第24話 怨念
殺してやる。
バラバラにしてやる。
それがサーベルを抜いたあの日以来初めて聞いた彼女の言葉だった。
頭に流れ込むのはとてつもない怒り、そして怨み。
ガーディアンの隊長クラスのフレンズがセルリアンに遅れをとるという事実には俺もベルもバリー隊長も皆が疑問を感じていたことではあった。ただやられたのではない、きっと何か訳があって負けてしまったのだ。そうしてベルを一人置いていってしまったことを悔やみ、その結果サーベルだけが残ったんだと。そう思い込んでいた。
だが俺は勘違いをしていた。
そもそも違ったんだ。
ベルのことは理由の一つに過ぎない、根本的な理由が今わかった。
そう、怨みだ。
「落ち着け早まるな… 誰だ?誰にやられたのか教えてくれ?」
俺はサーベルを抜くまいと渾身の力を込めて押さえ込みながら犯人が誰なのか突き止めようとした。だがそれでも彼女は聞く耳を持たない、今は完全に怨念と化し殺しのみを目的とした殺人剣に変わり果てている。そもそも会話自体が通じていない。一方的に言われるだけの状態。
俺の頭の中にはおびただしい数の怨みの言葉が響きつつけている。
『殺してやるッ!殺してやるッ!殺してやるッ!殺してやるッ!』
信じられないほと純粋に“怨み”。そんな怨念に当てられ続けていると俺自身もだんだんそうするべきだという考えが浮かび始めていた。だから今必死にそれはダメだと言い聞かせているところだ。
こう思っている。
彼女の怒りは正当だ、手を貸すべきだ、そんな悪人がいるなら切り捨ててしまえばいい。そいつのせいでベルは孤独になり悲しんだ、さぁ剣を抜け、彼女の為にも一思いに殺してしまえ。
そして言い聞かせる。
いやダメだ、そんなことは許されないと。
気持ちは痛いほどわかるがまず証拠を揃えて守護けものの前に突きだしてやるべきだ。正当な裁きを受けさせることがベルの為にもなる、なにもベルの目の前で死体を作る必要はないんだ。
そんな母の剣の異様な気配に気付くとベルは声を挙げた。
「おじさん!お母さんの剣はどうしたんだよ!教えてよ!」
どう思うだろうか… 母親が怨みでこの剣を残したと知ったら。
息子がどれだけ声を掛けても答えなかったのに、標的を見付けた瞬間に罵詈雑言を浴びせ始めたと知ったら。
今はまだタイミングではない、とにかく二人の安全を確保しなくては。
「ベル、ミクを連れて逃げてくれないか?まだ向こうにレベッカさんの車があるはずだ、落ち着いたら迎えにいく。だから頼む… ミクを守ってくれ」
だから俺はベルを頼った。
このままを剣を抜かせればとてつもないことになる、なんとかして押さえ込まなければならない。ミクもベルも怪我をさせるわけにはいかない。それに母親のこんなおぞましい姿を見せたくもない。
「ベル頼む」
「…」
この状態を見てベルにも聞きたいことが山ほどあるだろう。俺が話を逸らすと複雑そうな表情で少し黙っていたが、一度ミクの方を見るとすぐに顔を上げてミクの手を取り走りだした。
「ミク!行こう!」
「でもおじさんが!おじさんが心配だよ!」
「ミク、俺は大丈夫だからベルと行くんだ。必ず迎えに行くからそれまで待っていてくれ、いいね?」
ミクもまたこの事態で俺の身を案じたのか逃げることを渋っていた。だが君を守る為に俺がいるのに怪我をさせてはなんの意味もない、存在理由さえなくなる。
「ミク、すぐに行くから」
ミクは聞き分けがいい、かなり悔しそうな顔をしていたが最後はおとなしくベルと逃げてくれた。
「わかった!絶対きてね?待ってるからね?」
「あぁそれでいい、いい子だ」
ベルに手を引かれ走り去っていくミク。後ろ姿を見るとほっと胸を撫で下ろしたい気分だがまずはこいつだ。なんとか止めているがこのままではまずい…。
同時に犯人を突き止めてやりたいところだがこの状況ではそんな余裕はない、まずは危険を回避しなくては。
「ネコマタ殿!一体どうしたんだ!」
その時後ろで事態を知り引き返してきてくれたバリー隊長が来た。丁度いい、まずは安全の確保を頼もう。
「隊長いいところに、だが話は後だ。みんなを避難させてくれないか?こっちはなんとか止めてみせる」
「サーベルが… 独りでに動いているとでも言うのか?何故?」
「かなり怒っているように思える。このままでは危険だ、だからまずは避難を頼む」
「よくわからんがわかった、任せてくれ?」
助かった。
バリー隊長は直ぐ様行動し受付の女性や先程すれ違った背広の連中を外へ誘導し始めた。見事な手際だ、強いだけではない。
よし…。
そうして人が掃けていくのを確認すると俺は再度サーベルに尋ねた。
「聞け、いいか落ち着け?証拠も無しにフレンズが人を切ったとなればパーク全体の問題に関わりかねん、ここは堪えてくれ?俺が真相を突き止めてそいつに必ず報いを受けさせる、だから頼む… ベルの為にも」
静かに囁くように語りかけた。
だがその怨念は留まることを知らずついには俺の抵抗を押し返し始めた。
『邪魔をするなぁッ!』
その声と共にだんだんと刀身が姿を晒し始めた。抜く時もそうだったが、こちらの力の強さは関係ない。この剣を使うには彼女の意志が関係している。つまりどれだけ俺が強かったとしても彼女が許さなければこの剣は抜くことができないし、このままだと剣は俺を押し返し犯人を切り刻む為に外へ放たれるだろう。
が、それでも俺が今できるのは力業だけだ。仕方がない、四神籠手を使う。
「少し頭を冷やせ、話はそれからだ」
使うが… 両手が塞がっている今籠手を収納するキューブは展開できないのではないか?なんて欠陥をカコ先生が許すはずはない、勿論答えはノーだ。俺はサーベルが抜けぬように両手でしっかりと掴んだ状態で唱えた。
「フォースガントレット、音声コマンド」
その言葉にキューブが反応し声での操作が可能となる。
「いいぞそれじゃ… 装着っ」
次の言葉と共にキューブが展開され左手に四神籠手が装着されていく。そして籠手に備わる四神玉の効果により俺の肉体は強化されサーベルの抵抗を食い止めることができる。
「よしっ…」
抜きかかった剣は再び鞘に納められていく。だがこれでは状況は全く変わらない。
もっとしっかり固定しておかなくては。
「文句を言うんじゃないぞ?俺だって心苦しいんだ」
ではゲンブ様、お力お借りします。
四神玉のディスプレイにゲンブ様の紋章が浮かび上がった。これより使うは大地の守り。
発動と同時に俺の左手ごとサーベルを覆い尽くすように砂や石が集まってくる。ただの小石ではない、大地の守りは鉄壁の守り。邪念や怨念など負のエネルギーは浄化の対象となりより強く封じ込められるだろう。
やがてサーベルと左手が隙間なく覆われることでようやくこの事態を治めることができた。
とりあえず… だが。
「はぁ… 危なかった」
同時にサーベルの声は届かなくなっている、大地の守りに怨念も押し込まれた。これでは話は聞けそうにないな。
さて…。
殺ったのはどいつだ。
…
石まみれのサーベルを持ちながら外に出ると隊長がすぐに出迎えてくれた。
「無事だったか、どうなることかと」
「まぁなんとか… ところで隊長、逃がした人の中に不審な人物はいなかったかな?」
「不審な… いや、いたのは職員とパークの運営に関わっている方達だけだ、不審どころかいるのはトップに立つ人物だ」
あの背広の連中はパークの権力者とそれのお付きの方達だったということか。そういえば会ったことがなかった。この時代の代表はどんな人物なのだろうか?ここまで発展させたのは流石の手腕というべきか… なんと言うか。
そこに背広の一人、初老の男性でとても身なりがよく印象も柔らかい方がこちらへ来て俺達の会話に入ってきた。
「失礼?先程はどうしたのかなバリー隊長?なにか事件でも?」
「代表、いえ何でもありません。事態は終息しました… ネコマタ殿?こちらがパークの現代表、アレクサンダー氏だ。代表?こちらは新しく守護けものの位に着いたネコマタ様です」
隊長の簡単な紹介により俺は復活後初めてパークの代表と会うことになった。
雰囲気は良い方だ、今の代表がどんなヤツかと思っていたがとりあえず安心した。アレクサンダーか、覚えておこう。
「初めましてアレクサンダー代表、俺は…」
「貴方のことは勿論存じております!白炎の獅子!四神の皆さんからも話は聞いています、大ファンなんですよ!私も貴方を助けるためアンチセルリウムフィルターの件に関わっていたのです、パークを守ったお伽噺の主人公に会えるなんて感激だ!復活後は奥様のことでかなり塞ぎ込んでいたと耳にしておりましたが… とりあえずお元気そうで、安心しました」
目をキラキラと少年のように輝かせながら俺の右手も取るとかなり豪快な握手を交わした。まるでアイドルような扱いだ、こんなに喜ばれるならもっと早く会っておくべきだったのかもしれない。
なんというか、好印象を持った。
「代表失礼します… ネコマタ殿?それでその、サーベルは?」
隊長は俺を連れ少し代表と距離をとりながらサーベルについて尋ねた。私情が絡んでいた為か俺との個人的な会話に収めようとしたのだろう。
「手に終えないので封じ込めた、今この守りを解けばまた独りでに動き出すかもしれない、とりあえず帰るまではこのままでいることにする」
「そうか… いや、それが良さそうだ」
左手に籠手ごと固定されたサーベルを隊長に見せた。一体何故?と顔をしかめている。
やはり隊長には伝えるべきだろうか… 彼女の死の真相。
「隊長、聞いてほしいことが…」
彼女の友人であるバリー隊長ならばこのにわかに信じがたい状況でも力になってくれるかもしれない。そう思い彼女の死因のことを話そうとした時だ。
「おぉこれはまさか… サーベル隊長の物では?」
いつの間にか横から割り込むように代表が目を丸くしてサーベルに近づき触れようとしてきた。だがまだ危険なので俺はそれをすぐに制止した。
「おっと… 失礼?今不安定でね、ケガをさせるかもしれないので少し下がっていてもらいたい」
「あぁ申し訳ない… サーベル隊長はよく私の護衛を勤めてくれたのです、彼女との時間は特別だった。まさか、セルリアンに負けてしまうなんて…」
「お気持ち、察します」
代表は泣いていた… と思う。
普段はセントラルにいるのだろう、それでよく彼女と顔を合わせていたのかもしれない。特別な仲かどうかはわからないが。
「彼女のサーベルは何故このようなことに?」
石にまみれて固く封じられたサーベルをみて代表は不安の色を見せた。親しい人が亡くなりその形見がこれだ、悲しくもなるだろう。
この中に彼女を殺した真犯人がいます。
そう伝えるのは容易い、しかし現状サーベルの声を聞いたのは俺だけだ、証拠もなくあれこれ聞き回っても逆に犯人に煙に撒かれる可能性がある。
代表がいる今こそ真犯人を締め上げるチャンスなのかもしれないが、もっと俺の方で事実ハッキリさせてからにしよう、今は子供達のことも気になる。
「いえ、何故だか独りでに動き出したもので、危険なので封じ込めたんです」
「それはまた不思議な… 是非何かあれば私に言ってください?英雄の助けになるならそれ以上に手伝う理由などありません」
「ありがとうございます」
代表はその後すぐに部下の連中に連れられここを後にした。ここへは視察か何かだろうか?なにやら隊長に用事があったらしいが。
その時…。
「ん…?」
サーベルからにわかに振動を感じる、封印を破り犯人に復讐しようとしているようだ。
やはり、あの中か?
代表を含む去っていくスーツに身を包んだ数人。あの中にいると言うのか、君を殺したというやつが。
自然と力が入る。
殺してしまえと感じるのは彼女の怨念に当てられたからというだけではない、俺とて怒りを覚えるからだ。なんの理由でそんなことをしたのか知らないが彼女は息子を一人置いて命を奪われたのだ、そりゃ無念だし復讐したくもなるだろう。代わりに能々と生きてるなど許されん、バラバラにしてやりたいのは俺も同じだ。
「ネコマタ殿?どうした?聞いてほしいこととは?」
「隊長、代表と一緒にきたあの数人、彼らのリストがほしい、可能だろうか?」
「…彼らが何か?サーベルと関係があるのか?」
「貴女だけに話すが、信じても信じなくてもいい… だが俺はこれからそのつもりで動く、だからリストがいる、証拠を集めなくてはならない」
俺はこの時隊長にだけは全てを話した。
貴女もこの剣に宿る彼女の意思を感じたはず、貴女の友人サーベルタイガーはセルリアンにやられていない、本当は殺されたんだ。
あの中の誰かに。
間違いない。
「バカな、ありえん!パークの代表とその部下だぞ!」
「だから証拠がいるんだ、きっちり全員分、例外は無い」
「代表もか…」
「代表もだ」
突き止めなければ彼女はこのままだ。必ず犯人を炙り出して四神の前に突きだしてやる。
必ず報いを与えてやる。
…
その後ベルとミクを迎えにいき、そのままレベッカさんが俺達を家まで送ってくれるということになった。隊長の配慮だ。
確かにサーベルをキューブにしまえない以上はまた外を堂々と歩いて捕まりかねない、助かる。さらにこの状態だと四神の力も使えない。別の力を使うとゲンブ様の力が解除されてしまうからだ。もう大丈夫なのかもしれないが念のため帰るまではこのままだ。
そしてベルは、帰る間俺とは喋らなかった。母親のサーベルに何が起こっているのかすぐにでも知りたいはずなのに。
それはつまり、俺が今は何も伝えられないとわかっているということなのかもしれないし。あるいは、帰ってから落ち着いて話したいと思っているのかもしれない。
「あの… ねぇおじさん?どうなったの?それ、大丈夫なの?おじさんはなんともないの?」
だがミクは心配そうに尋ねてきた、こんなもの気にならないという方が無理だ。ミクの問いは至極当然。
「あぁ、平気だよ」
だから大丈夫だと伝えた。というかそれしかできないのが現状だ。
まず帰ったら先生と話そう、このサーベルについてわかってくれているのは今のところ先生だけ… バリー隊長にも伝えたが恐らくよく理解できていない。
理解できるはずがない、フレンズの遺留品など本来残るはずがないのだから。
ましてや、フレンズが他者に命を奪われるなんてことが起こるはずがない。起きてはならない。
こんなこと二度とあってはならない。
…
コゴクエリア、郊外の森。皮肉にも雲ひとつない満点の星空、輝く三日月は優しく俺達を見下ろしている。
「少しは頭が冷えたんだろうな、頼むから暴れないでくれよ?」
解放するとあの出来事が嘘だったかのように何の変哲もないサーベルが俺の手に握られていた。
聞きたいことは山ほどあるが、まずいくつか言わなくてはならないことがある。
柄を掴み引き抜こうとすると、サーベルは意外にもあっさりとその刃を晒し月明かりを反射させた。そして。
「…ンッ!」
俺は剣を地面に突き立てると、汚れも気に止めずその場に座り込んだ。
「あの様はなんだ?自分が守ると言い張った息子の前で恥ずかしいとは思わないのか?お前の役目はなんだ!死んでも尚息子を守ることか!それとも怨みを晴らすことか!」
こんな説教を垂れても今の彼女が答えないことはわかっている。恐らくだが、思念に残った目的に対してしか返事を返さない。
だから俺がベルの為に剣を抜こうとした時抵抗して声を挙げていたし、犯人を見付けた時は怨みをぶつけ自ら動き出した。
ベルやバリー隊長の語りかけに応じないのも、目的に関係ないからだろう。
だが思念の中にも良心のような冷静な部分が残っているので、ベルは自分が守ると言い張り誰にも剣を抜かせない。そして友人であるバリー隊長ならと気を許しかけた。
「君の気持ちはわかる、俺も過去に怒りでとてつもない過ちを犯した。手にかけた人数は一人や二人じゃない… だからこそあんなことは君にはさせられない、人数の問題ではない。君を殺ったヤツは俺が責任を持って見つけ出す、場合によっては俺が代わりに始末してやる!だから二度とあんなことはするんじゃない。怨みだけで動くな、ベルの為にというならその為だけに剣を抜け!この世にこんな形でも残ってしまったのならせめて母として力を使うと約束してくれ、頼む」
サーベルは守るためにある。
どの世代のサーベルタイガーもその信念は変わらないはずだ。
彼女からは返事がない。俺は手に取っていないし、掴んでいたとしてもやはり返事はないだろう… だが聞いてくれたと信じている。例え怨みが切っ掛けでもベルの為にと俺に剣を使うことを許してくれた君だから。
きっと届いている、
そして…。
「ベル、出ておいで?」
彼がそこにいるのも知っている、この歳になるとこれまでの経験でなぜかわかってしまうものだ。
その時俺の真後ろの茂みが揺れ、木の裏から彼が現れた。
「き、気付いてたの?」
「歳の功さ、おいで?お母さんにご挨拶しなさい」
ベルに理解できるかは重要ではない、かなり悩んだが彼には知る権利がある。
自分の母親のことを。
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