第15話 今夜は帰れない

「シロよターゲットだ、ハりコんだカイがあったな」

「ショウタイをアラワしたの、ソウソウにシマツするの」


「了解、二人は下がってて」


 今ホッカイエリア。

 

 ターゲットの大型セルリアンを目視で確認すると躊躇なく谷底へダイブした。落ちることになんの躊躇もなくなる日が来るとは… 昔の俺に見せてやりたいよ。


 落下中凍りつくような冷たい空気が肺へ容赦なく運ばれるのを気にも止めず、俺は深く息を吸いながらサーベルと籠手を展開させた。

 セルリアンは俺の接近に気付いていない。いよいよ間合いに入るというその時剣を抜き「ハァー…!」と深く息を吐く。そうして全てを吐ききるのと同時に抜かれたサーベルは、標的のセルリアンを果実のように切り裂く。


 キン… と響く刃の音色。


 一時世界が静止していたかのような静寂を破り、空気を揺らすとその音を伝える。


 地に足を着け、背を向けたまま呟いた。


「おとなしく温泉だけしてれば放っておいてやったのに…」


「ッッッッッ!?!?」


 俺の姿をその目で確認した時、セルリアンはようやく自分が切られていることを認識した。なかなか上手いもんだろ?だいぶ練習したんだ。


「ォォォォ…!」


 俺が納刀するのと同時にセルリアンは悲鳴のようなものを挙げた。そのまま体は縦真っ二つに別れ左右を岸壁へ寄り添わせるとその衝撃でフワリと雪が舞う。そしてパッカン!という大きな破裂音を出しその体はキューブ状の光に…。


「マジかちょっとまっ…」


 いやなんと破裂はせずに温泉のお湯に変わった、想定外。俺は落下地点から遥かに離れたところに流されてしまった、熱い。最後の悪足掻きにしてやられた気分だ。


「ダイジョウブか?ユダンしたな?」

「ハヤくワタシタチのテにツカまるの」


「ゲホッ… ありがとう二人とも?あぁやられた、いい湯だよまったく」


「ヌれたままはヨくない、このままヤドまでイこう」

「スコしのアイダはガマンしてもらうの」


 フウチョウコンビの手に掴まり引き上げられるとそのまま谷を降りた。濡れた体に凍てつく風が無数の針のよう全身を刺してくる。宿に着く頃には氷像になっているかもしれない。


 まったく締まらないな、キメたとおもったんだが。お湯になるか普通。





 今回の任務

 動く温泉の秘密を暴け。


 ホッカイエリアではその大自然の中に幻の温泉があるとマニアの間では有名だったそうだ。しかしその温泉を追い求め帰らぬ獣となったフレンズ達が多かったためセルリアンの罠ではないかとゲンブ様からの指令だった。


 ブレスレットの着信にでるとディスプレイが浮き上がりそれに映るゲンブ様が言った。


「幻の温泉とやらから運良く生還したハーフフレンズの男からの情報を伝えようぞ。『温泉が連れを飲み込んだ』だそうだ。恐らく温泉の特性を持ったセルリアンであろう、その正体を暴き始末を命ずる」


 そう、その正体は温泉型セルリアン。


 源泉か何かから生まれたのだろう。ヤツは温泉に擬態して入った者を補食する、場所から場所へ移動しては登山客の輝きを奪って生き長らえていたらしい。決まったところで温泉が見付からないことから幻と呼ばれるようになったようだ。


 そして俺達はその温泉を発見、そこで張り込みを続けついに移動する瞬間を捉えたというわけだ。本当の姿は緑色の水風船みたいなやつが少し浮きながら進んでいた。


 で任務完了、今はと言うと。


「ヤドにツいたぞ、しかしテオクれだったようだ」

「アキラめるのはまだハヤいの、オンセンにイれるの」


 手遅れなものか、ずぶ濡れでくそ寒い雪山を越えて来たので凍えて声も出ないだけさ。ちゃんと生きてる。

 せっかく四神籠手があるのだからおとなしく使えばよかった、例えば水を操って服の水分を抽出するとか、浄化の炎で水だけ蒸発させるとか。いろいろできるはずだ。


「お客様勝手なことをされては困ります!」


「キンキュウジタイだ、モンクはシシンをトオしてくれ」

「リョウキンもシシンにセイキュウでよろしくなの」


 旅館のスタッフさんを困らせるな。こらまて何をする気だ君達。


「ツいたぞ」

「よし」


「チョ…」


「「せーのっ」」


 嫌な予感しかしない。

 二人の掛け声と共に湯船に放り込まれた俺は大きな飛沫をあげ底に沈んだ。助けてもらえたのはいいがこのまま起き上がっていいんだろうな?信じていいんだろうな?


「さぁオきろ」

「ウマくいったの」


 俺は二人に手を引かれ体を起こすが。


「ブハ… はぁ、やっぱりな…」


 その時風呂中に悲鳴が響き渡った。


 \キャァー!!!/


 女湯に男を放り込むやつがあるか。


 不可抗力なのでなんとか難を逃れたが要説教だな。

 彼女達の言い分としては「ワレワレはオンナのコだぞ?」「オトコユにハイるなんてできないの」だそうだ。

 じゃあなんだ?俺が女湯入るのはいいのか?俺に見られて深く傷ついた女性もいるかもしれないだろうが、常識をどこに置いてきたんだ、クレイジーな子達だ。


 ご迷惑を掛けたので旅館の方達にも深く謝罪を申し上げたのだが、事情を知ったスタッフの皆さんから逆にセルリアンを退治してくれてありがとうと感謝申し上げられた。

 ヤツのせいで客足に影響していたそうだ。浴衣を借りた上今夜は是非無料宿泊してくれと頼まれてしまう始末。

 そんなつもりではなかったのに… 服を乾かしたらそのまま帰ろうかと。女性客の皆さんにも申し訳ない。


「守護けもの様が泊まってくださると旅館の宣伝にもなります!是非!」


「いやしかしそういう訳には…」


「ヨいではないか“ネコマタ”、コウイはウけるべきだ」

「そうなの、タミのネガいをキくのもワレワレのヤクメなの」


 急にネコマタ呼びをするな、君達は守護けものじゃないだろうが。しかし参ったな、ミクにはすぐ帰ると言ってあったのだけど…。







「え、おじさん今日は帰らないの? …そっか、うん大丈夫… うん、明日ね?」


 電話中のミクの近くを通りかかった時、セーバルの耳にはその会話が聞こえてしまった。羽だけど。


 内容が正しいなら「なんてヤツだ」とセーバル的には思ってしまったのである。可愛い娘がシロの帰りを心持ちにしていたのに来たのは帰れないことを伝える電話、すぐ帰るはずが「今夜は泊まっていくことになってしまった」とのこと。温泉旅館に。しかも女の子を二人侍らせて。

 

 肩を落とすミクに尋ねた。


「シロ帰らないの?」


「うん…」


「そっか、寂しいね?」


「いいんです… お仕事だから」


 罪な男。

 こんなに幼くて健気な可愛い子を悲しませて温泉旅行とはいいご身分。帰ってきたらとっちめてやらなくてはなるまい。セーバルは少女の味方。


「ミク、お茶にしよう」


「あのでもまだオヤツの時間じゃ…」


「お手伝いしてくれたから、セーバルの権限で特別に許してあげよう」


「えっと… はい、ありがとうセーバルさん」


 ミクはよく働くしよく気が利く娘だとセーバルは思っていた。

 でもここではなにも無理に働く必要なんてない、子供がわざわざ仕事などするだろうか?いやしない。仕事は大人がやるもの、ミクは自分が住まわせてもらっているという認識が強すぎる、でもそれは違うの。セーバルはミクをぎゅっと抱き締めた。


「ミク、あなたはうちの子… セーバルのことはママセーバルと呼んで」


「え、えっとでも…」


「無理にとは言わない、でもここに住む子はみんなセーバルの子供、だからミクもセーバルの娘。ミクが許すならセーバルを母親同前に思ってほしい、さぁレッツ呼んでみよう」


「えっと… ママ… セーバル… さん」


 それでいい、そしてそれがいい。

 「さん」だなんてみずくさいけれど、慣れないと気恥ずかしいという子もいると思う。


「ありがとうミク、娘よ…」


 セーバルは再度ミクを抱き締めた。


「エヘヘ… なんか、照れくさい」


「さぁ、お茶を淹れてあげるね?カコも誘って女子会をしよう」


「でも僕… いや私、本当にいいのかな?」


「構うこたない、みんなが遊ぶ間働いてくれたのだから」


 抱き締めた腕を緩めポンと両肩に手を置くともっと楽にするようにと伝えたつもり。セーバル達はそのままカコの部屋へと向かった。

 どーせカコはいつものようにコーヒーを飲み過ぎているのだ、セーバル達が乗り込んでくつろいだところでまたコーヒーを飲むだけだろう。平気平気。





「それでね?セーバルその時言ってやったの、長いのは尻尾だけにしろってね?」


「またその話?好きね?」


「アハハっ、でも面白い!」


 カコは仕事の真っ最中だと言っていたけれど、話していくうちに手を止めてコーヒーを飲み始めた。そういう人なの、わかってた。だからわざわざ部屋にきた。


「それにしてもユウキくんは押しに弱いのね、昔からそういうところあったけど…」


「昔と比べるとずいぶん物静かになっちゃったのにね」


 と言っても、セーバルは昔のシロを物凄くよく知ってる訳ではない。あの頃はセーバルが火口にいたから。

 でも昔はもっとよく喋ってよく笑ってたというのは身内やカコから聞いていたので知ってる。だから今のシロはやっぱり寂しいのだと思う。


 さておき、シロは100年の歳月で静かになっただけではない。


「でも落ち着いて見えるせいか彼最近モテるのよね」


「えぇ!?」


「そうそう、なんか腹立つ」


 そう、シロは絶賛モテ期である。


 カコのこの物言いからして昔からそうだった訳じゃないのは明らか。外からヒトが入らない頃のパークに住み始めるという圧倒的ハーレム状態でモテないとか大草原もいいとこ。でも今のシロはあまり喋らず感情の起伏も少ないので何も知らずに彼と会った女性にはやけに落ち着いていて大人に見えるみたい。故にモテる。


「まぁ顔はいいからね」


「フフっそうね?お母さんによく似て綺麗な顔だから女の子はほっとかないかもしれないわね?」


 尤もフレンズの血縁はみんな顔が整ってるから何もシロがその中でトップクラスというほどでもないけれど、やけにモテるのでなんかムカつく。


 そう例えば、必要もないのに何故かよく顔を出す保険の営業さんとか、何故かいつもお菓子を作りすぎるご近所の奥さんとか、何故かいつも暇だから子供達と遊んでくれる学生さんとかがいる。その上シロは無駄に優男で無駄に子供の面倒見もいいので世の女性には無駄にポイントが高いのである。更に料理上手とくればオーバースペックだ、驚いたねぼうや。


「あ、あの?おじさんってそんなにモテるの?」


「そうね… 彼が表に出るようになってからここで働きたいって女性が増えてるし」


「そっか、うん… おじさん優しいし、そうですよね…」


 ミクは急に心配になったみたい。だって今頃知らない女の子に声を掛けられた大好きなおじさんが温泉旅館でよろしくやってるかもしれない、そう思うとそれは不安だろう。もう帰ってこないかも… なんてありもしない妄想をしてるに違いない。


 今のこの子の顔、撮って送りつけてやりたい。早く帰っておいでおじいちゃん?心配するくらいならね。







「このステップがミキれるか、カンザシ」


「なんの、ならこのステップで」


「やるな」


「カタカケも、さすがなの」


 二人がしてるのはダンス対決ではない、枕投げだ。

 何をまかり間違ったのか三人一部屋である、今日は他が予約で一杯だったらしい。そんなに無理な状況なら俺達を引き止めてまで泊まらせることなかったのに。


「こらこら二人とも、枕投げはやめなさい?浴衣がはだけるだろう」


「どこをミてるんだ」

「スケベなの」


 そう言うと二つの枕は俺の顔面を捉えボフンボフンと二発分の衝撃を左右から伝えた。


 はぁー… やれやれ。


 服はとっくに乾いている、帰れるのなら帰りたいところだ。まったく問題ないのだろうがミクが心配でならない。

 泊まると言っても俺は食事を摂らないし眠らないんだ。先生の話では肉体があるタイミングでセーブされていて、ある程度の時間が経つとその状態までロードされているんだそうだ、だから空腹がないし寝不足にもならない。いつから俺の体はメモリーカードになったんだ。


 少し歩くか…。


 二人に一言添えて部屋を出た。売店でお土産でも買っておこう、甘いものでも買っていけばセーバルちゃんだって何も言わないさ。


 売店に着いたときジェネレーションギャップのようなものはそれほど感じなかった、饅頭とか土地由来の食べ物とか、フレンズのぬいぐるみとか… あと木刀か?いつの時代も旅行先には木刀があるんだな、ベルのお土産にしよう。


 みんなにお菓子を、ベルには練習用に木刀を、セーバルちゃんには別のお菓子を余分に用意して、ミクにも何か…。


「あっ」


「あ、ごめんなさい」


 いろいろ手にとって見ていると誰かの手に触れてしまった。


 顔をあげると女性客。彼女は俺の顔を見て「あっ!」と何か気付いたように目が大きく開いていた、恐らく温泉に投げ込まれた時に入浴中だった方だと思われる、なんて気まずいんだ。


「先程は、大変申し訳ありません…」


 俺にも落ち度があるので改めて謝罪を伝えると、女性は「気にしないで」と言うように両手をバタバタと左右に振った。


「いえいえ!どうか気にしないでください?遭難か何かだったんですよね?ご無事でなによりです」


「ありがとうございます、連れが破天荒なものであのようなことに」


 少し話したが、彼女はウミネコのフレンズらしい。純血だ。ここへはご友人達と女性だけの旅行で来たとのこと。


「ミャオ…///」


「どうかされましたか?」


 頬に手なんか当ててなんだろうな。彼女は温泉に浸かりすぎたのではないだろうか?頬が赤いしボーッとしている。


「いえあの… どちらからいらしたんですか?ご旅行じゃなさそうですけど、お仕事?」


「ゴコクです、普段は孤児院のようなところの手伝いをしてるんですが、今回は別件で」


「ファ~///」


 大丈夫かこの人。


「あの!」


「はい」


「これからみんなで飲み会なんですけど、よかったらご一緒しませんか?みんなあなたのお話聞きたいと思うので!」


 それは俺が行って大丈夫な会なのか?女湯に入ったんだぞ?彼女は既に酔ってる可能性が高いな、そもそも俺は飲めないのでここは丁重にお断りしよう。


「いえ、せっかくですがお酒は飲めないので」


「あ、そうなんですか?その、ジュースとかでも…」


「いえ、申し訳ありませんが」


「で、ですよね… ごめんなさい急に変なこと聞いて」


 ウミネコの彼女はお断りを入れるとそそくさと売店を去っていった。本当に申し訳ないがミクやみんなを放ってこんなとこでヌクヌクと過ごしているのだ、そうそう受けて良いものではない。


 お土産を選んでいるとやはり帰るべきだと再認識した。ミクは寂しくないだろうか?よく気を使う子だ、口では平気だと言うが…。


 よし帰ろう。


 そう決めた時にお土産を購入しみんなの所へ届けてもらう手続きをした。そしてミクのお土産はさっきから目に止まるこのぬいぐるみにしよう、親近感しかない。


 レジのラッキービーストに全てを任せると服を着替えるため一度部屋に戻った。


  



「二人とも、俺は帰るけどゆっくりしてて構わないよ。オーナーとも話を付けた」


「ナニをそんなにセいている?」

「これからゴハンなの」


「二人で行っておいで?俺は食べなくても平気だし泊まるにも眠らない、帰ったほうが気楽なんだ、悪いね」


 二人は流石に居心地が悪そうな感じを出していたが、しっかり話は通してあるのでどうか気にしないでほしい。彼女達も俺のサポートをしてくれているのだから御褒美があって然りだ。


「そうイうならトめないが…」

「なんだかモウしワケないの」


「いいから、昼間は助けてくれたからそのお礼だと思ってくれたらいいさ?それじゃ悪いけどお先に………?」



 ザワザワとしたこの感じはまさか。


 なるほど、仕留め損ねたか。


 おかしいと思ったんだよお湯になるなんて初めてだったから。



「シロ?」

「どうかしたの?」


 二人にも同行を…。

 いや、俺一人で事足りるだろう。あまり気を使わせたくない、ゆっくり温泉を満喫していてくれ。


「なんでもない、じゃあまた仕事で」


 俺は部屋のドアを閉めるとすぐに旅館の外へと飛び出した。



 今度こそ始末してやる。


 温泉を偽り民を襲うセルリアンよ。


 四神ゲンブ様直々の命により、この守護けものネコマタが相手だ。

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