第2話 存在理由
百年というのはなかなかに膨大な年数だ。
それだけ長ければさぞかし世界も進歩していることだろうと思う、外に出ないのでよくわからないが。
きっと都市部へ行くと車が空を飛んでいたり、遥か空には宇宙移民がいてその人たちと電話とかも簡単にできてしまうのかも。
でも。
正直心底どうでもいい、仮に脳ミソにケーブルブッ刺してバーチャルに生きる人がいても、地球が宇宙人と同盟結んでたとしてもだ。そんなイベント盛りだくさんな時代だったとしても俺にとって些細なことであることになんら変わりはない。
これからどうしたらいいんだ。
なぜ俺は生きてる?
いや生きてなどいない、屍同然だ。
死んでいないだけ。
何のために存在しているんだ俺は。
…
目覚めてから数日だがいつもこんな感じだ、気分は晴れず暗いまま… というより何に対してもなんの感情もわかないのだ。
100年ぶりの自分の生にすら興味がないのでいっそ死んでしまったら楽なんだが、目覚めた翌日にそれにチャレンジして簡単には死ねないということがわかった。
手首を切り落としてみたんだ。
めちゃくちゃ痛かったし血も滝みたいに出てきたんだが、5分もしないでひゅーっと光が集まってきて新しい手首ができた。古いのは逆に消滅した。
自分では何もしてない、勝手に治ったんだ… どうやら地獄は満員らしい。
その後先生とスザク様にどちゃくそ怒鳴られたし泣かれたが、俺はそれを能面みたいな顔で黙って見ていただけ。切り落とす時もなんの躊躇もなかった、息をするように左手の手刀を振り下ろし右手首は床に落ちた。
さすがに激痛なのでうめき声くらいは自然に出たんだが。
手が再生して間もなくラッキービーストver.いくつなのか知らないが真っ白なやつが俺の体をスキャンしてバーチャルディスプレイみたいなものを空中に映し出していた。先生はそれを指で触れて操作して… まぁなんだろうな、俺の体に異常がないか見てたのだろう。
「二度とこんなバカな真似はしないで!」
「死ぬことは許さんぞ!よいか?自ら命を絶つなどもっての他じゃ!」
だそうだ?心配はいらない、この分だと粉々にされないと死にそうにない… いやわからんがな。
だがさすがに軽率だったと反省している。
今俺がいるここ、実はここには年端もいかない子供がたくさん住んでいる。だから同じ屋根の下に住んでるおじさんがいきなり手首切り落として部屋中血まみれにするのは教育に悪い。たまたまみんな外遊びに夢中だったようなので見られていないが中には臭いに敏感な子もいるだろう… だから反省。
そういう問題じゃあないが。
場所は昔カコ先生の家だったところと同じ、建て直されて何倍も広くなって孤児院みたいなことをしているらしい。住んでいるのはどの子もフレンズの血縁で耳や尻尾、羽や角のある子ばかり。
何か時代を感じるな。人の業とでも言うのか、孤児ということは当然両方の親がいない訳だが。
フレンズの子が孤児になるような時代か… 一応世界で最初の混血としては複雑な心持ちであるのは確かだ。
フレンズと結ばれる場合は必ず相思相愛、即ち互いに真実の愛がなければフレンズとの間に子は成せないはずなのだが… では親は死んだとでも?技術が進むとその分セルリアンが適応してくるというのは考えられるので、なんらかの理由で父親を失い愛の輝きを受けた母親も共に消えてしまうということもあり得る。
だが中にはクォーターなどフレンズから生まれた後の二世や三世もいるだろう、なにもフレンズとヒトという組み合わせではなくハーフ同士の結婚というのも今なら珍しくはないはずだ。
だからルールが適応しない親もいるのだろうし、それで単に捨てられたという子もいるのかもしれない…。子の親だった身としては考えたくもないが。
なんだろうな… そう思うのも言い得て妙ではあるがまだ“人間”らしいところが残っているんだな。
…
「ユウキくん、その後調子はどうかしら?」
「変わりありません」
「そう…」
彼の定期検診とカウンセリング、彼が目覚めて数日だけど今のところ異常は見られず数値の劇的な変化などはない。
でも…。
「でもあれから自棄になって自分を傷付けるようなことはしていないし、それは安心した… 辛いでしょうけど、あなたがいなくなって悲しむ人がまだいるってことを覚えておいてちょうだい?」
「善処します」
まるで機械にでもなってしまったのかのような… いや、今の時代なら機械の方がまだ豊かな表現をしてくれるかもしれない。
それくらい今の彼からは感情というものが感じられない。あんなに豊かな表情を持っていた彼なのに。
ただ笑わなくなったどころの騒ぎではなく、怒りも悲しみもない。
これでは泣き叫んで八つ当たりしてくれたほうがまだマシとすら思える。
人はあまりに大きなショックを受けると自身を守るため何も感じなくなってしまうことがある… それが今の彼の状態と言ってしまえば単純な話ではあるけれど、問題は心に応じて彼の存在が消えかねないということ。
今の彼は生身の肉体が朽ちけものプラズムによってその肉体が再現されている、それはつまり彼が消えてしまいたいと自らその存在を否定した時サンドスターはそれに応えてしまう可能性があるということ。
ただ、今のところそれは見られない。
彼が思い直してくれているのならいいのだけど…。
「先生」
「何?なんでも言って?」
私も、言ってしまえば彼と同じような状況にいる。確かに彼のショックは計り知れない、私にそれが全て理解できるのかと言われたら無理だと思う。
「教えてください、何故妻がダメで俺は大丈夫だったんですか?」
でも私は彼に… あなたに会えて嬉しかった。
「四神の力の有無だと思っているわ、あなたの肉体に備わっていた四神の力が器を必要としていたということだと思う」
本当に嬉しいと感じた。
人の枠を外れ孤独だった私を家族として迎えていてくれた君にまた会うことができて。
だから…。
「器…ですか?たったそれだけの理由で」
「仮説に過ぎないけれどね、でもユウキくん?あなたはあの日四神を救ったの、だから今度は力のほうがあなたを救ったということかもしれないわ」
だからすぐにサヨナラなんてしたくない。
「彼女は帰ってこられなかった… 私も辛い、だって娘同然に… いえ、本当に娘だと思っていたわ?またいつか会えると信じていた娘がそのまま消えてしまっただなんて信じたくなかった」
これ以上、家族が私を置いていなくなってしまうのを私は耐えられない。
「でも君は帰ってきてくれた、娘の旦那さんが… いいえ、息子が帰ってきてくれたと思ったわ?」
せめてサヨナラするのなら、ちゃんと見送りたい。
「だからユウキくん?」
一生懸命生きるのを応援していたい。
「自分の為でなくていい、でも私や四神達の為に… そして奥さんの分も生きようって、そうは思えない?」
彼は私に背を向けたまま窓の外の子供達を眺めていた。無邪気に遊ぶ子供達、それはあなたの守った世界なのよ?と私は伝えたい。
やったことは無駄なんかじゃない、この100年は間違いなく彼等が二人で築きあげたものなんだと。
それをわかってほしい。
「…善処します」
「ありがとう」
あれから100年、当時のあなた達を知る人はほんのわずかだけ… でも私達は知っている。
あなた達の歩いてきた道、してきたこと、築いたもの。
ちゃんと覚えてる。
これからも。
…
「今日は、もういいですか?」
「えぇ、何か少しでもおかしいと感じたら教えて?」
「逆にどこが正常なのかわかりませんがね」
今日のカウンセリングは終わりのようだ、空っぽになった俺を励ましてくれるのがカウンセリングと呼ばれるものなら先生は良い仕事をしてるのだろう。
尤も、自身のことでありながらまるで他人事のような気持ちになるのも確かだが。
「あぁそうだ、ねぇユウキくん?」
俺の発言を聞いて少し余裕みたいなものを感じとったのだろう、先生は部屋を出る寸前ここ数日よりフランクな感じで声を掛けてきた。
「もしその気があればなんだけど… 今日の夕食作ってくれない?料理、得意でしょ?」
料理…。
今の俺に作れるのだろうか?心のこもった料理というやつを。
なんの気持ちも込められずに作った料理は上手にできてもどこか味気ないものだ。
そんなものを子供達に食べさせるなんて。
しかし…。
「私は正直あんまり得意じゃないし… 子供達にはほら?給食屋さんみたいなところから運ばれてくるのだけどたまには手料理って感じの物を食べてほしくて、無理にとは言わないけれど… どう?」
ここの子達は暖かい家庭の料理というのを食べたことがあるのだろうか。
俺も大概寂しい子供時代だったが、みんなはどうなんだ?ちゃんと家族で食事をとったことはあるのか?1つのテーブルで両親と笑いながら暖かい食事を。
俺もここにこうしている以上、できることをやるべきなのではないか?
こんな俺でも、みんなを笑顔にできるのなら…。
「100年ぶりなので…」
「え?」
「失敗するかもしれませんが」
「…え?」
頼んでおいて答えが意外だったのだろう、先生は目を丸くしていた、なかなか返事もない。
「あ、いいのいいのそんなの!気にしないで?ありがとうユウキくん、みんなきっと喜ぶわ!」
びっくりした先生の顔だったが、だんだん花が咲いたような笑顔に変わっていった。どうやら期待に添えたようだ。
「それじゃ厨房へ案内してくれますか?」
「えぇ、ついてきて?」
先生は素直な人だ。
俺を元気付ける為にいろいろ気にかけてくれて、その言葉一つ一つに嘘がないのもよくわかるし、こうして俺が少し気持ちを前進させると自分のことのように嬉しそうにしてくれる。
こんな有り様でも生きなくてはならないのだ、生きたいかどうかは別としてだ。
では待っていてくれた先生の期待に答えるのは義務だと思う、せめて役に立つのは当然だろう。
こんな状態で厨房に立つのは不安ではあるが100年も経っているのなら便利な道具がたくさんあるかもしれない、材料を投入したら調理までやってくれる箱とかな。
まぁあんまり期待はしないが。
…
「ど、どうかしら?」
先生は俺と目を合わせないし厨房からも目を逸らしていた。
「思ったより旧時代的ですね」
「も、もっと便利な道具はたくさんあるのよ!でもうちは滅多に厨房は使わないから…」
「食器洗い機くらい付けるべきでしたね」
「そうね… そうよ…」
洗い物が山積みだ、申し訳ないがよくこの有り様で料理を頼んできたなこの人も。どこかズボラなのは知ってたがこんなことになっているとは。
「フゥー…」
思わず第二の人生で初めての溜め息がでた。
「黙っていても仕方ありません、これは俺がやるので材料の調達をお願いします」
「ごめんなさいね?そうだ待って?今少し未来っぽいところを見せるわ?」
その未来っぽいとはイカれケモナーっぽいという意味ではないだろう。
先生はラッキービーストを呼び出すとそこにはまた例の白いやつが現れた。先生はそいつにこう言った。
「ラッキー?食材の買い物をお願い、大至急」
「OKカコ!夕食は何かな?」
白いやつは先生の言葉を聞き流暢な返事を返してきた。それを確認すると先生は次に俺の方を向き尋ねた。
「今夜のメニューは?」
「そうですね、シンプルにカレーにしようかと」
「ラッキー?カレーよ」
「OK!材料を検索! …確認できたら教えてね!」
空中にディスプレイが浮かんでいる、リストにはニンジン玉ねぎじゃがいも豚肉そしてバターに… あとカレー粉か。
昔… 料理を始めたばかりの頃はカレー粉が恋しかったっけ。図書館には原材料しかなくてスパイスを調合したんだよな、大変だったな。
なら返事はこうだ。
「リストを変えてください、カレー粉はやめて“クミン、コリアンダー、カルダモン、オールスパイス、チリペッパー、ターメリック”を」
「え?なに… え?」
「スパイスですよ、それからここ乳児はいらっしゃいませんね?」
「え、えぇいないわ?一番小さくても3才」
「ではハチミツも、ほら早く?時間ないですよ?」
カレー粉はダメだ、そうすれば楽だろうがこの道100年以上のやり方というのがある、俺が1から考えたスパイスの比率が。
ん… 職業病かな、熱くなってしまった。
もし先生が俺のこれを予測して敢えてこの状況を作り出したのだとしたら見事だ。全て失ってしまったがこれまで積み上げてきたものは消えることはないということだろう。
だが。
「さて… やるか」
まぁ天才にも弱点はある、洗い物の山もまた手を動かさないと消えることはない。今日で洗剤が無くならないといいが。
先生は見事だが、超ハイテクな食器洗い機の購入を検討してもらおう。
俺は目覚めてからほったらかしだった長く白い髪を束ね、同じくほったらかしの洗い物に手をつけた。
…
やがて洗い物は済んだ。
買い物はしばらくかかると思っていたが、ラッキービーストがくっついているどうやって浮いてるのかよくわからないドローンが来て丁度よく届けられた。
そして調味料も調理器具も用意されたのですぐに取り掛かることができた。
子供達は戻るなり先生に尋ねたそうだ。
「いい匂いがする!何をしているの?」
特別に料理を用意していることを伝えると皆喜んでいたらしい、「おうちで作るカレーは初めてだ」と厨房の入り口から子供達が数人覗きに来ていた。
なんだか図書館に住んだばかりのことを思い出した、長の二人も初めての物を作る時は興味深そうに厨房を覗きに来てた。
二人とも子供みたいでさ…。
“ いい匂いですね?
そそられるのです
もうすぐだから待ってて?
どれどれ味見をしてやるのです
味見は大事なのです
こらダメ!先に手を洗ってきなさい!
口うるさいのです
長である我々に対してまったく
子供じゃないんだから文句言わない、あぁいや… 子供かな?
大人です!!
ハハハ、はいはい? ”
昔を思い出しながら子供達の方に目を向けると警戒しているのか驚いた様子で隠れてしまった。怖がらせるつもりはないが、突然現れた寝たきりのおじさんが急に目覚めてはなにもせずに引き込もっていたのにいきなり料理などしているのだ、不信感のひとつも持つだろう。
だから一言声を掛けておこう。
「もうすぐできるから、みんな手を洗っておいで?」
俺がそう言うと小さな笑い声と共に子供達の足音が響き渡り、厨房はやがて沸々とした鍋の音だけが残った。
みんな行ってしまった… と思ったが女の子が一人だけ残っていた、半分だけ顔を出してこちらを見ている… 見た感じさっき先生の言っていた3才の一番小さな子だろう。
彼女はジーッとこちらを見ている、俺は辺りを少しだけ見回すとその場に屈み、その子に目線を合わせてやや小声で言った。
「味見、してみるかい?」
俺は今どんな顔をしているんだろうか?
わからないが、彼女は何も言わずニコりと笑いゆっくりこちらへ歩いてきた。
「内緒だよ?」
小さな器に少しだけカレーを入れフーッと息を吹き掛けて冷ましてやると、その子は器を小さな手で受け取りカレーを口に運んだ。
「どう?」
「おいちい!」
「よかった… さぁ君も手を洗っておいで?」
彼女は去り際「ありがとー」と言って厨房を後にした、小さいのにしっかりお礼を言えるいい子だ… きっとここにいる子みんないい子だろう。
最後に俺自身も味見をした。
「うん、完璧だ」
自分で作った昔懐かしい味が口全体に広がった。
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