第13話 未来
「カコ博士、お待ちしておりました。こちらです」
「どんな感じ?」
「記憶が曖昧なのか、何を聞いてもわからないと答えています。サンドスターが検知されるのでフレンズの血縁かと思われるのですが、特徴が表れていないのでなんのフレンズから生まれた子なのか… 親が見付からないのでとりあえず博士のとこで引き受けてもらえればと」
「わかった、少しその子と話させて?」
迷子センターで身元不明の少女が保護され、フレンズの血縁であるとのことから私のとこへ連絡が入った。これが私の仕事。
ずーっと昔、ユウキくん達一家と関わるようになってからだろうか。それとも自分の境遇を重ねてしまうからなのか。
いつしか私は身寄りの無い子供を引き取り孤児院のようなことを始めてしまった。本当は私がさみしいだけなのだと思う、けれど子供達は私を慕ってくれてこの乾いた心を潤してくれる。
フレンズと人が交わるようになってからフレンズの孤児が現れるようになってしまった。サンドスターを有し特殊な肉体を持った私はそんな子達の母親になりたいのかもしれない。それがサンドスターを弄びこんな体になったことの罪滅ぼしや私の心を満たすことになるのなら、とりあえずやめるつもりはない。
「では、どうぞ」
入り口に着くとスライド式のドアが静かに開いた。
「あの子です」
誰もいなくなった迷子センターの託児所。
その部屋の
彼女はオモチャや絵本などには一切手を付けておらず、ただポツンと一人顔を俯けて座っていた。
「スキャン」
私の声に反応し右耳に着けたイヤホンタイプのツールが変形、右目の前にディスプレイを映し出した。数値が上昇しサンドスターが女の子の肉体を構成していることを表す。
見た目は小学校低学年くらい… 10才もいかないくらいの。でもこの数値はハーフやクォーターなどの混血のものではない?純粋なフレンズのものとしか… ならこの子はまさか?
すぐ側まで行き女の子の目線に合わせるように膝を着き語りかける。
「初めまして?お顔を見せてくれる?」
「…」
無言のまま顔を上げたその子を見たとき、驚いて息が止まりそうになった。
「カ… ッ!?」
いや違う、あの子ではないの。でもそっくりだった、驚くほどそっくりだった。
「…あっ、ごめんなさい?私はカコ、あなたのお名前を聞いてもいいかしら?」
「わからない… 覚えてないんです」
今にも泣き出しそうな目、怯えて震えながら絞り出したように発した小さな声。
どれを取ってもまるで…。
「お父さんとお母さん、わかる?」
「ごめんなさい… わかんない、気付いたら知らないとこで。それでここに連れてこられて… ごめんなさい」
何も悪いことはしていないのに何度も何度も謝っている。自分が周りを困らせていると思い込んで罪悪感を感じているのかもしれない。良く言えばそれは周囲がよく見えている証拠。
この子は悪くない、そしてこの子は何も嘘をついていない。
「安心して?あなたは悪くない、だから私といらっしゃい?大丈夫よ?私はあなたくらいの子がたくさんいるところに住んでるの、美味しいご飯も暖かい布団もある、何も心配しなくていいのよ?」
「でも… 迷惑じゃ?」
「迷惑なら始めから会いにはこないわ?だからおいで?みんなと暮らしましょう?」
私に敵意がないことを感じ取ったのか、笑顔こそないにせよその目からは安心の涙が流れていた。
「寂しかったのね?もう平気よ?」
こちらに優しく抱き寄せ頭を撫でてあげると、ぐっと私の白衣を掴み小さな声で言った。
「うん」
私にはこの子が誰なのかわかる。
誰だったのかと言うべきか。
この子はあの子であり、あるいはまったくの別人でもある。つまりあの子が消えたことで現れたのだ。
次のあの子が。
そしてこの子ならひょっとすると彼を救えるのかもしれない。
一人ぼっちの彼の心を。
…
「見付けたぞ、後はお前だけだ」
「くそ!守護けものに目を付けられるなんて!」
「フレンズの血縁の子供達の誘拐及びその後の人身売買、四神の命によりお前には罰を与える… おとなしく捕まれば痛い目には逢わない」
仕事は順調だ、ネコマタと呼ばれるのは未だに変な感じだし慣れないが。今回はこうしてパークに蔓延る悪者退治だ。
「捕まってたまるかよ!」
「痛いのをご所望か、みんな好きだな…」
あちこちの物を倒したり投げたりして妨害を加えながら逃げ始めた、このような場面にも慣れているのだろう。
だが無意味だ。ただの人間が逃げきれる訳がないのだ。
「よし、お前も二度とこんなことができないように四肢をへし折っておくからな?安心しろ他の連中も同じだ寂しくない。痛いけどな」
「い、イヤだ!?助けて!助けて!助けてくれぇぇぇぇ!?!?!?」
骨の折れる感覚ってのはやはり気色が悪いな… こういうやつらがどうなろうと特になんとも思わんが。躊躇なくこんなことができるなんてずいぶん冷たくなったと思わないか?まぁいい。
今回の任務はフレンズ拐いの犯罪グループの尻尾を掴んだから壊滅させろとのこと。
フレンズの血縁はパークの外でも活動できる貴重な存在だ、頑丈で身体能力も高くおまけに容姿端麗。故にどっかの国のいかにもなやつに高く売れるのだそうだ。大人は強すぎて拐えないので子供が拉致されたという被害は後を絶たない… どこからか入ってくる薄汚い連中に四神も頭を抱えていたというわけだ。
「一丁上りだ、後は警察機関に任せてもいいかな?」
「よくやったなシロ」
「うん、よくやったの」
「ありがとう、じゃあ報告よろしく頼むよメッセンジャー」
メッセンジャーと呼んだこの二人、黒ずくめのマントを羽織る鳥のフレンズ二人組の彼女達こそがスザク様の言っていた使いの者である。
「しかしゼンインのシシをオるのはやりすぎではないか?」
「口で言ってわかるような連中なら今頃パークを客として満喫してるだろうさ」
「ナマエはシロなのにやることがクロいな、クロはワレワレのセンバイトッキョだがそのクロはエンリョしよう」
今話したのがカタカケフウチョウ、その名の通りマントを肩に掛けている、褐色の肌が口調に相まってミステリアスな子だ。
「でもやられてトウゼンのレンチュウなの、“それ”でキらないだけシロはやさしいの」
「借りた剣を血で汚すのは気が引けてね。それに口を割らせれば情報も集まる」
「あんなメにアったアトにもまたクロいメにアうんだねあのヒトタチ、そのクロもエンリョしたいの」
なの口調なのがカンザシフウチョウ。彼女はマントというよりはポンチョのようなタイプを羽織っている。カタカケちゃんと違い真っ白な肌がよりその黒を際立たせている。
しかしクロクロ言われると息子を思い出してしまうが、彼女達が言ってるのは色の黒である。二人とも何故か黒に対する異様な拘りがあるようだ。
「それではワレワレはミッションコンプリートをツタえてくる」
「ツギのニンムまでせいぜいゆっくりヤスむといいの」
「ありがとう、またね」
二人はフワリと飛び上がると空の彼方へ消えていった、いつでも一緒の二人組鳥フレンズか… 博士と助手を思い出しちゃうな。
今の二人もやはり博士と助手なんだろうか?ジャパリ図書館には顔を出していないし、そもそもあの建物がまだ存在しているか怪しい。どこかにはいるんだろうが…。
まぁいい、今はセーバルちゃんが大変そうだ、文句の連絡が来る前に帰ろう。
…
「あ、おかえりなさいおじさん!」
「ただいまベル、みんなはどうしてた?」
「変わりないよ?ママセーバルがおじさんがいないせいで大変だってちょっと怒ってたけど」
「そうか… 今度お詫びをしないとな」
すぐに出迎えてくれたのはベルだった。
外でコントロールの練習をしていたのだろう、まだ形質化は教えていないがベルが今の練習に満足したら教えるつもりだ。
「今日は何と戦ったの?」
「犯罪者グループさ、ベルみたいな子達を拐って他国に売り飛ばすような」
「ひぇ~… じゃあ今日もサーベルは使わなかったんだ?」
「あぁ、ベルから預かった大事なものだ、血で汚すことはできないよ」
ベルは少しがっかりとしていた。
母の形見でパークを守ってほしかったから俺に預けたのに、俺はセルリアンと戦う時にしかサーベルは抜かないからだ。
そもそも四神から不殺を言い渡されているのもあるが、こっちの都合でこのサーベルに血を吸わせるなどあってはならないことだ。狩りでもないのにサーベルを汚すことはない、汚れるのは俺の手だけでいいんだ。
「そうガッカリするなよベル?使わなくていいのが一番じゃないか?」
俺は腰にぶら下げていた小さなキューブをひとつ手に取り、それを展開させるとサーベルをこの手に出現させた。これはカコ先生の善意で俺がもう警察のお世話にならないように作ってくれたけものプラズム圧縮キューブだ。四神籠手の収納もこれと似たような仕組みらしい。
「わかってるよ、守るための牙だもんね?無闇に抜いて振り回していいものじゃない… でしょ?」
「そういうことだ、それがわかっていればベルにもすぐに抜けるさ」
「うん、お母さん僕のこと認めてくれるといいな」
ベルの母親。
あれから声が聞こえない。
だがもう俺が剣を使う時はなんの抵抗もなく抜くことができる。まさか成仏してしまったのだろうか?じゃあ今なら誰でも抜くことができるのか?
「試してみようか?」
「え?でも…」
「そもそもベルの物だ、変に遠慮なんていらないよ」
一度サーベルをベルに返しその真実を突き止める。もしベルが抜けるなら俺が最初に抜いたときに母親はもう消えたということだろう。
ベルは剣を受け取ると抜きやすきように持ち変えて力を込めた。
「じゃあいくよ?せーっの!… くぅっ!はぁ… ほらね?無理だよ?」
「そうか…」
「え、なに?」
「いや」
抜けない… ならばまだいるのか母親?だが話せたのはあの時だけ。謎が深まるな。
そんな風に考え込んでいると向こうの部屋からひょいっと顔だけ出したセーバルちゃんがボヤいた。
「シロ?帰ってるなら手伝って、セーバルだけでは手に余るの、今カコもいないんだから」
「あぁごめん今いくよ、ベルも行こう?」
「うん!」
怒られてしまった。
先生は留守だったのか、今日はどこへいったんだろうか?
…
「ようやく一息」
「お疲れ様、遅れてすまなかったね」
「1つ貸し、お茶淹れて」
「あぁ、かしこまりました」
遊び疲れたのだろう、子供達はお昼寝だ。俺はビーズクッションのような寝心地の良さそうなものに埋もれるセーバルちゃんに頼まれお茶とお菓子を用意した。
そうして束の間の休憩を過ごしているときだ、玄関から声がした。
「ただいま、ユウキくん?ちょっと来てくれる?」
先生がお帰りのようだ、なにやら俺を名指しで呼んでいるみたいなのでお出迎えに上がることにした。
「おかえりなさい、どうかしました?」
「会わせたい子がいるの… さぁ入って?ここが家、これからここで暮らすのよ?」
新しく引き取られてきた子がいるらしい、その子は人見知りなのか先生の後ろに隠れなかなか姿を見せてくれない。だが俺にわざわざ会わせたいのは何故だろうか?ベルの件でカウンセリングの才能でも評価されたのか?
なんにせよ会わせたいと言うのだから、俺は後ろに隠れているその子をそっと覗きこみ声を掛けてみた。
「やぁ、怖くないよ?顔を見てもいいか… な…」
その子を見たとき先生が俺を呼んだ理由を一瞬で理解した。
「かばんちゃ…」
思わず口に出してしまうほどに俺は混乱していた。だが違う、この子は妻ではない。
瓜二つだが…。
彼女は妻ではない。
「先生… この子は?」
「驚いたでしょう?私もよ」
「新しいヒトのフレンズ…」
「そうよ」
この子はとても小さかった。
俺が初めて妻と会ったあの姿よりももっと小さい姿だった。
だが俺はこの子が妻の生まれ変わりのようなものだとすぐにわかったし、この子がいつか妻のような姿になることは容易に想像がついた。
正直俺にとって複雑な存在だ、それは先生にもわかっているはず。わかった上でこの人は俺を呼び、そしてこう言うのだ。
「ユウキくん?この子のことはあなたに一任したいの、いいかしら?」
何故だ。何故先生はわざわざそんなことを俺に言うのか。何故先生はわざわざ心を抉るような真似をするのか。
俺にはそれがわからない。
「わかりませんね、皆と同じように面倒を見ればいいじゃないですか?どうしてわざわざ俺に任せるんです?なんのつもりなんですか」
「言いたいことはわかる、それでも頼みたいの」
「バカげている、この子を代わりにしろとでも言うんですか?」
そうだ、こんなの間違っている。
確かに俺は孤独だ、共に目覚めるはずの妻は俺を置いて去ってしまった、妻に会いたいのはいつだってそうだ。だがもういないのだ、新しくこの子が現れたのが証拠だ。今俺は妻はもうこの世に存在しないという現実ををこういう形で目の前に叩きつけられたのだ。
だがだからと言ってこの子に妻を重ねて俺が面倒を見ろと言うのか?そんなことあってたまるか。この子はどうなる?この子にはこの子の人格がある、この子だけの人生がこれから待っている。なのに俺が妻を見るようにこの子を見たら、この子も妻のことも否定しているようなものではないか。
彼女は彼女、妻は妻だ。
どちらも一人ずつ存在しているのに。
なのに先生はまっすぐ俺の目を見て一歩も引く気はないのだ。名前も知らない妻の顔をした子を置き去りに俺と先生は口論を繰り返していた。
その時、先生の後ろで一言も発することのなかったその子が小さく呟いた。
「ごめんなさい」
その言葉に俺と先生も黙るしかなかった。
怯えた目、震えた声。
これまで何があったのかは知らない、だが俺達が自分のことで言い争っているということを感じ取っていたのだろう。
何も悪くなんかないのに彼女はもう一度言った。
「ごめんなさい… 僕のせいでごめんなさい… 急に来て迷惑かけてごめんなさい…
ごめんなさい」
その声は幼いながらも間違いなく妻と同じものだった。その声を聞いたとき、俺の頭で自問自答が繰り返されるのだ「また泣かせるのか?」「また傷付けるのか?」、違う…
だが俺の手は自然と彼女の頭に向かい、そしてポンと優しく乗せると髪を撫でていた。
「ごめんよ?君は何も悪くないんだ、不安にさせたね?大丈夫、迷惑なんかじゃないよ?子供が大人の顔色を伺う必要なんてないんだ、君の居場所はちゃんとここにある」
酷く怯えて、髪に触れただけなのに震えているのがわかる。いきなり自我を持った状態で現れて、でも右も左もわからないような状況のなか不安で不安で堪らなかったのだろう。
「君、名前は?」
「あの、わかんない… 覚えてなくて」
「生まれたばかりみたいだから、ユウキくんが付けてあげて?」
酷な頼みだな、妻の生まれ変わりのような子の名前を俺に決めさせるだなんて。とは言え名無しのままではいけない、妻との差別化も図るため名前は必要だ。
この子の髪は美しく鮮やかなグリーンだ。妻は黒髪だったが、日に当たると角度によってこんな髪色にも見えたことがあった。
この子の髪は妻と言うより、すべての元となったミライさんに近いように思える。なら…。
「ミクはどうだろう?」
「ミク?」
「あぁ、未来と書いてミク… どうかな?」
彼女は少し間を置くと不安そうにしていた顔が綻び小さく「はい」と呟いた。笑ったというほど大きな変化ではないが、どこか先程より安心して笑顔に近い表情をしてくれている気がした。気に入ってもらえたらしい。
「じゃあよろしくミク、おじさんはシロと言うんだ」
「シロ?」
「あぁ、変だろう?」
「ふふ… うんっ」
とても小さな笑顔だが、それは紛れもなく俺が一番求めていた
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