第11話 代行

「サーベルタイガーの牙が… お前の母親が如何に強い獣なのか…!」


 思わず目を見開いた、瞬きも忘れるほどに。


 その時おじさんは僕がどう頑張っても決して抜けることのなかったお母さんのサーベルをゆっくりと引き抜き、その刀身を怪しく光らせた。


 錆び一つない刃がセルリアンに向けられる。


「目を逸らすんじゃあないぞ、しっかりと目に焼き付けておくんだ」


 おじさんは剣を構えると背中を向けたまま僕にそう言い残し、返事を待つことなくセルリアンの群れに単身乗り込んでいった。


 踏み込んだ瞬間地面が抉れ、その場に足跡と言うにはあまりにも大きすぎるものを残し、そして次の瞬間には既にセルリアンに斬りかかるところだった。


 おじさんは嘘つきだ。


 強くないだなんてあの姿を見たら誰も信じることはないだろう。だってこうして僕が唖然としている間に既に一体を切り伏せているからだ。

 1つ… 2つ… 元々剣術の心得でもあったのか借り物のサーベルで次々と倒していく。おじさんの動きを目で追っていたらセルリアンの動きなんて止まって見えるほどだ。


 僕はフレンズがセルリアンと戦うところを今日生まれて初めて見たけど、みんなこんなにも圧倒的に強いものなのだろうか?いいやそんなはずはない、弱いフレンズや戦えない人達の代わりにパークガーディアンがいるのだから。お母さんはそのガーディアンの一人だった、しかも隊長。


 じゃあお母さんはやっぱりとても強かったの?もし生きていてくれたら今もあんな風に戦ってくれたの?それならどうしてセルリアンなんかに負けたんだよ… あんなのにやられないでよ?僕のことおいていかないでよ。寂しいよ…。


「お母さん…」


 涙が出た。


 初めは泣くこともできなかった。お母さんがもう帰らないって知った時どうしたらいいのかわかんなくて、言われるがままに新しいとこに住まわされて。

 ずっと実感がなくてお母さんのサーベルを抱きながら本当は帰ってくるんでしょ?って少しだけ思ってて。


 だんだんイライラして、お母さんに酷いこと言って…。


「ごめんなさいお母さん…」


 ごめんなさい。

 お母さんは弱くなんかない、弱いのは僕の方だったんだ。

 

 思い返すと今さら涙がたくさん出てきた。目を逸らすんじゃないと言われたのに前が見えないほど泣いた。


 お母さんはガーディアンの隊長としてたくさんの人を守り抜いていたけど、たまたま今回は運が悪かったのかもしれない。いざ自分がやられそうになるとわかった、お母さんがどれだけ危険な仕事をしていたのか。


 きっと最後まで戦い続けていたんだ。もしかすると誰かを庇ってやられてしまったのかもしれない。いくら強くてもダメな時もあるんだと思う。

 正直あんまり一緒にいられなくて寂しいこともあったけど、僕は隊長をやってる強くてかっこいいお母さんが大好きだったよ、自慢のお母さんだったんだよ。


 なのにサーベルタイガーなんて弱いって思ってしまった。こんなの自分への言い訳だ。


 今はなにもできないけど、僕もいつかお母さんみたいになれるかな?おじさんみたいにお母さんのサーベルを抜けるようになるかな?お母さん僕決めたんだ。


 僕強くなるよ。


 いつかお母さんのサーベルを抜けるように。そしていつか僕もお母さんみたいにガーディアンの隊長になって、お母さんの仇を討つよ。


 サーベルタイガーの名前に恥ずかしくない強くて優しいフレンズに、そんなフレンズになれるように頑張るよ。



「さぁお前が最後だ、手を出す相手を間違えたな?」


 その時おじさんがセルリアンに言い放った言葉が聞こえた。もう最後の一体だ、あっという間に感じた。


 おじさんは右手にサーベル左手に鞘を持ったまま跳び上がり空中で一回転すると、そのまま真っ直ぐ最後のセルリアンに向かい剣と鞘の両方を突き立て串刺しにした。その姿はまさに狩りをするサーベルタイガーのように。


 そしておじさんはセルリアンを踏みつけて後方へ下がり、とどめを刺されたセルリアンは一瞬の沈黙を経てやがて破裂した。四方に飛び散るキューブ状の光は皮肉にもその場を彩り美しく飾り付けているようにも思えた。


「ベル無事か?」


 剣を納刀しながら振り向きこちらへ駆け寄ってくる。僕は地べたにペタんと座りながらぼんやりとその光景を眺めていた。おじさんはお母さんの強さを証明した。


「終わったよベル、これを返そう、助かった… ありがとう」


 歩み寄り僕にサーベルを返そうと手渡してくれた。


 でも一度手を伸ばした時に考えた。今の僕には持つ資格がない、だから抜けなかった、それはお母さんが許してはくれなかったってことなんじゃないのか?

 

 そう思うと僕は手を下ろし首を左右に振ると言った。


「ううん… 僕にはまだ早いみたい、おじさんが持ってて?」


「…?君のお母さんの物だ」


「うん、だから僕が持つにはまだ早いんだ、だから抜けなかった… でもおじさんには抜けた。お母さんはおじさんになら託していいと思ったんだよ」


 僕の決意は揺らがない、今の僕ではダメなんだ。それはおじさんの戦いを見てよくわかった。


 今の僕ではお母さんの無念を晴らせない、だから。


「きっとお母さんはすごく悔しかったと思う、みんなを守るのがお仕事だったから… ねぇおじさん?だから代わりにみんなを守って?お母さんのサーベルで、手の届く範囲で構わないから!僕も頑張るから!だからいつかおじさんから見て僕がそのサーベルに相応しいと思ったら返して?」


 まっすぐおじさんの目を見ながら言った。その瞳はとても寂しさを感じる瞳、お母さんもこんな瞳だったのをよく覚えている。


 寂しくて… でも奥には力強さがあって。


「わかった、引き受けよう」


 僕の気持ちが伝わったのかおじさんは快くサーベルを引き受けてくれた。お母さん?これでいいんだよね?


 いつか自分の力でみんなを守るから。


 お母さんがいなくても。



… 



 それから。


 実は気になっていることがある。タイミングを逃して言えなかったのだけど。


「ねぇおじさん?」


「ん?」


「それ大丈夫?」


 僕の言う「それ」というのは指差す先にあるおじさんの左手、正確には左手の人差し指。


「あぁ…」


 血が… もしかして今気づいたの?結構な勢いなので深く切ってるのでは?あんなにかっこよく剣を抜いて戦っていたから使いこなしてるように見えたけどおじさんって結構不器用なのかもしれない。


「すまない、剣術の心得はなくてな… 包丁とは勝手が違った。だがこれでサーベルタイガーの牙が半端な物ではないとわかっただろう?」


「嘘でしょ…」


 あれが見よう見まねってこと?この人は何者なんだろうか。しかも洗ったりしなきゃいけないんじゃないか?と尋ねたらこうだ。


「いやもうじき治るだろう、気にしなくていい」


「そんなこと… え?本当に治った?」


 何が起きたの…。フレンズって体が頑丈で傷の治りも早いって聞いてたけどそれはさすがに早すぎるよ。


 この時もまた思わず目を見開いた。瞬きを忘れるほどに。


 





 戦いは終わった、最後の最後でヘマしてベルをドン引きさせてしまったが。

 それよか怪我だ、俺の指などいい、ベルは足の怪我でしっかり歩くのは辛いはず。俺はおんぶしてやろうと思い背中を向けてしゃがみこんだ。


「足痛むだろ?さぁ背中に乗るといい」


「あ、歩けるよ?」


 拒否されたが怪我をした子供を歩かせる訳にはいかん、無理にでも乗るようにしなくては。


「ダメだ、無理せず帰って先生にちゃんと診てもらおう?いいな?」


「うん…」


 そっと俺の背に掴まると恐る恐る体を預けてきた、それでいい。子供なんだから大人をもっと頼ってくれ。


 背負って歩き始めると、ベルはすぐに眠ってしまった。安心したら眠くなったのだろう、なんだかこの姿に自分の子供達を思い出す。


 もしかするとベルは少し照れくさかったのかもしれないな。


 父親のいないベルにはこんな普通なことも初めての経験だったはず。子供というのは母親はもちろん父親だって重要な存在だと俺は思う。

 両親に命懸けで守られていた俺はそれをよく知っているし、自分自身も父親をやってたのでちゃんとわかっているつもりだ。


 母親がいなくなっても顔も見せない父親。


 どこのどいつだ、無責任なやつめ。







「おかえり、二人とも無事だったね?良かった」


「ベルは足を怪我してるんだ、手当てしてあげてほしい」


「わかった、部屋で寝かせてあげて?」


 帰ってすぐ出迎えてくれたのはセーバルちゃんだった、彼女は俺よりも精度の高いセルリアンセンサーを持っているらしい。その証拠にベルを下ろすと俺に一言添えてあのキューブを投げた。


「忘れ物」


「おっと」


 四神籠手だ。

 こんなサイコロみたいのがあの籠手の形に変わるのが未だに信じられん。


「知ってたのかい?」


「子供達に伝言聞いたとき既にセルリアンには気付いてた。だから届けてあげようかと思ったんだけど、家を出るとき気配がポンポン消えてくからおとなしく帰りを待つことにしたの」


「ありがとう、届けるのラッキーに任せたら良かったんじゃない?」


「シロはブレスレットも忘れてる、現在地がわからないとラッキーじゃ無理なの、せっかくカコがくれたんだからちゃんと付けて?あれがないと連絡も取れないんだから」


 怒られてしまった。

 淡々と話す子だから変に声を荒げることもないが、どこか文句を言いたげな口調でそう言われた。申し訳ない。


「ごめん、心配かけたね」


「いいよ、子供を見殺しにして負けるような人ではないでしょ?… はい、手当て終わり」


 信頼感を感じた、ありがとう。


 ベルは足の痛みも忘れて目を覚ます気配がない、よほど疲れていたのだろう。セーバルちゃんはそれを見て安心すると、立ち上がりドアのそばにいる俺を見た。

 

「じゃあセーバルはいくね?この子のことありがとう… ん」


「ぇ…?」


 たまげた。


 去り際、彼女はなんの告知や前触れもなく俺の頬に軽く口付けをして部屋を後にした。

 セーバルちゃんこんなことするんだな…。なんかすまないなヒロ。


 彼女が部屋を出るとこの場はしんと静まり返りベルの寝息だけが聞こえる…。


 …しまった。


「あぁ違うんだ、そんなんじゃないよ?待ってくれ?怒らないでくれよ?今のはどう考えても不可抗力だ、そうだろう?」


 虚しい独り言が静かな部屋に響き渡った。


「なんてな…」


 返事なんて返ってくるはずもない。








「できそうか?」


「うん、見てて?」


 あれから更に数日経ちベルはだんだん明るくなってきた。本来そういう子なのだろう、他のみんなとも遊び始めたしよく笑うようにもなった。良い兆しだ。


 そして今は。


「えぃっ!」


 ベルはグッと深く足を踏み込むと素早くこちらと距離を詰めてきた。


「わぁ!?」


 だが止まりきれずに俺に体当たりをしてきた。


「おっといい当たりだ」


 それを上手く受け止めた、止まるのはまだ練習がいるようだが数日でこの瞬発力は大したもんだ。


「ベルは筋がいいな」


「へへへ、ほんと?」


 彼は強くなりたいそうなのでサンドスターコントロールの生徒2号になった。今は循環を操り身体能力の向上の練習に励んでいる。サーベルタイガーは鈍足だなんて言っていたので、そのイメージの払拭のため俊敏さを集中的に教え込んでいる。


「どうだ?走るのも得意になってきただろう?」


「うん!まだ長くは走れないけど初めてかけっこで勝てたよ!」


「やったじゃないか」


 彼はなかなかセンスがいい、この時代の子はみんなこんな感じなのだろうか?俺が一緒に修行したら落ちこぼれになってるだろう。


「シロじぃ!俺も!」


「形質化はどうした」


「う…」


 一方太郎は体の外に出したサンドスターをボールにできなくて難儀しているようだ。気持ちはわかる、俺も何ヵ月もかかった。クロは3~4日でできたが。

 太郎はコントロールトリガーを使うことが根底にあるからイメージが凝り固まってるのかもしれないな。


「なんか俺に厳しくない!?子孫だよ!?」


贔屓ひいきはしない、子供に張り合うな?あと俺はこれから用事があるから留守にするからな?」


「え?シロじぃどっか行くの?珍しいね?」


「あぁちょっとスザク様に呼ばれてな」


 そう実は直々にお呼びが掛かっている、面倒この上ないがわざわざ呼んでくるのだから仕方ない。面倒だが。そっちが来いとか内心思ってるが。本当に仕方がないから行くだけだが。


「おじさん気をつけてね?途中でセルリアンいたらやっつけてね?」


「あぁ、このサーベルに誓うよ」


 二人の生徒から元気な「いってらっしゃい」を聞くとサーベルを腰に下げスザク様に言われた住所に向かうため家を出た。まさか銃刀法違反なんて言われないよな?これはサーベルタイガーにとって牙なのだし。


 さぁ行くぞ、まずはあの乗り心地のいいタクシーをつかまえよう。










「さて、よく来たな?とりあえずそこに座れ?」


「お迎えに来てくれてありがとうございますスザク様」


「まったく… そんな物騒なもんぶら下げて歩くヤツがおるか!この馬鹿者!今の時代フレンズでもそんなことせんわ!」


 認識が甘かった、実は警察に職務質問を受けて署に連行されてしまった。スザク様に来てもらってやっと解放されたんだ。俺の身の上話をしても信じてもらえそうになかったし助かった。


 そうして説教がてら連れてこられたのはここ… 料亭だろうか?いかにも高級そうな和を感じる個室、政治家が秘密の会食をしていそうなシーンを思い浮かべる。


 ここにはスザク様の他に三人。

 即ち四人揃っている。


「皆さんもお久しぶりです、お元気そうで」


「うむ、おかげさまであれから100年を優雅に過ごしておる」

「復活そうそう伝説を作ったな若造!愉快!愉快!」

「部屋に引き籠って今にも死にそうだったと聞いていたけど、元気そうね」


 四神。

 ゲンブ様、ビャッコ様、セイリュウ様。


 ここは四神行きつけの会合場所か何かなのだろうか?揃って俺になんの用だ?


 横一列に並ぶ四神の向かい側に座るとスザク様が仕切りだした。


「では、こうして皆集まったので早速本題に入ろうと思う、異論はないな?」


「飯はまだか!」

「いつまで待たせる気?」

「我慢は体に毒ぞ」


「我慢せい!すぐ食えるわ!ったく揃いも揃って意地汚い…」


 食わせてやりなさいよ、ずいぶん待たせたのだろうし。


 スザク様は「コホン!」と一つ咳払いをすると気を取り直して本題に入った。


「シロよ?まずはこうしてまたお前に会えたことを改めて祝いたくてな、我らはお前のおかげで今日までの日々を過ごしてこられた、四神を代表して改めて礼を言おう。ありがとうシロ」


「いえ、どういたしまして」


 なんだ律儀だな。別にいいのに、返って迷惑だったのでは?とすら思って正直お祝いしたい気分でもなかったし…。わざわざ皆さんを集めてこんな敷居の高そうな店の予約取らなくても。


「それでな。色々辛い思いを胸に秘めているとは思うが、お前はあの時生きることを選択し我らの力を行使した。これまでの功績も認め今のお前には我らと同じ守護けものとしての立場が必要なのではと四人で話し合ったのじゃ」


「守護けものって後付けするものでは無い気がするんですが」


「立場での話じゃ、じゃが現にお前は今ホワイトライオンというにはあまりにもかけ離れておる、心当たりはあるじゃろう?」


「えぇまぁ」


 そう、見た目こそ長い白髪に猫耳と尻尾があるフレンズの姿だが、耳は猫耳としては機能していないし何故か野生解放も使えない。力はこれまで自動でホワイトライオンが再現されていたものをサンドスターコントロールでマニュアル操作しなくてはならない。では今の俺はなんなんだ?


「お前は我らの力を一部とは言え有しておる。それだけでも普通のフレンズと比べれば特別、そして力に対する責任は重大じゃ!そこで我らはお前に守護けものとして仕事を与えることにした」


 なるほど。


 神の力を持っているヤツをいつまでも野放しにしていてはいけないということだろうか。これは別に嫌みではない、皆さんの立場を考えれば当然の処置だ。

 俺が四神の力を持っているというのは大袈裟な言い方をすれば一般人に爆破スイッチを委ねているようなもので、パークを守る四神としては何かしらの対応が必要ということだと思う。



 続けてスザク様はまっすぐと俺を見据えるとこのように仰った。


 

「お前には今日より守護けもの“ネコマタ”の名を与え!その役割として我等四神の“代行人”を勤めてもらう!」



 四神の代行人ネコマタ。


 遂に妖怪になったのか俺は。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る