第10話 抜刀

「よく来たな太郎、その顔は何か掴んだみたいだな?」


「もうバッチリ!ってなわけで… リベンジしたいんだけど、どう?」


「よし、いいだろう」


 太郎が来るのは休みの日だけ。


 でも教えたことを1日のルーティンに組み込んで毎日こなしているようなので、俺がいつも見てなくてもこうして成果を上げているというわけだ。


 太郎は自信に満ちた表情で言った。


「今度はシロじぃのタイミングでどうぞ?」


「言うじゃないか?なら遠慮なくいくぞ、レディゴー!」


 今回もまた腕相撲。


 前回と違うのはちゃんと太郎が持ちこたえていることだ。俺も全力でないにせよかなり力を込めている。よく頑張ったな。


「いいぞ、できてるな?」


「まだまだ!もっといける!」


 するとジワジワと押され始めた、俺の腕が傾き手の甲が地面へと近づいていく。

 力の調整が良くできている証拠だ、この様子だとまだまだ強くできるのだろう。これは負けていられないな。


「じゃあどんどん上げてくからな、押し返せよ?」


「望むところ!」


 こちらも押し返し、力は拮抗する。


 太郎も押し返そうと少しずつ力を強くしていくが俺も合わせて押し返すのでこの拮抗はなかなか崩れることはない。この数日でここまでとはな。


 お互いの限界が勝負の分け目となる。


「くぅぅっ!」


「限界か?」


「ま、まだ!」


「それじゃいくぞ」


 よく持ちこたえたが、集中力とか練度の違いだろう。俺の方がまだ一枚上手だったようだ。

 次に押し返す時には太郎は耐えられずそのまま腕は倒れていく。ギリギリで踏みとどまろうと頑張っていたが、惜しくも敗北することとなった。


「あぁ負けた!自信あったのになぁ…」


「いやほんの数日でこれだ、俺なんてあっという間だろうさ」


 俺はしっかりと操れるまで1ヶ月くらい掛かった。体外への排出や形質化を含めると半年以上かけてやっと習得できた。さらに言えば戦いで使うようになったのはそれから数年後だ。


 だから焦ることはない、太郎ならばすぐに慣れるだろう。


 なんだかこんな気持ちに覚えがある。あぁそうか… そういえばクロの血筋だもんな、飲み込みが早いと思ったんだ。こうして見ていると妻や息子の生きた証もちゃんとあるように感じた。


 100年後の子孫なんて遠すぎて始めはどうでもよかったが、関わるうちになんだかこの命の繋がりが嬉しく思えてくるものだ。


 ちゃんと生きていたってことなんだよな、俺も君も子供たちもみんな。








 一息着いた時に太郎に尋ねた。


「え?サーベルタイガーさん?」


「あぁ、ガーディアンだったと聞いたんだ、どんな人か太郎ならわかるかと思ってさ」


 ベルの母親のことだ。

 俺が知る限りサーベルタイガーという動物はその名に恥じぬ強き存在。フレンズになると長い牙がその名の如くサーベルに変わる。皆を守るため振るわれるその剣はセルリアンを切り刻み華麗にその場を治める。


 かなりの強者だ、当時の活躍から見ても簡単にやられるようなフレンズではないのはわかっている。ましてや子供がいるのだ、手出しはさせんと戦いの覚悟が尋常ではないはずだ。


「会ったことはないけど… 今でも信じられないよ、まさかセルリアンにやられてしまうなんて」


「そうなのか?」


「ガーディアンでも指折り、そういう人は隊長をしてるんだ?そんな人がその辺のセルリアンにやられると思う?俺みたいに新入りならまだしもさ?」


 太郎の話を鵜呑みにするなら確かに妙だな… それにサーベルに取り付いてしまうなんてよほど悔しくて心残りだったに違いない。一体なにがあったんだ?それともそれほどまでに強いセルリアンだったのか?いつぞやのシールドブレイカーのような。


「サーベルさんの子供、ここにいるんだっけ?」


「あぁ… いつも母親のサーベルを抱えて寂しさを紛らわしているようだ、母親と二人暮らしだったなら尚更辛いだろうな」


「想像も付かないよ、俺は父さんも母さんもめちゃ元気だから…」


 そうだ。


 いきなり何の身寄りもなくなってしまうなんて悲しすぎる。


 何もベルに限ったことではないが、俺も太郎も彼の力にはなりたい。

 だがただ単に元気を出せと言うのも彼に対して少し無責任な発言な気がする。立ち直るとか乗り越えるとかっていうのは結局外野がごちゃごちゃ言おうと本人がやるしかないからだ。

 こちらの応援がプレッシャーになるか、あるいは心の支えになるか。本人の受け取りかた次第でどちらにも取れてしまう。励ますというのは口で言うほど簡単ではないのだ。


 ここ数日気にかけているが、やはり先生の言うとおり様子を見るしかないのだろうか。










 さらに数日後。


 ベルは相変わらず皆と馴染めず部屋の片隅でサーベルを抱えている。


 先日は何かの本を読んでいたようだが、あれ以来たまにため息を着くのが目立つ。活発に動く訳でもなく、絵を描いたりオモチャで遊ぶこともない。


 ついこの間まであんな感じだった俺からすると、なんだか他人事には思えないのも確かだ。もどかしい。


 母親のサーベルもあれから動きはない、外見は本当にただのサーベルだ。


 なぁベルの母親、そこにいるんだろ?なら今の息子を見てなんとも思わないのか?話せるのなら話せばいいんじゃないのか?母としての仕事はただ子供を守るだけか?違うだろう?どうなんだ?


 そんなことを思いながら彼に歩み寄ると尋ねた。


「隣、いいかな?」


 その時少し驚いたのだろう、声には出さず静かに頷くと少し横にずれてくれた。


「慣れたかい?ここには」


「あんまり」


「そっか… でもゆっくりでいいんだ、ここの子達はみんな君と一緒で、なんらかの理由で親を亡くしたりあるいは捨てられたり… ベルはまだ不安だろうけどそれはみんなもわかってるはずだから、だからゆっくり慣れていつかベルがその気になったらみんなと遊ぶといいよ」


「うん」


 寂しげで、素っ気ない返事。


 おい見ているか母親?この子はこんなにも孤独だ、誰が味方になってもその想いには気付いてはくれないだろう。

 それは母親、他の誰でもない君を求めているからだ… わかるか?そこにいるなら出てこい、名前くらい呼んだらどうなんだ。


 そんなことを目で訴えかけてはみるがあれから俺は声を聞いていない。恐らく直接触れなくてはお互いに考えが読めないのだと思う。

 ベルにあの事を伝えるべきかどうかはもう一度声を聞いてどんな状態なのか判断してからがいいと思っている。だが俺も抜けなかった手前もう一度触らせてくれだなんて言えないし、なかなか参ったことになっている… 様子を見ても今のところ何も起きないしな。


「サーベルタイガーはさ…」


「うん?」


 二人で黙って座っていると彼の方から語りかけてきてくれた。いや一人言みたいなものなのかもしれない、だがそのまま話続けてくれた。


「そんなに強い動物なのかな…」


「え?」


 あのサーベルタイガーの強さを疑っているというのか?知っているはずだろう?母がガーディアンだったことを。最早疑う余地もないはず。


「お母さんはガーディアンの隊長だったけど、それなら簡単にセルリアンなんかに負けるはずないよ… サーベルタイガーだなんて名前ばっかり、この剣がなんだって言うの?抜けやしないのにどうやって戦うの?強かったら僕を置いていったりしないはずだよ…」


「本当にそう思うのかい?」


「本で見たんだ、“骨の形状からずんぐりとした体型だったと考えられていて素早い動きが苦手だったとされる、故に鈍足な大型動物を狩ることが主とされていて、発達した犬歯は鋭いが厚みがなく折れやすい”だって… お母さんはきっと逃げ遅れたんだよ、僕もあんまり走るの得意じゃない」


 悪いことばかりが目に入っている。動きはトロかったのかもしれないが力は強かったはず、それにその犬歯は噛み砕くものじゃない、大型動物の喉元に食い付き血管を切り裂くことで失血死させることに長けているってところまで読んでいないようだ。

 母親の死の事実が詳細不明なだけに本の内容を鵜呑みにし過ぎてどんどん卑屈になっている。そもそもサーベルタイガーは絶滅種だ、本の内容が本当かどうかもハッキリしていない。悲しみが悪い方へ向かって自分の母親を蔑み始めている。そんなのダメだ。


 確かに君は置いていかれたが、お母さんは肉体を失ってもまだ君を守ろうとしているのに。君にそんな風に言われたら報われないじゃないか…。


「自分の母親のことをそんな風に言ってはダメだ」


「天国で聞いてるって言うの?見守ってくれてるって?そんなのもう聞き飽きたよ!いないものはいないんだ!見守ってくれてたらなんだって言うの?何もしてくれやしないじゃないか!」


「そうじゃない、君はお母さんのことが好きだろう?お母さんも君が好きだ、でもそんな事を君に言われたらお母さんはどう思う?」


「知らないよ!いない人の事なんか!」


 しまった、もっとゆっくり話すべきだったがつい注意をしてしまった… やり方が年寄りくさい。

 ベルはかなりフラストレーションが溜まっていたのだろう、大声を挙げ立ち上がるとホームを飛び出し靴も履かずに外へ走り出してしまった。


「ベル!待ってくれ!」


 すぐ追わなくては、子供の足ではそう遠くへはいけないはず。


「おじさんどーしたの?」

「けんかー?」


「いや… おじさんが悪いんだ、言い方を間違えてね?この事は先生かセーバルちゃんに伝えておいてもらえるかな?すぐ連れて帰るからって」


 子供達も驚いた事だろう、急に大声出して走り去ってしまったのだから。みんながいい子で助かっている。

  

 そんないい子達に伝言を頼むと俺もすぐにベルを追い外へ飛び出した。






 音、匂い、気配、勘。


 あらゆるものを駆使しているが、まだ見つかっていない…。そもそもこの耳だ、飾りか?昔はもっとしっかり音を拾っていたはずだろう。鼻だってそうだ、そりゃあ犬科には劣るがホワイトライオンだってヒトと比べれば何倍も嗅覚が鋭いはずなんだ、なのにどうしたこの様は。


 俺は見た目こそ昔とそう変わらないが、思ったよりホワイトライオンではなくなっているのかもしれないな…。


 母と同じだったことが誇りだったのに。


「…?まずいな、この感覚は」


 走っているとあれを感じた… 病院の時と同じ、ざわざわと気味の悪いあの感じ。それはつまり…。


「セルリアンか、大したやつではなさそうだが…」


 もしかするとベルが近くにいるかもしれない、だとしたらまずい。今はあの子を守ってやれる人がいない… 母親のサーベルが宙に浮いて勝手に戦ってくれるとも考えにくい。俺が急いで向かわなくては。


「いないならいないでいい、どちらにせよセルリアンは始末したほうがいいな」


 俺は無策のままベルを探すのを後回しにしてセルリアンを先に倒すため例の感覚のする方へ急いだ。








 近付くに連れてわかってきた。


 2… 3… 4… いや6…。


 何体いるのかなんとなく把握できた、恐らく6… 違うな、8体だ。ホームの近くまでご苦労な事だが消えてもらう。


 少し多いが問題ない、四神籠手がある。あぁいや待てよ。


「おおっと… 参ったなこれは」


 ポケットの中は空だ。そういえば今は調整中で先生に預けているんだったな、四神玉を嵌めたとき形が変わったしそもそも試作段階だったので先生に見てもらってるんだった。


 だが籠手が無いからと言って立ち止まっている場合ではない。セルリアンは放っては置けない… ましてやベルがそこいるかもしれないのに。やるしかあるまい。


「見付けた、あれは?まずいっ!」


 セルリアンを目視で確認できるところまできた。まさかまさかと思っていたら本当にそこにいたのかベル!


 数は予想通り8体、ボール型、変なのがいないだけで安心してしまうとは… だが今まさにベルを補食しようと囲うように包囲し始めている、一方ベルは怪我でもしているのか立ち上がろうとしない。


 させないっ!今いくぞ!


 俺は足にサンドスターを込めるとグッと踏み込んで一直線にベルの元へ駆け付ける。


「どけっ!」


 石丸出しのマヌケを後ろから一体破壊し、すぐにベルを抱き抱えると一度この状況から抜けるため高く飛び上がった。


「お、おじさん…?」


「間に合ってよかった」


 セーフだ、とりあえず包囲は抜け出せた。


「怪我をしたのか?」


「う、うん…」


 足の裏にはいくつかの擦り傷、それからくるぶしの辺りが少し腫れているようなのでどこかで捻ったのかもしれない。


 さて… 今の俺に動けない子供を守りながら7体同時などできるだろうか?ジリジリとにじり寄るセルリアン達にベルも怯えた声を小さく漏らした。


「ぼ、僕も戦おうと思ったんだ… サーベルタイガーが本当に強いならこの剣で倒せるって思って… でもやっぱり抜けなかったよ。お母さんもこうだったのかも、囲まれて剣を抜く暇もなくやられてしまったんだ…」


 抜けない… 自分が守るのではなかったのか母親よ。言われっぱなしだぞ、今のあんたは俺から見ても弱い生き物だ。いざという時でも息子に剣を抜かせずに守る守ると口だけか?子供に情けない母親と思われたままでいいのか?


 いいところ見せろよ!


 手伝ってやるからッ!


 

「ベル、実はおじさんはあまり強くない」


「え… でもさっき一匹倒してたのに」


「あんなのはまぐれさ、不意討ちだからな?だから頼みがある、もう一度その剣を貸してくれないか?」


 俺はセルリアンと距離を取り抱えていたベルを下ろすとサーベルを貸してくれと頼んだ。サーベルタイガーの強さを教えてやりたいし母親のことを解決したいからだ。


 だがベルは当然それを渋っている、俺には抜けなかったからだ。


「でも抜けないのに…」


「大丈夫だ、信じてくれ」


 ここで息子を守らないのは母親でも何でもない、ただの喋るナマクラだ。俺は母親を信じる。だからベルには俺を信じてほしい。


「頼む」


「うん、わかった!信じる!」


「ありがとう、すぐに返す」


 剣を受け取った、その瞬間あの時の禍々しい感情と共に声が脳内に響き渡る。



『手を出さないで!私の子は私が守るッッッ!』


 何が守るだ、ならば何故ベルに剣を抜かせない?


『ベルは戦わなくていい… 私がずっとずっと守ってあげるの!』


 ジャパリパークの掟は自分の力で生きることだろう、いつかベルも戦わなくてはならない時がくるんだ。そして君はもう戦えない、自分の姿を見ろ。


『私が守る、守らなきゃいけないのに… あぁ腕はどこ?私の腕は?体がない… ないわ… サーベルを抜けない…』


 わかっただろ、君はもういないんだよ。だから俺が戦う、ベルが強くなるまで俺が代わりに守ってやる。だから頼む力を貸してくれ、サーベルタイガー。


『あぁ… ありがとう… ありがとう… お願いあの子を守って…』







 剣から黒く淀んだ気配が消え重苦しいものがなくなっていく。


 よし、これなら。


「ベル見せてやろう」


「え?」


「サーベルタイガーの牙が…」


 右手に持ったサーベルはゆっくりと鞘から放たれ。


「お前の母親が如何に強い獣なのか…!」


 ついにその刀身を我が子の前に晒した。

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