第30話 知らぬが仏

「シロじぃ!これ頼まれてたやつ!」


「ありがとう、隊長にもよく伝えておいてもらえるか?」


「隊長は気にするなってさ?」


「そうか、すまないな」


 資料が届いた。紙媒体でないことには最早驚かない。

 コントロールトリガー… これはとりあえず置いておこう、今はなにより優先すべきことがある。


 太郎から届けられた資料にはコントロールトリガーの資料以外に代表を含む8名のリストが入っていた。どれもあの時見た顔だ、この中にいる… ベルの母親を殺したやつが。


「シロじぃ… 俺詳しくは教えてもらってないんだけどさ?それってやっぱり良くないことなの?」


 太郎はガーディアン。パークを脅威から守るのが仕事。


 この8人の内の誰かがフレンズ殺しをしているのがわかっていても、太郎はガーディアンとしてそいつの護衛に付けられるという可能性がある。パークの重役を守るのは任務の内だからだ。


 もし聞かせたら、太郎は守ってきた者達が秩序を乱していると知り何が正しいことなのかわからずに悩み苦しむことになるだろう。殺しを肯定することになるかもしれないし、自ら血を浴びるかもしれない。そして一生それを背負うことになる。だから太郎は知る必要がない、まだ責を負うには若すぎる。


 俺のようになってほしくはない。


 今は何も知らなくていい。俺が全て終わらせるまでは。


「気にするな、ここから先は守護けものの仕事だ」


「でも… でもさ!」


「太郎、助けがいる時は素直に頼る、だが俺がやらなくちゃならないことはお前にとって間違っていることかもしれない。俺が身勝手にお前を巻き込んでいい事案じゃない。だが、もしもこのことを何らかの理由で知り悩んでしまった時、その時は己の心に従え。お前がこうするべきだって心の底から思ったならきっとそれは正しいことだ、どんな結果でも俺は何も言わない」


 もしもの時、必ずしも俺が正しいと思うんじゃない。自分の意思で選択しろよ太郎。


 教えてもらえないことへの悔しさだろうか、太郎はかなり不服そうな表情をしていたがそれでも「わかった」と一言返事をした。


 今は面倒な事は忘れよう、太郎には教えられることを全て教えてやりたい。


「さぁウォーミングアップだ、ムカつくなら今からそれを拳に乗せろ、受け止めてやる」


「拳で語り合おうぜって?時代錯誤だけど、そうさせてもらう!」


 とことん付き合ってやろう、これからパークを守るのは俺ではなくお前なんだから。


 




 翌日。


 先生とセーバルちゃんを交えてリストを開いた、張り詰めるような空気…  になると思っていたが意外に二人とも冷静だ。


「アレクサンダー代表率いるパークの重役他7人… 単なる殺しではないわね」


「言えてる、犯人はこいつだね」


 セーバルちゃんの指差す先にはまっすぐアレクサンダー代表、正直一番に除外していた人物だったので彼女が真っ先に答えを出したのがかなり気に掛かった。


「代表?何故そう思う?」


「こいつは白すぎる、逆に胡散臭い。セーバルは初めて見たときから気に入らなかった」


 だいぶ勘… というかほぼ言いがかりだ。あのセーバルちゃんがそう言うのなら彼にも裏の顔があるのかもしれないが、無論それでは証拠不十分。吊し上げるには足りない。


「先生はどう思いますか?」


「一人とは限らない、仮にセーバルの言う通りで代表が主犯だとしても、命令しそれを実行させる人物がいるはず、全員ということもありうる」


「上層部には裏があって、ベルの母親はそれの犠牲になったと?」


「仮説よ、証拠がベルのお母さんの証言だけだと答えがだせないわ?しかもそれを聞けるのはユウキくんだけで、ハッキリと名指しもしてくれないとなるとね… 妄言と言われても言い返せない」


 何か大きな計画が動いていて、ベルの母親は巻き込まれてしまったのかもしれない。確かにこの8人全員がグルで、指示を出しているのが代表… とそういうことも考えられるのか。

 ベルの母親は「あいつ」と言っていたから、俺は1人犯人がいてそいつとベルの母親の間に何かあったんだと思い込んでいた。


 パークの運営全員が敵。


 そうだとしたら、俺が相手にしようとしているのはジャパリパークということになる。

 パークの為にパークを敵に回すか… スザク様との戦いを思い出すな。


「とにかく、四神に報告します」


「気をつけてユウキくん、この件… 怨みとかそういう次元ではないかもしれない」


「何にせよセーバルは協力を惜しまないよ」


「ありがとう、じゃあちょっと行ってきます」


 まずはスザク様。

 スザク様なら俺の話を聞いてくれるはず。


 君が直接話してくれたら助かるんだがな、なぁ母親?








「ミク?俺は少し出かけるけど、いい子で待てるかい?」


「うん、急だね?どうかしたの?」


「仕事さ、夕方には帰るよ」


 おじさんはいつものように私の頭を撫でた。私もいつものようにいってらっしゃいを言うつもりだった。


 けど…。


「あの…」


「どうした?」


 呼び止めてしまった。


 前にママセーバルさんと話してからいろんなことが引っ掛かってる。自分の中にある自分のものじゃないみたいな気持ちとか、ママセーバルさんにヤキモチを妬いてるとか… おじさんが私に優しい理由とか。


「えと… なんでもない!いってらっしゃい!」


 困らせてはダメだと改めていってらっしゃいを伝えたけれど、おじさんは私があからさまにおかしなことに気付いてしまい目線を合わせるように屈んだ。 


「ミク?悩みでもあるのか?俺になんとかできることなら言ってごらん?」


「だ、大丈夫!」


「大丈夫じゃないね?」


「うぅ…」


 どうしよう。

 どうしよう。

 どうしよう。


 きっとおじさんは困ってる、私が引き止めてしまったから、きっと急ぎの用だから。それなのに、せっかく聞いてくれてるのに私は答えられない、なにを聞いたらいいのかわからない。私は何を知りたいの?おじさんになんて言ってほしいの?私はどうなりたいの? 


 黙ったまま何も言えないでいたダメな私の頭をもう一度撫でながら、おじさんは言ってくれた。


「ミク?もしミクが何かに悩んでいて、その原因が俺のせいならそれを教えてほしいんだ、ミクが俺の事で悩んで苦しんでるのを俺は見ていられないよ」


「ちが… おじさんのせいじゃ!」


 あれ… これ、前にもこんなことなかったっけ?そんな私の違和感など知らず、おじさんは私の言葉を遮って話を続ける。


「そうだとしても、こんな時見てるしかできないなんて俺は嫌だな。ミクはよく俺を心配してくれるだろ?俺もミクが心配なんだ、わかるかい?」


「はい…」


 いつ… どこで…?えっとえっとえっと…。うぅ思い出せない、何を思い出したいのか、そもそもそんな思い出があるのかすらわからない。


「ゆっくりでいいし今すぐなんて言わないから、ミクが話せるようになったら話してごらん?いいね?」


「はい…」


「じゃあ、いってくるよ」


 私が小さく返事をするとおじさんはそれ以上何も聞いてこなかった。改めていってらっしゃいって言おうとしたのに、なんでか口が動かなかった。


 聞きたいこと?悩みって何?

 そうだ、おじさんはどうして私に優しいの?それってもしかして奥さんと関係あるの?


 ママセーバルさんの旦那さんのこと聞いてそんな風に思った。おじさんは私を不思議な目で見てくることがある。それはすごく悲しそうな目、遠くに別の人を見ているような目、じっと黙って私の中に何かを探しているような目…。


 でもだからって聞けないよ、ママセーバルさんだって詳しくは教えてくれなかったし、わざわざ話さないってことは話したくないってこと。きっと聞いたらおじさんは悲しむ、怒るかもしれない。それはきっとおじさんの目があんなに悲しみを秘めている理由だから。聞いちゃだめ、おじさんが話せるようになるまで聞いちゃだめ。


 そもそも、私の目にそう映っているだけで深く考え過ぎなのかもしれない、おじさんはみんなに優しい、私に限ったことじゃない。昔何かはあったのだと思う、でも奥さんがどうとかはやっぱり私が自惚れていただけなのかもしれない。

 

 だって私はここに来たときビクビクして怯えてた、知らないところで知らない人に囲まれて、どうしてこうなったかわからなくて、とにかく為すがままになっているのが恐ろしかった。


 おじさんが気にかけてくれるのはそんな私を見ていたからなのかもしれない。どこか危なっかしい子だと思って心配してくれているのかもしれない。


 変化によく気が付くのだって、単に私が顔色を伺いすぎなのかも、きっとそう。


 変に考える必要なんてない。


 そうだ、おじさんが帰るまでにママセーバルさんと一緒におじさんの喜ぶこと考えないと。でもおじさんは何を喜ぶんだろう?ママセーバルさんがため息をつきたくなる気持ちがだんだんわかってきた。


 奥さんだったらわかるのかな…。


 やっぱりおじさんのことならなんでもわかる人だったのかな…。


 いいな…。


 羨ましい。








 

「ふむ… 話はわかった」


「では捜査の許可をお願いします、こちらで現場に赴きセーバルちゃんに星の記憶を見させてもらえば犯人の動機まで知れるはず、すぐにでも取っ捕まえて皆さんの前に突きだしてやれます。その際は然るべき罰を」


 スザク様に連絡を取りパークの危機だと伝えると何も頼まずとも四神全てに来るように声をかけてくれた、そして今こうしてリストを渡し概要を話している。


「それが事実ならば確かにパークの危機、死活問題。じゃがまぁ待て?ハッキリとした証拠は今のところ無いのじゃな?」


「はい、星の記憶は俺とセーバルちゃんしか見れません。それにこちら… 彼女は滅多に喋らない。ついでに皆さんに声は聞こえないので」


 俺はそう言ってサーベルを展開させると鞘のままそれを杖のようにして床に突き立て皆に見せた。


「ううむ… すまんがそれだけではまだ許可を出せん、なにせ相手はパークの統括じゃからな?迂闊に嗅ぎ回るとどうなるかわからんぞ?」


「許可頂けるなら物騒なことにはしません」


「待てならんぞシロ、この島でフレンズが… ましてや守護けものに位置する者が人を殺めるなど!」


「殺めるなんて一言も言ってませんよ、それは相手の出方に寄ります」


 やはり… これだけでは弱いか。何かもっとハッキリとした証拠があれば。だが何も無いとしても俺はここで泣き寝入りなどするつもりはない。


「なぁ若いの?それ本当に抜けんのか?」


 その時スザク様に並ぶ残りの三人、彼女達は何も言わずにサーベルに目を向けていたがその内1人がそう尋ねた。ビャッコ様だ。


「抜けません、力の強さでなく彼女の承認がいるので」


「生きている剣か… 興味深い!このビャッコに貸してみせい!本当に意志が宿っていると言うなら確かめさせろ!それでくだんの件は認めよう!皆、それでよいな?」


 決して抜けぬというこの剣に単純に興味でも湧いたのか、なんとあのビャッコ様が挑むというのだ。彼女はまるで子供のような瞳、そして暴君のような態度で俺からサーベルを取り上げんとしている。


「これは友人の物です、乱雑に扱わないでいただきたい」


「ビャッコ、悪ふざけは止さんか!」


「いいじゃないスザク、私もそれで信じてあげるわ?少なくともそのボウヤの言ってることが嘘ではないとわかるもの」


「本当にその剣に意志が宿るとするならわしも考えようぞ。混血の者、そなたの言うことが事実ならば確かに危機、四神一同全力でその件に当たろう… だがそなたの口だけではまだ判断しかねるのだ」


 せめて彼女が話せる証拠を出せ。

 四神はそういっているのだ。


 セイリュウ様とゲンブ様の二人、この二人は面白がっているようにさえ思うが、それで認めてくれるそうだ。

 正直ベルから預かっている母親の剣をおいそれと渡したくはない、だがこれはかなり俺に譲歩してくれた条件。同時にかなり不服ではあるがそれで許可が降りるならここは四の五の言っている暇はない。


 本来であればベルに話を通したい案件だが仕方がない、これで前に進むのなら…。


「すまない… 一度手放すことを許してくれ?」


 俺は目を閉じ柄に額を当てるとそう呟き、ビャッコ様にサーベルを差し出した。

 実は少し気にはなる、果たして四神レベルでも彼女のルールが適用されるのか。


「ではいくぞぉっ!」

 

 楽しげな表情でサーベルを掴み引き抜く体勢に入った、満足してくれるといいが。 


「フンッ!… くっ!なん…!だと…!?」


「あらなによビャッコ?抜けないの?」


「何をっ!負けんぞぉ!うぉぉぉぉ!!!くっ……!!!ビクともせんッッッ!!!」


「なるほどビャッコでも抜けんとは… 面白い、意志があるというのは認めようぞ」


 四神を退けるとは。これは母親のベルに対する想い、そして自分を殺した相手への怨念が恐ろしく強いという他ない。俺もさすがに驚いた。


「そこまで!悪ふざけは終わりじゃ!」


 スザク様の一声によりビャッコ様も無事諦めてくれた。サーベルは俺の手に返される。


「認めるぞ若いの?このビャッコの豪腕に耐えるとは見上げた精神だ!確かにこの剣には魂が宿っているようだな、持ち主とは生きている内に出会いたかったものだ…」


「俺もです、話すなら面と向かって話したかった」


 受けとると緊張でもしていたのだろうか?剣から僅かに振動を感じた。四神相手に彼女も頑張っていたのかもしれない。


 よくやった、さすが隊長、さすが母親だ。


 キューブにサーベルをしまうと、俺は再度四神達に向き直した。


「皆さんこれでお認めになられましたね?約束通りこの件の捜査をさせてもらいます、彼女の無念は俺が必ず晴らしますので皆さんも対応の方よろしくお願いします。では失礼します」


 すぐに帰って明日にでもセーバルちゃんを連れてセントラルまで行こう、現場検証して星の記憶を辿ればすぐに何が起きたのかわかる。

 俺は一度深く礼をして四神に背を向け帰ろうとした。しかし、その時スザク様が静かに俺を呼び止めた。


「待てシロ」


「何か?」


 向き直すと最近のスザク様から一切見られなかったはずの圧迫感を感じた。神の名に恥じぬその佇まい… この時この方が四神としての責を最も重く考えている方だということを思い出した。


「許可はだせん、この件は我等が預かる」









「うーん… やっぱりセーバル達でご飯を作るのがいいかな?」


「でもおじさん食べないのに迷惑じゃないかな?」


「ミクがわざわざ用意したものを食べないなんてことはないよ、そもそもシロは食べ物を残すことを異常に嫌う。絶対に食べる、拒否することはシロ自身が許さない」


「えぇ… それもう目的が変わっているような気が…」


 おじさんが喜ぶことを考えていたはずなのに、なんだったら受け取ってもらえるかということにすり変わっている気が…。

 おじさんなら何を渡しても嬉しいって言うと思う、だからこそそれが本当におじさんが求めているものなのかわからない。


 というか。


「あの、これってママセーバルさんのお詫びなんでしょ?なんかおかしくなっている気がする!」


「確かに、セーバルはだんだん論点がずれていた。そして振り出しに戻った」


「「はぁ…」」


 おじさんのことを考えて二人してため息をついていた。色々考えたけど、私達二人共おじさんのことすごくよく知ってるんじゃないんだなって思った。


 もっとおじさんを知ってる人… おじさんの奥さんがいたらこんなの小さな悩みなのかな。


「やぁどーもお二人さん?シロじぃは留守?」


「あ、太郎さん!」


「いらっしゃい太郎、シロはちょっと野暮用。夕方には帰るって」


 頭を抱える私達の元に現れたのは太郎さんだった。あ、そういえば太郎さんっておじさんの…?


「あの、太郎さん?太郎さんっておじさんの子孫なんでしょ?」


「そうだよ、ウケるよね?」


「冴えてるねミク、太郎も巻き込もうか?お茶とお菓子持ってくるね」


「巻き込… え?あ、お構い無く!えっとなんの話?」


 ママセーバルさんは一度席を外し、そこには私と太郎さんだけが残った。

 状況が飲み込めないであろう太郎さんの為に今私達が話していることを簡単に伝えておいた。


「へぇ~?お詫びに何か喜びそうなこと?セーバルさん何したのさ?」


「それは私の口からは言えません」


「そ、そんな急に真顔にならないでよ… でもOK?そういうことなら力になるよ!任しとけって!」


「ありがとうございます!でも私達が思ってるほど私達はおじさんのことよくわかってなくて。結局振り出しに戻っちゃう…」


 よくわかっていない。その言葉に

 太郎さんも顎に手を当てながら顔をしかめて考えていた。


「こりゃユキばぁの話を一からお復習さらいしなきゃかな?まずは知ることかは始めるべきなのかも」


「ユキばぁ?」


「シロじぃの娘さんだよ、俺のこと小さい頃からすげー面倒見てくれたんだ?ついこの間まで生きてたんだよ?凄くない?さすがシロじぃの娘って感じ」


「おじさんの娘… 双子の妹さん?」


 いろいろ驚くことが多すぎた。どこから反応すればいいのかわからない。

 でも一つ言えることは太郎さんがママセーバルさんの話してくれなかったことを知っているということ。


「よく知ってるね?セーバルさんから聞いた?」


「教えて太郎さん!私今一番知りたいことがあって!実はすごく気になってて!」


「お、おぉ落ち着いて?いいよ、俺にわかることならだけど。なにが知りたいの?」


 聞いちゃいけないのかもしれない。


 知られたくないのかもしれない。


 でも聞きたい。


 知りたい。


「奥さんのこと!おじさんの!」


「シロじぃの奥さん… OK?俺もどんな人かって詳しくは知らないけど、ユキばぁは言ってたよ?」


 知りたい。

 

 聞きたい。


 でも。




「“ママはヒトのフレンズ、名をかばん”ってね?」




 知られたくなかったんだと思った。


 聞いてはいけなかったんだと。


 そう思った。

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