第31話 白猫の話

 昔々、可哀想な白猫の男の子がおりました。


 白猫が住んでいたところには白猫の仲間がおらず、彼はよく意地悪をされてはやり返しの毎日でした。


 白猫は寂しくて悲しくて悔しくてたまりませんでした。


 そんなある日、白猫の父は言いました。


「お前はお母さんの故郷へ逃げなさい、お父さんは大丈夫だから」


 既にお母さんを亡くしていた白猫はお父さんを一人置いていくのが心配でしたが、ごく一部の親切な人達に助けられ彼は母の故郷へと一人旅立ちました。


 着くと、そこはまるで楽園でした。


 白猫の仲間の動物もいれば、様々な種類の動物が種族も関係無くみんな仲良く暮らしている。白猫もすぐに受け入れてもらえました。


 苦労もたくさんありましたが、白猫はそれでも満足でした。


 ある日、そんな白猫の前に女の子が現れました。その子は楽園に来る前に白猫をいじめていた人間という種族の女の子でした。


 でも女の子はとてもいい子で、白猫とはすぐに仲良くなりやがて二人は恋に落ちました。


 でも、同じ気持ちなのになかなか伝わりません。二人はたくさん悩みました。


 たくさん傷付き。

 たくさん苦しみ。

 たくさん泣きました。


 でもそんなたくさんの壁を乗り越えて、二人はやっと結ばれました。


 でももちろんその後も困難はありました。


 白猫は女の子をたくさん笑顔にできましたが、たくさん泣かせてしまいました。


 白猫も同じくらいたくさん笑顔になり、たくさん泣きました。


 重い病気に掛かり、女の子の元から去ろうとしたこともありました。


 その時も女の子をたくさん悲しませてしまいました。


 でも全部全部乗り越えてきました。


 二人で手を取り合って、時には仲間に力を借りて。


 白猫は乗り越える度に幸せであると、生まれてきてよかったと感じました。


 君と一緒なら、君の為なら、何だってできるよ。


 白猫は女の子の目をじっと見つめてそう思いました。


 ある日そんな二人の間に子供が生まれました。なんと双子です。


 君にそっくりな男の子と。

 あなたにそっくりな女の子。


 家族が増えて、白猫はもっと幸せになりました。


 白猫はこの楽園で家族や仲間達と幸せに暮らしました。








 パークでは有名な童話だそうです。

 実在したフレンズのハーフが本土からパークに移住した話がモデルで、一人じゃないよあなたにも存在価値や居場所がどこかにあるんだよってお話。でも元のお話はもっと長くて、白猫と女の子は最後島を守る為に火山で深い眠りにつくというもの。


 わかってる、これはおじさんのことだ。


 太郎さんの世代ならみんな知ってるくらい有名らしい、なのに私はそれを今日初めて知った。多分おじさんのことを… いや奥さんのことを私から隠したかったからだと思う。そんなに有名な話ならいつかは耳に入るってみんなわかっていたはず、こうして太郎さんが何も知らず私に話したように。


 何故そこまでして隠す必要があるの?それももうわかってる。


「白猫がおじさんのことで、人間の女の子っていうのが…」


「そう、ヒトのフレンズのかばん。シロじぃの奥さん… らしいね」


 ヒトのフレンズ。


 私と同じ。


 これは偶然なの?


 違う。


「そういえばミクちゃんもヒトのフレンズだったね?巡り合わせってやつかな?なんか運命感じちゃうよ」


 巡り合わせ?運命…?

 違う違う違う違う違う違う。


 そんなんじゃない、私がここに来るのは決定してたんだ。おじさんが優しいのもママセーバルさんもカコさんもみんなが昔のことを隠すのも全部私がヒトのフレンズだからだったんだ。


 私は同じなんだ、おじさんの奥さんと。


 それって嬉しい?ショック?

 変な感情がぐるぐると渦巻いている。


 おじさんが私を見て悲しい目をする理由がやっとわかった… 何でなのかな?私になんとかできるかな?助けてあげたいな?ってずっと考えてた。


 でも違う…。


 おじさんは私のせいで悲しんでた。

 私を見て奥さんを探してたんだ。

 私を見て泣いてたんだ。


 だけど私は奥さんじゃない、なにかふとした時にそれを感じてしまうからおじさんはあんなに悲しい顔をしていたんだ。


 おじさんは初めから私のことなんて見てなかった、私じゃなくてずっと奥さんのことを見てたから。


 私は奥さんじゃない…。


 どうして奥さんじゃないの?どうしておじさんの前に現れたのは私なの?私は… じゃあミクって子はなんの為にここにいるの?奥さんはどうして消えてしまったの?


「ミクちゃん?ねぇどうかした?」


「僕… 私あの… ちょっと失礼します」


「あ、うん… 大丈夫?顔色悪いよ?」


「平気です、本当に平気ですから」


 この気持ちをどうしたらいいのだろう。

 取り繕っていることが難しい、とても自分の心を偽れるような気持ちじゃない。太郎さんの言葉を聞き流し私は部屋を飛び出した。


 知ってしまったことをどうすればいいの?


 わかんない… わかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんないわかんない。



 私は何?



 私は…。



 誰?








 冷蔵庫にあったカステラを切っていたらお茶を出すくらいのことで少し時間が掛かってしまった。セーバルだってお嫁さんやってたんだから包丁くらい使えたはずなのに最近シロに台所を任せすぎたのかもしれない。

 ミクはあぁ言っていたけれど、やっぱりこれを期に料理をシロに振る舞うというのはいい考えかも、慣れてしまえばシロがいない時に料理を代わることもできるしカコにマウントを取れる。


 もう一度ミクと相談してみよう。


 そんなことを考えながら部屋に戻ると丁度出て行くミクの姿が目に入った。早足で去っていく姿はどこか妙にさえ思えた。


「太郎お待たせ、お菓子も持ってきたよ」


「やったぁカステラ!ありがとうセーバルさん?いただきまーす!」


「メッ! …それはいいんだけど、ミクどうかしたの?」


 手も拭かずに食べようとした太郎の手をはたき落としがらミクのことを尋ねた、単にトイレか何かならいい。杞憂ならそれでいい。

 ただ、さっきのミクの背中に何か不安を感じた。女の勘というやつ。


「イテテ… なんか話してる途中に失礼しますって?具合でも悪かったのかな」


「何の話?」


「シロじぃのこと、そうそう偶然だよね?ミクちゃんって奥さんと同じヒトのフレンズだ、俺話してて今更気付いたよ」


 思わずコップを手から落とした。

 

「あちょっとなに!?拭くものは!?」


 コンッ!と音をたて落ちたコップ、一口も飲んでいない麦茶がテーブルの上に広がりやがて床に流れ落ちていく。

 そんなこと気にも止めないほどセーバルの頭の中は真っ白になっていた。


「話したの?」


「待って拭かないと!」


 どうでもいい、お茶なんてどうだっていい。この時セーバルは少し取り乱してしまい、ついには太郎を怒鳴り付けた。


「ミクにそのこと話したのかって聞いてるのっ!!!」


「えぇ!?えっと… お、怒ってらっしゃる?」 


「早く答えなさいレオ太郎!!!」


「わぁごめんなさい!?ミクちゃんにシロじぃの奥さんのこと聞かれて答えましたぁ!?なんで!?」


 終わった…。

 

 シロほどではないけれどセーバルだってミクのことをよくわかっているつもり。今ミクは混乱してる、深読みする子だからいろんなことを勘違いしてるかもしれない。


 シロがあれだけ気をつけていたことが現実に起きてしまった。


「なんてことを…」


「もしかして… イケナイことだった?」


「うん… でもごめん太郎、ちゃんと言っておくべきだったね?怒鳴ってごめん…」


「いやいや全然!でもどうして?」


 太郎はミクと話して一緒に考えていたとき、昔ユキが話してくれたことを思い出したそう。昔のシロのことはユキからたくさん聞いていた太郎なので、きっとその中にヒントがあると思ったのだと思う。


 シロのことはパークでお伽噺のようになっている。“白猫の話”というのが絵本になって出回っていて、太郎はそれのもっと詳しい話をユキから何度も聞かされていた。


 だから太郎は知っていた、ヒトのフレンズであるかばんのことを… シロを置いて消えてしまった奥さんのことを。


 太郎はかばんのことを話すためにまず絵本の内容をミクに話した。


 そして勘のいいミクは考えるまでもなくすぐに己の事実に気付いた…。


「なんとも思わなかった?ミクがいて、かばんがここにいないってこと… それはフレンズの代替わりが起きてるってことだよ」


「そっか… ミクちゃんはかばんさんが帰ってこられなかったから新しく現れた…」


「ミクは頭がいい、こう思うはず… シロにとって自分は何?って」


 ミクはかばんの生まれ変わり。ミクとして生まれたってことはもうかばんはいないということ。フレンズなら例外はない、希に記憶の継承が起きている子がいるけれど、それでも全部ではなくほとんどの子は薄ボンヤリとした一部だけ。セーバルの知ってるサーバルやカラカルがもうどこにもいないように、ミクもまた姿形がかばんと同じでも別人。


 そんな子が前の自分のことを聞かされたらどんな気分だろうか…。


 わからない。

 

 違う人だよって言い返すかもしれない。そんなに似てる?って意識するかもしれない。知らんぷりするかもしれない。


 でもきっとミクは思ってる。


 大好きな人が自分ではなくよく似た違う人を見ている、優しかったのは自分にではない、別人だったんだと。


「俺… めちゃくちゃ余計なこと言ってるじゃん!どうしよう!?」


「落ち着こう、ミクなら話せばわかってくれるはず」


 太郎もことの重大さに気付いた、まずはミクを追わないと。まさか出ていったりしないよね?


 シロ… シロどうしよう?セーバルやっぱり失敗してばかり… 何度お詫びしたらいいかわからないよ。


 ふとあの夜を思い出してしまい彼と自分を重ねた。


 シロがミクに思ってることと言うのは、突き詰めるとセーバルがシロに思ってることと同じ。だからこそシロはミクを別人として扱おうと必死だった。


 小さくても自分の妻にしか見えないあの子にミクと名付けた、それはかばんじゃないってことを自分に教え込むためでもある。それから出来る限りかばんと区別するために言葉を直させて、自分のことも“シロさん”とは絶対に呼ばせなかった。


 それでもミクは所々でかばんのような仕草や言動、行動をシロに見せていた。シロはその度に嬉しくもなるけれど悲しくもなっていたんだと思う… セーバルと一緒、面影が心地好くもあり苦しくもある。


 表情が変わらなくなったはずのシロを見てミクがよく言ってた。


 おじさん楽しそう。


 おじさん悲しそう。


 おじさん困ってる。


 おじさん怒ってる。


 おじさん笑ってる。


 おじさん泣いてる。


 ミクには誰にも見えないシロの表情が見えてる。不思議な力なのかもしれないし、かばんの頃の記憶が僅かに残っていて自分の夫の細かい変化を教えてくれるのかもしれない。


 だからこそシロはあの子に救われていた、でも同時にあの子に苦しめられていた。


 そして、妻との区別ができていないそんな自分に嫌気が差していた。


「追いかけよう、シロが戻るまでにきちんと正しいことを伝えないと、太郎は自分の口からシロにこの事を伝えること、いい?」


「了解!でもまずはミクちゃんにも謝らないと!」











 許可は出せない。


 背を向けた俺に言い放ったスザク様の言葉、それは俺にとって信じ難いものだった。


「何故です?何の理由があるか知らないがフレンズが殺されているんですよ?小さな子供から親を奪ったやつがいるんですよ?」


「わかっとる、我とてお前を疑っとる訳ではない… それにそのサーベルからは前から邪念を感じていた、凄まじく強い怨みを… けものプラズムに思念を移すほどの怨み、ただごとではないことくらい我にもわかる」


 では何故?


 俺はそれを尋ねた。

 しかしスザク様は答えてはくれなかった。


「とにかくこの件は我ら四神で引き受ける!そして今後お前がこの件に関わることは禁ずる!よいな!」


「よくありませんね、俺は約束しました、ベルとも母親とも… 彼女の友人にも」


「命令が聞けんのか!ならばしばらく謹慎処分とする!うちに帰って頭を冷やせ!外出をした場合我が化身を送り込みお前の行く手を阻む、覚悟しておれ!」


「…」


 ずいぶん必死じゃないか?何故そうまでして俺を関わらせようとしないんだ?

 あまりに不自然、事の重要性はよくわかってるはずだ、俺がいつものように現場に行けばいいだけではないのか?何故四神が直接動かねばならない?


「シロ!返事が聞こえんぞ!」


「ちょっとスザク?頭ごなしに怒鳴り付けてあなたらしくもない… そんなにぼうやとのデートが最悪だったのかしら?」


「下らんことを申すなセイリュウ!お前には関係ない!」


「はいはい… 関係ないならなんで呼びつけたのかしら?」


 俺は最後まで返事をしなかった。


 しかし頭に来る態度だ、俺とセーバルちゃんならすぐに犯人も動機もわかると言っているのに。何故自分達でやると言い張って引かないんだ?


 らしくない… セイリュウ様の言う通りだ。あんなのスザク様のやり方じゃない。まともに理由も言わないなんて。



 何か深い訳でもあるのか…。







 それから…。

 謹慎処分というならお得意の化身でも使って送ってくれてもいいんじゃないかと思ったが、スザク様もあんな態度を取った手前変なことは言いにくかったのだろう。仕方ないので俺は自分の足で帰った。この間に寄り道したらどうなるんだろうか?やってみたいがわざわざ面倒なことはしたくない。


 ミクの様子が気になる、何か悩んでいるようだったので心配でならない、さっさと帰ってゆっくり話でもしたいと思う。とても納得いかないが謹慎なら謹慎でうちでの時間が取れるしいい機会かもしれない、例の件も四神が任せろというのなら少しの間任せてみようじゃないか。少しな。


 かなり不服ではある、だがいざとなったら強行すればいい。俺とセーバルちゃんしか見れない星の記憶を見るだけならスザク様にも誰にもわかりやしない。逆に誰にも説明できないというのが難点ではあるが。


 帰り道を進む足はやや急いている。夕方には帰る約束だったからだ。既に西の空は茜色に染まり、東の山から月が顔を出さんと待ちかねている様子だ。


 黄昏時というやつか。

 あの世とこの世の境界線が曖昧になるそうだ、だったら妻にも会えないだろうか?俺を後ろから見守ってくれていたりしないのだろうか…。などと期待を抱いてみる。


 一度足を止め振り替えると。


「…」


 行き交う人々、フレンズ達、夕焼けに染まる建物。そこに君はいない、当たり前だ。思わず小さなため息が出た。


 いるはずがない、何かいたとしてもそれが妻であるはずはない。妻はミクに転生しているのだから。


 ミクが来たばかりの時先生と話した、ミクは妻なのか否かということ。答えはNoだが、輪廻転生というものに基づけばYesだそうだ。

 フレンズの代替わり、世代交代にはしばしば前世の記憶が引き継がれるパターンが見られる。例えば俺のよく知るサーバルちゃんは会ったこともないミライさんの映像をみて涙を流したそうだ、誰かはわからないが大切な人な気がしたのだろう。

 つまり魂は転生し同じフレンズとして生まれ変わるということだと思う、だからミクも俺の変化によく気付くしまるで妻のようなことを言ったりしたりすることがある。もしかすると俺とのことも薄らと記憶に残っているかもしれない。


 ただ… それでも彼女がいないことも紛れもない事実。セーバルちゃんに言われた通り面影を感じてもそこにいるのは本人ではない。例え前世が彼女でも、今はいるのはミクだ。いつまでも妻を追い求めてミクを見ていてはダメだ。ミクはミクらしく生きてる、あとは俺が乗り越えなくてはならない。


 さぁ帰ろう、ミクが待ってる。

 俺は顔を上げ再び家路を急いだ。

 








「なんだ?少しざわついているような」


 家に着くといつも出迎えてくれるミクや子供達が現れなかった。職員の方が数人集まりソワソワとしている。何かあったのだろうか?


「あぁユウキくん!帰ったのね!」


「先生、何かあったんですか?」


「ミクちゃんが…」


「ミクが… どうしたんです?」


 血の気が引いていく感じがした、とても嫌な予感がする。続く先生の言葉に俺はあの時感じた感覚によく似たものを感じた。



「いなくなったの… どこにもいないの!」



 あの日、妻がいないことを知らされたあの喪失感だ。

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