第4話/高校生

「疲れたね、一休みしよう。何飲む?」

 コーヒー、紅茶、ルイボス茶、抹茶ミルクにココアも有るよって、喫茶店かい。

「同じので」

「遠慮しなくても、ホットミルクが良き?」

「赤ちゃんじゃあるまいし。ならば、ミルクたっぷりコーヒーで」

「変わらないじゃん」

 あはは!

 軽やかな笑いが響く。

「手伝うよ」

「じゃあ、マグカップ選んで」

 キッチンに入りぶつかりそうな背を合わせ、観音開きの食器棚から北欧キャラと水玉を取り出す。

 しかし、この家、マグカップも豊富。

 核家族だよね?

「次から次へと買う人が居るんだよね。『何か飲む度に気分も変わるから良いじゃない?』とか言って。なのに『洗い物が大変』って愚痴るのはどうかと思わない?」

 確かに、一理あるが納得しがたくもある。


 ざばーーー。

 洒落たやかんに満たされていく水。

 ピッ。

 IHが振動を始める。


 しゅーーー。

 広いリビングで向かい合っての勉強会。

 馬鹿話の爆笑からの集中の沈黙。

 チラと視線を上げれば伏せた長い睫毛に釘付け。


 しゅわー、しゅわー。

 同じクラスになって知るところとなる癖。

 悩むと気難し気に口を小さく曲げる。くしゃみの前には顔をくしゃっと寄せる。飽きると細い指に髪を絡ませる。

 勉強どころじゃないのは目に見えていたこと。


 しゅわ、しゅわ、しゅわ。

「どっちのカップにする?」

「じゃあ、水玉」

「砂糖は?」

「なしで大丈夫」

「了解」

 茶褐色の粒をしゃらと入れる手元を隣で眺める。

 キッチンここでは作業の度に腕が触れる距離。

 高鳴っていくのはやかんの音だけ?


 ピンポーン。

「宅急便かも、行ってくる」

「沸いたら淹れとく」

「よろしく」

 ぽこ、ぽこ、ぽこ。

 沸き立っていく満ちた水。

 どうにも落ち着かないこの胸の内のよう。

 でも一旦沸き立てば渦電流も沸騰音も強制終了。

 何事もなかったかのように静寂が訪れる。

 この想いだってそう。

 無かったことにしなきゃいけない。

 友人で居る為には。


 やかんに手を伸ばし湯を注げば、見切りをつけられぬ心を諌めるようにポコッと手に跳ねる。

「うわ、っ……あっつ!」

 ヒリヒリするのはもう勘弁して欲しいのに。

「どうした?もしかしてお湯、跳ねた?見せて。わわ、赤くなってる!」

「大したことないよ」

「ばか、ばか、後から来るの、こういうのは。ほら、流水で冷やして!」

 掴まれた手首の方こそ冷やしたい。


 ざばー

「いつまで?」

「いつまでも」

 ざばーざばー

「凍える」

「凍えた先にはコーヒーが待っている」

 ざばーざばーざばー

「見せて。水ぶくれは回避したね、痛みは?」

「ヒリヒリとたまにズキズキ」

「湯船の中には入れちゃダメだよ」

「忘れそう」

「こら、覚えとくの、念の為に薬塗ろう」

 軟膏を乗せた指がくるくると円を描く。

 近い、近い、きみとの距離。

 手元から顔をあげればそこにある、一歩踏み出せばゼロになる距離。

 当然の如く踏み込んではいけない距離。

「はい、出来た。では、飲みながら課題を進めるとしよう」

「ありがとう。ダメ元で聞くけど、手が痛いからついでにやってくれたりとか……」

「するわけないでしょ、甘え禁止!」

 デスヨネ。


「今日はいろいろ助かりました」

「いえいえ、こちらこそ。火傷、忘れずに」

「ダメだ、完璧に抜けてた」

「困ったね……ちょっと待ってて」

 パタパタとリビングからその手に携えてきたのは色とりどりのラッピングタイ。

 無作為に一本を取り出して指に巻く。

「これなら覚えていられるでしょ」

「確かに、気になって気持ち悪い」

 その言い方は何だよぅ!と怒れる膨れっ面。

 それもまた魅力的。

「じゃ、また明日」

「気を付けて」


 落ちた陽と夜の帳が混ざる夕間暮れの道を歩く。

 やるせない想いを上回る謎の自惚れに自嘲し、指に巻かれた赤いタイを明星に翳す。

「何でこの色、選ぶかなぁ。運命に導かれても知らないよ」

 なぁんてね。

 切ない片想いの疾走はまだまだ続く。


 ◆ ◆ ◆


 我ながら。

 何故、あの色を選んだのか。

 玄関までの一瞬に躊躇うことなく決めていた。

 強いて言えば。

 心の片隅にある僅かな意識がそうさせた。

 それが何なのかは分からない。

 でも。

 あの色じゃないといけない気がしたのは、確か。


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