第4話 代償
俺には双子の子供がいた、妻によく似た息子クロユキと俺によく似た娘シラユキだ。
娘は特にパパッ子で、2才くらいの頃は俺の後ろをついてきてなかなか離れようとしなかった。
定期的に森のセルリアンを掃除しておこうとまだ日も昇らない時間に起きて身支度をしていると、何故かユキはよくそれに気付いて引き止めてくることがあった。
パパどこ行くの?パパ行かないで?抱っこして?ユキも行く。
俺はその度に娘を抱き上げてすぐ戻るからいい子でねんねしてなさい?と背中をトンと優しく触れてから下ろしてやるのだが、ベッドに戻そうとすると大泣きして下りようとしなかった。手放しでも抱っこみたいになるほどしっかりと俺にしがみついた。
困るんだが、あれが可愛くてな。
その時はよく頭を撫でてこう言って聞かせた。
ユキ?パパは森の悪いオバケを退治してくるんだ?オバケは子供が好きだ、でもパパはユキもクロも凄く大事だからオバケに取られたくないんだ?ユキはオバケが好きか?…
そう、怖いよな?ユキを連れてくとオバケに取られてしまうかもしれない、でもおうちでいい子でねんねしてれば見付からないよ?大丈夫、ママのベッドに入れてもらいなさい?ママがユキを守ってくれる、いいかい?
最後におでこにキスをして妻の隣に入れてやると、ちゃんと泣き止んでスヤスヤと眠りについてくれた。落ち着くと聞き分けはいいのだ。
そして俺は朝までに森の大掃除を片付けそのまま朝食の用意を始める。
ある日すんなり身支度ができるとどこか寂しかったのを今でも覚えている。子供の成長は本当にあっという間だった。
あれから何年経ってる?
俺がフィルターを代わったのは百年前… 孫のミユが二十歳位、ヒロは17歳、ユウヤは15になるかならないかくらいの頃のはずだ。
つまり子供達もそこそこいい歳だったということだ、40までいかなくても30代後半くらいで。
それでもユキは今まで生きていてくれたと言うのだ。
俺の為に。
俺が帰るのを信じて。
…
「行くでしょ?すぐに準備して」
帰ってきたばかりのはずのセーバルちゃんは親指を玄関に向けて今すぐ出ようという意思を露にしている。
そう、答えは決まっていた。
「わかった、行こう… 先生、スザク様、お暇をいただきます」
「うむ、行ってこい?飛んで連れてってやりたいが、この時代エリア間の移動は空だと面倒でな?すまん」
何か制空権のようなものでも絡んでいるのか、あるいはエリアの移動はパスポートみたいなものでもいるのか。だがそれは今は置いておこう。
「そうだ、これ使って?何かと物入りでしょ?」
そう言って先生がくれたのはミサンガくらい細く材質はシリコンか何かだろうか?そんな白い腕輪のようなものだ、自分の右手首に付けていたものを外し俺に手渡してくれた。外す時は継ぎ目も無いところが切り離されもう一度くっ付けるとやはり継ぎ目もなく腕輪に戻った。末端に磁石でもあるのだろうが不思議だ。
「これは?」
「財布みたいなものよ、ユウキくんでも使えるように手続きは済んでるから?必要なとき使って?」
財布… これが?信じられん。
受け取ったはいいが、半信半疑なのでついじっと眺めてしまった。
「時代は電子マネーだよ
タクシー?いつ呼んだ?とそう俺が何か反応する前に手をとられ外へ連れ出された。
本格的に時代というものに取り残された感覚を覚え始めてしまった。
だが待っていてくれユキ、今帰る。
…
「カコよ、それでどうなんじゃ?ヤツの体は?」
二人が出ていって間もなくスザク様は私に彼のことを尋ねてきた。つまり数日診察を続けてきた彼の体のことについてだ。
私は彼が自決を図った時に確信していた、単にけものプラズムで肉体が作られ再フレンズ化したのではない… もっと複雑なことが起きていると。
「私の予想通り、不安定な存在を四神の力で繋ぎ止めているんだと思われます… けものプラズムと四神の持つ4つの力で奇跡的にバランスを保っている状態だと」
「そうかやはり… つまり、もしも戦いでヤツが我等の力を使ったらその時は…」
切り落とした手首の再生、それからしばらく見ていてわかったことだ、彼の復活は奇跡以外の何でもない、そして同時にとても危ういものだということ。
サンドスターはけものプラズムで彼の肉体を再構築した、でもそれはそもそも四神の力がなければできないことだった。
これは本当にたまたま起きた奇跡。
本来四神が一人づつ行うことをたった一人で行い、もう一人犠牲が必要なところを自らで補った… 本当ならそんな無茶は通らない、本当は彼も消えてしまう存在だった。
そう、だから彼女は… 彼の妻は帰ってこれなかった。彼女の場合セーバルと四神の時とは訳が違うのである。
そしてもし彼がそんな不安定な状態で肉体に備わる四神の力を使ってしまったとしたら。
「その時は… 肉体は耐えきれず彼の存在は消えてしまうと考えられます」
器を必要としていた四神の力… 今四つの力は磁石のようにサンドスターを集め彼の肉体を形成している。
だから彼が手首を切り落とした時にはサンドスターを集め新しい手首がまた再生された、そして切り離された元の手首はサンドスターへと還った。
でももし力のバランスが崩れたら?
「なんということじゃ… アイツはまだ知らんのだろう?」
「ええ、けれど… それを知ったら彼はきっと」
そう、きっと再度自決を図る。
失敗したときに生きるしかないと現実を突き付けられたから彼は今も生きている。でも死ぬ方法がわかったら?恐らく彼は一切の躊躇をせず死を選ぶと思う。
彼女の元へ逝くのが彼の望みだから。
「いや… そうはさせん、このまま死なせてはいよいよヤツのやったことが無駄になると我は思う。英雄なんじゃアイツは、パークだけでなく我等神々まで救ったな?こちらも何か考えておく、そっちも頼むぞ?」
「もちろんです、既に手は打ってあります」
彼の気持ちは彼次第、でも体の方はサポートできるはず。
私はラッキーを呼び例の設計図をスザク様に見せるよう指示を出した。
「ほぉこれは… なるほどな?」
「作るのは簡単ですが、スザク様にはお願いがあります」
「わかっとる、“四神玉”が欲しいのじゃな?任せておけ?ちょいちょいっと残り三人説得して持ってこよう」
これがあれば彼に宿る四神の力を制御できる、内なる力が彼を殺すことはない。
すぐに取りかかろう。
…
こうして先生のとこを離れてみると、ここが百年後なのだということを嫌でも認識させられた。
映画にでてきそうなものがたくさんある、こんなの無理だフィクションだって思われていたであろうものが実在してる
まずセーバルちゃんが呼んだタクシー。
ラッキービーストが運転してるのは昔からなので驚きもしないが、乗り心地が恐ろしく良い。静かで本当に動いてるか不安になるほど揺れ等を感じない。窓の外を眺めると景色がまるでテレビの映像見せられてるような錯覚を起こす。なんでも車体が少し浮いているんだそうだ、どうなってんだそれは。
タクシー代は今回セーバルちゃんの奢りだ、彼女もこの腕輪みたいなものを持っている。そうこの腕輪がすごいのだ。
使い方を教えてもらったが、人差し指で触れると認証が一秒ほどで完了しバーチャルディスプレイが目の前に浮き出る。それを操作して残高などチェックできるのだが、この腕輪は電話にもなるしネットにも繋がる。
つまりスマホだこれは、スマホがこのミサンガみたいな大きさの細い腕輪に入ってる。音楽も聴ける。どうやってるのかしらないけどスピーカーもできるしイヤホンもなにもないのに自分にしか聴こえないようにもできる。骨伝導…か?訳がわからん、魔法だ。極めつけには充電要らずだ。
もちろんそれ以外にもいろいろツッコミたいことはあるのだが、いちいち反応していては切りがない。俺はおとなしく揺れないタクシーに揺られながら目的地に運ばれていた。
「ねぇ?他に聞きたいこととかないの?」
黙っていると空気に耐えかねたのだろう、彼女から質問はないかと逆に尋ねられた。
「ユキの他に、俺の身内はいるかな?」
一応、確認だ。
ユキが生きているならクロだってついこの間まで生きていたりしていたのかもしれない。孫だってきっと…。
「セーバル」
「…?」
名を名乗るのは何故だ?俺は家族の生存を聞いたはず。
「セーバルはヒロと結婚した、だからセーバルはシロの孫」
えっと…。
マジでか。そいつは驚いたな、顔には自分でも引くほど出ていないが内心驚いているよ、本当だ。
そうかセーバルちゃんヒロの奥さんになったのか。なんていうかそれは… クロに似たのかな?だからヒロも歳上が好みだったのかもしれない、あの子はミユを姉と知らず好きになってしまうほどだからな。
それはいいが、それならセーバルちゃんと愛し合っていたのならヒロは生きているはずだ。故人であれば彼女も共に逝くのがフレンズのはず。
ヒロにも会えそうだ… とそう思ったのだが。
「君がいるということはヒロは?」
「セーバルのこと置いて先に逝っちゃった、ごめんシロ?これは謝る、セーバルはヒロを不幸にした」
何かおかしいと感じた。
ヒロが亡くなったなら、セーバルちゃんも亡くなるはずなのだ。
愛し合っていたのなら必ずだ、俺はそんなフレンズとヒトの夫婦をたくさん知ってる、何人も見てきたのだ。
父と母から始まり、あのサーバルちゃん達だって…。
聞くと問題があったらしい。
それは彼女のような存在、あるいは守護けもののような特殊な存在にしか起きないであろうことだ。
「こういう結果だから疑うかもしれないけど、セーバルはちゃんとヒロのこと愛してたんだよ?ヒロもそう、セーバルのこと凄く愛してくれた… この体を見て?これはヒロのことを想うと自然に肌が緑じゃなくなったの、耳の羽だってそう、一緒に飛びたいと思ったからこうなった」
恋をして相手に相応しくあろうとした結果なのか、セルリアンの名残で緑だった肌はよりヒトに近づくため肌色に変わり、羽のように変化したサーバルキャットの耳は共に大空へ羽ばたく為… か。
疑う余地はない、彼女は本当に愛していたのだろう。
「でもセーバルは始めヒロの気持ち受け取れなかった、一緒にいたくてこんな姿に変わったけれどいつか後悔させて嫌われるって思ったの… それで怖くなって、幸せにしてあげられないからセーバルなんて好きにならないで?って言ったの、ヒロにはセーバルなんかで時間を無駄にしてほしくなかった」
セーバルちゃんは自分がセルリアン出生なのにも少しコンプレックスを感じていたらしい、それはきっとヒロとの間で障害になると。だがそれでもヒロは諦めなかったそうだ…。
芽生えたこの気持ちに嘘なんかつけない、そんな断り方では納得がいかない、だからもし自分といるのが嫌ならちゃんと面と向かって拒絶してくれとヒロは言った。
「セーバルは… そんなことできなかった、ヒロが好きだったから…」
本当は共にありたい、気持ちは1つだったんだ。ヒロの情熱に押し負けた彼女は素直にその気持ちを受け入れたんだ。
心は1つになった。クロのようにならなくて安心したよ。
「そうか、孫のこと愛してくれてありがとうセーバルちゃ… 「そしてその時、そうあれはヒロが二十歳の時だった、その時にはもうお互い気持ちを抑えきれなくて、そのまま湖の見える森まで行くとそこの大きな木の影でセーバル達は初めてヒト式交尾を… 「それは知りたくなかった」
雰囲気返して。
「ヒロは初めてなのに上手で、セーバルは何度も… 「濡れ場飛ばそうか」
話を戻そう。
そうして二人はやっと結ばれた、ヒロは情熱的過ぎて翌週には指輪を用意して結婚を迫り、セーバルちゃんもそれに二つ返事でOKをだした。
それからは二人は図書館を出てゴコクで暮らしたんだそうだ、セーバルちゃんにとってカコ先生が親みたいなものだったからだ。
「でもセーバルには子供ができなかった」
「先生はなんて?」
「セルリアンなのは関係ないって、フィルターから戻った後に体が作り変えられてるのが原因なんだって… シロ、あなたと同じかもね」
今の俺と同じ… 復活したあとのセーバルちゃんは老いることはなく寿命による死がないそうだ。だから100年経った今もこうして生きており、何らかの理由で子供ができない。
つまり俺と彼女には生殖能力が失われているということだ。これは誰かと愛し合いその恩恵の輝きを受けても同じということだろう。これは効果がないんじゃないと思う。
何故ならセーバルちゃんの姿がよりフレンズらしく変わったのは恐らく愛の輝きによるものだと言えるからだ、状況から言って間違っていないはずだ。きっと先生ならハッキリ教えてくれるだろう、パートナーが死しても自分が死ねない理由も合わせてだ。
「いつまでも子供ができなくて… セーバル凄くヒロに申し訳なかった、やっぱりセーバルなんかダメだって… そしたらヒロ言ったの、“子供がいないと幸せにはなれないのですか?”って、セーバルといられるだけで幸せだって言ってくれた」
話している顔は実に幸せそうだが、幸せが大きかっただけに一人残された悲しみもまた大きいのだろう。
彼女もまた、俺と同じように生きる意味を失ったのかもしれない。
「ヒロを亡くした時、セーバルも一緒に逝けるんだと思った… でも星はそれを許してはくれなかった、一緒に逝けたらどれだけ幸せだったかって今でも思う、ヒロを一人にして… セーバルは無様に生き残った… だから、ごめん」
何故謝るんだ、君が何をした?君がその事を悔やんでいるのだとしたら、それはお門違いだ。
悪いのは誰かハッキリしたいのなら、それは無理に役割を代わって君を解放した俺が一番悪いんじゃないかな。
「君が謝ることなんて1つもない、ヒロのこと本当にありがとう」
俺があんなことをしなければ君はこんなに苦しまずに済んだじゃないか…。
そんなことを考える俺の心中を察したのだろうか、彼女は笑顔を保ったまま俺に言った。
「セーバルもフィルターやめてからヒロと出会えて、ヒロといる時間が人生で一番輝いていた、それはシロが解放してくれたおかげ、そのおかげで愛を知れた… ありがとうシロ」
セーバルちゃんは強い心を持っている。彼女だって俺と同じくらいのショックを受けているはずなのに、彼女は俺なんかよりずっと強くって。
俺は未だに笑顔というのを忘れてしまったままで…。
このままではいけないのだろう、綺麗事を並べるのなら俺がこんなことでは妻は安心できない。妻は俺のこんな姿を望まない。
そうだろうな… だがそう簡単になんとかなるほど軽い気持ちで夫婦をやっていたわけではない。
それでも生きていくのならいつか乗り越えなければならない…。
どんなに辛くても。
悲しくても。
…
俺の身内。
生きているのはユキの他にセーバルちゃん、後はミユとサンの子孫に当たる人物がいるとか。それからユウヤ側の血筋がパークとは疎遠気味だが本土にいるらしい。こっちは会うこともなさそうだ。
しかしミユが… サンとね?
だがあの子がサンに気があるのは知ってた、サンは鈍いからミユは大変そうだと妻がよく話してくれた。
その直系か、会ったこともないと流石に身内と言えど他人としか思えんが… もしここにいるのなら挨拶の一つくらいしなくてはなるまい。一応御先祖だからな、俺は。
まぁいい。
「着いたよ、行こう?」
乗り心地の良いタクシーを降りると未来都市に変わり果てたキョウシュウエリアに着いた、目の前には病院… 多分病院だ、赤十字がある。
セーバルちゃんの案内で建物に入ると受付(のようなもの)を無視しエレベーターへ真っ直ぐ進んだ、ドンドン上に上がる… なんでも娘はいい個室をもらっているらしい。
「ここだよ」
ユキ… 生きていてくれて嬉しい、本当だ。でも実は少し怖いんだ?年老いたお前に会うのが…。
だってパパのことわかんなくなってるかもしれないだろ?その時にさ、ちゃんと辛いなって思えるかも不安なんだ。
パパは空っぽなんだ…。
でもお前ならきっとそんなパパのことちゃんと怒ってくれるんだろうな?ママを置いてきちゃダメでしょって。
ユキ、今行くからな?
「行こう」
ドアは未来的な自動ドアではなく、高級そうな木製の大きめな扉だ。
それをゆっくりと開き、俺は遂に娘の元へ訪れた。
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