第21話 隊長

「太郎… なんだ久しぶりだな?あれからどうだ?」


「いっぱい反省することがあったから自分で鍛え直してたんだよ、これ見て?」 


 太郎の手元には呼吸のようにスムーズに光の壁が… いや盾が現れた。壁や盾という単純な物はそう難しくはない、あの薔薇に比べればそれはそれは簡単だろう。だが咄嗟に使えるかどうかが大事なのだ。

 技術と言うと聞こえはいいのだが、戦闘に盛り込む際は手順をごちゃごちゃ頭でおさらいしてる間にやられてしまうかもしれない。なのでただ出現させるだけではまだまだなのだが、手慣れた風にそれを出しているところを見ると太郎は完全に自分の物にできているようだ。


 どれ、それじゃ少し試してみよう。


「上出来だ、じゃあこれはどうだ?」


「…?ッ!?」


 完全に油断しているであろう会話の流れの中で俺が出したのは拳。


 自分の拳ではない、右手の手のひらからまるでビックリ箱のように光の拳を飛ばした。速度はまぁまぁ早いって程度だがこのタイミングで反応できるやつはそういない。さぁどうする?


 パンッ!と弾ける音が周囲に響き渡る。


「っぶね~… なにすんのさいきなり?」


「いやすまない、やるじゃないか?今のに反応できるなら完璧だ。強度も申し分無い、満点だな」


 なんと太郎は見事盾を展開させ拳を止めて見せた、我が子孫ながら誇らしいものだ。やはり俺よりも飲み込みが早い、異様なほどに。


「頑張ったんだよ俺?シロじぃに教えられたこと無駄にしたくなくてさ?」


「わかってる、凄いよ太郎は?ちゃらんぽらんかと思ってたらしっかり身に付けてくるんだから」


「ちゃらんぽらん… って何?」


 ん… もしかして今のは死語だったか?時の流れは恐ろしいな。簡単に説明すると太郎は不服そうに文句をたれた。


「いい加減で適当とかそういう意味だ」


「え… ひどくないそれ?俺子孫!あなたの!」


「悪かったよ、言葉のあやだ」


 それ以外にも太郎の成長は目まぐるしいものがあった。

 練度が上がり循環によるパワーコントロールも前より滑らかだし、俺が以前のように関節技を決めるとちゃんと関節を外して脱出してた。それならレベッカさんにも勝てるだろうと実に誇らしかった。子孫云々というより単に良い弟子を持ったとそう感じる。

 もう訓練では既にレベッカさんを負かしてドヤ顔でも決めているのだろう。そう思い尋ねてみたところ、意外にもこんなことを言うのだ。


「いや… 先輩には勝てなくて…」


 耳を疑った。


 力や体躯は上回っているはず、サンドスターコントロールを使っているのだから。野生解放でごり押しでもされない限り太郎は負けない、それに関節技にも対策を取れている。それほどまでに強いとでも言うのか彼女は?


「何故だ?技術以外は今のお前に敵わないはずだ」


「なんかその… 調子出ないって言うか… って別にいいでしょ先輩のことは!はい続き続き!」


 話を逸らすように俺に向き直す太郎、その姿にどこか心当たりがある。少し顔が赤いので鈍感な俺でもなんとなくそう感じる。多分そうなんだろう。


「ほぉ?」


「なに?」


「いや、なんでもない」

 

 さては本格的に恋に落ちたな?そうだろうそうに違いない、さすがの太郎も惚れた女には勝てんか?しかし嬉しいな、あとはレベッカさんがその気になればもう思い残すことはない。太郎のこと頼んだよ。なにスザク様?昔のことだな。


「あ!絶対変なこと考えてる!」


「さてな」


「あーもうそんなんじゃねーし!くそー覚悟しろ!」


 なんて俺の理想を押し付けながら太郎の相手を勤めた。


 動きは申し分無いのだからそろそろコントロールによる攻撃手段を教えてやらなくてはならないだろう。あのコントロールトリガーってやつと合わせて使えばかなりの戦闘力を身に付けられるはず、そうすれば太郎はガーディアンで一番有能になれるかもしれない。


 そうだ…。俺はそこで前々から気になっていることを思い出した。


 コントロールトリガー。


 あれはそもそもなんだ?どこ発祥の武器なんだ?サンドスターコントロールをより簡略化した武器なのだとしたらサンドスターコントロールを太郎達が知らないのはおかしくはないだろうか。どーも引っ掛かっていたので 食事の後ゆっくりと尋ねることにした。


「コントロールトリガーのこと?」


「あぁ、あれがサンドスターコントロールの機械制御だとしたらこの時代でコントロールの存在が廃れているのは何故だ?誰かが理解していないとそもそもあんな物は作らないはずだ、作ったのは誰だ?」


「考えたことなかった… そうだよね?誰でも簡単にできるようにコントロールトリガーがあるんだから知ってる人が作ったってことだ… え、誰が?」


 太郎は何も知らないらしい。ならば誰が知っている?とそう考えたとき、真っ先に頭に浮かんだのがカコ先生だった。


 今は積極的に外にでてる先生だ、パーク運営側にその天才的な頭脳で知恵を授けているとしてもなんら不思議なことではない。何よりあの人はサンドスターコントロールのアルファとなる人物。

 セルリアンの対抗にフレンズが不可欠だとするならば、フレンズの強化の為にサンドスターコントロールを使うのは妥当。訓練して身に付けるよりも機械制御で誰でもすぐに扱えるようにするのはどこか先生らしくすらある。


 と思っていたが… どうやら本人曰く違うと言うのだ。


「知らないわ、そもそもサンドスターコントロールは戦いを目的としたものではないもの、あなたならわかるでしょ?」


 そう、始まりは先生がサンドスターを保有したことだ。先生は研究の一環として自身の体がどういう状態なのか調べつくし、やがて体内のサンドスターを操れるまでになった。


 そして俺は治療の為にそれを習った。


 飽くまで治療と予防を目的とした習得だったので、戦いに使い始めたのはその数年後になる。これは戦闘にも生かせると気付き俺がやり始めたことだ。


 対してコントロールトリガーは始めから戦闘を目的としている。いや、寧ろ戦闘のみに特化してサンドスターコントロールの他の利点を削っている。故に武器と呼ぶわけだが。


「あれは配備されてからそれほど経っていない武器だと太郎が言っています、それはつまりここ数年以内に誰かが作ったということで、この時代までサンドスターコントロールを知っている人物がいたということになります。廃れて忘れ去られたはずの技術をです」


「そうね… でも悪いけど私は何も知らない。気になるならガーディアンの本部へ行ってみたら?レオくんはまだ新人だし、隊長クラスなら何か知っているかもしれないわよ?」


 ガーディアン本部に直接赴けと言うのか?そんな簡単に入れる建物ではあるまい、丁寧なアポを取らなくてはならないはず、本部なのだから。だが名案ではあると思う。

 なので俺は後日太郎に連絡を取りそんなことが可能なのかと簡単に確認を取った。その答えは…。


「あぁうん、いいんじゃない?隊長に聞いといてあげようか?」


 実に簡単だった。


 そんなことで良いのかガーディアン、機密などもあるのではないのか?そんなガバガバなセキュリティだからシールドブレイカーも街に入ってくるし訳のわからん人拐い組織もパークに入り込むのではないのか?まさかわざとこのネコマタの仕事を増やしているのではあるまいな?とまぁ、とりあえず行けるのならその辺の不始末は置いておこうか。今回はな。


 俺は暇を作りガーディアンの本部でコントロールトリガーについて調べてみることにした。バーバリライオン隊長には既に太郎から話を着けてもらった。


 そこでだ。


「ミク?ベルも、ちょっとおいで?」


「はい!」

「なーにおじさん?」


 社会科見学… というつもりでもないが二人を連れて行くのはどうだろうか?ミクとの時間も大事にしたいし、ベルにも母親の職場を見せてやりたい。支部違いではあるが。


「これから太郎の職場に用事で行くんだ、だから二人もどうかと思って」


「太郎さんの職場?」

「それってガーディアンの?いいの!?」


 なんだか小さい頃のうちの双子を見ている気分になった… 「よし今日はライオンおばちゃんのとこへ行こう」とか「水辺に行ってPPPに会おう」なんて言うと今の二人のような反応をしたものだ。


 クロはその頃から何の用で行くのかって考えたりする子だった。本当に自分の着いて行っていい用事なのかとか子供にしては考えすぎだったっけな。


 一方ユキは真逆で行けることをただ楽しんでいた。いや逆と言うより子供らしく言われたことを真っ直ぐに捉えてくれて、俺が声を掛けると嬉しそうに跳び回って喜んでいた。


「あのでも… いいの?」

「行く行く!早く行こう!」


 そう、丁度こんな感じだ。

 誘ってるくらいなんだから疑問なんて感じることないのに… まったくミクは気を使い過ぎだな、子供は子供らしくあるべきだ。


「今日は危ないところには行かないしミクとはこうして外出するのは初めてだろう?ベルもお母さんがどんなとこにいたのか見て感じてみたいだろうと思ってね」


「本当にいいの?おじさんありがとう!」

「ありがとうおじさん!」


「太郎には二人追加だと伝えておこう。それじゃ行こうか?」


「「おーっ!」」








 本部とは言ったが、ガーディアンには大きく分けて三つの支部がある。


 パーク全体の地図を見た時、太郎達のいる西本部があるのがキョウシュウ。担当エリアはアクシマ、キョウシュウ、ゴコク、アンイン、サンカイ。


 隣が中央本部でありセントラル。担当エリアはホクリク、ナカベ、カントー。


 その隣が東本部、ホッカイにある。担当エリアはホートク、ホッカイ、そしてリウキウ… 島の形がそうなので仕方ないが寒暖差の激しい過酷な担当エリアとなっている。


 担当エリアが最も多くより早い対応が求められるのが西。

 過酷な環境下でより強い精神力を求められるのが東。

 セントラルに集まるパークの重役の警護など、最もセキュリティに力を入れているのが中央本部。


 全て太郎から聞いた。東の連中は寡黙な人が多いしセントラルの連中は堅物で仕事の鬼だから、たまに集まることになると西の雰囲気が自分に一番合っていると身に滲みるそうだ。


 移動中、ベルとミクが話していた。


「お母さんがいたのは中央本部、だから僕もみんなと暮らすまではカントーにいたんだ」


「そうなんだ?カントーってどんなところ?」


「別に普通だよ?でも、ゴコクやキョウシュウよりはずっと都会って感じ!なんてたってパークの中心、セントラルがあるからね!」


「へぇ~、賑やかそう!おじさん?いつか行ってみたいね?」


 セントラルか、妻とはまともな用事で行ったことがなかったな…。


 そう思うとミクの言葉がどこか心に刺さるように感じた。妻とはそうだったが、いつかミクを連れてセントラルを観光するというのも悪くないかもしれない。妻の分まで楽しんでもらうのだ。


 だから俺はミクを見て答えた。


「あぁ、そうだね」


 返事を聞くとミクは俺に笑いかけ、お揃いのリボンを揺らしながら喜びを表していた。








 到着すると駐屯地みたいなところの門で受付と話した。


「午後から訪問の予定なんですが…」


 そこまで言うと受付の女性は何か察したらしく、俺が名前を言う前に答えた。


「あ!バーバリライオン隊長の方から一報頂いております、守護けものネコマタ様とお連れの方々ですね?ではあちらの検問を潜りそのままお進みください?迎えの者が待っておりますので」


 ネコマタ扱いでの訪問になっていたか。隊長からの指示なのだろうが、ガーディアンの中で俺をシロと呼ぶのは最早太郎だけなのかもしれない。わかってやっていたことだがこうして守護けもの扱いを受けるのはやはり複雑なものだな。


 それから検問とやらだが。


 空港なんかにある金属探知機のような門状の物をくぐるタイプで、俺は四神籠手とサーベルでそれに引っ掛かりその2つを収納しているキューブを渡すように命じられた。ガバガバなセキュリティなんて言って申し訳なかった、しっかりしてるじゃないか。しかしどちらも大事なものなのでできれば返してもらえないだろうか?サーベルに至ってはベルの母親だ。


「構わん、返してやれ」


 その時後ろから勇ましくも女性らしい声がした。その言葉を聞いて武器を取り上げていた守衛の男性はすぐに敬礼と返事を俺の後ろの人物に返し、その後にキューブは両方とも俺の手に戻された。


 後ろにいたのは。


「申し訳ないネコマタ殿、決まりでな?非礼を詫びよう」


「いや間違ったことなどないよ、こちらこそ面倒をかけた… 申し訳ないバリー隊長、ご無沙汰しています」


 バーバリライオン隊長のお出ましだ。まさか迎えの者というのは彼女なのだろうか?隊長が自ら客人の迎えとは考え難い、俺たちはどんな待遇を受けているのだろうか?もしかすると何かお手数を掛けたのではないかと不安にすらなる。


「バリー隊長!?わぁ… 本物だ!本物のガーディアンの隊長だよミク!」


「隊長?よくわかんないけど、すごく強いってこと?」


「強いだけじゃないよ!なんかもう… めちゃスゴ!」


「やっぱりわかんないよぉ…」


 ベルが特に盛り上がっている。こちらのバリー隊長に並んで中央本部の隊長だったのがベルの母親… 彼女を見ていると余計に母親がセルリアンにやられたというのが疑わしく思えてくる。

 隊長は興奮するベルを見るとハッとしてその場にしゃがみこみ、じっとベルの目を覗きこむと尋ねた。


「君は… サーベルの息子か?大きくなったな、私のことは覚えていないと思うが」


「バリー隊長… 僕を知っているの?」


「サーベルとは同期だ、彼女は誰よりも強く正しい心を持ったまさにガーディアンと呼ぶに相応しいフレンズだった… お母さんのことはお悔やみを」


 ベルを見た隊長は彼の母を思い出すと悲しい目を向けていた、友人だったのだろう。物心着く前のベルを知っているということは出産の後にお見舞いに行ったりしていたのかもしれない。


「僕、大丈夫です!あのバリー隊長?お母さんの友達として見てほしいものがあるんですけど?」


「なんだ?」


「それじゃあ… おじさん?サーベルを出して?」


 ベルに言われ、俺は何も言わずにキューブを展開した。普段はなかなか取り乱さないであろう隊長がそれを見てずいぶんと驚いた様子だった。


「何!?まさかこれは彼女のものか!報告は受けていたが… この目で見てもまだ信じられん」


「セルリアンにやられたのにこれだけ残ってたって」


「すまない、持ってみても?」


「うん、バリー隊長もお母さんに何か言ってあげて?」


 サーベルを受け取った隊長は何か思い出しているかのように額を柄の部分に当てると、そのまま静かに目を閉じていた。そしてこれは確かに彼女のものだと感じ取るようにもう一度目を開くと、こう呟いた。


「未だに… お前が敗北したことが信じられん、こうして剣が残っているなら尚更だ。私は何があったのか知らぬままお前を見殺しにしてしまった。昔、己の力を過信しヘマをした私を助けてくれたな?その時の借りも返せぬままだ…。すまない、そんなお前を助けに行くことすらできなかったことをずっと悔やんでいる。もしこの言葉が届くなら、生まれ変わった時にどうか私を殴ってくれ… このままでは私の気が収まらない」


 まるでそこにいるかのようにサーベルに話しかけている姿を見ていると、そのサーベルに潜む彼女の思念が隊長に語りかけることを期待してしまう俺がいた。

 

 だからこそ一つ確認したい、しなくてはならない。


 俺は隊長に尋ねた。


「隊長、貴女はそれを抜けるか?」


「サーベルを?どういう意味だ?」


「言葉通り、良ければ試してみてもらえないだろうか?」


 言葉はないが小さく頷いたバリー隊長。彼女はサーベルを持ち直すと引き抜くために両手に力を込めた。


「く…っ!これは!」


 やはりダメ… いや、まだ決めつけるには早い。隊長はさらに力を込める。


 その時…。


「くぅっ…!」


「あ!」

「剣が!」


 鞘から刃が見え隠れしている、ゆっくりと… そうゆっくりと剣が抜け始めたのだ。


 ベルの母親が彼女の意思に応えているんだ。


「くっ… ダメだ…!」


 誰もが抜けると感じた、しかし友人に対してもこの母親は頑固らしい。三分の一ほど抜けたが鞘に引き戻されてしまった。


「何か意思のようなものを感じる、彼女は私に抜かせる気がないのかもしれない」


「じゃあ… やっぱりおじさんだけだね?これを抜けるのは」


「貴方は抜けるのか?流石は守護けものだ、私では半分も抜けなかったのに」


「守護けものかどうかは関係ない、少しでも抜けたならきっと彼女も貴女に対して言いたいことでもあったのだと俺は思う… そういうことにしませんか、隊長?」


 そうなんだろう母親?隊長に何か言うことはないのか?サーベルを返されると俺は心でそう尋ねた。だが当然のように母親の声は聞こえない。ため息混じりにそれを確認すると、俺は剣をキューブに収納した。




 さて、本題に入ろうか。

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