第9話 剣士子

「いいか太郎、フレンズの特徴であるその耳や尾というのはサンドスターがけものプラズムに形質化したものだ。だが俺やお前のあの武器がやってることはサンドスターを意図的にコントロールしてけものプラズムになりきらない状態での形質化で、プラズムにならず安定しないのは動物由来のものではないからだ。わかるか?」


「わかるよ、漫画みたいな空想具現化とは違うってことでしょ?サンドスターは便利な魔法じゃない、魔法みたいに不思議だけど」


「そうだ、鹿や牛の子がよく持っている槍などの武器も元々角だったものだ、なんでもポンポン出せたら物理法則もクソもない、まぁ今更物理法則の話なんてサンドスターの前ではあんまり意味も無さそうだがな」


 結局、あれから太郎が泣いて頼むので先生になってしまった。今座学でサンドスターコントロールがどういうものなのかを話している。


 ただ俺は偉そうに口で説明するのはあまり上手くはないし、太郎は思ったより理解力が高そうなので適当に説明したら早速実技に入ろうと思う。


「じゃあまず体内のサンドスターを感じ取って操ってみろ、できそうか?」


「なにそれどうやんの?」


「いつもは無意識で行われている動物由来の身体強化を自分の意志で行うんだ、例えばライオンの聴力や動き、力や鋭い爪は体内のサンドスターがライオンを再現したものだが、それを自分でやるんだ」


「えぇ…っと」


 やはり口頭でごちゃごちゃ言うよりやってみるのがいいか…。


「すまないな説明が下手で… 試してみよう、腕相撲だ」


 草っぱらにいい大人の男が二人してうつぶせで向かい合い右手をガッシリと掴みあう。字面で見るとなんか危ない感じがする。


「えー?シロじぃ大丈夫?全盛期とは違うんでしょ?」


「あぁ大丈夫だ、手加減すると折れるかもしれないから全力を出すんだぞ?いいな?」


「へっへーん恥かいても知らないよ~?」


「そっちもな、ほら勝手に始めていいぞ?」


 こっちの準備は済んでるのでそう伝えると、太郎はバカにされたと感じたのか少しムッとして男の顔になった、そういうとこ誰かに似てるな… んん… 俺か?


「あっそう?じゃあレディゴ… おぉぉぉぉぉ!?!?嘘待って何これッッッ!?」


 流石なかなかのパワーだ。

 しかし悲しいかな、俺の腕は倒れることは愚かピクリとも動くことはなかった… 一方太郎の顔は真っ赤で汗だく。


「全力か?」


「まだぁぁぁ!九割五分ぅぅぅ!」


 それもうほぼ全力だろ。

 可哀想なので潔く勝たせてもらった。


「た、隊長より強かった…」


「わかったか?今のは腕力にサンドスターを全振りしたんだ、これがコントロールの基礎である循環」


 分かりやすくこうしたが、実はこの使い方はあまり良くない。

 腕力に全振りというのは即ち守りも回避もお留守ということ。この状態で攻撃をくらうと戦闘不能まっしぐらになることだろう。


 わかりやすく伝わるといいが。


「どうだ?」


「なんとなく!」


「それじゃあまず感じ取るんだ、肩の力を抜いて集中してみろ?」


「了解!集中集中…」


 太郎はあぐらをかいて目を閉じると静かに呼吸だけをしている。これに関してはこれ以上教えることがないので、この間俺は俺のことをやるとしよう。今日は料理の日だ。


 太郎は既に強い、循環だけでも身に付ければ俺より腕力を出せるだろう。同じライオンとは言え姉には劣るがそれでも強い、流石ライオンの子なのだ。聞くと母親はライオンの純血フレンズで、父親がほぼヒトに帰化したフレンズの遠縁らしい。ミユとサン以降はフレンズじゃない普通のヒトの女性との恋愛だったのかもな。





 

 

 建物に戻りラッキーに今夜の献立のお使いを頼むとどこからか子供達の声が耳に入ってきた。


「なんだよお前!ちょっとくらい見せてくれたっていいだろ!」


 あまり穏やかな感じではない、ケンカだろうか?


「できないよ… いやだ」


「貸してみろよ!」


「や、やめて!」


 何事かと声の方へ向かうとオオカミの子が大きな声を出し別の子の持ち物を取り上げようとしているのが目に入った。子供のケンカなどよくあることだが、無理に人の物を取るのは目に余る行為だ。止めておこう。


「こらそこまで、離してあげなさい?」


 俺はこっそり近寄ると彼の尻尾を掴んだ。


「お、おじさん!?尻尾はやめてよ!?」


「尻尾弱点だったね?離してあげるから君もそれを離してあげてくれ?」


「アオン… わかったよぉ…」


 彼は素直なのでそう言うとすぐに離してくれた、変に言い返してもこずにすんなりと。


「いい子だ、それで?なんでこんなことしたの?」


 尋ねると、彼の持つ“それ”がとてもカッコイイので見せてほしかっただけなのだが、彼が頑なに拒否するのでムキになってしまったのだそうだ。

 隣には猫耳の生えたブロンドの少年、彼は確か新しく来た子だ。そんな彼が大事そうに抱えているものそれは。


「ごめんよ?その“剣”カッコよくてさ?」


「うん、ありがとう… 僕もごめん…」


「でも、大事な物ならしまっておけよ?持ち歩かないでさ?」


 オオカミの彼はそのままみんなの方へ走り去っていった。ここにはもう一人の彼と俺だけが残されている。


「大丈夫かい?新しく来た子だね?名前は何て言ったかな?」


「ベル…」


「ベルか、いい名前だね?おじさんはシロって言うんだ、面白いだろ?… よろしく」


「うん」


 ベル… 彼には猫科の特徴、そして大事そうに抱えるこの剣、否サーベル。つまりこの子はサーベルタイガーの血族か。


 昨日来たばかりのベルはまだみんなと馴染めておらずこうしてサーベルを抱いて隅っこでじっとしていることが多いようだ。それにしても何故サーベルを持ち歩いているのだろうか?サーベルタイガーであればまぁ当然のことではあるのだが。


「ベル?それは君にとってとても大事なものなのだとは思う、けどそうして持ち歩いているとみんな気になるだろう?さっきの彼のしたこともそういうことだよ」


「ごめんなさい… でもこれはお母さんの形見だから離したくないんだ」


「そうか…」


 …?いや待てよ。それはおかしくないか?


「形見?お母さんの?ベルのものではなくて?」


「うん、お母さんはサーベルタイガーでセルリアンにやられてしまったって知らない人が来て教えてくれた、それからこれが残ってたって渡されて… ここに連れてこられた」


 馬鹿な… フレンズの遺留品?これはけものプラズムでできた剣のはずだ、つまりサーベルタイガーという動物の一部。何故残ってる?聞いたこともない。それに父親はどうした?


「そう… か、まだ立ち直れないだろうね。辛いだろうけど、ここにいるみんなは君の家族だと思ってくれていいんだ… それから無理には聞かないけどお父さんは?」


「会ったことない、ずっとお母さんと二人だった」


 何?おかしいな、母親のサーベルタイガーはなぜ子を成している?父親とは愛し合っていたはずだ、共にいなくては不自然。それとも… ミユの時のような?いや、それならベルを産んだ直後に母親は亡くなっているはず。


 先生と話すか… 俺の知らないことが今の時代にはあるのかもしれない。


「あの… おじさん?」


 一人思考を巡らせているとベルが不意に俺に尋ねた。


「おじさんならこれを抜ける?」


 なんとベルはあれほど大事そうに抱えていたサーベル。さっきの子には一切渡さなかったそれを何故か俺に差し出したのだ。


「さっき渡さなかったのは大事なものだし離したくないからっていうのもあるけど、抜いて見せることができないから… でもおじさんなら抜けるかも」


 何か期待の眼差しのようなものを向け剣を俺に差し出し続けている。抜けないというのは子供の力では固すぎたということか?やれというのならやってみるが…。

 

「いいのかい?」


「うん、少しなら」


「ありがとう、それじゃあ少しだけ借りるよ?」


 俺は恐る恐るベルから形見のサーベルを受け取り、出来る限り丁寧に扱おうと決めた。


 抜けと言われたので右手でつかを握り左手は鞘を掴んだ。このまま引き抜けば鞘から刃が見える、当たり前のことだ。


 そう当たり前のこと…。


 なのだが。


「…?」


 抜けない?なんて固さだ。びくともしないぞ。


 かなり力を入れている。が何故か剣は少しも抜ける気配がないのだ、まるで鞘と一体化しているかのように。


「く…!」


「おじさんでも抜けない?」


「いや、待ってくれ…」


 ほんの少しだけムキになりサンドスターを循環させると引き抜く力にすべてを集めた。


 がしかし。


「なに…っ?」


 抜けない、全ての力を剣を抜くことのみに当てたがそれでも抜ける気配がない。


「くぅっ!」


 本当に本気の力をこめたその時、さらに予期せぬことが俺を襲う。



『離せっ!私が守る!私がこの子を守らなきゃっ!』



 剣を通じて何かが語りかけてきた、確かに聞こえた何者かの声。


「ッ!?」


「おじさん?どうしたの?」


「あ… いやすまない、どうやら俺にも抜くことはできないみたいだ… 返すよ、ごめんね?」


「やっぱりダメか… うん」


 剣を返すとベルはとぼとぼと寂しげな背中を向けて行ってしまった。力になれなくて申し訳なく思う。


 しかしさっきは驚いて投げ捨ててしまうところだった。あのサーベル、急に禍々しい気を放っているように見えた、何か重苦しい感覚を覚える。


 やはり… 先生と話した方が良さそうだ。







「ベルのお母さん?サーベルタイガーよ、純血のね」


「どうなったんです?」


 先生の部屋を尋ね、何やら忙しそうな中時間を割いて俺の話を聞いてもらった。


「どうって… 彼女はガーディアンだったらしくて、セルリアンとの戦闘で補食されたって聞いてる」


「父親は?」


「不明よ、言いたいことはわかる… でも私達の行き着いた答えがいつも正しいとは限らない、例外が起きても驚くことではないわ」


 では… 男遊びでどっかから種だけ貰ってきたとでも?まさか処女のまま妊娠したわけではあるまい、聖母マリアじゃあるまいし。

 母親しか知らない事実があるんだろう、きっと一緒にいれない事情があったんだ。


 それから…。


「形見のサーベルは何故残ったかわかりますか?」


「それは本当にわからないの、調べてみたい気持ちもあるけど取り上げるなんてそんなことできないし…」


「実は少し触らせてもらったんですが」


 そう言うと目を丸くしていた、よくそんなことができたなという驚きと呆れの混ざったような顔だ。


「ユウキくんってほんとそういうとこナリユキくんぽいというか…」


「いや向こうから頼まれたんです、俺なら抜けないかと」


「あ、あぁそうなのね?なるほど」


 当たり前だろ、カッコイイから無理矢理取り上げたとでも思ったのか…  先生の中の俺はなんなんだ。父さんだってさすがにやるはずないだろう…。やらないよな?


「それから、それが鍵でも付いてるのかってくらい固くて抜くことができなかったんです、全力でもです」


「ユウキくんが本気でやって抜けない?不思議ね… フレンズの遺留品、彼には申し訳ないけど正直興味深い」


「もっと不思議なことがありました」


 ただ抜けないだけなら確かに不思議だ、まるで剣が人を選んでいるかのようで神秘的でもある。だがただ不思議なだけではないことが起きていた、俺はそれを伝えた。


「喋ったんです」


「は?」


「サーベルが喋りました、いや声を出してはいないんです… こう、言葉が脳内に流れ込んで来るような感覚でした」


「本当なの… それ?」


 先生はさらに目を丸くしていた。

 ベルが心配なのは俺も先生も変わらない、急に孤独になり見知らぬところに連れてこられ不安しかないだろう、多大なストレスを感じているはず。

 だが先生は同時に科学者だ、実に興味深いというような目をしているのも隠せていなかった。


「それ、あの子は知ってるの?」


「気付いていない様子です、俺が無理に抜こうとするとこう言われました…“離せ、あの子は私が守る”と」


「まさか… 母親が?」


 そう考えるのが無難だ、わけもわからないことに無難もなにもないが。


 不思議だ、不思議で理解不能だが、先生はその話を聞いた後に俺の顔を見て何か思い付いたような目を向けていた。何か心当たりがあるのだ。


「ユウキくん… ありえないことではないわ?」


「何故です?」


「その状況、似てると思わない?」


 似てる… まさか?

 

 ベルのことを自分に重ねて考えていた。幼くして母を失ってしまい孤独になっていった自分に。

 俺の時は父が面倒を見てくれたが、ベルには父親がいない。俺なんかよりずっと孤独だろう。


 そう考えていたときだ。


「母さん… そうか母さんの時と」


「そう、ユキちゃん… あなたのお母さんも肉体を失ってもあなたの中で生き続けていた」


 そして娘シラユキにその意識は移り、やがて復活を遂げた。


「ベルの剣もそうだと?」


「わからない、仮説よ… でもそれならサーベルが残った理由になる」


「そうだとしたら、生き返らせることができる?」


「ハッキリとは言えないわ… ユキちゃんの場合ユウキくんの中に彼女の意識が張り付いたサンドスターが流れ込み、それがシラユキちゃんに移った。今回とは状況が違う、もしかすると子供を守りたいという心残りや願いがそういう結果を生んだのかも… 母親はいつだって強いものよ、そうでしょ?」


 そうだとも… 本当に母親というのは。


 しかし、それではまるで怨念ではないか。願いだとかそんなにキラキラとしたものではない、あの声からは負の感情を感じた。ベルには誰にも手を出させないという過剰で行きすぎた歪んだ愛を。


 放っておいて大丈夫なものなのだろうか。


 





 とりあえず様子を見るしかないという結論になり先生との話はここで区切りをつけた、お忙しいなか申し訳なかったが話してよかった。



 それではそろそろ時間なので俺は厨房にいき夕食の準備に入ることにする。


 昔と違い簡単に豚肉が手に入った、太郎もいるので今夜は力の付きそうなものにしてやろう。


 しょうが焼きだ。

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