第5話/菓子職人

「お隣、失礼します」

 にこやかな挨拶。

 躊躇ためらうことなく隣のベンチに腰を掛ける。

 暫しの沈黙。

 がさごそとビニール袋から箱を取り出す。

「期間限定の出店で今日届いたばかりのスイーツ、如何ですか?」


 こうして俺に菓子を勧める彼女は、中学の同窓生。同じクラスにはなったことはないが、全学年の全委員会で顔を合わせていた。

 だからといって話をしたことは数回しかない。

 が、遠巻きに見て気になる相手だった。


 高校にあがると俺の幼馴染みと同じ学校に通う彼女とたまに話すようになった。

 密かに想いは募っていたが、結局何も告げぬまま時は過ぎ、奇しくも先日ここで偶然再会してしまった。


 くそ寒いが、俺の癒しの場である駅前ビルの屋上の、枯れ木ばかりの公園で。


 ◆ ◆ ◆


「……じゃ、ひとついただきます」

 実家の菓子店を継ぐべく、多種多様の菓子を日々研究している甘党の俺を熟知するが如く、彼女はここに来る度に何某かを持参してくる。


 それを素直にいただく俺も俺なんだが。


 ここに居合わせる間は特に話しかけもせず、たまに彼女の日常や愚痴を聞いて終わる。

 しかも赤の他人を装う、そんな関係。

 でないと、俺の身が持たない。

 だから、この日は強く出る事にした。


「こんなうら寂しい所に一人で来ない方がいいんじゃないですか?」

「お邪魔ですか?」

「くそ寒いしHPが下がります……」

「ゲーム好きですね、私はMPを上げに来てるんで、ごめんなさい、また来ます」


 MPとは何ぞや?

 遠回しな説得は無駄に終わった。


 ◆ ◆ ◆


「そろそろ帰ります、次回はご当地和菓子です」

「いや、いらないです、大丈夫ですから……」

 もう来ないでくれ。

 HP=止めイントが減ってしまうから。


 会釈をして俺の前を横切っていく。

 彼女の左薬指のプラチナ色がふらふらと揺られて、やがて視界から消えてゆく。



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