第17話 緊急指令
「おじさんおはよう!早く!素振りしよう!素振り素振り!」
「こらベル、まだみんな寝てるんだから大きな声を出すんじゃない」
ベルは木刀を与えてから毎朝5時起きで俺を素振りに誘いに来る。
「ごめんなさい!よし行こう!」
「わかったわかったから少し落ち着いてくれないか」
喜んでもらえてこちらとしても嬉しい限りだがここまでとは。サーベルが使えない分木刀と言えど自分の剣を持っていることが余程嬉しいらしい。しかし…。
ベルはサーベルタイガーだから自分のサーベルを生み出せるはず、だが今のところそれが現れる気配はない。サンドスターコントロールが切っ掛けになるかとも思ったがボールの精製に成功してトレーニングを続ける今もサーベルを作り出すことはできていない。そして母親もまだサーベルを抜かせようとしない。
パーク生まれで常時フレンズ体のベルは当時の俺よりもフレンズとしての能力に長けているはず。まだ剣を使うに相応しくないということだろうか。
「98!99!100!」
「はいそこまで、よく頑張った」
「まだ100回だよ?あと900回やろうよ!」
「ベル?辛ければいいってものじゃないんだよ、子供のうちからあまり無理をすると怪我をするかもしれない。ただ沢山振り回すんじゃなくて一振り一振りに心を込めるといい、それを100回もやれば十分さ。どうしてもと言うなら昼にもう100回、夕方もう100回やれば1日300回にもなる」
時に
武器ってのはただ使ってみたいってだけのヤツと何のために所持しているのか分かっているヤツとでは大きな差ができる。剣道だって作法には厳しいと聞く。
「ん~… 確かに僕は何も考えないで振ってた、ただ嬉しくてさ?お母さんにほんの少し近付けたみたいで」
「わかるよ、俺も母と似ていることが誇りだった… だが父にはその力の使い方を間違えるなと夢に見るほど言われてきたんだ、間違った使い方をした時同じ力を持つ母がどう思うか考えろってな?バカだった俺は気に入らないヤツを殴り飛ばす度に母に対して罪悪感を覚えたものさ。実は昔から少し怒りっぽくてな」
俺は「身内のことになるとすぐ“これ”だ」と右拳を左手で受け止めた。
それを見たベルは「へぇ~」と簡単に返事をした後、今からは想像も付かないと意外そうにしながらその場に
ベルは俺と違いそういうところがちゃんと分かっている。少し感傷に浸りながら昔話をしているとすぐに理解してくれたようだった。
「僕もお母さんの為にもちゃんと考えるようにしないと… ねぇ?おじさんのお母さんってどんな人?」
「のんびりしたフレンズだったよ、食べるのも眠るのも好きで… でも母はホワイトライオン、いざというときその力を存分に振るい戦った。優しくて愛情深い、でも強く逞しい、そんな母だった」
「そうなんだ、僕のお母さんも優しかった!」
「あぁ、そうだろうな」
そう言うとキョトンとしていた。
少し口が滑った、ベルはサーベルに母の残留思念があることを知らない。彼女とは近頃めっきり話さないが、いつか完全に消える前にベルに直接口を聞いてあげてほしいものだ。
「挨拶しておくといい」
そう伝えてサーベルを一度ベルの元に返した。何か動きがあるかもしれない。
「うん、お母さんおはよう!今日もおじさんと木刀の素振りをしたよ、でも僕なんも考えないで振ってたから次からはちゃんと目標みたいなものを掲げることにする。ねぇ、お母さんはサーベルを使うとき何を考えてたの?」
返るはずのない問い。沈黙を貫く母。
ベルは目を閉じ1人納得するとサーベルを俺の手に戻した。
「ありがとうおじさん、もういいよ」
「あぁ」
母親よ、やはり何も言わないんだな。
なぜ息子と話そうとしない、まだいるんだろう?一声掛けたらどうなんだ?
そんなことを心で訴え掛けても返ってくる気配はない。やはりあの時を最後に眠りについてしまったのだろうか?俺の母も俺の中で長いこと眠っていたと聞く。
「どうかした?」
「いや… 俺も近況報告さ、息子さんは木刀を与えてからやる気が凄いってね」
「へへへっ」
さて、そうこうしていると空には日がしっかりと昇っていた、今朝はここまでにしよう。
「さぁ、動いて腹が減っただろ?そろそろみんなも起きるから朝食の用意をしないと」
「うん、お疲れ様でした!」
「あぁ、ベルもお疲れ様」
ベルは行ってしまった。ミクが花に水をやっている頃だろうから挨拶に行ったのかもしれない。
さてこちらは… 週末は朝食も任されるようになってしまった。まぁ子供達が喜んでくれるので俺としてはやり甲斐がある。
今日は太郎も来る日だっけな?多目に作っ ておいて昼にでも食わせてやろう。
…
「おはようシロじぃ!来たよ?」
「あぁおはよう、あれからどうだ?」
「ではご覧に入れましょう!華麗なジャグリング!」
自信あり気。
太郎は飲み込みが早いので来る度に成長している。こんなにスムーズだと師匠の立場としては弟子の出来がいいとしか言いようがない、俺の教え方でよくここまで伸びてくれたものだ。
「ご覧あそばせ~?」
「わぁ… 太郎さん凄い!」
「レオにぃカッコいいよ!」
最大で5つ、だが5つにまでなるとジャグリングとして持続させるのはさすがの太郎でも無理があるようだ。なので一度減らして途中から投げ方を変えてはまた増やし、また減らしている。パフォーマンスとしても見ていて飽きない。課題はクリアしている、100点だ。
「シロじぃ一緒にやろうよ?」
「コンビネーションか?いいだろう」
5つ6つと増えた光の玉は俺と太郎の手を交互に行き来している、まるでイルミネーションが煌めくように光の線を残しながら。
大したものだ、手を離れても一定時間消えることはない。
「おじさんもすごいや!」
「きれーい!」
「やったぜ!これは合コンでウケること間違いなし!」
動機が不純だな、そういえば…。
合コンと聞いてふと気になったことがある、俺は手を動かしながら対角線上にいる太郎に尋ねた。
「なぁ太郎」
「なにー?」
「彼女いないのか?」
「え…」
その瞬間、ボトボトと光の玉は地面に転がり、一個は太郎の頭頂部に落下してやがて消えた。
「いや… いないけど、なんで?」
「いやいい若い者が休日にはいつもここに来てるなんてずいぶん真面目だなって思ったんだ、友達とか恋人とか遊びたい盛りだろうに」
「あのほら、やっぱりガーディアン足るもの休日も気が抜けないな~って…」
「今の若い子はみんなそうなのかな… もっと肩の力を抜いてもいいんじゃないか?先日仕事で温泉に行ったんだが、そこで会ったウミネコさんは友人数人の女性グループで旅行に来てたそうだ、太郎も修行ばかりじゃストレスかもしれないしそれくらい楽しんでも… 太郎どうした?」
なんだかとても睨まれている、ご先祖に対してしていい目ではないなあれは。殺意が籠っている。
俺が何をしたと言うのか?もしかして「こんなに真剣に打ち込んでるのになんでそういうことを言うんだ!」ってそういう感情だろうか?だとしたら申し訳ないことを聞いた、真剣にならなくてはならないのは俺の方だ。
「え… なに?ウミネコさん?ウミネコのフレンズさん?温泉?なにそれ?」
「あぁ仕事でな、ホッカイエリアでセルリアン退治だ。なかなか辛く厳しい戦いだった、 少しヘマしてしまって結局泊まることにもなって…」
「はぁー!?なにそれ!?じゃあシロじぃは俺が訓練で先輩に
目の色が変わった太郎は鼻息を荒くしてこちらに詰め寄ってきた。
「いや、ウミネコさんとは少し話しただけだ。飲みに誘われたんだが俺は酒が苦手でな、それにさっさと帰りたかったので丁重にお断りしたよ」
「うぉぉぉくそぉー!モテてやがる!人が頑張ってる時によりにもよって俺の好みである鳥フレンズと!許さんッッッ!」
「実戦的な組手がお望みか、かかってきなさい」
太郎はとても強い、ガーディアンに引き抜かれるくらいだからその強さは折紙付なのだ。そこに俺がサンドスターコントロールなど教えたものだからそうそうやられることはない存在となった。なったはずなのだが…。
「あぁぁー!?イタイイタイイタイ!?ギブですギブぅ~!?」
「お前にこうして
「無理だからぁぁぁ!?ごめんなさい失礼な態度でしたぁ~!?離してよぉ~!?」
あの鷹の目(正確にはハクトウワシ)のアムールトラの彼女は優秀だ、ガーディアンの隊長がどういう風に決められてるか知らないが次期隊長候補に俺は彼女を推薦しよう、今の太郎を沈めることのできる逸材だ。
「抜け方を教えてやろう… 関節を外せ、そして外れた時の痛みはサンドスターを循環させ和らげる」
「普通関節は外すものではないんだよ!くそぅっ…みんな彼女彼女ってさ… なんでユキばぁもシロじぃも俺の恋愛事情に口を挟むんだよ…」
技を決められたまましゅんと落ち込むと耳が垂れている。申し訳なかった。
「いやすまなかった、忘れてくれ?いつも楽な格好でここにくるからお洒落して出掛けたりしないのか気になったんだよ、年寄りの悪い癖さ。太郎が頑張ってるのはよく知ってる、飲み込みも早いから俺は教えてて楽しいよ」
「え?そうかな?そーかなー?やっぱりねー!よく言われる!」
太郎は褒めると伸びる。こうするとすぐに機嫌も治るしやる気も出すのでとても楽だ。なんだかこういうところはサンとよく似ている気がする。
そうして太郎を慰めているとベルが俺の背中をつんと突きコソコソとこう伝えてきた。
「おじさん、ミクが凄い顔してるんだけど」
ふと目をやると確かに凄い顔だった、頬を膨らませて真っ赤になったしかめっ面。爆弾岩じゃあるまいし… いやメガザルロック。これはこれで可愛らしい。
「ミク?どうしたんだ?」
俺は太郎を解放しミクの前にしゃがみこむと尋ねた。
「おじさん、温泉の時ウミネコさんって人の足スベスベしてたの?」
「してないよ」
「それで朝帰ってきたの?」
「違うよ」
誰がそんなことをするか、女性の肌に軽々しく触れていいものではない。太郎が余計なことを言ったせいでミクが鵜呑みにしてしまったじゃないか。凄い疑いの目だ。真実を伝える時が来たようだな。
「本当は夜帰ろうとしたんだがセルリアンに気付いてまた雪山に入ったんだ。なかなか難儀な相手で、あのままフウチョウ達が助けてくれなかったら危なかった」
「え… そうなの?」
「心配掛けるだろうし怖がらせたくないから言わないようにしてたんだが仕方ない、ミクに隠し事をするべきではなかった。まぁそれであの晩はかなり疲れてしまってね、朝まで休んでいたんだ」
ホッとしたのと何も知らなかったことの罪悪感みたいなものの板挟みになり、ミクはその目に涙を浮かべると小さな声で言った。
「ごめんなさい…」
「いや、ミクは悪くないよ?俺がヘマしたのが悪い、しっかりやっていればそもそも旅館には寄らなかった… 心配を掛けたね、ごめん」
心配でもなんでも、できれば泣かせたくはない。ミクの信頼も裏切りたくはない。緑の髪を優しく撫でると彼女も落ち着いたのか、その涙は止まっているように思えた。
…
さて、太郎の修行の続きを…。
そう思い立ち上がったその時、俺の目の前に上空より赤い影が降り立った。
おっとこの赤髪と美しい尾羽はもしや?
「シロよ!緊急指令を伝えにきたぞ!」
これはこれは上司のスザク様ではありませんか?四神のあなたがメッセンジャーも使わず直接来るだなんて珍しい。ゲンブ様のように電話でもよかったのではありませんか?
「スザク様、今日は太郎達の相手をするからオフにしてくれと頼んであったではありませんか」
「いや~すまんな、ちょっと付き合ってくれんか?頼む!」
「…なんだか今日はめかし込んでいますね、なんの用です?」
「後で話す、とりあえず我と来てはくれんか?」
変だな、いつもの服じゃなくてお洒落なんかしちゃって。なんだその顔は?なんでウィンクして「お願い?」って感じに両手を合わせてるんだ、歳を考えなさい歳を。大体今ミクに弁解をしたばかりなのにあなたのような方がきたら…。
「…」ムスッ
ほら見ろまた機嫌を損ねてしまった、大した神様だなおい。やってくれるぜ。
「申し訳ないんですが明日に…」
俺が断りの言葉を述べようとしたとき、間に割って入る男が一人… このボリューミーの金髪、そしてトレーニングウェアと無駄な高身長… 即ち彼である。
「おほんっ!失礼しますスザク様?俺はこちらシロの子孫に当たる名をレオ太郎と申します、どうぞレオとお呼びください?こちらはお近づきの印に…」キラァ☆
なんだかやけに丁寧な挨拶と共に現れた太郎、その紳士的な態度の後、手のひらからサンドスターで作り出したバラの花を出現させスザク様に差し出した。ジャグリングで満足しているのかと思ったが太郎め、凄まじい完成度だ、輝きがバラを形取り実に神秘的で美しい。いつの間にあんな精巧な技を覚えたんだ。
「お前のことは存じておる、お前は昔のシロとよう似ておるなぁ?アイツも昔はお茶目なヤツじゃったのに… それにしても綺麗じゃのう?見事なものじゃ…」
そう言ってスザク様が太郎のバラに触れた瞬間だ、なんとそのバラはパッと弾け
「失礼… あなた様の美しさに、薔薇は自ら散ることを選んでしまったようです…」
なんだこいつ。
「な、なんじゃ?世辞が上手いのう… 我をからかっておるのか?もぅ…///」
南の守護者よ、満更でもない顔をするな。
褒められなれてないんだろうなぁ… 神様だから女性らしいアプローチを掛けられたことがないんだろう。
普通しないんだよなそんな失礼なこと。
「おい太郎… やめろ失礼だろ?四神だぞ」
「いやこれは運命だ!初めて見た時からその美しさに目を奪われ、シロじぃの側にいれば絶対また会えると信じて通い続けていたんだ!」
呆れた、そのためにわざわざ修行に来てたのかこいつは…。
「はぁー… おまえというヤツは誰に似たんだよそんなとこ… スザク様?スザク様!」
「お… お?ななんじゃ!さぁ行くぞシロ!我に続け!」
うっとりしてんなよなアンタも、威厳を取り戻せ、そして俺は今日は行かない。
「行きません、今日はどうかお引き取りください?太郎が大変失礼な態度を取り申し訳ありません」
「なんなら、シロじぃの代わりにこのレオ太郎がお供しましょうか?」
「あーまったく… 場を弁えろ、誰の前にいると思ってるんだお前は」
「待て、シロよ頼む… お前でなくてはならんのじゃ」
その時見せた神妙な表情に、少なくともふざけた理由ではないと感じた。
太郎はその時フラれたと思ったのか少しショックを受けたような顔をしていたが、四神に言い寄る根性があるならすぐ立ち直るだろう。
「わかりました、行きましょう… この埋め合わせはしてもらいますよ? …ミクすまない、すぐ戻るよ?」
「ん~っ… おじさんなんて知らない!」
はぁ~もう。
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