第24話 高校生

 ざわざわと賑わう昼休み。

 とにかく身体を動かす男子、ドラマとK−popアイドルの最新情報で持ち切りの女子、落ち着いた雰囲気で読書を始める眼鏡さん、鉢花の手入れに余念のない仏頂面さん……。

 そんな同級生を背に紙パックジュースを啜り、ベランダで中庭の景色を眺める、親友と私。

「本日は風もなく」

「陽射しはぬくいですが」

「「間もなく十二月……冬ですなぁ」」

 声を揃えてため息をつく。

「さて、クリスマスのご予定は?」

「それ聞きますか、あなた」

「「あはは……」」

 互いに乾いた笑いが漏れる。

 どちらかと云うと物静か系な私達でも、高校生ともなればそれなりに色気づくわけだが。

 浮いた話が全く無い。

 ので、私から気休めの提案をする。

「いいじゃないの、ぼっち仲間集めてカラオケパーティーでもしようよ」

「いいですね……あらら、スーパーのバイトは?」

「返事しなきゃいけないんだけど、悩み中……」

 寒空の下、コスプレしながら商品の受け渡し。

 冷え性には堪える仕事だ。

 すると、

「聞き捨てならねーな。俺だけにサンタ服を着せて高みの見物か?」

「うひぁ!!」「きゃっ!!」

 突然後ろから低い声が降り注ぐ。

 配属は異なるが同じバイト先に通う幼馴染みの同級生男子だ。

「ちょっと、急に声を掛けないでよ! うっかり紙パックを潰すところだったじゃない!」

「気配に気付かないほうが悪いんだろ……お、そのジュースって限定発売のヤツじゃん、美味い?」

 超美味しいからお気に入り登録しているが、コイツにだけは教えたくないので。

「大外れのゲキ不味! 飲まない方が身のため!」

 正反対の感想を述べておく。

 この幸福感を知らずに終わりを迎えるがいい。

 驚かせた罰じゃ、ざまーみろ。

「マジかよ~、○○さんも同意見?」

 同じパックをちゅるると飲み続ける親友は、首を傾げながらもほんわかと笑って答えた。

「ちょっと酸っぱめだけど、私は好きかな」

 ならば○○さんを信じよう、と爽やかに立ち去る男子を、嬉しさ一億倍のデレ顔で手を振り見送る、我が親友。

 姿が見えなくなったところで彼女の募る想いが頂点に達し、ダダダーーッと溢れ出す。

「うきゅーっ、見た見た? 喋っちゃったよ! ありがとう!」

「いやいや、私は何もしとらんよ、お嬢さん」

 もう、おわかりでしょう。

 このおっとり娘の親友は先程の通りすがり男子にべた惚れ中なのだ。何でも、去年のクラスマッチで転んだ時に助けてくれたその優しさにハートを掻っ攫われたらしく、挨拶を交わすだけで丸一日を幸福感で満たせる程の熱の入れよう。

 因みにあの男子と私は小学生からの腐れ縁なので、ヤツの正体を垣間見た者としてはやめておけと忠告したい気持ちでいっぱいだ。

 当然、親友は聞く耳を持たないだろうけど。


 さて、そんなこんなでやって来ました冬の一大イベント、クリスマス。

 開店から夕暮れまで、パートのおばちゃんとクソ寒い屋外テントで予約済みケーキの受け渡しをひたすら続け、気付けば就業時間は残り十分。この幾ばくかの時を何とか持ち堪えれば、温かなカラオケルームで熱い点数バトルを繰り広げる世界が待っている。

 その楽しみだけを糧に労働をこなすクリボッチの前に、店内作業に従事する例の男子が現れた。

「うーす、お疲れ。そろそろ終わるだろ? 先にチャリ置き場で待ってるわ」

「はぁ? お生憎様、このあと先約が有るんです。クリぼっち野郎はさっさと帰りなさいよ」

「見栄を張るな、全てバレてんだよ。俺もカラオケに行くんだわ。店は違うけど、同じ駅前だろ。暗くなるから護衛してやるよ、ありがたく思え」

「ちょ、ちょっと! 勝手に決めないで……もう、一体何なの?」

 思わずボヤくと、隣りで見ていたおばちゃんがニヤニヤしながら私の背中を叩く。

「そ、そういうヤツではないですからねっ!」


 更衣室を出ると、大きな白い息をハーッと吐いて楽しむアイツが待っていた。

「……寒空の下に待たせて悪かったわね」

「大した時間じゃねーし、平気だわ」

 時刻を確認したスマホをしまい、ニカッと笑う。

 幼い頃から変わらない、嫌というほど見慣れたこの顔が今夜はやけに眩しく映る―――のは防犯ライトがガッツリ当たってる所為ですよ。絶対にそう。

 午後五時半にも拘わらず、人影まばらな片田舎の主要道路。赤信号で言葉を交わしながら、賑わう駅へと自転車を漕ぐ。

「○○さんは、普段もほんわかした落ち着いた感じなのか?」

「そう、だね。たまに闇が出るけど、概ねあんな感じ。何……気になるの?」

「お前と真逆な性格だけどいいコンビだな、と思ってさ」

「どうせ私は落ち着きがないですよ。ちなみに……好きピは居ないから、押すなら今だよ」

「あ、そう……でも、俺達がくっついたらお前は一人になっちまうな」

 これは。

 私を憐れむ程度に脈がある、ということ?

「心配せずとも、結構よ。先に付き合い始めるのは私かも知れないしね」

「ほー、好きなヤツが居るのか?」

「馬鹿にするにも程が有るわよ、失礼な。まぁ、その時は、ダブルデートくらいしてやるわよ」

「それ、お互いに勝算がねーと実現しないだろ?」

 ぎくっ、ごもっとも!

 しかも親友の想いはコイツには秘密だし!

「確かにそうだけど……まぁ、アンタの幼少期のやらかしは秘密にしといてあげるから、その気があるなら頑張れば?」

「お前は、それでいいんだな?」

 信号待ちの交差点に、笑みもなくじっと見据える双眸と低くてハッキリとした声が響く。


 良い―――わけがない。

 小学三年で同じクラスになって六年生でこの想いに気付き、中学では無理してまで同じ部活に入り、必死に勉強して同じ高校に進学して今の関係が在るのだ。

 高校から顔馴染みとなったぽっと出の親友に横から掻っ攫われるのなんて、納得できる訳が無い。

 でも。

 親友は、これ以上ないほど気の合う人物。

 庇護欲を駆り立てるおっとりさんかと思えば、はっきりと自己主張をする意志の強さを併せ持ち、二の足を踏みがちな指摘も遠慮なくしてくれて無駄な気遣いが要らない、まさに心で繋がる人物なのだ。

 恋と友情を天秤にかけ、手に入れるべきはただひとつ。

 これが正解かどうかはわからない。

 でも、自分で選択したことに後悔はない。

 ―――と言い聞かせる。


「他人の恋路を邪魔するほど、性格は悪くないよ。頑張れよ少年、バシバシッ!」

「痛えっ!」

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しょっぺぇ恋バナさせてくれ Shino★eno @SHINOENO

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