第3話 子供

「なんじゃお前達~?楽しそうじゃのう?なにやら今日はいい匂いがしとる」


 丁度飯時に狙ったように現れたのはスザク様だ。俺の様子を見に毎日顔を出すのでそのついでに飯にありつこうという算段だろう。


 子供達はスザク様にもよくなついており「今日はおうちでカレーなんだよ?」と嬉しそうに彼女の手を引いている。


 言われた時に察したのだろう、スザク様は厨房に現れた。


「シロお前… 部屋から出たのか?」


「えぇまぁ」


「そうか、どおりで懐かしい匂いだと思うたわ?フフこれじゃこれ、今の時代ではなかなかお目にかかれんこのスパイスの芳醇な香り!変わらんのぉ~、さすがじゃな?」


 100年経つとカレーからスパイスが使われなくなるのか?いやさすがにそれはないだろう。単にカレー粉で作るかスパイスで1から作るかって話、実際こんなことはカレー屋か俺くらいしかやっていないだろうから。


 さてスザク様が嬉しそうなのはカレーのせいか、それともいい歳して引きこもりになってた俺がこうして仕事をしているからか。


「まぁ、存在している以上は何かするべきかと思ったので」


「よい兆しじゃな、皆喜んどるぞ?」


「それはよかった、どうぞ食べてってください?沢山作りました」


 俺は食事が済むまで部屋にいよう、おかわりくらい先生達でもできるだろうし、何も先生一人で現場を回してるわけではあるまい。


「ん?お前は食わんのか?」


「食べません、そもそもこの体になってから一度も食べてません、お腹空かないので

それじゃ部屋にいるので済んだら教えてください、洗い物しますから」


「お、おい待たんか!少しゆっくり話を…」


 去り際何か言っていたと思うんだが、大したことではないだろうしどうでもいいのでそのままその場を後にした。




 …



 それからしばらくこんな日々が続いた。


 とりあえず週末は俺が料理を振る舞い給食はお休みしてもらうというもの。子供達は興味深いのか俺が厨房に立つ度に覗きに来ていた。


 先日はハンバーグを作ったんだが、俺が玉ねぎをみじん切りにしてるのを見てなぜかみんな喜んでいた、みじん切りがそんなに珍しいだろうか?もしかすると材料を一瞬で好きな形にカットできる機械が普及していて包丁という概念がないのかもしれない。時代だな、だが確かにそんな物があれば手間もなく怪我をするリスクもない。


 そらからある日。

 週末の料理だけでは住まわせてもらっているのに割に合わない気がしてきたので掃除などはいいのかと先生に尋ねると「定期的にラッキーが全部屋の掃除を行っているから大丈夫」と言われた、あのラッキービーストにそんな能力があるとは。しかも風呂に至っては勝手に洗浄されるらしいのだがなんだその風呂は意味がわからん、だが楽な時代になったものだ。


 先生にはそんなことより子供達の相手をしてほしいと言われた。


 だがそれは怖がられるのではないかと思ってややしばらく渋っていたところだ。自分の表情が動いていないのが自分でなんとなくわかるからだ。


 先生とスザク様が何か言っても愛想笑いの一つもしない。怒鳴られたところで申し訳ないとも思わない。礼を言われても特に反応しない。


 人形みたいに無表情、返事は淡々としている。あぁなんか失礼なんだろうなこれはと頭ではわかるのに心ではこれっぽっちも思っていない… そんな大人は子供達には気味が悪いだけなのではないか。


 だが思ったのだ、これでも双子の父親だった、だから思い出そうじゃないかあの頃を。


 俺は言われた通り外で遊ぶ子供達の元に訪れることにした、そして思えば建物の外に出るのはこれが初めてだと気付く。


 ドアを開け、外に出ると…。


 風が緑の薫りを運び鼻先をくすぐり、袖を通るとほんの少しヒヤリとするがどこか心地よい。


 初めてパークに来たときのことを思い出した気がする、俺は思わずその場に立ちすくしてしまった。


 この島は何年過ぎようが変わらず美しい。


 子供達はそんな俺を見るなり立ち止まり全員がこちらをじっと見つめていた。

 していた遊びは砂遊びとか、走り回ったりとか… 100年の歳月があるにも関わらずどこか俺の知ってるような遊びばかりしていたはずのみんな。

 そんなみんなは今一斉にそれらをやめて俺に視線を向けている。


「やぁ、みんな元気だね?」


 なんて簡単に声を掛けてみた、双方黙ったままでは進展はないからだ。

 だがやはり怖いのではないだろうか?よく知らないけど何故か料理をしているおじさんだぞ、しかも無表情なんだ… まぁ怖いに決まっている。今簡単に挨拶した顔も能面のように真顔だろう。


 と思っていたが。


「おじさんだ!」

「おじさんも遊びにきたの?」

「あそぼー!」


 子供達はこちらへ駆け寄り俺はそのまま手を引かれ、服の裾を引かれ、尻尾も引かれ。あっさりと皆に迎え入れられた。


「あぁわかったわかったよ?でも尻尾はよしてくれないか?弱いんだ」


 みんなは俺が怖くないのかい?笑わないしなに考えてるかわからないだろう?それでも仲良くしてくれるのかい?


 なんだか心の奥がくすぐったかった。

 “のけものはいない”ってやつ、何年経とうとパークの根底にはそれが残ってるんだと思うと嬉しかった。


 全てを失い、孤独だと思っていたが… まだ受け入れてもらえるところもあるのだと思えた。


 百年間… ここを守れていたのかなって、無駄じゃなかったのかなって。


 そう思えた。


 先生もスザク様も俺を立ち直らせる為にこういうことを敢えて頼んでいたのかもしれない。料理もそう、今回のこれも。


 だとすれば確かに効果はあるような気がする、初日は色褪せていた景色もどこか色付いた気がする。


「えー?おじさん尻尾が弱点なのー?」

「おれもおれも!おれも尻尾苦手!」

「あたしは耳!」

「ぼくは羽の内側」


 動物… 獣… 特に犬や猫は信頼している相手には仰向けになり腹部を見せたりすることがある、即ち弱点。


 彼らがこうして俺に自分の弱いところを教えてくれるのも信頼からくるものなのかもしれない。


「じゃあひっぱれー!」 

「わーい!」


「待ってよ?ちょっと待っ… イタタ、こらこら抜けちゃうよ?強いなみんな?」


 あぁなんか… 思い出すな。


 うちのいたずらっ子達…。





“ パパ起きてー!

 朝ですよー!


 あぁイタタタタ!?わかったわかった!おはよう!離して!?


 きゃあハハハハハ!!


 こらー!捕まえてやるー!


 やー!

 やだもーん! ”




 そうだ、子供達は今…。


 いや、百年は半端な年数ではない。


 子供達は愚か孫も亡くなっているだろう、いるとすればそのさらに孫。


 俺の子孫に当たる子達か… 不思議と会いに行こうとは思えない。

 正直あまり興味が湧かないというのもあるし、こんなご先祖みたいなやつがしゃしゃり出てるのもおかしな話だ。



 しかし… クロ、ユキ… すまない。


 パパはダメだな、自分よりお前達を先に逝かせてしまった、そしてママを置いてきてしまった。


 本当にすまない…。


 俺はダメなパパだ。



 やはり、俺は罰を与えられているのかもしれない。







 何をしていても何も感じなかった心も、子供達の相手をしているとなんとなく明るくなってきた気がした。なんとなくだが。


 彼等には親がいないが、それでもこんなに元気な姿を見せてくれる。寂しさはあるのだろう、彼等も俺も変わらない。なのにこんなにも皆は元気だ、前を向いている。


 百年経っても同じだ、子は宝。


 彼等がこれから時代を作る。


 俺はそんな子供達を尊敬し、見習うべきだ。


 後ろばかり見ても誰も追いかけてきてはくれない… 生きているからには前を向かなくてはならない。


 まだまだ時間は掛かりそうだが。




 そんなことを考えていた時だ。


「ん?」


 外で子供達の様子を日影から眺めていたのだが、子供達が一斉に同じ方向へ向けて走り出したのだ。


 ハッとして立ち上がり俺は慌てて皆を追い掛けた、一体何を見た?どこへ行くんだ?


「待ってくれ?みんな急にどうしたんだ?」


 すぐに追い付いたので一番後ろの子に聞いた、彼女はこう答えた。


「帰ってきたのー!」


 帰ってきた?誰が?

 俺は皆が進む先を目を凝らして見た… 誰かいる、どこか見覚えのある誰か。


 あれは…。


「おかえりなさーい!」

「おかえりなさい!」


「ただいまみんな、いい子にしてた?」


 あぁ… なんだ、誰だっけか。

 髪は緑だ、頭に羽のようなものがあるからフレンズだろう。尻尾もある、あれ?なんの動物だ?羽のようなものと尻尾の先がサンドスターの鮮やかな輝きを見せている彼女は一体…。


 待て、あれは…。


「サーバルちゃん…?」


 そうだ… いや違う、あまり似ていたので混乱したが違う、あんなサーバルキャットがいるものか。


 それではあれは…。


「おかえりなさい!ママセーバル!」


 子供の一人が叫んだ、“ママセーバル”


 ママ… セーバル?


 セーバルだって?


「はいはいただいま、それから…」


 彼女と目があった、目前までくると本当にサーバルちゃんと瓜二つな顔であることがわかる。


 服装はラフでカジュアルだが、ここまでくると彼女がサーバルちゃんではない誰かというのがハッキリとわかった。


「おはよう… でいいかな?シロ」


 生きていた?あり得ない… 君を解放したのは100年前。守護けものじゃあるまいし。とっくに寿命で亡くなっているかと。


「おはよう… 久しいねセーバルちゃん?」


「こうして会うのは初めて、でも変わったねお互い…」


 あぁ、変わったみたいだね君は。

 セーバルちゃんで間違いないようだ。


 どうしたんだい君?だって全身緑だったじゃないか?それがすっかり肌色になっちゃって。


「セーバル見てビックリした?」


「君の姿のこと?それとも、寿命のこと?」


「どっちも、セーバルは驚いたよ」


 驚いたようには見えないが本人が言うのだからそうなのだろう。しかし彼女が驚くような変化を俺はしているだろうか?変わってなんかないさ、何も変わっちゃいない。


 だから俺は時代に置き去りにされている。


「シロ… 奥さんは帰ってこれなかったんだね」


「そう聞いてる」


「だから空っぽ、今のあなた… 寂しさを感じれぬほど寂しいってそんな目をしている、だからすぐにでも顔を見せてあげたほうがいい、あなたは一人じゃない」


 ん…?なんだ?なんの話をしている?


「それは誰のことを…」


「聞いていないの?どうしてこんな大事なことを… 開口一番に有無を言わさず聞かせるべきことなのに」


 待てどういうことだ?彼女は何を知ってる?俺の聞くべきこととはなんだ?


「セーバルちゃん一体なんのことを…」


 すぐにでも聞きたかった、一体どういうことなのか。

 

 君は何を知っている?会うとは誰に?俺のことを知っている人なんてもう片手で数えれるくらいしかいないだろう?


 すぐにでも聞き出したかったが、子供達がママセーバルの手を引いて家の中に連れていってしまいタイミングを逃した。去り際「後でね」と言っていたので、一度頭を整理するため外に残った。


「会うって… 誰か生きているのか?」


 誰だ?孫なら… ヒロか?ミユか?それともユウヤか?


 もしかして妻が… いや、彼女は消えた、もういないんだ。でないと先生もスザク様もあんなに悲しみを露にしない。



 では誰なんだ?



 彼女に会ってからいろんな疑問が浮かんだ。


 まず、先生もスザク様も何故すぐに例のその人のことを教えてくれないのか。セーバルちゃんがそう言うのだから二人とも知らないだなんてそんなことはないはずだ、何故だ?一体誰のことなんだろうか。

 

 それから…。


 そもそもセーバルちゃんが大丈夫なら妻は?なぜ妻は帰ってこれないんだ?セーバルちゃんは四神の力なんて持ってない。


 だったら彼女だって。


 これが淡い期待だというのはわかっている。きっとなにか理由があって絶対に無理だってことも。


 それでももう一度会えるかも知れないと思うと、俺はそれを期待してしまう。



 会えるわけがないのに。



 戻ると事情を知るであろう三人。


 カコ先生、スザク様、そしてセーバルちゃんが俺を待っていた。


 座るように促されたが俺はそれを無視し、ドアを閉めるとそのまま尋ねた。


「先生、それにスザク様… 俺に何か隠してはいませんか?」


「違うわユウキくん、隠してたんじゃないの」


「話せるような精神状態ではなかったじゃろ、今だから良いものの… お前は一度自決を図ったんじゃ!だからすぐにでも話そうと思っておったがせめてまともにものが考えられるようになるまで待ったんじゃ」


 話の内容にも寄るが、言い分としては正当であると思う。俺の精神状態は確かにまともではなかった。


 思えばスザク様は俺に何か話したがっていた、もしかすると俺が部屋を出るようになった時点で落ち着いてきたと判断したのかもしれない。


 だとすれば俺が少々関心を持たなすぎたということだ、申し訳なく思う。


「今はだいぶ落ち着いてるみたいだから、セーバルが戻ったら四人でゆっくり話そうと思ってたの」


「セーバル少しフライングしてしまった、ごめん」


「まぁよい… 気になること、あるのじゃろう?何から聞きたい?」


 事情を聞くにセーバルちゃんは俺が復活して寝ている間にキョウシュウへ行っていたそうだ、例の会うべき人の様子を見に。


 そして俺が戻ったと伝えるためにだ。


「正直時間がない、今すぐにでもシロは行くべき」


「勿体ぶらないで教えてほしい」


「あの子はいつも言ってたよ、シロは寂しがりで泣き虫だから自分一人くらい待っていてあげないとって」


 セーバルちゃん、彼女はじっと俺の目を見据え瞬きもせずに…。



「シロ?家族が待ってる、あなたの娘… ユキが帰りをずっと待っているよ」



 ユキ… 娘のシラユキが俺の帰りを待っていると伝えてくれた。



 ユキが?



 生きてるのか? …ユキが?

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