第29話 何も知らない

 私はミク。


 ヒトのフレンズだそうです、とても不思議だと自分でも思う。


 カコさんって見た目は若いのに凄い長生きな人のおうちにみんなと一緒に住んでいる。細かいことは知らないけれどここには長生きな人が三人いる。


 まずカコさん、それからママセーバルさん。そして私のことをよく気にかけてくれるシロのおじさん。


 そんなおうちで私はよくお手伝いをさせてもらうのだけど、私が何かさせて?と言うとおじさん達はいつも「子供がそんなに気を使うことないんだよ」って言ってくれる。でも私は私がお手伝いをさせてほしいからって頼み込んでちょっと無理にやらせてもらってる。お花の水やりはもう私の仕事。


 子供扱いが嫌なんじゃない。ただ私がお世話になってるのは事実だから、せめてみんなの役に立ちたいと思ってお手伝いをする。


 みんな優しくて、私はみんなが大好き。おじさん達だけでなく、一緒に住んでる子達もみんな好き。みんなは私と少し違うけれど、私もみんなも親というものがいない。だからみんなで家族なんだっておじさんもママセーバルさんもカコさんも言っていた。


 私やみんなにしてみれば、おじさんがお父さんでママセーバルさんはお母さんでカコさんは… 大きいお母さん?みたいな感じ。



 それで…。


 

 近ごろそのおじさんとママセーバルさんの様子が少し変わった… 気がする。



 根拠はない、何故かどことなくよそよそしく見えて、距離を取ろうとしているようにも見える。みんなは差ほど気にしてはいない、ベルに聞いても「そう?いつもと変わらないよ?」と言う。私自身上手く言葉で言い表しにくい。


 先日お昼過ぎに二人で一緒に帰ってきてからだったと思う。ただ仲が悪いのではない、おうちの中で二人の仲が険悪なのは悲しいしみんな不安になる。決してそんなことはない。ただ何かがおかしい… というか違和感を感じるようになった。


 例えば、ママセーバルさんが何か言いたげにじっとおじさんを見ていることがあって、おじさんがそれに気付きそうになると凄く絶妙なタイミングでその目を逸らす。

 おじさんの場合は直接言えばいいのに「セーバルちゃんに伝えておいてもらえるかい?」とわざわざ頼んでくることがある。


 かと思ったら二人とも普通に向かい合って他愛のないことを話していたりもするので、私は近頃の二人がよくわからないと感じていた。


 とか考えているとほらまた…。

 ママセーバルさんは窓からみんなとサッカーをするおじさんをじっと見つめている。


 華麗なリフティングでボールを取られまいとみんなを翻弄しているおじさん。ママセーバルさんは何もそのリフティングに見とれているわけではないと思う。そういう感じの目ではない… 気がする。


 それからママセーバルさんはゆっくりと目を閉じ小さく溜め息をつくと、そのまま窓から視線を逸らし再度残った洗濯物をたたみ始めた。私はそれのお手伝いをするつもりで話しかけてみることにした。


「あの、お手伝いしてもいい?」


 ハッと私に気付くとほんの少し慌てるようにママセーバルさんは答えた。


「わっ… ミクいつからいたの?全然気付かなかった。頼むほどではないけど、一緒にやってく?」


「うん」


 ニコりと笑い手招きをするママセーバルさんの隣に立ち、私もみんなの洗濯物をたたみ始めた。見ると確かにほとんどは終わっているようなので、二人でやる量でもない。


 聞くなら今なのかも。


「ママセーバルさん?」


「なぁに?」


「おじさんと何かあったの?」


「え…っ」


 あまりこんな風に聞くものじゃなかったのかもしれない、私が尋ねると手を止めてしまい珍しく表情がハッキリと驚いていた。


 そして私から目を逸らすと黙ってしまった。もしかしたら聞かれたくないことだったのかもしれない、でもだとしたらおじさんと何があったの?私には話せないようなことが二人の間にはあるの?


 そんなことが頭の中をいくつも過る。モヤモヤとした気持ちになる自分を否定することができない。とても複雑な… ハッキリと言葉にするなら嫌な気分。


 その時、静寂を破りママセーバルさんが答えた。


「もしかしてミクはヤキモチかな?」


「え?」


 ヤキモチ、つまり嫉妬のこと。私は心中を悟られたようでほんの少し怖くなった。だからイタズラな表情のママセーバルさんに慌てて返した。


「ち、違うの!」


「フフッ、大丈夫だよ?取ったりしないから?」


「違うのー!」


「フフフ」


 ニコニコと笑いながら話をはぐらかされてしまった。詳しく何があったのか結局聞くことができなかったのだけど、やっぱり何かが二人の間であったらしくママセーバルさんは少しだけ話してくれた。


「実はちょっぴりね、シロに迷惑かけちゃって…」


「迷惑?」


「そうそれで、シロはセーバルにお世話になったな~って時よくお菓子を買ってきてくれるでしょ?でもセーバルは何をしてあげたらいいのかわかんなくて… シロご飯食べないし」


 何があったのかは知らない。知らないけれど、ママセーバルさんはおじさんに何かお詫びをしなくてはならないらしい。何か贈り物するだとか、おじさんがされると嬉しいであろうことをずーっと考えているけれど、それがわからない。何せ普通ではないのでため息が出るほどわからないとのことらしい。


 そう言えばおじさんは守護けもののお仕事でここのことを任せきりになってしまった時はよくお土産にお菓子を買ってきてた、ちょっと高級そうな。そしてママセーバルさんは「苦しゅうない」と言ってそれを一口摘まんだ後にみんなのおやつの時間に出してくれた。いつもはそんな感じ。


 でも不思議で、おじさんは自分が買ってきたそのお菓子に決して手を付けなかった。私はそれが申し訳なさや食べてもらうことを目的としてたからだと思ってた、けど違う。


 そう、ママセーバルさんの言う通りおじさんはご飯を食べない。


 お菓子どころではない、思い返せば私達はおじさんと食事を取ったことがないのである。おじさんの料理を手伝ったことはあるけれど、一緒に食べたことはない。

 私は最初みんなの見てないところで食べているんだろうなと思い込んでいた。でもそれも違う。全然違った。


「食べない…?おじさんが?」


「そうだよ?知らなかった?」


 おじさんは生きるのに必要である食事自体をしないということ。それをこの時ハッキリと認識した。


「どうして食べないの?でも作ってる時は味見してるし、食べないのにどうやって…」


「食べることもできるけど食べなくても平気なんだって?それに眠ることもない、疲れはするけど眠くはならないって言ってた。不思議だよね、セーバルともカコとも違う」


 眠ることすらしていない… そんなことある?でも心当たりがある。私が夜にたまたま起きるとおじさんの部屋から明かりが漏れていたり、まだ星もよく見える時間なのにお庭で剣術の稽古をしているのを見たことがある。


「ママセーバルさんは… いつからおじさんがそうだって知ってたの?」


「ん~… 始めから?セーバルはカコに診察されてるシロも見たことあったし。拒食症と不眠症なのかと思われてたからシロはいろんな人に心配されてた。でも本当になんともないみたいなんだよね?証拠に肌の血色もいいし目の下にクマができない」


 私はこの時おじさんのことを何も知らないんだなと感じて恥ずかしくなった。何でも知ってるつもりだったから。


 だってみんなの気付かないような変化も私ならわかった。みんなが見て何も変わっていないと言ってる時も嬉しそうなのがわかった、困っているのがわかった、悲しんでいるのがわかった。でもおじさんがご飯も食べないし眠りもしないなんてそんな不思議な人だったことに私は気付くことができなかった。


 見てれば誰でも気付きそうなくらい簡単なことを今更人に言われてやっと気付いた、意識した。


「私… 全然知らなかった…」


「気にしてるの?でも当然だよ、シロは心配かけたくないからって子供達には話してなかったし。普通は必要なことを必要じゃないだなんてカコでも首を傾げていたもん」


 当然?当たり前?違うよ、よく考えたら私はおじさんのこと何も知らない。なんでそんな体なの?昔は何してたの?家族は?恋人は?歳は?どうしてそんなに悲しい目をしているの?どうして…。


 どうして私をそんなに気にかけてくれるの?


「ミク?どうしたの?おいで?」


 酷く情けない気分で、自分が間抜けに思えた。


 手を広げるママセーバルさん…。思わず飛び込むといい匂いがして、優しく私を抱きしめてくれた。


 おじさんとは違う慰め方、どちらも私は安心する。うずくまったまま私はポツリと話始めた。


「二人が最近変だなって思ってたの…」


「うん」


「でもみんなは気付いてなくて、なんか… 私はこういうのすぐわかっちゃうというか、何故か気付いてしまう、だからおじさんのことなんでも知った気になってたの」


「うん」


 聞かれたわけではない、でも勝手に話してた。聞いてもらえば答えが出るわけでもないけれど、懺悔か何かのような気持ち。


 悪いことをしたからとかじゃない、けどそんな気持ちで話してたんだと思う。


「でも本当は何も知らないって思ったの、おじさんのこと全部知ったつもりでいたけど、本当はほんの少ししか知らない… ママセーバルさんの方がずっとよく知ってて、なんか…」


「ヤキモチ?」


「わかんない、でもなんだか恥ずかしくなった、自惚れてた…」


 そもそも… 私は何?おじさんの何?娘?そんなの私に限らない、ここにいる子はみんなおじさんの子供みたいなもの。じゃあママセーバルさんとおじさんの間に何かあったら何?良いことでも悪いことでも、私が何か聞く権利はあるの?何か隠していたとしたら、それはみんなの為ではないの?


「ミク?ミクは本当にシロが好きだね?本当はなんでも知りたいよね?大好きな人のこと… でも聞けないんだね?知るとどこかへ行ってしまいそうだから」


「わかんない…」


「じゃあ特別にセーバルの知ってること教えてあげよう。でもミクにしかわかんないこともたくさんあるから、それをセーバルに教えてくれる?情報交換、一緒にシロの喜びそうなことを考えよう、どう?」


 私は顔を上げてママセーバルさんの目を見つめた。優しく微笑むその顔に母性を感じ、この人のことお母さんみたいに感じてるってハッキリ実感した。


 だから答えた。


「うん!」







 ほんの少し、おじさんの家族のことを教えてもらった。


 奥さんと、子供が二人… 双子。お父さんがヒトで、お母さんがホワイトライオンのフレンズさん。


 ホワイトライオンのハーフというのは聞いたことがあった。だから前にもらったぬいぐるみもホワイトライオンさんのやつだった。


「それから孫もいたの」


「お孫さん?どんな人?」


「当時は三人、そしてそのうちの一人のヒロユキがセーバルの旦那さん」


 えっと旦那さん… ってことは。


「じゃ、じゃあママセーバルさんはおじさんの義理の孫ってこと!?」


「そうなる。それでこの前は夫の命日でね?夫の元実家だったとこにお墓参りに行ってたんだけど、いろいろ思い出して離れたくなくなっちゃって… それで夜になっても帰らないセーバルを心配してシロが迎えに来てくれた」


 迷惑をかけた… というのはこれのことらしく、おじさんが迎えに行ったもののママセーバルさんはワガママを言ってしまいなかなか帰らなかったそう。それで結局夜が明けて帰りがお昼になってしまった。


「ミクはセーバル達が変だって思ってたんでしょ?」


「うん、だってママセーバルさんあれからなんだか寂しそうにおじさんを見つめてため息ついてるし… おじさんは逃げてるみたいだったから」


「逃げている… ふーん?なるほど」


 何か思うところがあったのか、ママセーバルさんはその目を細めキラリと光らせた。


 気になる…。


「あの…」


「やっぱり気になる?」


「えっと… はい…」


 申し訳なく感じた。

 あまり話したくないだろうし、そもそも隠していたのだから話せない理由というものがあるはず。それはママセーバルさんだけでなく、おじさんの名誉に関わることなのかもしれない。

 

 でもママセーバルさんはゆっくり私の髪を撫でると小さく微笑み話してくれた。


「シロがね、なんだか似てるんだ…」


「旦那さん…?」


「そう」


 旦那さん… ヒロユキ…さん?

 その人はおじさんの孫だから、子供の頃両親やおじさんを見て育っていたのだと思う。だからどこか似ているところやおじさんから学んだいろんなところがあったのかもしれない。


「それでね、セーバルは酷いこと言ったの」


「なんて?」


「シロを見てると彼を思い出して辛い、苦しいって… そんなこと言うつもりなんかなかったんだけど、彼ならこうしてくれるだろう言ってくれるだろうってことをシロがするもんだからついね?だからミクにはシロがセーバルから逃げてるように見えたんだね、自分のせいでセーバルが傷付いてると思ってるんだよ。多分逃げてるんじゃなくて、自然に見えるくらいでなるべく距離を取ろうとしてる、シロってそういう人」


 全て自分が悪い… ママセーバルさんは最後にそう付け加えて寂しそうに目を伏せていた。なんとなく自分でも以前と違う感覚は感じていたらしい、話せば受け答えもあるし他愛のないことも話せるが、どこか壁と言うか距離と言うか… 前と違う寂しさのようなもの。


「なんか… わかると急に寂しくなるね?前はこんなことなかったのに」


 ふと、その表情や雰囲気にどことなく覚えがある気がした。


 私の中のヤキモチと、わざと距離をおこうとするおじさん… それからなんとも言えないほど切ない顔をするママセーバルさん。


 なんだっけ… これ?

 ダメ、わかんない…。


 だけど…。


「ママセーバルさんは… おじさんが好きなんですか?」


 なんでこんなこと聞いてるの?私が聞いてどうするの?どうなるの?でも聞いてしまった。それはなに?多分… ヤキモチ?


 この問い掛けにママセーバルさんはもう一度窓の外のおじさんを見つめながら呟いた。


 聞きたい。

 いや聞きたくない。

 ごちゃごちゃと頭の中がかき混ぜられていく。





「そうだね…」





 その返事にきゅうっと胸が苦しくなっていく感覚を覚える。何これ?これ… なんだっけ?知らないっ、こんな気持ちに覚えはない。いや、来ないで…。



 息ができないみたいに胸が苦しい。



 でもその時、こちらに寂しげな目を向けたあの人は続けて言う。


「なんて… もしそう思えたら、今よりずっと楽になるかもしれないね?」


 その言葉を聞くと急に苦しさが和らいでいくのを感じた。まだ胸の奥が少しだけチクチクするけれど、あの人の寂しげな笑顔に救われている気がする。


 私… 僕… 安心してるの?ママセーバルさんがおじさんを好きじゃないから?


「ミク大丈夫?具合悪い?」


「あの… あの僕… 私… ごめんなさい」


 落ち着いて、ゆっくり深呼吸して、おじさんが教えてくれたリラックスできる息の仕方で。


「どうしたの?謝ることないよ?ごめんね?セーバル変なこと沢山聞かせちゃったね?」


 違うの、ママセーバルさんが悪いんじゃない、悪いのは私… 私…。落ち着いて。


「ううん、私も変なこと沢山聞いちゃったから困らせちゃったかと思って」


「セーバルは平気、ミク汗かいてるね?冷たい物でも飲もうか?作戦会議しよう」


「うん」


 落ち着きを取り戻して、私達は改めておじさんの喜びそうなことを二人で考えることにした。


 もっとおじさんのことを知りたいけれど、きっとこれ以上は教えてもらえない。多分おじさんが口止めしてるから。

 ママセーバルさんはそれを承知して少しだけ教えてくれたんだと思う、いつかおじさんが話せるようになったら自分で話すはずだから… だから少しだけ。少しでも沢山驚いたけど。


 ママセーバルさんはおじさんを見てその孫の旦那さんを思い出す… 辛いけれど面影に触れるのが心地よいからおじさんを見て切ない顔をする。



 じゃあおじさんが私をよく気にかけてくれるのは…。

 


 


 

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