻撃は容赦なく飛んでくる。

 危ないな、上手に敬語を使えると良いが。


『尻尾の手入れ中よ、手短に話して… なんだか騒がしいわね?』


「あぁ実はスザク様に連絡を… うぁっ!?」


「シロじぃが被弾した!?ヤバいヤバい!早く消さないとうわぁどうしよぉ!?アツ!アッツ!?」


『あらあら… ふぅん?そういうこと?把握したわ』



 話が早くて助かる。

 アチッ…。





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