第16話 お土産
こういう時は吹雪になるのが定番なんだが、
気配を感じると言うことは近くまで来ているということだ。どの程度の近くなのかまではわからないが恐らく1㎞もない範囲。さらにここまで接近してくるということは直接俺を狙いに来たか?あるいは罠はやめて旅館の客を一気に狙う作戦か?
仕留め損なうなんて情けない、守護けものの名が泣いているぞ。何故倒せなかった?
色々考えたが、恐らくコアとなる石の場所が定まっていないセルリアンなんだろう。だから俺が真っ二つにしても生きていた。
お湯に変わったのは逃げるためだ、ヤツは厄介なことに的確に石を突かないとダメージが無い可能性がある。倒すとするなら隠れた石を目視で捉えて一撃で破壊するか、本体ごと消し飛ばすとかだろう。
いるな…。
その林を抜けたとこに… おいおいちょっと待て冗談だろ?なんで彼女達外にいるんだ?
雪道を歩く数人のフレンズ。
会話に耳を澄ますと、どうやら天体観測に飽きて例の温泉を探しているようなことを話している。旅館のオーナーは温泉がセルリアンで既に討伐されたと客に伝えていないのか?まぁ倒せてなかったんだが。
彼女達数人のうちの誰かの鼻がよく利くのかあるいは単に勘がいいのかわからないが、彼女達は確信を持って温泉に向かっているように思える。否、それはセルリアンに向かっているということ。
止めないと!
俺は木々を掻い潜り強引に彼女達の前に立ち塞がった、ここを抜けたらおしまいだ。
「申し訳ない皆さん、ここから先は行ってはダメだ、すぐに旅館へ戻ってはくれませんか?」
突然の俺の登場に驚きを露にした数人のフレンズ。幸か不幸か、彼女達みんなフレンズだ。この先にいるやつは何かあったら人間の足で逃げ切れる相手ではない。
「あ、あなたは女湯の…」
「君か、聞いてくれ」
俺にいち早く気付いたのは売店で会ったウミネコさんだった。君達は飲み会ではなかったか?女湯の件を言うなと言いたいところだがそれどころではない、この先にいるのは女湯でも男湯でもないぞ。
「皆さんの探している温泉はセルリアンです、早く引き返してくれ」
疑いの目があるな、唐突に現れては不信でしかないのであまり信じてもらえていないのも分かる… しかし。
「頼む、数人は守りきれないかもしれない」
セルリアンは罠に嵌めてくるタイプ、彼女達から近付かなければとりあえずはなにもしてこないはず。頼む…。
「わ、わかりました!みんな聞いたでしょ?もう帰ろう?」
ウミネコさんが俺を信じてくれたことで皆も意識が変わった。ウミネコさん含む数人は困惑しつつも引き返そうと来た道を戻り始めたが…。
林の向こうから木々を揺らしメキメキと枝を折る音がする。
「まさか… まずいッ!」
その時、緑色の触手がこちらへ素早く伸びてきた。それは俺を無視して素通りするとまっすぐとウミネコさん達に向かって伸びた。
させるかっ!
即座にサーベルを使い触手を切り落とすことに成功、触手は雪の上に落ちるとびしゃっとお湯に変わり雪に染み込んでいった。
「走れっ!」
全員が悲鳴を挙げ足早に道を戻っていく。そしてそれを追うように現れたアイツ。
「前より縮んだか?俺に邪魔されて腹が減っていたみたいだな、だが追わせはしない」
四神籠手を展開、引き出す力はビャッコ様の疾風。ディスプレイの四神玉にビャッコ様の紋章が浮かび風を発生させると、それをサーベルに纏わせ十字に空を切る。
「ハッ!」
その時太刀筋は風の刃となり離れた相手を斬りつける。
風の刃はセルリアンを通り抜けたように見えるが確実にその体を斬った。少しの沈黙の後不気味な声のようなものを挙げ体が崩れ落ちていく。…が。
「ダメか」
きっかり四等分にしてやったが、やはり体はお湯になり雪に落ちるだけでセルリアン特有のあの破裂がない。そしてほんの数秒のうちに体が再生し元の姿に戻った。
「やっぱりそういうことか、おい石はどこだ?綺麗に砕いてやる、石を出せ!」
間合いを詰める。
無敵のセルリアンなどいない、どこかにコアがあるはずだ。こいつの体だって無限にお湯を生み出してわけではない、質量というのがある。
少々手間だが少しずつ削っていこう。
次に引き出す力は炎、スザク様の浄化の業火。ディスプレイに見慣れたスザク様の紋章が浮かび上がり左手から炎が出現。更にサーベルの刃を撫でるように触れるとその刀身は炎を纏う。
「必ずしも火が水に弱い訳じゃないってことを教えてやる」
蒸発。
燃え盛るサーベルでヤツを斬りつけるとその体は音を出し白く気化していく、が尚もサーベルは燃え続け炎が消えることはない。
少し小さくなった、この手が有効だな。このまま削っていけばいずれは石だけになるはずだ。
水蒸気にまみれながら斬り続けているとこの場所だけがまるで夏の梅雨時のように気温と湿度が高くなる。雪が溶けていき地面には枯れ草や緑が見えている。はぁウンザリした… さすがに戻って本物の温泉に入りたくなるな。
やがて半分くらいの大きさになったのを確認した、そろそろ石が見えるはずだ。
が…。
「無い… どうなっているんだこいつの体は?無いなら無いでこんなに厄介なはずは… !?しまった!?」
油断した。
二体目?いや違う!
いつの間にか背後を取られていた。気配を感じ取れなかったのはこいつらが一体のセルリアンだからだ。またもやしてやられた。
「そうかこいつ、俺が昼間斬っていたとき既にっ… くそ!こっちが本体か!」
分裂… いや、細長い触手で互いを繋ぎ石を持つ本体がもう片方を操っていた?知恵が回るやつだ、昼間の時より圧倒的に厄介になっている。セルリアンも時代と共に進化しているのは本当らしい。
本体の方が俺の後ろに回り込み手足を拘束している、そしてその時にサーベルを落としてしまった。更にそのままやつの体内に引きずり込まれていく。
「ガハ…!?」
い、息が!この!溺れる前に石を… なんだこいつの石はちょこまかと!体内を泳いでいるのか?
体内に入ったのなら逆に石を破壊するチャンスかと思ったが、やはりこいつは石を自由に移動できるやつらしい。100年前にはいなかったタイプだ、厄介な時代になったものだな。
「ガ… ゴボ…!」
さてここで問題です、窒息した場合俺はどうなる?外傷で死なないのはわかったがこういう時は?答えは簡単。
帰りが遅れる。
さっさと脱出だ、ミクを待たせてる。
脱出方法はまぁ色々あるだろう。
炎なら蒸発、風を使えば押し出せるかもしれないし、水を使えばこいつの体にも出口が作れるかも。ゲンブ様の力だけは甲羅を出す意外に思い付かない、甲羅で弾き飛ばしてもらえるかもな。どれも強引なやり方になりそうだが仕方ない。
籠手を使い力を引き出そうとしたその時予想外のことが起きた。
「ガ…!? ア…!?」
これは温度が上がって?まさか茹で殺そうってのか?俺からは何も奪えず消化もできないことを知っているようだ。熱湯が全身を覆い始めた。
早くなんとかしないと!
「ゴボ…!?」
が更なる悲劇。
分裂体が本体に戻り同時に俺の体内にどんどんお湯が流れ込む、肺を満たし呼吸気管は侵されていく。
冗談キツいぜ惨いことしやがる。
こんなヤツに遅れを取るとは… もう、ダメか。
目の前が暗くなっていったその時。
「オブフッ!?」
結構な衝撃を全身に感じ俺は奇跡的にセルリアンから脱出することができた。何が起きた?俺はどうなった?とにかく気味の悪いお湯を大量に吐き出し呼吸を整えた。
「オェッ!ゲェッホ!カハッ…!はぁ… あぁ気持ち悪い」
「マにアったな」
「サクセンセイコウなの」
「二人とも… 来てくれたのか」
旅館の部屋に置いてきたはずのフウチョウの二人だ。
彼女達は大きな雪玉を転がしそれをセルリアンにぶつけて俺を救出する作戦に出たのだ。かなり荒業だがおかげで脱出しセルリアンはびしゃっとお湯になり散らばった。
雪まみれになりながら尋ねた。
「どうして?」
「ウミネコからホウコクをウけた」
「ヒトリでいくなんてミズクサいの、ワタシタチはチームなの」
さっきの彼女か、助けたつもりが助けられていたようだ。
「そうか… いや二人とも楽しんでたみたいだからね、俺達四神に振り回されて大変だろ?たまにゆっくりしててもらおうかなって… でも助かったよ、ありがとう」
昔からそうなのだが、どうも油断が多くてな俺は。周りの人達に助けられてばかりだ。
あのまま窒息して死んだ時どうなるのかほんの少し興味もあったが、やはりいざ帰れないというのは困る。
さて…。
「それじゃ二人とも、この温泉野郎どうしたらいい?」
既に再生を始めている。こいつはなかなかに厄介だ、力業で倒すこともできるだろうがもうクタクタなのでできれば楽に進めたい、名案はないかと二人に尋ねた。
「ゲンブのチカラをツカえ」
「ゲンブ様の?甲羅?」
「バカなの?ゲンブのチカラがコウラのタテでオワリなわけないの」
「ゲンブのチカラはダイチのチカラ、そしてダイチとはこのホシのこと、ならばテンコウをアヤつりヤツをフブキのナカにトじコめてしまえ」
「ニセオンセンなんてコオリヅケにしてやるがいいの」
なるほど、俺にどこまで扱えるかわからないがその案を頂こうじゃないか。四神籠手が反応しディスプレイにゲンブ様の紋章が浮かび上がる。そして左手には黒いがとても澄んでいるオーラが現れた。
その手を天にかざすとすぐにセルリアンの上空にピンポイントで雲が集まり雪を降らせ始めた。
「いいぞ」
「そのチョウシ」
「吹雪かせるってのは… こうすればいいのかな?」
その時、風も無いのにセルリアンの周辺を渦巻くように雪が舞い始めた。離れて見ていると奇妙でしかなかった、まるで
「セイコウだ」
「コオリヅケなの」
「便利だな、天気を操れるなんて… 小規模ではあるが」
「ホンモノはエリアごとテンキをカえられるの、それよりもミて?」
「イシはあそこだ」
吹雪を止めると氷付けになったセルリアンが現れた、流石にコアを移動させることもできず体内で無防備に浮かんでいるところを晒している。
では要望通りトドメといこうか。
落としていたサーベルを二人から受け取り居合いの型を構えると、深呼吸をして全身の力を抜き真っ直ぐ標的を見据える。
「ハァー…!」
そして息を全てを吐ききるのと同時に強く踏み込むと、抜刀されたサーベルがその妖しい刀身を晒す。
一閃。
キン… 響く刃の音色が空気を振動させ、凍り付いたセルリアンは再び時を取り戻す。
「次はない、今度こそ無に還れ」
納刀の瞬間、俺の放った一撃は体内に佇むコアを捉え横一文字に真っ二つにしていた。
凍り付いたままセルリアンの体が泣き別れになると、俺の耳にはいつものあの音が背中を越えて響き渡る。
振り向く頃には四方に飛び交うサンドスターの輝きが俺の勝利を祝福していた。
「やったな」
「コンドこそ、ミッションコンプリートなの」
「ありがとう二人とも、さぁ帰ろう?本物の温泉に入りたい」
「ちゃんとオトコユにハイるのだぞ」
「ラッキースケベはナシなの」
「あぁ、ちゃんと入り口よく見てから入るよ」
オーナーには今度こそ確実に倒したことを伝え、幻の温泉はもう無いとお客に注意喚起するように言っておいた。これで行方不明者は出ないだろう。
ウミネコさんにもフウチョウ達に報告してくれたことに礼を述べておいた、これのおかげで俺は助かった。ご友人達にはプライベートな質問攻めにあったが逃げた。
それで。
今夜は結局泊まることにした、もうクタクタだ。流石にこの時間は交通手段も無いし、自力で帰るにしても少し力を使い過ぎてしまった。お土産も送ったしここは何かお詫びをすると言うことでミクには勘弁してもらおうと思う。
最後に。
やっぱり本物の温泉は最高だ。
…
「セーバルちゃん、ただいま」
「あらおかえりなさい、どうだった?温泉に女の子二人とお泊まりした気分は?」
「えぇ?まぁ良かったよ、窒息しそうになったけどなんとか脱出した」
「えぇ… エキサイティングな温泉だね」
最初は皮肉混じりなセーバルちゃんだったが心配してくれたようなので許してくれたということだろう、後はお土産で完璧だな。
「お土産は?」
「勿論買ったよ、ラッキーに配送を頼んだのだけど荷物来てない?」
「そういえばなんか来てた、部屋にあるよ」
「良かった、たくさんあるからおやつに出してあげよう」
殺風景で生活感の無い部屋に帰ると何故か懐かしい気分になった。たった一晩離れただけだが、旅館の広くて綺麗な和室よりこっちが落ち着くのも生活の慣れみたいたものだろう。順応してきたものだ。
荷物を見付けるとすぐに開けて振り分けていく。
「これこれ… まずこれがベルの木刀、それからこれがみんなの分のお菓子、あとこれは君に」
「セーバルに?」
わざわざ個人的に用意したのか?と言っているようなキョトンとした顔をしていた。でもあっちの仕事受け始めてからセーバルちゃんに任せきりなとこがあった、彼女はこの頃ずっと大変そうだったのでまぁ当然だろう。
「最近任せきりでさ、ごめんね?」
「ほぉ… これは上等なお菓子だね?許そう」
「ありがとう」
「なんて… 別にいいのに、元々シロは働く予定ではなかったから」
そういう訳にはいかない。こんなことになってしまったが、生きてるのならせめてみんなの為に生きないと。先生にもスザク様にもユキにも怒られた。
妻だって生きていたらきっと同じことを言うだろう。
「余計なお世話かもしれないけどさ?こんな俺で良ければ力になるから、何でも言っていいよ?」
「…」
黙ってしまった、気に障っただろうか…。
「セーバルちゃん?」
「いや、何でもない… ねぇ“それ”は?」
彼女の言う「それ」とは箱の中に残る最後のお土産、ぬいぐるみのことだ。
「あぁ… ミクにね?すぐ帰ると言ってたのに約束を破ってしまったから。こういうの好きかわからないけど、寂しい想いさせたかなって…」
「早く行ってあげて?あの子気を使ってばかりで我慢してるはずだから」
「あぁ… じゃあごめん、行ってくるよ」
俺はぬいぐるみを片手にセーバルちゃんの横をすり抜けると、ドアを開けたままミクの元へ急いだ。
ただ、なんとなくすれ違う時セーバルちゃんが寂しげだったような気がした。気掛かりではあるが、彼女も俺と同じく大事な人を先に亡くしている。彼女はこの数十年どんな気持ちだったのか… やはり本当は我慢しているのかもしれない。
部屋を出た時に聞こえた気がした、彼女の声。
「ヒロ…」
それは夫を呼ぶ声。
本当に言っていたかどうかはわからない。
だが、何か先程の会話で想うところがあったのかもしれない。
俺がミクと話すとき、妻を思い出しているように。
…
「ミク、ただいま」
「おじさんおかえりなさい!帰ってたの?」
「朝一番で飛び出したよ、昨日は帰れなくてごめん… これお土産、お詫びと言ってはなんだけど」
このフレンズぬいぐるみ。
ホワイトライオンだ。
ホワイトライオンは通常のライオンの先祖返りで白い種が生まれているだけで雪国に住んでいる訳ではないのだが、雪があまりにも似合うのでああいう寒いところのお土産に並ぶことが多い。なんだか、自分の人形を渡しているようで妙な気分だ。
「わぁありがとうおじさん!かわいい… これっておじさんと一緒の?」
「あぁ、ホワイトライオンのね?ミクはこういうの好きかわからないけど、どうかな?」
「嬉しい、おじさんがくれた物だから!それになんだかおじさんが側に居てくれてるみたいで安心する!エヘヘ」
良かった、気に入ってもらえて。
妻にはよく花を贈ったっけ… 怒らせてしまった時や申し訳ない時、膝を着いて薔薇を一輪渡したものだ。
また君を思い出してるよ?だってあまりにも笑顔がそっくりだから。
“もぉシロさんったら、すぐこんなので誤魔化して?エヘヘ… でも嬉しいです”
「おじさん大丈夫?」
「え…?」
「なんか悲しそう」
「あぁ大丈夫だよ、少し長旅で疲れただけさ?さぁ、おやつも買ったからミクもみんなと食べておいで?」
頷いて去って行くとき、少し心配そうな顔をして俺を見ていた。そんなに悲しい顔をしてるのかい?君を見る俺は。
「かばんちゃん…」
誰かさんみたいに、つい俺の口からも愛する人の名が溢れ落ちた。
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