第4話 作戦会議


 セリームは、武器倉庫をガチャガチャと漁りながら準備を進めていた。彼はイラつきで震えていたが、しかし精密機械である彼の専門兵器を扱うその手は職人のような動きを見せていた。


「エミーネ、見てろよ……」


 呟く声は誰も居ない武器倉庫に響く。セリームはエミーネを見つめるように天井を見上げた。


「さっさととっ捕まえて5280兆テュルクリラを賠償請求してやるさ」


 完全に破壊されたお手製ドローン弾は、セリームが自分で開発を進めたものであった。従来のグレネードランチャーを使って、超小型の無人機を発進させることができるもので、打ち出した場所から4km圏内を3日に渡り偵察可能なものである。性能も信頼性も高いため、テュルク陸軍が正式採用を検討しているところであった。

 残りのドローン弾は幹部に装備検討のために提出するために残していたものである。セリームは惜しむ表情を浮かべながら、それを取ってミリタリーベストの中に忍ばせた。


「賠償請求用の証拠写真も取っときゃ良かったな……」


 一方、アリは軍用トラックの鍵を取ってから、何やら細い管を縛って繋いだものを持ち出してきた。ケマルは部隊支給の拳銃と手榴弾を取り出しながら、怪訝そうにそれを見ていた。


「なんだそれ?」

「フィリピン爆竹ですよ! 景気付けにも使えそうなので!」

「あぁ……良くわからんが、ちゃんとした装備も持ってくんだぞ」

「はぁ~い」


 その後ろではファルクが自分のロッカーからさらなる蒸留酒ラクを取り出していた。


「大丈夫なんです? あれ……」

「ファルクなら大丈夫だろ、酒を飲んでも狙いにブレが出ないんだ」

「へえ……」

「これはな、俺の精神安定剤だよ」


 ファルクの呟きに二人は顔を見合わせ、肩をすくめた。



「ただいま戻りました」


 会議室の中に狼部隊の全員が集まっていた。この部屋は爆風による被害が少ない唯一の部屋で、各部隊の作戦会議は今この部屋を中心に行われていた。入れ替わり立ち代わりで

 スレイマンは全員が集結したのを見ると、卓上に地図を広げた。


「状況を説明しよう」


 彼の指が卓上の地図の一点を指し示す。テュルク共和国西部の都市、首都バシュケントアンカラだ。


「離反したテュルク軍が『祖国民主評議会』を名乗り、政府転覆を目指してアンカラを中心に蜂起した。イスティクラル国際空港は占拠され、軍の司令本部も制圧され、現在は通信が途絶している」


 イスティクラル国際空港はアンカラにある国際ハブ空港である。この巨大な空港が占拠されたということで隊員達は敵の強大さを感じ取っていた。


「軍の半数は現政権側の命令に従って、現在もクーデター勢力との戦闘を継続しているが、東側に後退している。幸い大統領は脱出され、我々に作戦実行を命ぜられた」


 スレイマンはピンをイスティクラル国際空港に立てる。軍内の符号として赤のピンは奪還を示す記号であった。


「テュルク軍を首都に再突入させるため、我々でイスティクラル国際空港を取り戻す。空港に潜入した後に防衛部隊を排除し、戦力の空輸を支援したい。困難な作戦になるだろうが、今が有無を言わせない状況であることは皆分かっているはずだ」

「どんとこいだ。この時のために俺はずっと戦ってきたんだぞ」


 ファルクは壁際に寄り掛かり、そう言い放つ。スレイマンは信頼に答えてくれた仲間の言葉に頷きを返した。

 ケマルは不機嫌そうに「ふん」と鼻で答える。


「古の帝国軍の口ほどにも及ばん連中だろ、そいつら」

「どうだろうな、現実的には近代的な兵器と集中した戦力を考えれば帝国軍以上と言えるだろう。だが――」

「精神的には地の底、ってわけだな」


 ケマルの被せた発言にスレイマンは満足げにニヤけながら何度も頷く。一方で、アリは不安げな表情をしていた。


「初のミッションがこんな大役ですか……」

「すぐに慣れますよ、でもなきゃやってられませんからね」

「輸送任務から特殊部隊任務ってよくあることなんですか?」

「さあ。それだけ実力が認められてたんじゃないんですか?」


 セリームが適当に答えると、部屋にパチンと机を打つ音が響いた。部屋に居た全員が隊長のほうへと注目する。彼はキッと隊員達に鋭い視線を返した。


「忘れるな、我々の目的は任務の実行だけではない」


 アリは無意識にその剣幕にごくりと唾を嚥下した。


「反逆者にエミーネの命の代償を払わせることも我々の目的だ! 奴らに我々の“独立イスティクラル”の名を汚させるな! 分かったな!」

「「「「「はいっ!」」」」


 三人の声が唱和する。ファルク一人は無言でこくりと顎で答えた。隊員達は出撃のために方方へと散っていった。ただ、ファルクは一人壁に寄っかかったまま目を瞑っていた。セリームはそれが気がかりで後ろ髪を引かれたように彼の方へと振り返った。

 すると、ファルクは静かに言葉を発し始めた。


「相手は世俗の軍隊の野郎だろ? 不信心者には鉄槌を下さんとな」

「あんなの世俗ですらないですよ、ファルクさん。俺を見てくださいよ」

「……ああ……そうだな」


 ファルクは静かに答えると壁から身を離して、長く息を吐く。


「いくぞ、セリーム。遅れたら、お前が隊長のパーティーをおごれ」

「なんでそうなるんですか!? って、ちょっと待って!!」


 背後の声を無視して一人部屋を出ていくファルクをセリームは追いかけるのであった。

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