第7話/公務員

「先輩、このデータはどこでしたっけ?」

「先輩、資料のコピーは何部ですか?」

「先輩、この間教えてくれたお店、凄い美味しかったです!」

 先輩、先輩、先輩~!


 4月から配属された新人・井坂は、今日も元気に俺に声をかける。

 隣に座る指導係なので当たり前なんだが。

「井坂ちゃんは佐田っちにばかり聞くから、私は寂しい…」

 同じく指導をする奥隣の三井さんが拗ね始めた。

 面倒臭くなる前に井坂と相手をする。


 大抵の新人は事務作業に慣れるまでに時間が掛かるが、彼女はバイトで経験済みらしく、一言ですむので仕事が頼みやすい。

 人懐っこさも相まって雑談にも花が咲く。

 その流れで彼氏がいるのは聞いた。

 流行りの俺様タイプらしいが楽しそうに話すので関係は良好なんだろう。


 俺だったらいつも優しくするのにな。

 ふと考えてしまうくらいに、実は横恋慕している。


 それがいつからだろう。

 彼氏の話題が途切れるようになったのは。


 今日は顔色も優れず、妙にツラそうで……。

「井坂ちゃん……え?ちょっと、わわわっ!

 み、みんな大変、井坂ちゃんが倒れた!!」

 急ぎ抱えて医務室へ運ぶ。

 脂汗をかきながら俺の腕のなかで、大丈夫です、と繰り返す井坂が、苦しいくせに、にへらと笑う。

「ツライ時に無理に笑うな!」

 叱れば、ふぇ〜と涙ぐむ。


 井坂はそのまま入院が決まった。

 急性虫垂炎で破裂寸前らしかった。


 ◆ ◆ ◆


「井坂の退院祝いに何か奢ってやろう」

 先輩風を吹かせて食事に誘う。

 入院中、ケリをつけると語った彼氏の話題はその後も一切出ないんだ。毎日見舞いに行った俺がこれ幸いと思って何が悪い。


 賑わう週末の駅前広場。

 ちょこちょこした足取りの頭が見えてくる。

 最早、歩き方で判るとはどんだけ惚れちゃってんだよ、恥ずかしい。


 小さめな背の彼女が俺を探す。

 手を振って合図を送るが、彷徨い続ける視線。

 こっち向いてるんだけどなぁ。


 ―――あぁ、何だ、そうか、そういうことか。


 こういう時の勘は嫌になるほど鋭く働く。

 やっと目が合い駆け寄ってくる。

 ははは、可愛いな。


 はにかみながら

「お待たせしました、先輩~!」

 という姿を想像。


 どうか、お願い。

 間違っても哀しい顔で、ごめんなさい、なんて謝らないでくれよ。

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