第2話 敵襲


「……皆伏せろ!!!」


 ファルクが後ろを振り返って、隊員たちに警告を発する。まず最初に気づいたのはケマルだった。とっさに身を屈めて、耐衝撃姿勢を取る。セリームも同時にベンチの裏に入って、耳と目を塞いだ。

 アリはそんな隊員達の様子を見ながらキョトンとしていたが、それも冗談のひとつなのかと思っていた。彼はいつも通り体をくねらせるとファルクの方へと顔を向ける。


「あらぁ、ベッドのお誘い???」

「言ってる場合か!」


 そういって、ファルクは瞬時の判断でアリに突進し、押し倒した。自分の身を顧みず、両手で彼の目と耳を塞ぎ、守ろうとしたのだった。

 その瞬間、突如として爆風が隊員達の耳を劈いた。背後の窓ガラスは粉砕され、部屋を爆風が駆け抜け、目の前は一瞬で灰色の煙に満たされた。室内の隊員は全員その風圧に耐えきれず地面になすすべなく押し付けられた。


「キャァァァァ‼」

「ぐっ……!」


 スレイマンは煙をかき分けるようにして、隊員達の無事を確かめようとしていた。


「被害報告!」

「ちょっとガラスが腕に刺さったくらいです。まだ動けます!」


 セリームはそう答えると、目の前の惨状に頭を抱えた。


「ああ‼ 俺のドローン弾薬が!!!!!!!!!」

「なんだ、それくらいおめえでどうにかなるだろうが」


 ケマルはセリームの眼前に広がる粉々になった手作りドローン弾薬を前にして頭を掻きながら、そう言った。


「それくらいって、48発で528,000テュルクリラなんですよ!!!」

「おうおう、そんなんはまた作れば良いんだよ。今はお前が無事で良かったよ……いててて……」

「ケマルさん……!」


 セリームはケマルのズボンに血の色が滲んでいるのを見ると、目の色を変えたように治療キットを探し始めた。


「右足だ、破片でも刺さったんだろ。なあにこれくらいでへこたれる俺じゃねえ」

「応急処置しましょう、妻子持ちが戦死じゃなくて単なる失血で死んだらお笑いですよ」

「ガハハッ、確かにな。じゃあ、頼んだぞ」


 一方、ファルクとアリは奇跡的に無傷であった。ファルクはアリの上から起き上がると、呆然とした状態のアリの頬を気付けに一つ打った。


「ひゃん!」

「……なんとか、無事だったか」

「ファルクさん、助かりましたわ」

「ふん、新人だからと言って常に助けられるとは思うな」


 ファルクはそういうと、スレイマンの方に注目した。誰に対してもぶっきらぼうな態度しか取れない彼であったが、命令系統には実に忠実であった。

 スレイマンの顔は悲惨だった。片目の周りは血だらけで、口からも血を流している。それでも毅然として立っているのはテュルク兵の中で隊長と呼ばれるべき素質を持つものとして十分だとファルクは感じていた。しかし、一方で心配は隠し通せなかった。


「……おい、大丈夫か?」

「俺は大丈夫だ。口の中と目の上を切っただけだ。問題はない」

「ならいいが」


 ケマルとセリームもその会話を聞いて、隊長の方へと視線を向ける。


「無理しないようにお願いしますよ」

「おめえは俺より若ぇんだ、骨になるんじゃねえぞ」


 スレイマンは目の上を擦ってから、総員の無事を確認する。


「ケマル、お前も死ぬなよ」


 ケマルはスレイマンに無言で頷いた。


「敵襲だわ! 総員、警戒態勢!!!」


 そういって立ち上がったアリは、立て掛けてあった箒を手にする。そんな彼にケマルは怪訝そうな視線を向けた。


「何やってんだ、おめえ」

「何って、ガラスが散乱してたら危ないでしょ?」

「そんなことやってる場合じゃねえだろ、とっとと銃を持て!」


 ケマルは自分の個人用ガンロッカーを開けて、ライフルを取り出す。ファルクとセリームはもう既に銃を構えて命令を待っていた。


「神に報いる時だ……!」

「セリーム・エヴェレン、準備完了です!」


 セリームはガラスの破片を踏まないように気をつけながら、窓際へと近づく。下階の様子はこれまた悲惨なものだった。本部の出入り口付近には大量の隊員が倒れている。死者は居ないようだが、深い切り傷を負ったものや叫んでいる者が地を這っていて目にも当てられない状況だった。

 そんなセリームの様子で察したのか、スレイマンは短くため息をついた。


「俺は下に行って様子を見てくる。お前らはエミーネの様子を確認してここで待機してろ」


 ハキハキとした「了解!」の声が部屋にこだまする。スレイマンはそれを見て安心して、下階へと駆け下りていった。ケマルたちもすぐにエミーネの向かった先、女子更衣室の方へと向かった。その扉の前で、セリームは立ち止まっていた。


「ちょっと待って下さい、これって俺たちが開けて良いんですかね?」

「誘惑に負けていいぞ。これは必要な措置だからな」


 ファルクはノブに手を掛けて回す。しかし、ドアはびくともしない。オリーブ色の鉄製のドアだ。本部の襲撃時を考えて作られた重量のある防弾性のあるものとなっている。それにしても通常は開いているもので、びくともしないのは異常なことだった。

 セリームは腰に手を当てて、忌々しげにドアを見上げた。


「どうやら、爆破で歪んだようですね……」

「おい、嬢ちゃん! 聞こえるか?」


 ケマルの呼びかけに答える声は無かった。それでケマルは彼女が爆破の衝撃で失神しているものだと思った。


「まずいな、こじ開けるのにあまり手荒な方法を取るのは止めたほうがいいかもしれん」


 ファルクはドアの前に進み出て、しゃがんで聞き耳を立てた。

 聞こえてくる音は何かが滴る音だ。彼はそれが爆破の衝撃で水道管でも破壊されたために聞こえるのだろうと思った。


「どうやら水道管が破壊されたらしい。水の滴る音がする」

「多分室内のダメージは相当ですよ、爆破とかは最終手段にすべきでしょう」

「開けた瞬間、瓦礫が落ちてくるかもしれん。気をつけろよ」

「それはそうと、どうやって開けるのかしら?」


 新人の本質的な問いにセリームは頭を掻いてから、銃床を振り上げた。


「こうだ!」


 振り下ろした銃床は鉄製のドアをふっとばした。その瞬間、扉の前に居た四人は自分の目を疑う光景に立ちすくんでしまった。

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