第20話 父の日
「よーし!どこからでも掛かってくるがいいぞ!」
「では参ります」
開始の合図と共に四神籠手を展開させた。引き出す力は風、そして向かうはその力の源であるビャッコ様だ。
この方は師匠並に戦闘狂、故にこうして力の練習に付き合ってくださっている。本物相手とは実に贅沢な修行だ。
間合いを詰める時、四神の力は使わず肉体のみで俺がよく行っている
だがビャッコ様と行う修行はそれよりもっと力業のやつを使う。
四神玉のディスプレイにビャッコ様の紋章が浮かび上がり俺の体を風が包み込む。そして風は俺が踏み込み前に出る瞬間追い風となり体を押し出した。
そして加速する。
デート中の太郎達を助けに行くのに使った
よしもらった。
瞬時に距離が縮まり躊躇なくビャッコ様に拳を飛ばす。女性に手を上げるのは最低だなんて思わない。この方は四神の一人ビャッコ、師匠と同じで手を抜くと一瞬でやられる。手を抜くのは最大の侮辱。
だからまずはまっすぐ顔面に向かい右ストレート。
だが。
「よろしい!使い方が上手くなったな若造?だが
受け止められた… いや実質避けられた。俺の拳は寸前で止まっている、手首を掴まれたのだ。完全に見切られた。
「そらよっと!もう一度ッ!」
「はい!」
真上に軽々と投げられると宙返りで体勢を整え着地の瞬間また同じように距離を詰める。
この修行は一撃入るまでそれらを繰り返すというものだ。
これまで風の力は斬撃のように飛ばして使うことが多かったが、ビャッコ様からは主に肉体強化に使うほうが良いと習った。俺に宿った程度の力では風を放ってごり押しするよりも細かい動作に盛り込んだ方が効率が良いそうだ、慣れればもっと上手くスピードを生かせるらしい。
どの力も同じように使うのではなく、4つにそれぞれ役割を付けて臨機応変に闘え… だそうだ。
炎は攻撃、水は撹乱や回復、風は動作補助、地は防御。
という感じだ、無論これに固定せずその時に応じてそれぞれ役割も変わってくるだろう。
「いいぞ~?もっと速くしてみろ!」
「もっとか…」
ちっとも当たる気配がない、無茶を仰る。
しかしまぁこの方は当然だが強いな、完全に遊ばれている。
100年前に一応スザク様を破った身としてはもう少しやれると思ったのだが手も足もでない。真っ向からなら当然のように当たらない、死角を攻めても風を読まれて当たらない。四方八方完全無敵と言ったところだ。
しかも俺の攻撃を避けるのにビャッコ様は一歩も動いていない、跳んだり振り返ったりはするがその場から動かずに全ての攻撃を受け止め、かわし、受け流した。
「まだまだ!本気を出せ!スザクを倒した時みたいにな!」
「あれはズルしたんですがね」
本気か… 今の俺にどこまでできるのやら。だがそこまで言うなら出し惜しみはやめよう。
…
「おぉイタタ…」
「すいません、しかし一撃入りましたね」
「あれこれ使われるのはさすがに厄介だったぞ… にしても女の子に容赦のない腹パンとはな?しかもそのくそ硬い籠手のほうで… 飯の前で良かったぞまったく」
「容赦すると細切れにされそうだったので」
本気でやれと言われたので四神籠手をフルに使いやっと渾身のボディブローを入れることができた、やっとだ。途中ビャッコ様も少し
「しかしスザクとやった時はまだまだそんなもんじゃあるまい?真・野生解放とやらはどうした?」
「もう使えません、体がまるっきり違うものになってるので」
真・野生解放、そして神・野生解放。
100年前俺が習得していた奥義。
体質を利用してセルリアンをサンドスターロウとして吸収し、浄化の業火によりそれらを浄化させることで全身から溢れでるサンドスターを使うことができる。それが真・野生解放。神・野生解放は更にその状態を利用して浄化の業火を引き出した状態。
しかし今の俺の体には“吸収”という体質がない。四神の力が磁石になりサンドスターを集めて肉体を作り出している。故に以前の戦い方はできないし、さらに言えば野生解放そのものができない。
肉体にブーストをかけることを野生解放とするならば、それらを全てサンドスターコントロールでマニュアル操作しなくてはならなくなっている、不便になったものだ。
が、この妙な体のおかげでサンドスターの保有量がドンと増えた上に自動回復もついた。だからバカみたいに体力を使う四神の力を扱えるというわけだ。籠手のおかげでもあるがその辺実に良くできている。
「スザクを破った時のお前とやりあえんのは残念だが… ま、既にお前は十分に強い。その状態でも並大抵のフレンズやセルリアンなど相手にはなるまい、伊達に歳は重ねとらんな?」
「いえ、貴女ほどでは。それではありがとうございました、またよろしくお願いします」
「おぅ!鍛練を怠るなよ!」
帰りは練習がてら風を使った空中移動で帰った。落ちないように風圧で移動するというものだ… 数回壁に打ち付けられたが大丈夫だ。
…
「ただいま、励んでるな?」
「ふぅ… おじさんおかえり?」
帰ると表にベルが出ていた、相変わらず素振っている。
俺が声を掛けると素振りをやめて一息着くように座り込んだ。朝から互いに鍛練に励んでいたというわけだ。
「振るときにさ?お母さんのこと思い出すことにしたんだ?戦うところ見たことないけど、どんな風に戦ってたかなー?とかなんの為に戦ってたのかなー?って… おじさんが言ってたこととはちょっと違うかもしれないけど」
「それでいいんだ、本番で考え事してるとヘマするから練習のうちにたくさん悩むといい、いざって時になると急にわかることも
ある。この時の為に努力してたんだって」
「へへっ、わかった!」
そう、ベル本人が言うように俺が言ってたのは信念みたいなものを掲げろってことだ。
例えば俺がサーベルを使うとき「この剣は生き物を斬るためにあらず」「セルリアンから皆を護るためにあり」と暗示でも掛けるように自分に言い聞かせている。それほどに剣という物が武器であり、命を奪うことに適しているからだ。なによりこれはベルの母親の物であり、本人そのものでもあり、ベルの物でもある。本来俺が好き勝手にしていい物ではないのだ。
そして、ベルは母を想い木刀を振る。
その想いは信念とは違うかもしれないが、それはそれでいいのだ。母ならどうしていた?これはなんの為の武器でなんの為の鍛練でなんの為に戦うんだ… と今のうちに悩んでいれば、本当に戦わなくてはならないとき答えにすぐ気付くことができるだろう。
ただ剣という力を振るい悦に浸りたいのか、それともなんの為の剣なのかと心に刻み込んでいるのか。無駄に力ばかりを求めそれを誇示することに意味などない、それに気付かなくてはならない。
俺自身ずっと昔に姉にも言われたものだ。
“お前は戦いの中に生きていたいのか?”
…と。
「そうだ伝言あるんだ、ミク出掛けてくるって?」
「出掛けた?どこに?一人で?」
「えっとそれからね…」
思わず心配になった、年端もいかない小さな女の子がどこへ行ったというのか。探しに行かなければ、そう何かあってからでは遅い、急ごう。伝言を聞くと家に入らずそのまま来た道を戻ることにした。
「行かなくては」
「ちょっと最後まで聞いてよ?ママセーバルも一緒だよ!ママセーバルからは黙ってお留守番してなさいって?おじさん行動が読まれてるね?」
「セーバルちゃんが一緒なのか… 仕方ない、待とう」
「おじさん無表情だからいつもなに考えてるのかわかんなかったけど最近は意外と単純な気がしてきたよ」
言えてるな…。
これも俺が立ち直ってきてるということだろうか。よく先生に言われている、「少しずつ昔のあなたに戻ってきた」と。
周囲にすれば人が元気になっていく様は喜ばしいことだろう。ベルが母親のことから立ち直り今こうして前を向いているのも、周囲の目に怯えていたミクがよく笑うようになり外出までするようになったのも、そのどちらも俺にとって幸福であったように。
だがそれが妻を忘れていっているという意味なら…。
俺が立ち直るのは… 俺にとってなんだ?
…
「ただいま」
「ただいま!」
しばらくすると二人が帰ってきた。俺はすぐに階段を下りて二人を出迎えた。
「おかえり、二人とも」
「あ、おじさん帰ってたの?おじさんもおかえりなさい!」
「あぁ、ミクは楽しかったかい?」
「うん!」
それは良かった。
実はまともな外出などミクは初めてだったので少し心配していた。ところで二人はどこへ行ってきたのだろうか?見たところ大きな荷物もなくお使いって感じではないように思える。手ぶらと言うわけでもないが。
「二人でどこへ?」
「えっと… 内緒!」
…内緒か、何故だ。
「シロはデリカシーがない、女の子はいろいろ大変なんだよ、詮索しない」
「そ、そう!大変なの!」
「あぁ申し訳ない… じゃあ冷たいものでもだそうか?外は暑かっただろうから」
そう、近頃暑い。夏が近付いてきたせいか二人とも薄着になり麦わら帽子を被っていた、セーバルちゃんは羽耳が突き抜けてるので果たして意味があるのか不明ではあるが。
妻の穴の空いたガイド帽が懐かしい。
「良きに計らえ、麦茶を貰おう」
「え?でもママセーバルさん、私達さっきアイスを…」
「しー… それは言わない約束」
「ご、ごめんなさい!」
二人は仲がよろしいようだ。並んでいるのを見ていると俺がよく知っているサーバルちゃんと妻がそこにいるようだ。二人とも本当によく似ている、ミクはまだ小さいのでセーバルちゃんとは身長差があるが。なんだか懐かしいな… 不思議な巡り合わせだ。
「あ、おじさん笑ってる」
「え… 無表情にしか見えないのだけど」
俺は今笑ってるのか?ミクは俺の変化によく気付く。妻と同じだ、俺はあまり妻に隠し事ができなかった。そもそも嘘が下手なのもあるが。
「麦茶だね?淹れておくけど、あまり体を冷やしてお腹壊さないように… いいね?」
「「はーい」」
そうか… 俺は笑っていたか。
…
思えば今日は帰って来てから不思議だった、子供たちがやけに俺を気づかってくれるのだ。みんな率先してお手伝いしてくれるので何かしてしまったんだろうか?と逆に不安な気持ちになってしまったほどだ。
がその理由がわかった。
「ミクどうした?何かあったかい?」
夕方俺の元にソワソワとした様子でミクが現れた、何か伝えたいような顔をしているが頼みごとでもあるのだろうか。
「あ、あのねおじさん?今日は父の日なんだって?父の日はお父さんに感謝する日なんだよね?」
父の日。
父の日か… 全然気にしていなかった。
もしかしてそれで皆お手伝いをしてくれたのだろうか?
「だからね?おじさんいつもありがとう!」
お父さんか… 俺はちゃんとミクの親代わりができているということだろうか。こうして笑顔で感謝されると良い親としてミクに接することができてると実感し胸が熱くなった。
父の日を祝われるとはな…。
ミクの姿が幼い頃のクロとユキに重なって見える。
“ パパ?今日は父の日なんだよ?
パパにありがとうをする日なんだよ!
だからパパありがとう!
ありがとうパパ! ”
「あぁ… どういたしまして」
ミクに言ってるはずの言葉を、俺はどこか遠くに向かい言っている気がした。
「えへへ… それでね?あの、プレゼントがあるの!これ!」
少しボーッとしてしまったがミクの声で正気に戻り前を向き直した。プレゼントだそうだ、後ろ手を組んでいるので何かと思っていたがプレゼントを持っていたらしい。前に差し出された両手の上に小さな箱が乗っている。
「ありがとう、じゃあ開けてもいいかな?」
「うん、迷惑じゃないといいんだけど…」
そっと封を解き箱を開けてみるとそこには。
「リボン… かな?」
そう、赤いリボンが入っていた。とても可愛らしい。俺がいつも髪を後ろでまとめてるからとわざわざ用意してれたのだそうだ。
「ありがとう?嬉しいな、大事にするよ」
「あのじゃあ!早速付けてみて?やってあげる!」
「あぁ、頼むよ」
嬉しそうにこちらへ駆け寄って来たので、俺はミクがやりやすいように姿勢を低くした。今まさに後ろに回り髪を結い直してくれている。
「おじさんの髪フワフワ… どんな縛り方がいいかな?」
「あまり可愛すぎるのは少し困るかな」
「わかった、任せて?」
あぁ思い出すなぁ… 俺が髪を後ろで縛るようになったのはそもそも妻の勧めだった。
そう、あの時も確か夏が近付いて熱くなってきた日だった。長い白髪を煩わしそうにしていると妻が俺に言ったのだ。
“ 近頃暑いですね?
あ、そうだ!シロさんも髪を結ってみませんか?
その方が涼しいですよ?
ほら僕がやってあげますから?
お揃いにしましょう? ”
子供達も家を出てすっかり静かになってしまって、なんか寂しくて… そんな時に言われたことだった。
それからだ、俺が髪を結い始めたのは。
「できたよ!」
「え?あぁありがとう… どうかな?」
「うん!可愛い!」
いけない、またボーッとしてた。だがそうだったね。あの時もそう、君はこうして俺の髪を結ってくれたんだ。そうあの時も…。
お揃いにしようって。
「ねぇおじさん?実はもう一つあって」
また妻を重ねている。
そんな心中を悟られぬよう気を取り直して再度彼女に目を向けると、その手には何故かもう一つのリボンが握られていた。見た感じまったく同じものだが… まさか俺をツインテールにしたいわけではあるまい。
「あの… 実はね?えっと…」
これから続くミクの言葉。
もちろんツインテールではない、だが胸を打たれるものだった。
でもきっと俺はそう言われることが心の奥ではわかっていたし、期待していたんだ。
「あの… お揃いにしたくて…」
驚いて一瞬言葉を失ったのは言うまでもない。ほんの数秒にも満たない沈黙… この子は本当に妻を思い出させてくれる。それが俺にとって嬉しくもあり、辛くもある。
ミクがいるということは。
妻がもう存在しないということの証明になるから。
「ダメ…?」
「いや… もちろんいいよ?じゃあミクのは俺がやろうか」
「良かった… うん!」
ミクはリボンで縛るほど髪が長くないので、大きく輪にしてターバンのようにしてから天辺で結んであげた。
「本当は私もおじさんみたいに縛りたいから頑張って髪を伸ばさないと… いつになるかなぁ?」
「大丈夫、その時まで待ってるよ」
「本当?エヘヘ…」
君はどうして… どうしてそんなに彼女と同じなんだ?君は彼女じゃないだろう?
どうして?
ダメなんだ… こんなのダメなんだよ。この子は妻ではない、他人の空似に過ぎない。似ているからと言って妻を重ねるのはこの子の存在を否定しているようなものだ。
なのに俺は。
「できた… 似合ってるよ、可愛いね?」
「おじさんありがとう!」
このそっくりの笑顔に、いつも妻を探してしまう。
…
「ミク、どうだった?シロ喜んでた?」
「はい!ありがとうママセーバルさん!」
「どういたしまして、ミクもリボンよく似合ってるよ」
「えへへ… おじさんがやってくれたの!」
今日は父の日、おじさんにお礼を言う日。
すぐそこでママセーバルさんが待っていてくれたので、早速サプライズが成功した報告とお揃いのリボンを見せた。
おじさんもプレゼントのリボンをちゃんと喜んでくれた。嬉しい。
それに笑ってた、笑ってくれた。
でも…。
泣いてもいた。
みんなはおじさんを無表情だと言うけれど。僕にはおじさんが笑っているのがわかるし、涙を流さなくても泣いているってこともわかる。
みんなわかんないって言うけれど、僕にはわかる。
おじさんは昔何があったのか教えてくれないし、しつこく聞くと逃げてしまうのでわからないままだけど。いつか僕がおじさんをちゃんと笑わせてちゃんと泣かせてあげたいと思ってる。きっと涙を流せないくらい辛いのだと思うから。
だからちゃんと涙を流せるようにって。
「じゃあ準備できたから、ミクはシロを連れてきて?」
「はい!おじさん?こっちへ来て?」
「今行くよ?そんなに引っ張らないでくれ」
おじさんはいつもそう。
僕と話す時いつも嬉しそうに話を聞いてくれる。こうして何かをすると喜んでくれるし笑ってくれる。
おじさんはいつもそう。
今も喜んでくれてる、嘘じゃない。わかるの、さっきだってとても喜んでた… でも誰といても何をしていても心に雨が降っていることも僕は知ってる。
おじさんはいつもそう。
いつも泣いている。涙は流さないけれど。
いつも泣いている。
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