第8話 世代

 四神籠手ししんごて、あるいはフォースガントレット。


 使い方は簡単、左手に装着すると機械パーツが俺の中の四神の力を認識する。認識が済むと手の甲にある四神玉を使い体内に眠る4つの力を制御し引き出すことができる。


 さらに籠手は四神玉の効果を利用して俺の不安定な肉体を強化、これにより力を出す時の反動に耐えることも可能となる。


 ただし引き出した力にはセーフティが掛かりいつかの時のように大型船を穴だらけにして沈めるほどの力は出せず、力の同時使用もできない。無論四神本人達から見てもかなり劣る。


 これらのセーフティは過度な使用によるサンドスター欠乏症の予防でもある。ハーフの体でない今、サンドスターの使いすぎには注意が必要だ。


 それじゃあ試してみようか。


 小難しい操作は必要ない、サンドスターの循環の要領で感覚を研ぎ澄ませれば内に眠る4つの力を取り出せる、1つ選んで覚悟を決めれば後は“四神籠手こいつ”がやってくれる。


 まずは炎。

 慣れたものから様子見だ。


「ちょっと下がっててくれ!派手にやる!」


 くそったれシールドブレイカーと熱い攻防を繰り広げているガーディアンの皆さんに呼び掛けると、すぐに隊長らしき人物が察してくれた。


「総員退避!」


 その一声に隊員は皆シールドブレイカーと距離を取った。隊長のあの子のカリスマ性が伺える。


「おい、さっきはよくもやってくれたな?」


 相対し目が合ったその時、ヤツの触手を使った鞭のような攻撃が容赦なく繰り出される。俺は左手に力が集まるのを感じるとそれを解放する。


「そらっ!」


 浄化の業火。

 お馴染みスザク様の炎だ。


 弾き返すように左腕を振ると火炎弾が触手を焼き払う。するとやつの右肩から先が灰も残らず消滅した。さすがのパワーだ。


「再生できるか?できないよな、炎はまだ消えずに残ってる、そいつはお前をジワジワと焼き尽くすぞ」


 だが喋る術を持たないセルリアンにそんなことを言っても無意味だ、繰り出されたのは苦し紛れの左腕触手攻撃… 防御だ、身を守らねば。


 迫り来る触手は…。


 ガンッ!という重い衝撃音で空気を揺らし周囲をざわつかせた。俺が炎の次に使ったのはこれだ。


「なんだこれ甲羅か?あぁわかった、“大地の護り”だな?さすがにこれを破るのはお前でも難しいだろうな」


 大地の護り。

 ゲンブ様の能力でその護りは母なる大地の如く俺を包み込む。


 俺の左腕の先には黒く身の丈程もある甲羅が出現している。甲羅は触手の攻撃を見事防ぎ、逆に反動を受けた向こうが体勢を崩した。


 こりゃいい、どんどんいくぞ。


「炎、消してほしいか?なら水はどうだ?」


 清き水の力。

 セイリュウ様の使う水の能力。


「そらいけっ」


 清き水はさながら水龍の如くシールドブレイカーを縛り上げ苦しめる。やつの体から煙が上がりそのけがれを浄化していく。


 動きが鈍ったな?畳み掛ける!


「さぁ次いくぞ、俺と同じめに逢わせてやるから覚悟しろ」


 疾風の恩恵。

 ビャッコ様の風の力。


「切り裂けッ!」


 斬ッ


 放たれた風の刃はいくら殴っても堪えなかった頑丈な体をいとも簡単に切り裂いた、ヤツの上半身と下半身が無惨にも別れている。


 その時ようやく見えた、やつの背中… 昔は見慣れたあの石がある。


 やはりあったか。


「このまま放っておいても浄化されてくたばるだろうが、せっかく見せてもらったからには砕かせてもらうぞ」


 最後の一撃だ。

 籠手が力を集め俺の左腕を熱くさせる。


「あばよシールドブレイカー」


 最後は炎を纏った渾身の拳。

 直撃の瞬間ヤツの全身が炎に包まれ、同時にコアである石は粉々に砕け散った。そして同様に泣き別れになっていた体の一部も共に消滅を迎えた。


「ざまぁ見ろ」


 勝った、決着だ。










 戦いが終わるとスザク様に言われた。


「よくやった、そしてよく生きてくれた… じゃが生を選択したからにはコキ使ってやるから覚悟しとけ?その命、大事にするんじゃぞ?良いな?」


 そう言い残すと俺の肩を一度ぽんと叩き華麗に飛び去っていった… 何をさせられるんだろうか、不安だ。


 それはいいが。

 実はこの後アムールトラのガーディアンのお嬢さんに叱られてしまった、あの猛禽の目には参った、凄い迫力だ。彼女はたまに英語の混じった独特な話し方をする子だった。


 大丈夫だったから良かったものの、なんの情報も無しにまだ謎の多いシールドブレイカーに挑むのは自殺行為。いくら腕っぷしに自信があってもガーディアンでもない一般人がやっていいことではない、Are you OK? …だそうだ、平謝りしておいた。ちなみに太郎は単独行動のことで始末書らしい。これは仕方ないな。


 その点ガーディアンの隊長は話のわかるフレンズだ。


「強さを見せてもらった、四神スザク様の判断だったのでこちらもおとなしく任せるという判断をしたが、正解だったようだな… 協力に感謝する」


「仕事を奪ってすまないね隊長さん、後のことは君達に任せるよ」


 円滑に話が済んだ。彼女はバーバリライオン、ヒトとの混血じゃない純血のバーバリライオンのフレンズらしい。100年後もこんなことをしてるなんて彼女らしいな。


 さて、早く娘のところへ戻ろう… お化けは消えたって教えてやらないとな。


 俺は説教を受けていてなかなか動けない太郎を背に病院へと走り出した。










「ユキ、ただいま?」


 病院まで走り、長いエレベーターに乗り、廊下を進んでドアを開けると真っ先にそう伝えた。ここは家でもなんでもないが、娘がいるのなら着いたとき俺の言うべきことは1つだ。


「ユキ?」


 だが返事はなかった。

 ベッドの傍らには娘の手を優しく両手で包み静かに涙を流すセーバルちゃん…。


 彼女を見たときに察した。


「シロ… 無事だったんだね?良かった」


「セーバルちゃん… ユキは?」


 その質問には答えるまでもない。

 娘はベッドに仰向けになり、とても安らかな顔で眠りに着いていた。



 そう。



 永遠の眠りに。



「嘘だ… ユキ?目を開けてくれよ?パパだぞ?」


「安心しちゃったんだよ… シロがここを出た後もやっとパパに会えたって嬉しそうにずっと話してくれた… でも急に眠たくなってきちゃったって、シロに会えて満足してしまったんだと思う」


「そんな…」


 俺が… 俺がここに残ってお前の手を握り一人にしないでくれって頼んだら、お前はパパの為にこれからも生き続けてくれたのか?


 なぁ何死んでんだよ?100年も俺のこと待ってたなら今少し待つのなんて楽勝だったろ?なんでだよユキ…。


 親より早く死ぬなって言ったろ?


 ユキ… 離れなければ良かった。

 


「ユキは、最後になんて?」


「パパ大好きって」


「そうか…」


 俺はまた一人か。


 ユキは俺の為にずっとずっと生き続けてきてくれた… 俺の孫の孫のさらに孫がいるくらい長い時間が過ぎてもだ。


 俺が辛くて引きこもってた間に逝ってしまってもおかしくはないような年齢だった。なのにそれでもずっと俺が来るのを待っていてくれた。


 だから。


 俺は一人だ… 一人だが。


 まだそっちに行くのは許してくれないんだろう?なぁユキ?



「俺も大好きだよ…」



 だからもう少し。

 もう少し頑張ることにする。


 なんにもなくなってしまった俺だけど。


 せめてお前が許してくれるまでは頑張って生きることにするよ。



 そっちに行きたいのは山々だけどな。











「それじゃレオ、あなた直帰しなさい」


「え?でも始末書は?」


「そんなの明日でいい、おばあさんのこと心配なんでしょ?さぁ行って」


 先輩の説教が済んだ。

 俺レオ太郎、みんなはレオって呼んでる。一部は太郎だけど。


 先輩は真面目な人でよく俺に説教をするけど、それは俺がムカつく新人だからとかでなくなんだかんだ俺のことよく見てくれてるってことなんだと思う。

 だから今もこうして俺の単独行動がユキばぁのこと心配になったからだってわかってくれた。


 物々しいガーディアンの兵装を解除しポケットにしまうと、適当にタクシーでも拾い病院へ走ってもらった。


「それにしてもあの人…」


 車内で考えていた、あのシロって人のことだ。


 なんだか知っている気がしたんだ、ずいぶん昔からあの感じ、あの背中を知っている気が。

 実は頭の中で心当たりのある人物がいる。ただ人物というほどの存在ではなくて、昔ユキばぁから聞いたおとぎ話の主人公があんな感じなのだ。


 確か“白猫の話”って。


 俺は小さい頃からユキばぁが大好きだった、めっちゃ長生きで優しくて、いつも俺の味方になってくれる。家出してユキばぁのとこに隠れてたこともあるほどだ。


 その時に聞いたのがその白猫の話、ユキばぁが言うにはユキばぁのお父さんの話… らしいんだけど?


 ユキばぁのお父さんはヒトとホワイトライオンのハーフ、史上初のハーフフレンズ。

 嫁に一途でめっちゃ強くて料理上手な… なんか話だけ聞いたらモテそうな人、フレンズのハーフってイケメンになるし。なんかそんな人いるかよって感じ。


 色々あるけど、でも俺が特に好きだった話はでっかい手を飛ばしてセルリアンぺしゃんこにしたって話と仮面フレンズってヒーローのショーで火だるまになる演出をしたらでっかい鳥に拐われたって話。


 あんまり変な話ばかりなもんで俺はそれがずっとユキばぁの作り話だと思ってた、今もだ。でも子供の頃はそれが嘘とか本当とかどうでもよくて、ただ純粋にお話が楽しいから好きだった。


 でもシロさんを見てたらいくつも思い当たることがあった、話に寄るとユキばぁのお父さんはサンドスターをコントロールして壁を作ったりパンチを飛ばしてたりしてたって… 一時期火も出してたけど鳥に拐われてから使わなくなったらしい。


 そんなのできるわけがない、そんな昔にサンドスターを自由にできる武器はないんだ、コントロールトリガーはここ何年かで実装されたものだ。


 でもあの人はできた、コントロールトリガー無しで壁作って攻撃弾いてたしボール作って俺に投げて… さっきは炎どころかなんか風とか水とか甲羅とかも使ってたしなんなのあの人?スザク様と仲良しみたいだし。それにバラバラにされたのに生きてた、というか復活した、普通じゃないよ。


 それにセーバルさん言ってた。

 ユキばぁはやっと会えたパパといるからそっとしとけって。


 あの人不思議な人だからまた変なこと言ってるなって思って理解できてなかったけど、もし言葉通りの意味だったとしたら?


 それにシロさんだって娘を待たせてるって…。


「行けば… わかるよな?」


 病院に着いて、タクシー降りて、長いエレベーターに乗り廊下を進んでドアを開けるとそこには…。


「やっぱり…」


 白く長い髪を後ろで雑に束ね、頭には猫耳腰には同じく白く伸びる尻尾がある男性。


 彼の背中は大きくて。

 

 でもどこか孤独で。


「太郎… どうしてここに?」


 振り向いた貴方と目が合った時、なんて悲しい目をしているんだろうと思った。同じだ、ユキばぁと同じ。

 あの青い瞳、何故気付かなかった?こうしてよく見ると分かる… ユキばぁと瓜二つだというのに。


 俺は答えた。


「おばあちゃんに会いに来たんです、長生き過ぎて続柄の呼び方はわかんないから俺はユキばぁって呼んでる」


 彼は答えた。


「そうか… 君は俺の…」


 そうだ、あなたご先祖様だったんだ。

 知ってるぞあんたのこと?これこそ本当におとぎ話だと思っていたことだ。


 四神に代わり妻と共に火山を守るフィルターになったという伝説。


「シロ、太郎とはもう会ってたんだね?その子がそうだよ、ミユとサンの玄孫に当たる、シロから見ると… なんだろうね?」


「さぁ… 俺がご先祖様か、本当に100年ってやつは」


 100年…。

 

 ユキばぁ言ってた、体調崩して入院になって俺がお見舞いに来たときだ。心配で不安だった、ユキばぁが死んでしまうって… そしたらいつか両親が迎えに来るまでは死んだりしないから心配要らないよって俺の猫耳を撫でてくれた。


 待って、じゃあユキばぁは?


「ユキばぁ?レオだよ?ユキばぁ?」


 心配でベッドに駆け寄るとユキばぁはもういなかった。見たらわかる。


 ここにあるのはユキばぁの脱け殻。


「俺が着いた時には既に息を引き取っていた、すまない…」


「シロさん… シロさんはユキばぁを迎えに来たんですか?」


「いや、ユキが俺を待っていてくれたんだ、起きた時寂しくないようにってな?でも、置いてかれたよ…」


 悲しかった、とてもとても。

 とても悲しい。


 もう会えないなんて嫌だった。


 でもユキばぁはやっと満足できたんだとも思った。


「太郎にも伝言あるよ」


「なに?」


「ばぁちゃんのことはいいから彼女くらいつくれって」


 なんだよそれ…。

 彼女つくったら待っててくれたのかよ?


 なんなんだよその安らかな顔はさ?


 もぉ…。


 長生きしたね?今までいっぱいお話し聞かせてくれてありがとう、楽しかったよ?



 さよなら。

 







 俺が泣いてる間に先生や看護師さん達が来て、目の前でそれが一人の長い人生の終焉であることをハッキリとさせた。


 セーバルさんが俺の両親や親戚達に連絡を取っていた。


 そして葬儀はすぐに行われた。











 数日後。



「ユウキくん、どうかしら?慣れた?」


「まぁまぁです、何せ四神の力なので」


 籠手の使い方に慣れる為にいろいろ試していた、四神の力はどれも扱いが難しいお転婆揃いだ、娘が淑やかに思えるくらいの。


 娘…。


 ユキ…。


「先生」


「何?」


「クロは短命だったそうですね、ユキから聞きました」


「えぇ…」


 50歳ほどで亡くなったそうだ、一緒に妻だった助手も。何でなのかはわからない、だがある朝二人で眠るように息を引き取ったらしい。


「ユキはクロの分も生きてくれたってことなんでしょうか?」


「ごめんなさい、わからないわ… でもきっとどちらかが先立ってしまった時どちらかが二人分パパとママを待つって決めていたのね、お互いの得意不得意はお互いで補ってきたあの子たちだもの」


「…そうですね」


 確かに、ユキもそんなようなことを言っていた。いい息子と娘に恵まれたよ俺は。本当にさ、君もそう思うだろう?


 ユキの持っていたお守りを見つめ、聞こえるはずもないのに妻へ伝えた。


 ねぇ、そう言えばこれ俺のとこに戻ってきちゃったんだけど?せっかくプレゼントしたのにさ?自分で自分の牙お守りにするなんて間抜けくさいと思わない? …怒った?じゃあ取りにおいでよ?ほら、待っててあげるからさ?いつでもいいよ。


 大丈夫、まだ行かない。


 ユキとの約束だから。





「シロ、お客さんだよ」


「客?俺に?」


「そう」


 セーバルちゃんだ、子供達にあちこち引っ張られながらそれを俺に伝えるとまたすぐに行ってしまった。ママセーバルは人気者だな。


 ところで俺に客だなんて誰だろうか?俺に… 客?誰が俺のことなんて…。


 客間へ向かうとそこに待っていたのは。


「あ、こんにちは!カコさんも!」


「あら久しぶりレオくん、ガーディアンになったのよね?セーバルから聞いてる、おめでとう!頑張ってね?」


「えへへ、どーも!」


「太郎… どうしたんだ急に、仕事は休みか?」


 孫の孫の孫の太郎じゃないか、娘の葬式ぶりだ。

 

 あの時はかなり落ち込んでいたので声を掛けることもできなかった、俺もだが。そもそも俺が来たから娘が死んだようなものだ。


 そうして親族から逃げるように帰ってから初めて会う。案外早い再会だったな。


「シロじぃにお願いがあって」


 なんだその呼び方、まぁ聞こう。


「あの、あれ教えてほしくて!ボール出すやつ!」


 ボール… サンドスターコントロールのことか?


「これか?」


「そうそれ!」


 右手から光の玉を出すと目をキラキラとさせながら前のめりになっている、そのためにわざわざ来たのか… ご苦労だな。


「サンドスターコントロールだ、知らないのか?」


「そんなの誰もできないよ!先輩達ですらできない!ネットにもない!っていうかそのためにコントロールトリガーがあるんでしょ!」


 確かに… だがそんなバカなことあるか、もっと流行っているべきだとカコ先生の方を見ると両手を左右に軽く広げやれやれって仕草をしていた。違う、やれやれじゃないんだ先生。


「教えてないんですか?」


「ええ」


「なぜ?身内でしょ?」


「滅多に来ないし、あなたとクロユキくんのような体質の子は現れていないからよ、いつしか廃れたのね… まぁ使いどころも少ないし」


 もっとパーク全体でヨガ教室みたいに流行ってもいいはずなんだが… 何も修行僧のようになるんじゃないんだ、やってみれば単純な修行だ。


「教えてシロじぃ!それくらいできるようになれって言ってたじゃん!」


「あ~… そうだな、言ったな確かに」


「教えてあげたら?」


 いや、寧ろあなたが教えたらいいのではないのだろうか。


 やれやれ… 俺が先生か。


 いろいろ覚えることもあるってのに。

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