第5話 追っ手
「豪勢な装甲車ですこと」
静寂を割いたのは新人のつぶやきだった。アリがそう呟くと緊張が少しほぐれたのかセリームが伸びをした。装甲車は土埃を舞い上げながら、揺れていた。
装甲車が通っている国道A6号線は部隊本部からイスティクラル国際空港に向かう直線ルートだった。
「国軍特殊部隊用の特別仕様だ。核爆発にでも耐えられる」
「流石に核には耐えられねえだろ……マジの話か、それ?」
車内に充満した煙草の烟がケマルの声と共に揺らめく。彼の口には爆破で少しくすんだサムスンが一本咥えられていた。
「さあな、軍の広報役が言ってたことだから真に受けるな」
「どっちでも良いですけど、後ろ」
セリームが顎で指した方に隊員達は注目する。
「お客さんですよ」
装甲車の窓からは二つの装甲車が見えていた。彼らにはそれが仲間には到底思えなかった。
追手のうちの一台には機銃が装備されていて、針のような銃口がこちらを睨んでいた。ファルクは肩をすくめながら銃を取り出して、車両の上方まで行ってから思い出したかのように隊長の方を振り返る。
「やっちまって良いよな」
スレイマンはその問いに頷く。
「地獄にお送りしてやれ、丁重にな」
ファルクは装甲車のドアを開け、ライフルと共に飛び出した。一瞬で狙いをつけ、トリガーを引く。弾丸は過たず片方の装甲車に吸い込まれた。
しかし、その弾丸はフロントガラスにも当たらず、何も起こらなかったかのように見えた。サイドミラーで運転席の敵兵が不敵な笑みを浮かべているのを、車中のケマルとセリームは焦りながら見ていた。
「おい! ファルク、おめえヘマしやがったなっ!?」
「ヤバいですよ、ファルクさん!! 早く下りて――」
「騒ぐな」
ケマルとセリームはその異様な落ち着きに口を噤まざるをえなかった。
「これでいい」
瞬間、撃たれた装甲車が爆煙に飲み込まれ、飛び上がる。ガシャン、と強い衝撃音が聞こえたときには敵の装甲車は前には進まなくなっていた。黒焦げになった車体は煙を上げながら、路肩へ転がってゆくのであった。
そんな様子にケマルとセリームはお互いに顔を見合わせる。ケマルは車両の上方に空いた穴を見上げて、問いかけた。
「おめえ、何やった?」
「ガソリンタンクをぶち抜いた」
「は?」
「ガソリンタンクをぶち抜いただけだ」
「つよい……」
さっと言ってのけるファルクに呆然としたまま、セリームは小声で呟く。その瞬間、もう一台の装甲車がスピードを上げてきたのに対抗してアリがアクセルを踏み込んだ。
「ちょっと飛ばすわね、揺れに注意して!」
車の揺れで目を覚ましたセリームは頭を振ってファルクの方を見上げた。
「お、俺だって負けてられないですよ、新人じゃなくなったところを見せてやる!」
上部出口の取っ手に手を掛けたセリームは銃を握って、上部へ飛びだした。
その瞬間、敵兵は彼のL96A1を目の当たりにすることになる。長い重心にガムテープで括り付けられたグレネードランチャー、その先に見えるのはサプレッサー、ボルトアクションによる音の発生を防ぐために機関部に敷かれたゴム、スコープは反射光の軽減・曇りの防止のために特殊塗装がなされていた。そんな変態カスタムの狙撃銃を見せつけたセリームはそのまま狙撃体勢へと移り、敵を撃つ。
「かかってきな、クソ野郎ども!!」
その弾丸は敵装甲車の運転手を目掛けて飛ぶ。しかし、弾丸は防弾ガラスにめり込んだまま、実効的な被害を与えることは無かった。
セリームはそれを見て、即座に車内へと戻る。
「はい、お疲れさん」
「なんで、俺だけ、あんな地味なんですかっ!?」
「俺たちゃ、
そう言いながら、次はケマルがアサルトライフルを持ち出して一瞬で敵装甲車のタイヤに弾を撃ち込んだ。
「まだまだだな、セリーム」
「うぅ……」
パンクしたタイヤは急速に空気を減じてゆき、足を取られた装甲車はガードレールに衝突し、まるでハリウッドアクションのカーチェイスシーンかの如く爆破炎上した。
その様子を見届けると、ケマルは上部出口のドアを閉めるとともに車内へと戻ってくる。敵が片付けられたことを知ると、スレイマンは安心を代弁するかのように小さく笑った。
「良いもてなしだったな」
「さすがですわね」
「ガハハ! 炊事係に負ける程度か、セリーム!」
「つらい」
「エヴェレンもよくやった。お前がガラスにヒビを入れなければケマルの銃撃も敵に邪魔されて上手く行かなかったことだろう」
「ファルクさん、ありがとうございます……」
セリームはファルクの励ましに少しほっこりとしていた。普段は無口のファルクにとってあれだけの励ましは一般人の激励と同義に思えたからだった。そう思うとなんだかいきなり恥ずかしくなってくるようにも思えた。
爆発し、炎上する装甲車が遠ざかっていくのをセリームは静かに見つめていた。
「全く、ガソリンの積まなさ過ぎだから、そんな炎上するんだぞ」
ただ照れ隠しに呟いた言葉は国道A10号線の路肩に残されて、自分から離れてゆく装甲車と共にこの今を過ぎ去っていったのであった。
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