第19話 公私混同

 仲の良い恋人同士を集中的に狙うセルリアン。


 目的は不明、スザク様曰く愛し合う男女の間に生まれる輝きの質が大変に良いため。


 俺達はその囮のためにカップルを装いデートしてた訳なのだけど、まさか本当に釣れるだなんて思わなかったよ。だって俺達別にカップルじゃないし、セルリアンは偽カップルの俺達にそんな輝きを見たとでも?


 だからまさか…。


『太郎ッ!後ろだッ!』


「え…!?」


 本当に騙されるだなんてさ?




 気付いた時、既に敵の攻撃範囲に入っていた為避けるのは不可能だと瞬時に理解できた。だからとっさに動いたんだ。まずい、先輩を守らないとって。


 防御を、でも盾… 盾ってどうやるんだっけ?


 俺はこんな大事な時に学んだことを生かせなかった。薔薇なんか作ってないで実用的なことに専念するべきだったんだ。

 それでも先輩は守らないと。とにかく守らないと。だから俺は思い切って先輩に覆い被さろうとした。


 が…。


Stupid.間抜けね


 その瞬間だ。いつのまにか先輩の手元にはコントロールトリガーが握られ、覆い被さろうとする俺の狭い隙間からネット状のサンドスターを射出し、敵を捕らえた。


「!?!?!?」


 そのネットに絡まり例のセルリアンは動きが完全に封じられる。


「今よ!」


「すまないっ!」


 するとまるで始めから打ち合わせしてたみたいなタイミングで現れたシロじぃが剣を突き刺してそのセルリアンを始末した。


 弾け、星屑を散らせるセルリアンを前に俺はただ呆気にとられていた。あっという間の出来事だ。


「二人とも大丈夫か?すまない、接近を許すとは… だが驚いたよ?君は本当に優秀なガーディアンだね」


「Thank You?まぁ後ろからくるのは予想してたので。あなたも流石です、あの距離にいたのに一瞬でここまで詰めてくるなんてどんなマジックを使ったの?」


「ズルしたのさ」


 俺、雑魚では?何もできなかった。


 シロじぃの位置を先輩は把握していた?俺はどこかにいるんだろうって程度の認識だったのに。先輩は目がいいからそれで知っていたのかもしれない。

 コントロールトリガーだってそう、俺はそもそも持ち歩いてさえいなかった。でも先輩は俺と腕を組んだ時に手元を隠していつでもキューブを展開できるようにしてたんだ。


 そうだ、これはセルリアンをおびき寄せる作戦なのだからそれくらいの備えなどは当たり前。仲間の位置や装備の確認、これはガーディアンの訓練でも散々言われてること。


 真面目な先輩らしい、始めから仕事として俺とデートしてた。俺は休日気分のままだった、完全に仕事として見てなかったんだ。


 あぁ本当バカ。


「太郎、大丈夫か?すまない… もう少し俺が早く動いていれば…」


「あぁ… うん、平気」


 シロじぃが手を貸してくれて、尻餅付いてボーッとしてた俺はその時ようやく立ち上がることになった。


「作戦は成功だ、助かったよ」


「シロじぃも、ありがとう助けてくれて」


 でも言われた言葉には始めから俺には期待していないような意味が込められているように感じた、囮は囮でしかない… みたいな?


 勿論そんなことはないのだろう、シロじぃは単に俺達を心配してくれてるんだと思う。でもなんか悔しくて自分が酷く憐れに見えた。ガーディアンになって、シロじぃのとこで修行して、強くなったつもりでいたのになんの役にも立てなかったから。





 その後すぐに解散となった。

 スザク様がご馳走してくれるって言ってたけど、なんか乗り気になれなくて適当に愛想笑いと言い訳してその場を離れることにした。せっかくだけど、なんだか一気にスザク様どころの気分ではなくなったんだ。


 もちろん用事なんてない、なんか一人になりたかった。


 みんなと離れて公園で座ってたら、カワラバトのフレンズさんがいてニコニコ笑いながら周りの人に簡単に挨拶して回ってた。可愛い、こんなミラクルが起きたらいつもなら声掛けてるレベル、でも適当に会釈してまたボーッとしてた。


 俺って今日なんの役に立ってた?


 そう思い返すと、ただ私利私欲を前提に先輩とくっついて歩いてただけでは?しかも後から頼まれただけの先輩のほうがずっとしっかりしてて、俺は武器も持たずに腕に当たる柔らかな感触や尻尾が絡まる感覚に童貞の反応してただけ。


 無駄になってる気がした。

 訓練の日々やシロじぃとの修行が全部。


「こんなのできるようになったからなんだっての… はぁ~俺って本当雑魚、ガキ」


 自己嫌悪と共に右手に薔薇を作り出すとその輝きはどこか安っぽく見えた気がした。薄っぺらな気持ちから作られた薔薇なんてそんなものだろう。100均のカーネーションみたいに。

 作るならシロじぃみたいに壁とか手とかの練習すればよかったんだ、だから咄嗟に作り出すことができなかった。なんと情けない。


「HEY?それなに?綺麗ね?」


「うわっ!?」


 薔薇を見てボーッとしてたらまたも背後を取られていた。尤も現れたのはセルリアンではない。


「先輩… 脅かさないでくださいよ?帰ったんじゃ?」


「あらsorry?ごめんね?なんか様子が変だったから気になっちゃって、探したのよ?」


 隠してたつもりだったけど俺っていつもそう、隠せてないんだよなぁ… 誰に似たのかなぁ?父さんかなぁ?父さん嘘苦手だったもんなぁ?


「なんでもないっす…」


「気にしてるんでしょ?さっき何もできなかったからって」


 ほらね?

 先輩にも「お見通しよ」って顔で見られてる。そういえば鷹の目は全てを見通すんだって、怖いね?


 どーせ隠しようがないので先輩に聞いてもらうことにした。


「なんか仕事って感じしてなくて、浮かれてたんですよね?先輩とデートしたらスザク様がデートしてくれるって聞いたから」


「それなんか腹立つ… それで?」


「でも、セルリアンが出たとき先輩もシロじぃもスザク様も全然ふざけてないなって感じで… いやスザク様はちょっとふざけてたけど、なんか俺だけバカみたいだなって思っちゃって?一人だけ子供だったって言うか?本当は盾を出せたら攻撃も防げたし、装備も持っていくべきだった。そう思ってたらガーディアンの訓練も修行も無駄にしてた気がしちゃって」


 無駄なんだ、いざって時になんとかするための訓練なのだから。オフだからって気を抜くべきではなかった、真面目に勤めてた先輩にも俺の力を見込んで頼んできたシロじぃにも失礼だ。スザク様の期待だって裏切ってる、そしてそれはそのままシロじぃの評価に繋がる。


「何を必死にこんなものに時間使ってたんだか…」


 再度薔薇を右手に出現させると、先輩は興味深そうにじっと眺めていた。不思議だろう、コントロールトリガーのプログラムにこんな物はないし。


「これはなんなの?」


「触れてみて?」


 先輩が恐る恐る薔薇に指を触れたその時、スザク様の時同様に花弁となりキラキラと先輩を引き立てるように散っていった。その光景に先輩もまたうっとりした表情を浮かべている。普段は見れない顔だ、見ていて少し照れくさい。

 

「Wow… 凄い…」


「先輩があんまり綺麗だから、薔薇が自分から散ってしまいました」


「何よ?」


「へへっ、もしかして今キュンときました?」


 スザク様に言ったように先輩にも例の殺し文句んほざいておいた。尤もいつもの悪ふざけみたいなものなので、先輩には通じないだろうが。


「バカね?そんな口説きかたしてたわけ?」


「ちょっぴり顔が赤いですよー?」


「うるさいわね… レオのキャラじゃない、似合わない、カッコつけすぎ、相手が相手なら引かれてる、Ugh!おぇー!キモいわ」


 おかしいな… 先輩俺を励ましに来てたはずでは?メチャクチャに言われてるんですが?


「フフッでも言われてみると嬉しいかも、演出は認めるけどセリフは考えときなさい?」


 先輩聞き上手なんだよな、話したら少しすっきりした。クスクス笑う姿を見ているとさっき先輩に何もなくて良かったと思える。もし先輩がガーディアンでもなく更に俺みたいに呑気してる人だったらなんて思うと… 恐ろしいな、どうなっていたことやら。


 そんな俺の心を読んだかのように先輩は俺に言った。


「ねぇ?さっきはありがとうねレオ」


「なにが?」


 お礼を言うのはこっちなはずなのだけど、先輩はなぜか俺に礼を言ったのだ。


「私のこと庇おうとしたでしょ?逃げずに咄嗟にああいう行動に出れるのはあなたがガーディアンだからよ、普段守る側にいると守られた時嬉しいものね」


「そんな、俺はただ夢中で… 結局足引っ張ってただけだし…」


 しかも先輩は自分でなんとかした、俺の行動によってはあれも失敗してたかもしれない。礼を言われるほどのことではないんだ。


 なんて卑屈な気持ちになる俺に先輩がくれた言葉、それは俺の心に直接届いてきた。


「それは違う、装備もなく攻撃を避けられない、そんな時にレオは咄嗟に判断したの、私を助けようってね?それは訓練のおかげなんじゃない?普通なら硬直して動けないものよ、なのに行動できた。それはほら?あの人のトレーニングのおかげでもあるのかしら?だからわかるでしょ?やってきたことに無駄なことなんてないのよ」


「先輩…」


 なんだかとても安心した。

 そして先輩は言った、「悔しいと感じるなら教訓にしなさい」と。

 

 先輩はいつもそうだ、面倒見が良くていつも気に掛けてくれてる。そのせいで俺は親しみやすくてよく軽口ばかり叩くけど、実は先輩のことめっちゃ尊敬してる。俺にも部下ができたらこうありたいとさえ思う。


「元気でた?」


「はい!」


 そんな先輩が大好き、慕ってるって意味。多分俺の同期はみんなそう。でもなんだか今日はいろんな先輩を見すぎたせいか不思議な高揚感を感じている。


「ねぇ?せっかくだからデート仕切り直さない?」


「え、セルリアンもう倒してますけど」


「セルリアンがいないと私とはデートできないって?」


「あ、先輩まさか俺と離れたくないんすか?いや参ったなぁ、積極的~?」


 なんてこと言いながら笑いあった。軽い口叩ける余裕があるなら大丈夫だってそんな顔で笑われた。先輩にはずいぶん救われてるんだなってこの時実感した。


「バカね?毎日顔会わせて見飽きてるわ。でどーする?」


「もちろんいいですよ、また腕組んであげましょうか?」


「じゃあまた尻尾も絡もうかしら?」


 って先輩は俺に冗談で言ったのだけど。

 なんだかその時のことを思い出すと二人で赤面して黙りこんでしまった。硬直して動けない、本当だ動けない。


「な、何よ黙っちゃって… 何か言ってよ?」


「あぁー… えっと」


 俺は初めてさ、あぁそうだ、俺の尻尾は童貞だった、先輩に奪われたがな?ぶっちゃけクセになりそうだわ。でもマジな話先輩ってどうなんだろ?真実を突き止めてやろう。


「あの… 先輩もしかして初めてでした?」


 尋ねた、少し勇気がいる質問だ、デリカシーないし。その時先輩はあからさまにギクッとした反応をして口を猫みたいにしながら数秒黙り込んだ後にこう答えた。


Oppsうっ… そ、そんなわけないでしょ?私今年で22よ?それくらいあるに決まってるでしょ?」←震え声


「あ、はい」


 先輩の尻尾処女だったな、間違いない。っていうか彼氏いない歴22年説あるぞ。いや俺も彼女できたことないけどさ… は?うるせぇな。くそ!ガーディアンってのは恋愛しにくい職業だ!合コン三昧のキャンパスライフ死ね!←私怨


 にしても取り返しのつかないことをしてしまった気がするぞ。でも先輩尻尾上手だったな… マジで、思い出しただけでもうなんかあれ。うわやば…。


 改めて先輩を上から下までじっと観察した時、なんだかどこもかしこも魅力的に見えてきてやがて顔も見れなくなってしまった。


 どうしよう俺先輩のこと好きかも。







「心配で見にきたけど、やっぱり彼女に太郎のこと任せてよかった」


「収まるところに収まったという感じかのぅ?」


 太郎が一人になったとき、様子があからさまだったので心配になって探していた。

 あんな大したことのないセルリアンの為に無関係の二人を巻き込み、更に怪我をさせるところだった、そして太郎はその時力を発揮できていなかった。ダメな御先祖だな俺は、先祖って子孫を守るんじゃなかったか?


 でも探してみるとレベッカさんが既に慰めてくれていた、やはり彼女はいいな… 今後も太郎のことよろしく頼みたい。頼むから二人は結婚してくれないだろうか。


 それから…。


「しかし惜しいのぅ… あやつ我に気があるのではなかったのか?」


「地雷だと気付いたんでしょう」


「今なんと言った」


「あ… そろそろ帰ります、ミクのご機嫌取りをしないと」


 心の声は時に外に漏れている。

 スザク様が血管ピクピクさせてるので早く逃げよう、つい口が滑った。


「待て、なぁちょっと?もうちょい話さんか?」


「まだ任務でも?」


「お前は仕事じゃないと我と話せんのか?本当に変わってしまったな… じゃが当然か、すまんな。100年前我がお前に仕事を押し付けてしまったばっかりにお前の心に消えない傷を残してしまった…」


 思ったよりもしんみりした空気だった。


 スザク様がやけに俺を気にかけるのは、妻のことは自分に責任があると思い込んでいるからだろう。だがそれは違う。


 あれは俺が選んだ結果なのだ。スザク様は命がけで止めてくれたがそれを退けてでも俺はスザク様を救いたかった。それに妻が付き合ってくれた結果がこれってだけ。


 自業自得なんだ… スザク様は悪くない。


 でもスザク様にはこの100年背負わせ続けていたのかもしれない。俺と妻を犠牲したという罪悪感を。


「なぁシロよ?お前の妻はもうおらん… 我も残念じゃ、お前たち夫婦にまた会えると思ってこの100年を待っておったのだからな… じゃが、もうおらんものはおらん」


 やめろ。

 俺にはスザク様が言おうとしてることがわかってしまった。

 

「だからその… 忘れろとまでは言わんが」


 やめてくれ。


「新しく… なんというか…」


 聞きたくない。



「誰かと共に生きるというのも…」



 時が止まった。

 空気が凍りついた。


 みたいな状態だっただろうか。

 

 俺は思わず黙りこんでしまった。妻はもういないので、新しい恋をして誰かと再婚する?考えたこともなかった。そうさもういないんだ、いないのだが、俺はそれでも妻を裏切りたくない。そんな言葉を聞きたくもない。


 例え置いていかれても、俺の妻は彼女ただ一人。誰がどれだけ魅力的だとかではない。俺には彼女しかいないんだ。


 俺が彼女を忘れることはない、仮に次に愛する人が現れてもその人はずっと俺の心にいる妻の影を気にすることになる。しっかりと愛してやることはできないだろう。


 それは本当に愛しているとは言えない。


「聞かなかったことにします… それ以上、何も言わないでください」


「あぁ… そうじゃな、すまん…」


 ふと思った。

 スザク様が今日俺と出掛けたがったのはまさか… いや、考えすぎだろう。やめようこんなこと考えるのは、四神相手に失礼にも程がある。


 だが、スザク様も仕事とは言えわざわざ俺を誘いにきてくれた。あの人もなにかと忙しいだろうに慣れないお洒落なんかしてしまって。その辺りを女性として敬意を払うべきだったと思った。


 もし、女性として俺に会いに来たとするなら… 一言言っておこうと思う。


「あのスザク様」


「なんじゃ?」


「今日はわざわざお洒落してきてくださりありがとうございます。服、お似合いですよ」


「な、ば!馬鹿者!なんじゃ今更!そういうのは始めに言え始めに!フンだ…」


 真意のほどはわからない、四神が何を考えてるだなんて俺にわかるはずがないのだから。そうして下らない会話を終えると俺達も解散となった。太郎達もすっかり見えなくなっている。


 そろそろミクのとこに帰ろう。


「では、これで失礼します」



「うむ、またな?







まったく… 自由になって好きに生きろと言ったのはお前ではないか?」




 スザク様の最後の言葉は、今の俺の耳では聞き取ることができなかった。

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