短編集

@p53

第1話

もう寝ないと明日の仕事にひびいてしまう。


壁に掛かっている時計はその長針と短針を重ねたときからかなりの時間が経っている。薄暗い部屋の壁にそって配置されたベッドの毛布の中で、この夜何度目かの寝返りをうった。

眠れないのは今に始まったことではない。日中は仕事に追われ、食事も満足にとることができない日々のなかで疲れていないはずがない。疲れた、寝たいと思いながら帰宅し、いざ眠ろうと横になると眠れないのだ。焦りを感じることで余計に眠れなくなり、もう寝なくてもいいやと思いつつ、明日の仕事の効率が下がることを考えると横にならないわけにもいかない。


もう今日はだめだ。


諦めた僕はベッドからでて、薄暗い部屋の中を明かりも付けずに冷蔵庫へと向かった。ホットミルクでも飲めば眠れるかもしれないと思ったのだ。冷蔵庫をあけ、開けてからほとんど減っていない牛乳をマグカップに注いだ。ついで少しの砂糖とブランデーをいれて、温めただけのものだが、体が芯から温まれば何か変わるかもしれない。甘く優しい液体で少しだけ心を満たせた気がした。


眠れない。同じような悩みを持っている人間がいるのだろうか。時計の針が進む音が聞こえるほどあまりに静かな夜には、自分が独りに思えてしまう。職場でのささいな不和、抑圧されたような社会の空気、変わり映えのない日々、考えなくて良いようなどうでもいいことばかり頭の中を堂々巡りしていく。行き着く先は、いつも同じ。


消えてしまえば。


全てを放棄してこの世界から消えてしまえば。どんなに楽だろう。そう考えながら気がつくと枕が濡れている。声を押し殺しているうちに、気がつくと意識がなくなっている。自分で消えることを選択した人の話を聞いても、こんなに苦しかったらやめたくなるよな、としか思えなくなっていた。


このまま生き続けて何があるのか。



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