第7話 覚悟

 シロは行ってしまった。


 ユキを任された、けど病室に入る前に少し考えていた。


 外にいるセルリアン達は以前の彼の実力から考えて相手にはならないと思う、ガーディアンもいるし楽勝な防衛。…のはず。


 でも万が一。


 万が一シロに良くないことが起きた時のことも考えておかなくてはならない。彼が活躍してた頃とはセルリアンも変わっているし、彼自身の体も変わって以前と同じようには戦えないはずだから。


「よし」


 手首に付けたブレスレットに指を触れカコに連絡を取ることにした。画面が浮き上がると電話帳を開きカコの名を探す。


 この行動が後に彼の命運を大きく別けることになると、セーバルはまだ知らない。









「あれか、シールドブレイカーってやつ」


 3メートル級の大型セルリアン。無機質でまん丸な一つ目が大きく開いており、ムカデみたいな下半身から両腕が触手のようになった上半身が生えている。シンプルに気持ちが悪い、色は黒。


 街を覆うように張られたバリアみたいなものを触手で抉じ開けたままそこに佇んでいる、シールドブレイカーと呼ばれる由縁か… 普段はこのバリアがセルリアンを遠ざけているみたいだがアイツのせいで台無しだ。


 あぁして雑魚をお招きしたのだろうが、もう新しく入ってくるのがいない辺りガーディアンの優秀さを感じる。街に蔓延るやつらはほぼ片付いているということだろう。


 それじゃガーディアンの皆さんが大掃除中に俺はこっちの相手だ。


「おいデカいの?さっさとそれを閉じろ、ノックが雑なんだよ最初からやり直せ」


 俺の存在に気付くと動きを見せた、気味の悪い目玉がギョロギョロとこちらを睨み付けている。


 鳥肌が立つ、猫が怒った時毛を逆立ててしゃーっと怒るような感覚。猫だか鳥だか自分で言ってて訳がわからんが新しく身に付いたこの感覚としてはそんな感じだ。


「聞く気はないか?まぁ聞かないよな?じゃあ俺ももう何も聞かないから…」


 「なっ!」と言うと同時にサンドスターで作りだした巨大な拳をヤツの胴に直撃させる、ヤツはそのままトラックが正面衝突したような勢いで後方に飛ばされていった。そしてその時触手がシールドから離れ開けられた穴が瞬時に再生されていく。


 よくできてる、試しに半透明なそのシールドに触れてみるとこちらは始めから何もないように通り抜けることができる。セルリアンだけを退けるバリア、フィルターの技術の応用なのかもしれない。


 とそういうのは後でいいか。

 どうやら向こうにも火が着いたらしい。


 起き上がったシールドブレイカーは土埃を挙げながら猛スピードでこちらへ駆けてくる。その姿がまた気持ち悪くて、特にムカデみたいな足の動きに寒気がする。


 俺はやつの接近に身構えると両手にサンドスターを溜め迎え撃つ準備に入る… “アレ”ができるはずだ、全身がけものプラズムとなった今ならば。


「実は昔、息子と孫が羨ましくてな?」


 現れたのは両手、俺は当時右手しか作れなかった。これはクロやミユが好んで使っていた技で、スターナックルってクロがたまに叫んでたっけな。


 まずは迫りくるシールドブレイカーに大きく振りかぶった右拳を…。


「頭に…ッ!」


 上手く入った、ぐらりとよろめいたところに続く。


「効いたろ?これは耐えられるか?」


 全体重を乗せ豪快に左、右、左、右、と交互に拳を当てていく。その姿さながらデンプシーロール。間髪入れずに連擊を重ね倒れることも許さない。


「もう一発ッ!」


 最後に渾身の拳、せっかく突進決めたシールドブレイカーだったがまたまた吹っ飛ばされて距離ができた、だが驚くべきはヤツの耐久力… まだ形が残っている、本気でやったつもりだったんだが。


「やれやれビックリするくらい頑丈なやつだな、悔しいよ」


 ボヤいてる暇もない、また向かってきた。


 さっきとスピードも変わらないので向こうもバテてるって感じじゃなさそうだ… だったら弱点があるのか?例えばそう、100年前によくいたセルリアンと同じように背中に石があるとか。探ってみるか?まず突進を避け背後に回ることを考えよう。


 ギリギリで避けて背中を拝もうとするが。


「ダメか、意外と機敏で腹が立つな」


 ターンが思ったよりも早くなかなか目当ての物が見せてもらえない、これでは切りがないな。


 それを数回繰り返すうちに少しこちらにも疲れが見え始めた、思ったよりも体力が落ちていたのかもしれない。回避が遅れヤツの触手が地面を抉りながら迫ってくる。


「まずい、防御だ」


 咄嗟にサンドスターで盾を作りだし受け止める体勢に入ったのだが。


「ぐぅぁぁぁぁあ!?」


 なんだ今のは?気付くと強烈なやつが右肩にモロに入り、しかもそのまま体に触手が巻き付いてきた。盾は?破壊されたのか?いや違うそもそも手応えがなかった、通り抜けたってことか?つまり“シールドブレイカー”、 盾が無効化された?面倒なやつだ。

 

 奴の触手は俺の体を強く締め付け、そのまま目の前に俺を逆さ吊りにして持ってきた、こう無様にも吊るされて何もできない。


「く… こんなものッッッ!」


 力を込めて抜け出そうと試みるが難しそうだ、体が軋んでいる… なら奥の手その1を使うしかあるまい。


 野生解放だ!


 俺の中にある内なる野生、ホワイトライオン本来の力を発揮するため全身のサンドスターに呼び掛ける。


 がしかし…。


「で、できない…?参ったなこりゃ」


 野生解放ができない、何故?体はフレンズのはず、耳も尻尾もあるじゃないか?まさかこれが新しい体になった代償なのか?しかもだんだんわかってきた、この体は…。


「あぁぁぁ!くそ!全身が砕け散ってしまいそうだッ!」


 何故だろう、酷く脆いように感じる。以前ならばもっと耐えられたはず、この程度で壊れるほど弱くはなかった。


 万事休す、俺は死ぬのか。



 そう思った。



 思ったが… 不思議と怖くはない、悔しくは感じるが。


 そしてそういう風に考える延長でもう一つ感じていたことがあった。





 このまま黙ってれば死ねるのかな?





 そうだ、おとなしくバラバラにされるか食われるかすればきっと俺も君のとこに… 家族の待つところへ俺も行ける、そうだろう?


 それも悪くない、悪くないよな?もう辛くってさ?生きる目的なんかなんも思い付かない… だからいっそこのまま。





 このまま。











「セーバルそれは本当なの!?だとしたらまずい!すぐにでもあれを届けないと!」


 セーバルからの電話でキョウシュウ市街地にセルリアンが攻めてきたことを知った。


 しかもユウキくんはシラユキちゃんを守ると言って戦いに赴いてしまったらしい… 相手は例のシールドブレイカー、街に張られたアンチセルリアンシールドを破れる新型。あれはダメ、ガーディアンが束になってやっと倒してると聞いた、今のユウキくんでは勝てない。


 そして勝てないとみた彼は使うはず。


 四神の力を…。


「教えてくれてありがとうセーバル! …ラッキー!あれはできてる?」


 まさかこんなに早く必要になるなんて… 動作チェックとかとにかく色々やることが残ってるのに!でも四の五の言ってる場合ではない!


 私の問いにラッキーは答えた。


「ペイントがまだだよ!」


「そんなのいい!ユウキくんに届けて!」


「四神玉がないと完成しないよ?」


「いいから届けなさい!私のブレスレットのGPSから彼を追跡して!」


 この子の言う通り、あれは四神玉がなければなんの意味もない… こうなったらスザク様に直接届けてもらって現地で完成させるしかない。


「OK!ドローンモードに変形するよ!いってきまーす!」


 手のひらサイズのキューブを持ったラッキーは昔よく言われていたUFOのような形に変形し独特な軌道を描き窓から飛びだした。


「頼んだわよ、それじゃ次は…」


 すぐにスザク様に連絡を取り、四神玉を彼に直接届けることを伝えないと。



 どうか無事でいてユウキくん。


 お願い。










 そうだ。


 このまま…。


 いや!


「このまま死んだらまた娘に怒られるだろうが!シャキっとしろ!ガァァァァァァァッッッ!!!!」


 死んだら次は息子に説教食らうかもな!せめてこいつは倒す!それじゃ奥の手その2!

 


「アァァァッ!!!」



 その時ボンッ!と触手が弾け飛ぶ。

 ヤツも驚いたのだろう、シールドブレイカーは片腕を失いジリジリと後退りをしていた。


 そして弾け飛んだ触手には炎…。


「100年ぶりにお借りしますスザク様」


 纏うは浄化の業火。


 こんな雑魚そうなやつに使いたくはなかったが仕方がない。俺は体に眠る四神の力の一つを呼び覚ました。


「お前は終わりだ、このまま焼き払って… うぁっ!?」


 しかしその瞬間だった… 今までに無いほどの激痛が全身に走る。炎はみるみる勢いを無くしついには消えてしまい、肉体には更なる異変が起きていた。


「なんだ… これ?」


 全身にひび割れのようなものができている。手のひらなんて今にも崩れ落ちそうだ。


 ひび割れからはほのかに輝きが見える… 体が崩壊しかけている?これはまずい、本当に。冗談抜かしてる余裕もない。


 しかも。


「おいおい勘弁してくれ…」


 ぶっ飛ばしてやったヤツの触手はいつの間にか再生し俺の足を掴む、また宙吊りだ。逆さまに映るセルリアンの目は無機質で薄気味悪いものを感じた。ひっくり返しても気持ち悪いものは気持ち悪い。


 もう片方の触手を伸ばし俺の体から何か探ろうとしている… あぁそうか、耀きか?やっぱりセルリアンなんだなお前も。


 そう思っていたが何故か何もしてこない、何故だ?


「こらお前?まさか俺から奪える耀きなんか無いって言いたいのか?ふざけるなしっかり探せ… あぁいや、優しく頼む」


 体がダメだ、軽口が精一杯。まさか四神の力が使えないなんてな… 俺の体は四神の力の器なんだろ?なんで使えねーんだよ意味がわからん。


 しかし驚いたな、体の再生を見て簡単に死ねないと思っていたらこんな裏技があったとは… さっさとやりゃあよかった、くそ。


 死にたいって思ってるうちにやりゃよかったんだよ。


 その時だ。


「うぁぁぁぁッ!?」


 なんだよ!いきなり胸板に触手ぶっ刺しやがったこいつ!?死にたがってはいたけど… あぁ言葉にならないなこの痛みは!最悪だ!あー気持ち悪い!何するんだ?そうかわかった。


「ゲホ… あぁそれか?それが欲しいのか?お目が高いな… でも、やめといた方がいいぞ?ガハッ…お前には荷が重い」


 どうやら四神の力に目を付けたようだ、やってみろよ?面白いことになるだろうぜ?


 バチッ!その輝きに触れた瞬間触手は消滅した、浄化の力がサンドスターロウを退けたのだ。


「ほら見ろ?ヘヘヘ…さぁどうする?がッ!?」


 俺からは何も奪うものはないと見たのか、まるで空き缶でも投げ捨てるような動作で俺を解放した。今ので体が砕けて下半身と泣き別れになった、右腕もだ。何故か血が出ない、めちゃくちゃ痛いけど。体がサンドスターに戻ろうとしてるのか。


 逃がさねぇぞお前!


 って気合い入れても無駄、大声出せないし動けない、サンドスターコントロールも使えない。このままならチリも残らず俺は死ぬんだろう。無様だな本当に…。


 終わりかよ、なんか悔しいな。


 ごめんユキ…。


 ごめん、みんな。









「ガーディアンズ!アタック!」




 声がした。

 勇ましいが女性の声。


「街に入れるな!ここで食い止めろ!」


 あぁそうかガーディアン… よく見えないが本職の方たちの大掃除が済んだか、どうやら少しは無駄死にしなくてよさそうだ。後は頼んだぞ新世代?


「あぁ大変だ!?シロさん!?さっき知り合ったばかりなのに!?」


 おぉこの声は… なんだか耳に心地好いな、そうか君か?君に看取られるのも悪くないかもな?


「やぁ太郎?ドジったよ」


「え、えー!?生きてる!?良かった!いやでもどうしよう!?良くない状況!どういう状態!?」


「いいんだ、気にするな…」


「気になるッ!」(気になるッ!)


 はぁ… 実に面白い子だ。

 なんか、もう終わるんだなって思うと笑えてきた。笑ってるかどうかは知らんが。


 でも本当にもういいんだ、こんなに頼もしい子達がパークを守ってるならセーバルちゃんの言う通り俺が無理して戦う必要なんかなかったのだろう。


 歴史に置いてかれた時代遅れな男なんてほっとけ?未来は君らのものだ。



 おやすみ。








「うわぁ!?えぇ嘘でしょ!?何故あなた様のような方がこんなところに!?」


 ん… どうした?誰が来た?

 目を閉じてからほんの数秒の話だ、すぐ隣に誰かの気配を感じた、太郎も想定外のことに驚いている。


「シロ… お前なんという姿じゃ…」


 あぁなんだ、その声は…。


「スザク様… どうかしました?」


「どうしたもこうしたもあるか、我が炎を使ったな?情けない… あんなもんくらい自力で倒さんか!」


「使ったらこの通りですよ… いやほんと、情けないですね?俺は俺が思っていたよりずっと弱かったようです、この体見てくださいよ?ガラスかっつーの」


 なんて顔をしてるんですスザク様?ずいぶん悲しそうですね?自分のことも満足に理解できてなかった俺の判断ミスだ、どうか気にしないでくれ。


「おとなしく娘についててやるべきだったかな、帰るって約束したのに」


「そうじゃな、じゃがお前のおかげでガーディアンは一人の犠牲もなくこのタイミングでここにこれたんじゃ、無駄なことなんぞしとらん、安心せい?」


「そうだよ!俺スゲー助かりました!先輩たちも!」


 優しい言葉を掛けられると本当に俺は終わるんだなという実感を感じてきた、ほんの少しの間ではあったがいろいろ気に掛けてくれてありがとうございますスザク様。太郎も


 あ、そういえば宴会… 約束してましたよね?俺が戻ったら宴会でもしましょうって。妻のことがショックでそれどころではなかった、ごめんなさい。結局守れそうにない。


「なぁシロよ?生きたいか?」


「…え?」


「あれから気が変わったかと聞いとるんじゃ、妻を亡くし、家族にも先立たれ、お前を知る者はほんの数人のみ… 時代に取り残された今、それでも生きる勇気はあるか?」

 

 そうだな、今ここで死ねばさぞかし楽なんだろうな?これまでに先立った家族、近いうちに亡くなるであろう娘、みんなの元に俺も行くことができる。実に楽しみだ、空虚に生きるよりずっと有意義だろう。


 勇気なんてない、ただ心臓動かして息してるってだけの存在なんだ今の俺は、楽になることばかり考えてた… でもこんな俺に娘は言ったな。


 生きて戻れたということはまだやるべきことがあるということだと。


「そんな勇気はありません… でも」


 スザク様の問いに、今の俺の正直な気持ちを伝えよう。


「今死ぬのは不本意です、せめてアイツを葬ってから死にたい、こんな姿にされて黙って引き下がれるか」


「よく言った、今はそれでよい!ほれ丁度来たぞ!」



 来た…?何が?



「ハァーイ?ユウキ!カコからお届けものだよー!これ装備してね?」



 白いラッキー、相変わらずどうやって浮いてるかわからんな… 装備だって?


 残った左手で受け取ったのは手にすっぽり収まるくらいの大きさのキューブ状の何か、装備?装備ってお前… こんな大きめのサイコロをどうしろって?


「各面いずれかの中央の部分に触れてね?」


 言われた通りに親指で押してみるとキューブ状の何かが展開され手を覆い始めた、なんだこれは?指先から腕に向かい金属のような物で手が覆われていく。明らかにさっきの変なサイコロの質量を無視してるんだが。


「なんだこれ?どこから出てきた?」


「ナノテクだよ!」


「よしシロ!その籠手にこれを嵌めるんじゃ!急げ!死にたくなければ!」


 続いてスザク様から手渡された、不思議な宝玉… 何かとてつもない力を感じる。


「それは四神玉だよ!手の甲の穴に嵌めてね!そしたらフォースガントレットの完成!やったねユウキ!」


 四神玉… フォースガントレット…。


 それができたらどうなる?というか…。


 片手じゃできねーっての、誰かー?


「なぁ太郎?これここに突っ込んでくれ」


「え、俺が?」


「嫌ならそこに転がってる俺の右腕を持ってきてくれ、多分くっつければ治る、多分な」


「いいッ!?玉の方突っ込ませて頂きます!」


 そんな露骨に嫌がるなよ。


 太郎に四神玉を渡すと俺の腕をすっぽり覆っている謎の金属グローブの手の甲に恐る恐るそれを嵌め込んでくれた。よしよくやった、偉いぞ。


 さぁどうなる?


 なんだ?形が変わっていく、分かりやすい金属フォルムから骨っぽい材質に見えるものに。これを機械と言われても信用できない見た目になった。


 そして。


「これは…」


 体が再生して?


「四神玉はお前の力を底上げし、籠手はそれを触媒にお前の体に眠る四神の力を制御する… 名付けて四神ししん籠手ごてじゃ!」

 

「フォースガントレットだよ!」


「四神籠手じゃ!」


 どっちでもいいよ。


 おかげでサンドスターが体に溢れ離れていた下半身と右腕も戻ってきた、全身のひび割れも消えた。


「よし復活じゃな!さあ行け!一暴れしてこい!」


「了解!」

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