第12話 猫又
猫又とは、日本の民間伝承や古典の怪談などにある猫の妖怪である。山の中にいる獣といわれるものと、飼い猫が年老いて化けるといわれるものの2種類があるらしい。
猫妖怪は中国が隋と呼ばれる時代には既に話があり、日本で最初に出回ったのは鎌倉時代前期。その時に「猫又が一晩で数人の人間を食い殺した 」という記述があるそうだ。
猫又山や猫魔ヶ丘という伝説がそのまま山の名前になった場所もあるらしく、猫又山に至っては大きな猫が山に住み着いて人々を襲ったと伝えられているそうだ。
江戸時代以降には人家で飼われているネコが年老いて猫又に化けるという考えが一般化し始め、山にいる猫又は老いた飼い猫が家から山に移り住んだものとも解釈されるようになった。やがて「老いた猫は尾が二股になり猫又という妖怪となる」「老いた猫が猫又となって人を惑わす」などの記述や怪異が生まれ、そもそも猫又とは尾が二股になることが語源だとかなんとか。
尻尾が二本?俺がそう見えるか?
そもそも猫は昔から魔性のものと言われ、絵巻などの猫又は芸者に化けて三味線弾いていたり、頭に手拭い巻いて二本足で立って踊ったりしている。
で四神の皆さんは俺にそのネコマタとして守護けもののポストに着き使いパシりになれと仰ってるわけだ。確かに長生きして訳のわからん能力もある俺は妖怪なのかもな。
「シロよ、我等も我等で忙しくてな?頼まれごとにいちいち手を貸している余裕などないのじゃ。そこでお前には我等に依頼された我等が動くほどではない案件を解決してもらおうという役割を与えたいのじゃ。島民も助かる、我等も助かる、お前も退屈せんで済むじゃろう?」
「要は妖怪になって雑用こなせと?」
「なんじゃ?不服そうじゃの?」
まぁそりゃあそうだ、つい態度に出してしまったのも理由がある。
なぜって?俺はホワイトライオンだ。
姿形だけで特性を失っても同じだ、俺はホワイトライオンのフレンズである母から生まれ、ホワイトライオンのフレンズの息子として生きてきたのだ。それをなんだ?ネコマタだと?確かにまともな状態ではない妖怪みたいな存在だが母から受け継いだものを捨てるつもりなどない。
四神直々の頼みなら聞こう、異論はない。あなた方にも散々世話になっているので断るつもりはない。例え不服なことでもだ。
だが母から生まれたことを否定するような肩書きなんていらない、何が守護けものだ。
「やりますよ。そもそも拒否権などないんでしょうが始めから断るつもりもありません」
「ならば何が気に食わん?」
「守護けものの肩書きなんていりません、確かに今の俺は妖怪みたいなもんですが、それでも自分がホワイトライオンであることに誇りを持っています。それが父と母が結ばれたことの証明になるからです。仕事はやりましょう、ですがもし俺にホワイトライオンを捨てて妖怪になれと言うなら俺はここで死にます。散々歯向かって足掻いてから死にます」
表情は動かさず淡々と思いを述べた。
元々静かだったこの個室にも緊迫感のようなものが加わり、四神達も俺の態度には顔をしかめた。
「あぁそうじゃったすまんな… お前はそうじゃった、家族を特に重んじるヤツじゃったな?悪気はなかった、許してくれるか?」
「えぇ、わかっていただければ」
スザク様が素直に謝罪をしてくれたように、俺もその謝罪を素直に受けとめた。
スザク様はそうだ、だが四神皆が素直ではないのだ。
「気に入らないわね、誰を前にしてそんな口を利いているのかしら。少しばかり貢献したからといって調子に乗らないでくれる?立場を弁えなさい混血のぼうや」
セイリュウ様だ。
彼女は座ったままだがこちらに大きな圧力を与えてくる。その目はまさに龍の如し。向こうの言ってることは正しい、だが譲れないものの一つくらい俺にもあるのだ、例えこの命が仮初めのものでもだ。
「弁えてますよセイリュウ様、ただ俺は許せないことは誰であろうと許せないだけです」
「生意気ね、躾が必要かしら」
「よさんかセイリュウ?シロも口を慎め!その件は何か考える、我等が軽率じゃった」
睨んでいるつもりはないが向こうも高圧的な目をやめないのでこちらも目を逸らすつもりはない。スザク様は
だがこちらとて事を荒立てるつもりはない、ましてや四神セイリュウの逆鱗に触れるなど間抜けのやることだ。
向こうも騒ぎにはしたくないだろうし、少々癪ではあるが謝罪してお
「言葉が過ぎました、生意気な態度を取り申し訳ありませんでしたセイリュウ様」
立ち上がり深々と頭を下げながら心を込めて謝罪した。そうして俺が態度を改めるとセイリュウ様も圧を緩めた。
「いい子ね?素直な子は嫌いじゃないわ。まぁ私もこうしていられるのはあなたのおかげな訳だし、ここはスザクに免じて多目に見てあげる。以後気を付けるように」
「ありがとうございます… では雰囲気を壊してしまったので俺はこれで失礼させていただきます。お食事を待たせてしまい申し訳ありませんでした」
「お、おい待たんか?何も帰ることは…」
部屋を出る際もう一度礼をして外へ出た。
スザク様は引き止めてくれたが、さすがにこの場で食事をする気にはなれない。第一俺は空腹でも何でもないし、そもそも目覚めてから食事らしい食事を取ってない。どうやら俺は食わなくても生きていけるらしい。
フム…。
まるで妖怪だな。
…
「そんな話をしたのね… それでどうするの?私としては気に入らないなら断っても問題ないとは思うけれど」
「いえ、いろいろ良くしてもらっているし俺が生きているのはそもそも四神の力のおかげですから。四神の意向に従うのは筋でしょう、やれと言うならやりますよ。妖怪呼ばわりはさせませんが」
帰って先生に例の件の事を聞いてもらった。
先生の言う通り気に入らないなら断ってもいいのだろう。あの時は雰囲気のせいか拒否権は無いように思えたが、先生と話すと断ったとしても特に誰も咎めてはこないように思えた。あの時話はスザク様が一人で進めて他三人は「まぁいいんじゃない」という態度だったから、スザク様が俺のことを気にして色々手を回してくれたのかもしれない。とのことだ。
「でも少し安心したわ」
「何がです?」
「だって、目覚めてから泣きも怒りもしなかったじゃない?少しは元の表情豊かなユウキくんが戻ったのかなって」
その節は心配をかけたと思った。確かに怒りや悲しみを感じるのは少しずつ孤独が和らいでいるということかもしれない。昔のように笑えるかは疑問だが… この通り未だに表情は固い。
「色々悩むといいわ、悩むのも生きている証拠よ?それじゃ私仕事で呼ばれているから行くわね?子供達のことお願い」
「はい、お気をつけて」
そうして他愛ないことを話すうちに先生は仕事で出かけると言って子供たちを俺やセーバルちゃん達に任せて家を後にした。
100年前はあまり家から出ようとしなかったあのカコ先生だが、今はたまに仕事があるとかでこうして外出をしている。100年あれば変わるものだな。
…
それからあれこれしているうちに子供の一人が俺を呼び止めて言った。
「おじさん?大きな尻尾のおねーさんが来たよ?」
お客さんが来たようだ、今日は誰かくる予定は特に聞いていないが… 来たというなら言うのなら対応しておこう。
そう思い玄関まで足を運ぶと驚いた、これはこれは珍しい。貴女のような方がわざわざ御足労されるとは。
ドアの外には大きな尾を持つ長い青髪ツインテールの女性、会うのは昨日の今日だ。
「セイリュウ様?どうかされましたかこんなとこまで?」
「あなたに会いに来たのよ、昨日のことで少し話しておきたくて… 忙しいかしら?」
「いえ構いませんよ、今お茶を出します」
上がっていただき客間に案内した。昨日の雰囲気が売って代わり、尻尾に気を付けながら座る姿がどこかお茶目に見える。お菓子と一緒に紅茶を出して話とやらを聞くことにした。
「それで、お話とは?」
紅茶を一口飲みじっくりと味わうと、セイリュウ様は落ち着いた様子で話を始めた。高圧的な方だと思っていたが、このような柔らかい表情もするんだなと思った。
「スザクはあなたがお気に入りみたいね」
「はぁ…」
そう… なのか?俺にとって古い仲ではあるが。
「でないとわざわざ守護けものとして扱おうだなんて言わないわ、仕事を与えるだけでいい。それこそ私達の雑務でもやればいいのよ」
お気に入りかどうかは本人のみぞ知るところだが、セイリュウ様が言うには昨日の話はこういうことらしい。
「私があの時あなたを咎めた理由がわかる?態度だけの話ではないわ、スザクの気持ちも知らないであのような態度を取ったのが気に入らなかったのよ。スザクは言っていたわ。あなたは“英雄なんだ”と… くどいくらいにね?もう本当にしつこいわ。」
スザク様がそんなことを…。
英雄… 俺が。
俺のようなやつが…。
「よほどあなたに生きていてほしいのね、だからあなたが自らの意思で生きることを選んだ時も嬉しそうにずっとあなたの話をしていた。四神玉の時もあなたを死なせまいとわざわざ私達に頭を下げてきたくらいよ?そこまでしなくても協力くらいするのに、私達だって鬼じゃない」
「…」
俺が返事や相槌をしなくても、セイリュウ様は構わずスザク様が俺の為にしてきてくれたことを淡々と話してくれた。
「今回のこともそう、スザクがあなたに役割を与えたのはそうすることで生きる理由を与えたかっただけ。守護けものになれと言ったのも仕事をさせる上でそれなりの権限を持って然りだというスザクなりの優しさ。それは立場の話であって何もあなたを否定するような意味で言ったのではないのよ、役職名か何かだと思ってくれるといいわ。実際守護けものの権限を使えばある程度の融通が利く」
俺は生きることを選んだが、生きることを望んでいるわけではない。四神にはそれがお見通しなのだろう。
スザク様はそれがわかっているので飽くまで命令のような形で俺に仕事を与えた。俺がいつかひょんなことで死を選ぶことを恐れたスザク様は、自分が仕事を与えるうちは死ぬことは許さんという形で俺の延命を図り、いつか希望を持って生きてほしいということを望んでくれたのだ。セイリュウ様が言いたいのはそういうことなのだと思う。
「まぁそういうこと。正直私を含むスザク意外の四神はあなたの死に無関心よ、話したのはあの時以来だし本人がそれを望むならそれも良いと思ってた… でもスザクは違う。あなたが生きて帰ってきたことに感謝していたし、あなたの妻のことも自分の責任かのように悔やんでいた。そしてスザクの気持ちを知ってか知らずか、私はそんなあなたの目に余る態度に腹が立った… 押し付けがましいのは私も嫌いだから気持ちはわかるけれど」
「その節は申し訳ありません」
「いいのよ、それで?これを聞いた上でどうかしら?断るも受けるも自由よ、好きにしなさい?」
断っても何も言われないのだろう。
スザク様はがっかりするだろうが俺の選択に四神は意見しないと思う。
が、俺の答えは始めから決まっている。
最初から心は変わっていないのだ。
「もちろん受けさせてもらいます」
「守護けものの件は?」
「複雑ではありますが、そちらもスザク様の顔を立てて是非やらせてください」
「よろしい、それじゃ私は帰るわ?その返事は改めてスザクにも言ってあげてちょうだい?それと…」
立ち上がり長いツインテールを揺らしながら俺に背を向けた時、セイリュウ様は最後にこう付け加えた。
「スザクにはここに来たことは内密にすること、いいわね?」
「言ったらどうなるんです?」
「水をたらふく飲ませてやるわ」
「承知しました、では外までお見送りします」
なんだかんだ仲がいいんだろうな四神は。わざわざスザク様のことを気づかって俺のとこにくるとは。それから。
玄関のドアを開けて外へお連れした時だ。子供達が数人セイリュウ様に駆け寄ってきた。珍しいので興味が湧いたのだろう。
「長い尻尾だね!」「キラキラして綺麗!」「おねーさんはだぁれ?」
子供らしい純粋な感想。セイリュウ様は子供が苦手そうなイメージがあったのだが以外とそんなことはなく俺には絶対向けないであろう柔らかな笑顔で対応していた。
「私はセイリュウよ?尻尾は自慢なの、手入れしてきた甲斐があったわ、ありがとう子供たち?」
確かに艶やかで美しく伸びた龍の尾だ。スザク様も美しい尾羽だったが、こういうとこズボラなので手入れとか滅多にしないんだってな。だがセイリュウ様は手入れを欠かさないようだ。
皆が群がる中、そこに1人出遅れた子が走ってきた。だがその子は焦っていたのか足がもつれて転んでしまった。俺はそれを見てすぐに手を貸した。
「イテテ…」
「大丈夫かい?あぁ膝を擦りむいてしまったね、おいで?中で手当てしよう」
痛みを我慢して今にも泣きそうな顔をしていたので、俺はその子を優しく抱き上げ中へ連れていこうと思った。
「待ちなさい?私に見せて」
がその時セイリュウ様は俺を止め子供を下ろすように指示をした。セイリュウ様は優しくその子に尋ねた。
「痛む?」
「うん…」
「任せて」
その時セイリュウ様の手はその子の擦りむいた膝に当てられ、暖かな光と共に美しい水が小さく円を描くように手の回りを流れ始める。
「はいおしまい、まだ痛む?」
「痛くない!治ってる!ありがとうおねーさん!」
「どういたしまして、気をつけてね?」
驚いた、今のはなんだ?
なんとセイリュウ様が手を当て水に触れていた膝の傷は綺麗に消えているではないか、あれは治癒能力だ。
「今のは水の力で治したんですか?」
「清き水の流れ、汚れを洗い流しその身を清めん… 私の力は何も攻撃に限らないということよ、使いこなしたいのならよく覚えておきなさい?水は恵みとなり大地に命を与えるけれど、時に理不尽にすべて流し沈めてしまうこともある」
「肝に命じておきます」
四神の力の使い方はまだまだ多種多様なようだ。固定観念に囚われてはいけないな。
…
「シロはおるか!」
後日騒々しく現れたのはセイリュウ様曰く俺のことが大好きなスザク様だ。
「ここに」
「よし!いいことを考えたのじゃシロよ!ネコマタが嫌ならハクタクはどうじゃ?和漢三才図会というやつにはなぁ?ハクタクは白い獅子として絵描かれて… 「いいですよネコマタのままで、やりましょう守護けもの」
何か違うそうじゃないという感じのことを話すスザク様の言葉を遮り、俺は守護けものネコマタの件を了承するという旨を伝えた。
「はぁ!?良いのか!?どうした急に!?熱か!?」
勢いよく額に当てられた手を払い答える。
「いえ、スザク様が俺のためにいろいろ考えてくれたことなので無下にするのはよくないと思い直しまして。呼び名なんて呼び名に過ぎないかなと」
そう、セイリュウ様とのことは触れずに。
「おぉ… わかってくれたかシロ?我は嬉しいぞ?これからよろしく頼むぞ?仕事はたっぷり用意してある!」
「お手柔らかに頼みます、こっちの仕事もあるので」
「わかっとる!ではな!依頼があれば使いを寄越す!またの!死ぬなよ!」
「はいお待ちしております、死にません」
忙しかったのだろう、俺の返事を聞くとロケットみたいに飛び去ってしまった。お詫びに何かご馳走しようと思ったのだが…。
ん?戻ったきたぞ?
「どうされました?」
「晩飯を… 食って帰ろうかと思ってな?」
「どうぞ、今日は中華です」
「よし!」
忙しい方だ…。
俺は厨房に戻り餃子を包むのを手伝わせた。
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