60話 ぺんぺんぐさも生えなくなったとさ
『 「出来たあ!」 』
声を揃えて気持ちの良い歓声が教室に鳴り響いた。欠けているものなど何もない。本当の意味で全生徒が一丸となって舞台を作り上げたのだ。完成したのは学園祭の前日、下校時刻のぎりぎりのことだった。オレンジ色の光を受けて紫薇のクラスの出し物であるカラオケの舞台は輝いた。各々が喜び、褒め称え、中には感動する者までいた。それは正しく、青春の一ページに相応しい場面だった。
「諸君おめでとう!終に俺たちの舞台は完成した。これも単に皆の努力の賜物だ」
その瞬間を見計らったかのように蘇芳が教室に現れた。
「そして何より、俺の代わりを務め…見事に皆を牽制してくれた絵導に、拍手を贈ろうではないか!ありがとう、絵導!」
全員の視線が集まると、紫薇は何だかこそばゆいような感じがして思わず俯いてしまった。その後に贈られた拍手を浴びると、紫薇は顔を赤らめながら何度も謙遜の言葉を口にした。
「俺は…別に…だが…礼は…言って…置く…」
恥ずかしそうに紫薇がそういうと生徒達は笑い出した。
「ただ…一つだけ腑に落ちないことがある」
紫薇がそういうと生徒は揃って首を曲げた。
「おいそこの野良犬…お前だけが何もしなかってのはどういう了見だ…」
赤縞の胸倉を掴みながら紫薇は牙を剥き出しにして唸った。その光景は実は絵導がこの学校の裏番長なのではないかという疑問が沸き起こってしまった。
「うるせえな、俺は当日に仕事があんだよ」
「…当日の仕事だと?なんだ?」
紫薇は不思議に思って掴んでいた手を離した。
「直にわからあ…」
赤縞はけっといいながらそっぽを向いた。紫薇は納得がいかなかったが、今迄の疲れが出て来てもうどうでも良くなっていた。
「さあ皆、今日はもう家に帰ってゆっくり疲れを癒してくれ。明日から忙しいぞ、遅刻だけはしないでくれよ?」
蘇芳がそういうと生徒たちは鞄を片手に教室から出ていった。紫薇も腕を伸ばしていざ帰ろうとすると、
「ああ絵導、ちょっと良いか?」
蘇芳に呼び止められ、何事だろうと首を傾げた。
夕暮れを背に紫薇と蘇芳は教室の一角で腰を下ろしている。二人の目の前には出来たばかりの舞台が広がっていた。蘇芳は生徒の気配が消えるまで口を開こうとはしなかった。そんな蘇芳に紫薇は文句もいわなかったし、気にもしなかった。紫薇は知っていたのだ。蘇芳が時たま不思議なことを仕出かす人間だと。きっと今回も何かあると紫薇は踏んでいた。
「また何か俺にしてくれるのか?」
そこで紫薇は今度はこっちから話を持ちかけてやろうと思った。すると蘇芳は少し驚いた顔をして笑った。
「そう思うか?絵導」
「ああ、こうやって二人でいるときに、お前は決まって俺にアドバイスをくれたり、背中を押してくれる。人前じゃ言わないが、感謝してるよ」
そういうと蘇芳はそうかと嬉しそうにいった。
「…お前も、人間じゃないのかな」
「どうしてそう思うんだ?」
そういうと今度は紫薇が笑った。
「何故って…どうしてかな、何となくだ。一つだけ聞いても良いか?どうして俺にそこまでする?何か目的があってのことか?」
「目的?そうだな…確かにそうだ。俺はその目的の為に、今日までお前を助けて来たのさ」
そうして蘇芳が口にしたのは思いもよらない一言だった。
「お前の愛が欲しいからだよ」
「な…」
紫薇は頭の中が真っ白になった。男が男を好きになることよりも、どうしてその対象が自分であったのか。その理由がわからなかった。
「…なんてな」
ふふっと笑った蘇芳の素顔はとても物寂しいものだった。何故か紫薇はその顔がどうしようもないほど切なくて、また懐かしいようにも思えた。蘇芳と遠い昔に出会った気がする。そんな気がしてならなかった。
「絵導、明日はみんなと頑張ってくれよ?」
一人 蘇芳は立ち上がって紫薇に横顔を見せると歩き出した。紫薇はそんな蘇芳を目で追いながらじっと彼の背中を見詰めた。そして蘇芳が教室の入り口に差し掛かったところで、
「…また明日な」
紫薇は小さい声でそういった。蘇芳は返事をしなかったが、前を向いたまま紫薇に別れを告げて教室から離れていった。
一人教室に残された紫薇はそれから動かなかった。いや、動けなかったという方が正しい。最後に目にした蘇芳の背中が頭から離れなかった。それに反して蘇芳と出会った日々の記憶が薄らいでいく。紫薇の頬を二つの涙が伝う。紫薇はどうして自分が泣いているのかわからなかった。悲しいのか、嬉しいのかそれすらもわからない。ただ無味な感動に打ちひしがれ、小さな溜め息を零すばかりだった。
その様子を入り口の影からひっそりと藤原が眺めていた。気配を殺し、まるで一つの絵画を盗み見るかのように紫薇を見詰めている。それは紫薇がやっと正気に戻り、膝を立てるまで行なわれた。
紫薇が家に帰ったのはすっかり夜がふけてからのことだった。泣いたこともあって紫薇はくたくたになりながら玄関を開けるといつもの様に羽月が出迎えた。
「お帰りなさい」
「…ただいま」
少しだけ目を細めて紫薇は笑った。
「何かあったの?」
羽月は出来るだけ小さな声で、努めて優しい声で紫薇に語りかけた。
「何でもない。何でもないんだ」
そう自分にいい聞かせながら紫薇はリビングに向かった。すると嬉しそうな顔をしながら電話をするプランジェが目に入った。
「ええ、明日は紫薇の学校のお祭りのようです。私と綾は出かけようと思っていますが、果たして奴が受け入れるかどうか…あっ、帰って来ました」
プランジェは紫薇と目線が合うと受話器を肩に乗せた。
「紫薇、クレシェント様からお前にだ」
紫薇は珍しいこともあるものだと思いながらプランジェから受話器を受け取った。
「なんだ?」
「あ、もしもし?紫薇?明日は学園祭でしょう?私は行かないけど、応援してるから頑張ってね」
「なんだ、お前は来ないのか」
「え?行っても良いの?てっきり嫌がると思ってたのに…」
「俺はお前の飼い主じゃないんだ。お前がどこに行こうと俺の知ったことじゃない。まあ、来るなら歓迎してやるよ」
「そう…そこまで言うなら、行ってもあげても良いかな」
そういった瞬間、紫薇は受話器を切った。するとすぐに電話がかかってきて紫薇は受話器を取った。
「なんだ?」
「ちょっと切らないでよ!」
「お前の戯言に付き合ってるほど暇じゃないんでね。それに準備で疲れてるんだ、さっさと寝かせろ」
「ずっと会ってないのに冷たいのね」
「嫌でも明日に会うさ、良かったな、切るぞ」
「可愛げないの!もう、プランジェに代わって」
相変わらず変わってないなと思いながら紫薇はプランジェに受話器を渡した。
「クレシェントも明日 学園祭に来るらしいぞ」
「本当か!?」
プランジェは珍しくはしゃいだ素振りを見せて受話器に耳を寄せた。
「クレシェント様!では待ち合わせの場所はどこに致しましょう!?」
「さて、もう寝よう…」
紫薇は好い加減に疲れたとよたよた体を動かしながら部屋に向かった。風呂は明日の朝に入ることにして紫薇は制服姿のままベッドに倒れこむと、数秒も経たない内に眠りに落ちていった。
月明かりの下、誰もいない学校の屋上で蘇芳は一人、高い場所から周りの景色を眺めていた。夜空にぽつぽつと街灯やビルの蛍光灯が丸く光っている。その一つ一つを飽きもせずに蘇芳は目で追っていた。
「二度目の景色はどうですか?」
屋上のドアを開けてやって来たのは藤原だった。
「まさか貴方が彼に近付いていたとは思いもよらなかった。僕達が血眼になって貴方を探していたというのに…」
蘇芳はじっと町並みを見詰めたまま顔を向けようとはしなかった。
「ゾフィに知られたらあそこから引きずり出されますよ」
「変わらない光景だ。ここはいつ見ても。水のにおいが鼻を擽った気がしたよ」
「もうあそこには誰もいませんよ。理は変わってしまった。妖精の手によって」
そういうと藤原は寂しそうに視線を下げた。
「『妖精戦争』の折、多大な犠牲を払って妖精を二つに封印したのに…貴方はそうやって彼に触れようとする。貴方の考えていることはいつも周りを悩ませますね」
「俺はただ漂っていただけだよ。あの白い海をひっそりとね」
「そこへ彼女が現れた。とびきりの花束を持って」
蘇芳が藤原に視線を向けると、藤原の顔は何故か嬉しそうだった。
「それまで開けることのなかった扉を抜けて、今もこうして勝手気侭に世界を渡り歩いている。とある世界では貴方を放浪者と呼んでいましたね。一体、貴方に…貴方に心というものがあるのなら、何が起きたのか?個人的にね、興味があったんですよ」
「個を唱えるとは…お前は少し変わった奴だろう。『レーベス・ヴィ・クタール(白日の多面体)』にそんな存在は少ないと思っていたが」
「僕等にも個性はありますよ。ただヒトと比べてしまえば曖昧なものですが。母を追い、その途中で一なる個性を還元することで昇華できると気付けた僕達は、四十八の全に帰結した。尤もその数は今ではほんの一握り…。かの妖精に淘汰されてしまったから。その中には…僕が寄り添っていた人もいた」
蘇芳の目が一瞬、明後日を向いた。
「僕は知りたい。なぜ…妖精は全ての世界を滅ぼしたのか?なぜ…それを知っていながら貴方が彼に近付いたのか?僕は知りたい」
気付けば藤原の目の前には真っ白な塵が辺りに浮かんでいた。埋もれてしまいそうなほどの白い塵が蘇芳の体を形作っている。それらは見る場所によって灰色にも見えた。月の光が影を形作り、対照的に月の影が光を催している。
「どうか僕に教えて欲しい。我が名はローザ、羽衣の残橋より照らし出された素数の者」
言葉と共に藤原の背中から緑色の光がすっと浮き出た。それは人魂のようにも小さな火にも見えた。
「真実と虚構を紡ぎしあまねく世界の放浪者『ルヴェゼンデーア(塵の船)』、どうか僕にその答えを与え給え」
緑色の光は蘇芳の掲げた手の平の上に浮かび、蘇芳はその光を口もとに運ぶと囁いた。その途端、蘇芳の体は白い光と塵に包まれ、その場から消滅していった。それと同時にその光と塵は空高く舞い上がり、空いっぱいに散っていった。
紫薇はいつもよりずっと早い時間に起きて支度を始めた。何だか不思議と気持ちが高ぶって寝付けなかったからだ。でも眠気は驚くほどなくて、紫薇は鼻歌なんて歌いながら制服に着替えると一階に降りていった。するとまだ空が薄っすらと暗いのに既に台所では羽月とプランジェが朝食の用意をしていた。
「む、起きたのか。待っていろ、もう少しで出来上がる」
三角頭巾と割烹着を着ながらプランジェはおにぎりを握っていた。ただその量はとても一人では食べ切れる量ではなかった。大きな重箱がきらりと光っている。
「…いつ起きたんだ?」
「ほんの一時間ほど前だ。綾はそれよりも前に起きていたがな」
そのことを聞かされると紫薇は目を丸くした。
「お早う御座います、紫薇くん。もうちょっと待ってて下さいね、皆さんの分の朝ごはんが出来ますから」
お揃いの割烹着を着た羽月が台所から顔を出した。
「…皆の?」
「ええ、朝早くから準備で忙しいでしょう?だから小腹が空いたときの為の差し入れです。お口に合えば良いんですけど」
「…心遣い、痛み入ります」
にっこりと笑った羽月を見て敵わないなあと紫薇は思った。
紫薇は四十人分のおにぎりが入った重箱を手渡され、その重さに負けてしまいそうだった。おにぎりの中身は梅、おかか、こんぶ、しゃけの四種類で更にきゅうりと人参、秋茄子のお新香がそれぞれ入っていた。
「お前、どうやって学校に来るんだ?」
紫薇はその重箱をよいしょと肩で持ち上げた。
「実はクレシェント様と待ち合わせをして出かけることになった。勿論、ジブラルもやって来るらしい」
プランジェは久し振りにクレシェントと出かけられるのが嬉しいのかいつもよりも機嫌が良さそうだった。
「…ジブラルもか。ちょっとした所帯だな」
何も問題が起きませんようにと紫薇は心の中で願った。
「羽月さんもクレシェント達と一緒に?」
「ええ、お昼過ぎには着けると思います。紫薇くんの晴れ姿、楽しみです」
「俺は裏方みたいなもんですけどね。表に出れるかどうか…」
「じゃあ頑張って表に出て来て下さい。手でも振ってくれなきゃ晩御飯 抜きですからね」
紫薇は思わず汗を垂らして苦笑いした。
紫薇は重い弁当箱を引っ提げて家を出発した。足取りは重いが、自然と紫薇はわくわくして全身に覆われた筋肉をフルに使って歩いた。そのお陰で学校に着いた時間は予定していた時刻よりも少しだけ早まった。
「今更ながら力ついたな…」
教室に着くと既に何人かの生徒がやって来ていて作業を進めていた。
「おっ、絵導のご到着…って、なに持ってんの?」
意外にもその中に節木の姿があった。紫薇が持っていた風呂敷を珍しそうに眺めている。
「ちょっとした差し入れだ。腹が減ったら適当に食え」
そういうと教室にいた生徒は歓声を上げた。
「俺の好きな人参のお新香がある!」
「美味しそう!ありがとうね、絵導」
「さっすが委員長!」
紫薇は最後の言葉に耳を疑った。
「…何だって?」
「委員長は気が利くね」
「ホントにね」
しかし誰も彼もそのことに気付いていないようだった。その様子を見て紫薇はああ、やっぱりなと短い溜め息を吐いた。
「梅の握りはねえのか?」
いつの間にか赤縞が重箱を開けてくんくんと匂いを嗅ぎ、数あるおにぎりの中から梅味のおにぎりを見付けるとひょいと摘んで口に入れた。
「赤縞…」
「あんだよ?」
「蘇芳は、どうした?」
その答えをわかっていながら紫薇は敢えて聞いた。しかし返って来た答えは思いもよらないものだった。
「わかってんよ、あいつも藤原と同じで普通じゃなかったんだろ。だが今はどっかに置いとけや。んなことより、さっさと作業を始めたらだろうだ?リーダー兼、新委員長さんよ」
「…あとで話は聞かせて貰うぞ」
「覚えてたらな」
そういって赤縞は手を振ってふらふらと教室から出ていった。
「…………………」
紫薇は腑に落ちないものがあったが、赤縞のいった通り今はそのことは忘れて学園祭の準備を進めることにした。
舞台の問題となっていた出入り口は入場の人数制限を設けてコントールすることになり、舞台の設置は卯月が予定していたもの通りに行なわれた。カラオケのスタンドやマイク、照明に音響、歌詞を表示するテレビが次々と運ばれ、紫薇の指示によって指定の場所に置かれた。延長コードも予め予約していたお陰で使うことができ、本当の意味で紫薇たちの舞台は完成した。
「節木、頼んで置いた呼び込みの件はどうなってる?」
「ああ、それならばっちりよ。まあ、見ろ」
節木はにやにやしながら指を差した。その方向には男子生徒がとても濃い化粧を施され、女物のスカートやどこから持って来たのかわからないスパンコールドレスなどを着ている姿があった。
「なんだあれは…?」
わざとやっているのかすね毛は丸出し、口紅はたらこ唇のようにぼってりと、あからさまに似合わない鬘を着けて見るも酷いものだった。何故か男子生徒たちはげらげら笑いながらどこか楽しそうにしていた。
「面白れえだろ?観客の目を引くにゃこういうのが一番だよ。俺やんないけど」
「…色物企画はこけ易いと聞いたが」
紫薇は顔を痙攣させながらその地獄絵図を眺めた。
「絵導、お前もやれよ」
「洋服も自由に選べるぜ」
はははと笑いながらその女装した生徒たちが紫薇に近付いた。
「…お前ら恥はないのか」
「恥なんて気にしてたら一等は取れないだろ。絵導、お前もやれ」
その中に葛川がいたことに紫薇は度肝を抜かれた。
「葛川!お前もか…!」
葛川は女物の和服に白粉を塗って宛ら極道の女のようだった。その血筋からか異様にサマになっていた。
「私と晶がお化粧したの。可愛いでしょう?」
「いや、そういう問題じゃ…」
うふふと笑う卯月に紫薇は付いていけなかった。その横ではしかめ面をしながらもどこか楽しそうにしている白那美がいた。
その内に周りの生徒が野次を飛ばし始め、やんややんやと紫薇に女装をせがんでいった。いつの間にか紫薇は全員に囲まれるようにしてじりじりと迫られていた。
「大丈夫、大丈夫…」
「恐くない…怖くない…」
「せめてアイラインだけは綺麗に塗ってあげるから…」
最後に紫薇は羽月にやっぱり会えないかもしれないと心の中で呟いた。
学園祭が始まってお昼を過ぎた頃、羽月とクレシェント、ジブラルにプランジェは学校の正門を潜っていた。そこから中はもうお祭り騒ぎ、あちらこちらに屋台が並んでクレシェントは鼻をひくひくさせた。
「ちょっと止めなさいよ、見っともない。さっきお昼 食べたばかりでしょう」
やれやれとジブラルは溜め息を吐いた。結っていた髪の毛を垂らして黒いネールを被り、暗い青のトップスにワインレッドのスカート、厚めのタイツを履いてやや先の尖ったサイドゴアのブーツを鳴らした。上着は黒いライダースを着ていた。
「だって美味しそうなんだもの。あ、あれも良いなあ…」
普段のくしゃっとした長い髪をストレートにして黒いブーティで地面を蹴った。灰色のスヌードを首に巻き、細身のパンツを履いて恥骨までの長さのやや厚めのコートを被っていた。
「クレシェント様、今日は紫薇からお小遣いを貰っております。何なりとお申し付け下さい」
暗めのシェパード柄のジャケットに花柄のブラウスを着て、紺色のスカートの中に胡桃色のタイツ、下にクレシェントと同じ黒いブーティを履いていた。首には茶色のティペットを巻いて小さめのリセを背負っていた。
「ふふっ、今日の為にずっと本を買うのを我慢してきましたものね」
裾が長めの白いペプラムのスカートに黒いパンプスを履いて、アームレットの筆模様のシャツの上に薄い灰色のコートを羽織っていた。手にジブラルから譲って貰ったブランドもののバッグが引っ提げていた。
「しっかしこれ全部 学生が作ったんでしょう?良くやるわ…」
ジブラルは飾られた学校内を見てしみじみと感動してしまった。
「あ!カレーがある!行きましょう、プランジェ」
そんな景色などお構いなしにクレシェントは屋台に突撃していった。
「豚に真珠ね…」
「ふふふっ、でもクレシェントさんらしいですね」
そうしてクレシェントは正門を潜ってから五分も経たない内に手にいっぱいの食べ物を買って頬張った。中身は殆どお祭りで売っているものと同じで、プランジェは小豆と生クリームのクレープを口にしていた。お金はどうやらクレシェントが支払ったようだった。
「美味しいね、プランジェ」
「はい、クレシェント様」
その山ほどあった食べ物を五分も経たない内に平らげると、クレシェントは更に鼻を効かせた。香ばしい醤油の匂いがクレシェントの食欲を刺激すると、まだクレープを食べ終わっていないプランジェを置いてふらふらとその場所に向かっていった。
「紫薇の教室ってどこにあるの?羽月」
「えーと、確か紫薇くんに貰ったパンフレットによると…」
そういって羽月はバッグから黄色い用紙を取り出した。
「校舎の二階にあるみたいですね」
「何やってるんだっけ?」
「カラオケ大会だそうです」
「ふーん、カラオケねえ…」
ジブラルはつい最近に起きた惨劇を思い返してぶるぶると体を震わせた。
「どうかしました?」
「ううん、何でもないの。ちょっとクレシェントの奴がね…って、あ」
ふらふらとほっつき歩いているクレシェントの傍に長い茶髪の女子生徒が近付いていた。二人とも他所を向いていて、このままだとぶつかりそうなのをジブラルは声を上げて止めようとしたが、その前に二人の肩はぶつかってしまった。
「わわっ!」
その女子生徒の力が思っていた以上に強かったのか、クレシェントはその衝撃でバランスを崩して転びそうになった。それをその生徒ががっしりと腕を掴んで止めてみせるとクレシェントはとても強い力だなあと思い、顔を見上げると思わず息が零れてしまいそうなほど綺麗な顔立ちを目にした。
「綺麗な人…」
やや目付きはきついものの、ぴんと伸びたまつ毛は麗しく、中でも目尻の部分は狂おしいほど妖艶だった。アイシャドウは目の全体に塗られ、肌はまっさらに透き通り、薄く塗られた白粉がその生徒の美しさを引き立てていた。唇は小さめでふっくらと、とても汚い言葉や暴言を口に出来そうになかった。
「…ちっ、どこを見て歩いてる。相変わらず間が抜けた女だな、お前は」
しかしその生徒の口から出た言葉は皆目デリカシーのないものだった。
その罵詈雑言、歯に衣を着せない言い方、酷く目付きの悪い顔、そしてクレシェントはその匂いを誰よりも知っていた。
「…し、紫薇?」
「だったら何だ?お前の目は節穴か?」
ふんと邪魔そうに肩にかかった髪の毛を払った。その姿にクレシェントは開いた口が塞がらなかった。すると遅れてやって来た羽月とジブラル、プランジェが心配そうに二人の様子を窺った。
「もうどこ見て歩いてんのよ。ご免なさいね、うちの子ちょっと間が抜けてるから…ってクレシェント、どんな顔してんのよ」
「どこかご気分でも悪くされましたか?クレシェント様」
あんぐりと口を空けているクレシェントを二人は不思議そうに眺めたが、次の羽月の一言で二人は耳を疑った。
「あら?紫薇くんじゃないですか」
「ちょっと羽月、何を言ってんのよ。これが紫薇な訳…」
「その俺で悪かったな」
その女子生徒から聞き慣れた言葉を耳にすると、ジブラルとプランジェはクレシェントと同じように固まり、あんぐりと口を開けた。
「見世物じゃないんだ、じろじろと見るな」
「ちょ、ちょっと紫薇!良く見せなさい!」
三人はそれが紫薇だと理解すると、まるで子猫を見付けたかのようにきゃあきゃあ騒ぎながら紫薇の体を弄くった。紫薇は怪訝な顔をしながら揉みくちゃにされ、終いには羽月が記念写真を撮り出して嫌な顔をした。
出来上がった一枚の画像。そこには目付きの悪い女学生を取り囲む異界の人間が楽しそうに平和の願いを指で表わしていた。紫薇はその写真を見て更に眉を曲げ、三人はそれぞれの携帯に写真を送ってあははと笑った。
「それで紫薇子はなんでそんな格好してるのよ?」
ジブラルはにやにやと紫薇の格好を見ながらいった。紫薇の格好は新光学園のセーラー服を着て、手にはプラカードを持っていた。
「…その名前は止めろ。クラスの馬鹿共が面白がって歯止めが効かなくなったんだ。まったく、何が良く似合うだ。股の感触が気持ち悪いんだよ。鬘も蒸れるし」
「しかし存外、化粧を施せば女に見えるものなのだな」
「うん、ずっとそのままで居たら?」
意地悪そうな顔をする二人に紫薇が一睨みすると、二人はきゃあきゃあいいながら羽月の背中に逃げた。紫薇は羽月と目が合うとすぐに顔の緊張を解いた。
「家に帰ったら紫薇くんの新しい衣装でも作ってあげますね」
「羽月さん…」
「ふふっ、冗談ですよ。でもちょっとだけ試してみたいなー、なんて」
「羽月さん…!」
珍しく顔を真っ赤にして紫薇は叫んだ。
「(…やはりこの手は使える)」
「(ほんと羽月さんには弱いのね…。意外と尻に引かれるタイプ?)」
「それでカラオケ大会の盛況はどうなのよ?がらがら?」
「思っていたよりは集客は多い。ただもう少し人目が欲しいところだがな、欲を言えば。ああ、折角だ。お前らも唄いに来い」
そういって紫薇は懐からチケットを出した。ペンで書かれた安っぽいものだったが、書き手の一生懸命さが伝わった。
「…チケット、三枚で良いわ」
その内の一枚をジブラルは紫薇に返した。
「なんだ?歌は苦手か?」
「私じゃなくてクレシェントがね。…良い?絶対に唄わせちゃ駄目よ」
「あ、ああ…」
きっ、と目に力を入れるジブラルの顔には焦りと底知れない恐怖が映った。
「あとで私の美声を聞かせてあげるわ。楽しみにしてなさい」
「まあ、期待しないで待ってるよ」
それから紫薇は四人と別れて学校のあちこちを歩いて回った。その途中で何人かの一般人に声をかけられたが、正体をばらしていちいち反応を窺うのも億劫なので無言でチケットだけを渡し、さっさと別の場所に向かった。
「…やたらと男に声をかけられるな」
用意しておいたチケットの残り数が一枚を切ると、紫薇は一先ず教室に戻ることにした。
教室に戻る途中に紫薇は何度か同じクラスの人間に出会うと軽い挨拶をして、ちょっとした世間話をしたりした。紫薇は自分でも驚いていた。その行為は全て自分から行なっていたのだ。それは昔と今では大きな差だった。紫薇は何だかそのことが無性に嬉しくて、少しだけ目尻を柔らかくさせながら足を動かした。流石にスキップなんて出来なかったが、それでも紫薇の足取りは軽かった。だがその足取りは急激に、間隙に止まることになる。教室で待っていたのは紫薇にとって全てをぶち壊しにしてしまうようなものだった。
教室では次の公演の為の準備が行なわれていたが、何故かやたらと騒がしかった。何か馬鹿騒ぎでもしているのかと教室を覗いてみると、紫薇は愕然とした。学生に囲まれながら談笑する見知った顔。いや、一度でさえ忘れたことのない男の顔がそこにはあった。
「あの野郎…」
生徒に囲まれていたのは紫薇の父親である霜哉だった。何故?そんな疑問の前に紫薇の頭の血管が数本、音を立てて千切れた。
「絵導!あの人、お前のお父さん何だって?格好いいよなー!」
紫薇が食ってかかろうとした矢先、数人の生徒が紫薇に近付いてその初動を止めた。流石に生徒の前で怒り狂った姿を見せる訳にもいかず、紫薇は暴れたい気持ちを必死に抑えて平静を装った。
「めっちゃイケメンじゃん!あんなお父さんだったら良いなあ…」
「ホントねー。あたしの親父なんて脂ぎったオッサンだもん。絵導が羨ましい」
「そりゃ言い過ぎだよ。自分のお父さんなんだからもっと敬意を払いなさい」
爽やかな笑顔を振り撒きながら霜哉はいった。紫薇はまたその笑顔を目にすると手に食い込んだ爪を更に深く刺した。
「先生や家族、年上の方々を敬うことが日本人のあるべき姿であり、美徳だ。それを忘れてはいけないよ?なあ、紫薇」
紫薇はただ黙っていることしか出来なかった。少しでも口が開いてしまえば溜まっている怒りが飛び出てしまう。それをわかっているのか霜哉は不適に笑った。
「おやおや、俺の可愛い娘はどうやら膨れっ面のようだ」
「え?息子じゃなくて?」
「あれ?娘って言ってなかったっけ?」
そういうと生徒達はげらげら笑い出した。
「…さて、俺は怒られる前に退散しようかな。ああ、そうだ。少なくて申し訳ないんだが、これで皆に飲み物でも買ってやってくれ」
財布から一万円を取り出すと、傍にいた女子生徒に手渡した。
「良いんですか?」
「マジ惚れるー!」
「本当だったら持って来てあげたいところなんだが…なにぶんもう年でね、重たいものが持てないんだ。…君たちのクラスが優勝できることを祈ってるよ。それじゃあな、紫薇。しっかりやれよ」
最後に紫薇の頭に手を乗せると、霜哉は生徒たちの歓声を背中に浴びながら教室から出ていった。紫薇の奥歯は既に力を入れ過ぎて血が滲み、頭は怒りでパンク寸前だった。そんな紫薇を他所に生徒たちは次々と紫薇に寄ってそれぞれの感動を紫薇にぶちまけていった。あんなお父さんが欲しいだの、羨ましいだのと様々な言葉が紫薇の耳を掻き乱し、最後に紫薇はふっと笑ってその場をやり過ごすと、一枚のチケットを懐に入れたまま教室から出ていった。
蟻のように蔓延る人の波の中を霜哉は一人で歩いていた。ついさっき目にした怒りを必死に押し殺す紫薇の顔が脳裏を過ぎると、少しやり過ぎたかなと口角を緩めてしまった。するといつの間にか一人の生徒が霜哉の傍をぴったりと付いて歩き始めた。中性的な顔立ちをした眼鏡をかけた男子生徒だった。
「随分と悪い顔をする人だ。そんなに人を踏みにじるのが楽しいかい?」
霜哉は目線だけをその人物に向けるとまた前を向いた。
「いや、あれがどんな行動を取るのか見てみたかっただけさ。結果は期待していたものと違ったがね」
「悪い人だ」
そういうと氷見村はふふっと笑った。
「それよりも公的な場所での接触は避けろ言った筈だが?キジュベド」
「公的な場所でその名前を呼んで頂きたくないと申し上げた筈ですが?霜哉」
二人の視線が絡まる。その瞳の中には静かな闘気が込められていた。だがその気迫はふとした拍子に途切れ、二人は息を噴き出した。
「お前のそういうところが気に入っているよ」
「私は貴方のそういうところが恐ろしい」
氷見村は再び何か含みのある笑みを浮かながら人ごみの中に溶け込んでいった。
「恐ろしい、か…さて何を企んでいるのやら…」
歪んだ顔を隠すように紫薇は一人、屋上にやって来ていた。学園祭のときには屋上は閉鎖されているが、紫薇は抜け道を知っていた。風紀委員の部室から窓を潜った所に小さなベランダがあって、そこに屋上に繋がる階段があるのだ。
じっと顔を俯いたまま体育座りをして目を閉じている。辺りから聞こえる歓声や音楽が今ではうっとおしい。あれほど楽しい気持ちであったのに、今の紫薇の心境はぐちゃぐちゃになってしまっていた。このまま学園祭が終わるまでこうしていようか、なんて考えていると、ふと誰かの足音を耳にした。
紫薇はもう誰が傍にいても構いやしない、そう思って体を縮めるとその足音は紫薇の目の前で止まった。
「…紫薇」
間の抜けたような、それでいて少し年上の色気がある声色。紫薇はその声に反応すつつもりはなかったが、自然と体は前を向いていた。
じろりと目付きの悪い目が膝の上に浮かぶ。その目を見るとクレシェントは少し困った顔をして笑った。
「どうしたの?こんなところで」
「…放っとけ」
紫薇はけっと吐き捨てるようにいった。
「ふふ、紫薇パンツ見えてるよ」
スカートの裾から下着が見えていたのか、クレシェントが笑うと紫薇は少しやり辛そうに裾を引っ張った。
「…なんでお前がここにいる?」
「実はね、皆と逸れちゃったのよ。そうしたら途中で紫薇の匂いがしたから、その匂いを辿ってみたの。そうしたら屋上に続いているでしょう?何かあったのかなって…やっぱり何かあったのね。誰かと喧嘩でもしたの?」
しょ気ている理由を見透かされ、紫薇は無言で上げていた頭を下げた。すると急に体は横に崩れ、紫薇は柔らかい感触を体全体で感じた。まるで泣いている子供をあやす母親のようにクレシェントは紫薇を抱き寄せていた。
紫薇は止せと体を引き離そうとしたが、不思議とクレシェントの匂いが鼻をくすぐると体を任せてしまった。何故か紫薇はクレシェントの匂いがどうも嫌いになれなかった。それどころかその身を寄せていると心底安心してしまう。それが親の愛情に欠けてしまったせいなのか、単にクレシェントの色香なのかは紫薇にはわからなかったが、自然と心の動揺は治まっていった。
「こんなこと…羽月さんに怒られちゃうかな…」
「…お前、知ってたのか」
紫薇ははっとして顔を見上げると体を離した。
「あ、いや…ジブラルにちょっと、ね…」
実は二人が口付けを交わしていたところを見てしまったなどとは口が裂けてもいえなかった。クレシェントは動揺しつつも笑って誤魔化した。
「…ジブラルの部屋に住み着いたのも、それが原因か」
クレシェントは何もいえなかった。紫薇はその沈黙が答えなのだろうと知ると、静かにクレシェントから離れ、うっとおしそうに髪の毛を払った。
「…悪かったな、余計な気遣いさせて」
「ううん、私が勝手にやったことだから」
「…済まない」
そういって頭を深々と下げる紫薇にクレシェントは驚いた。紫薇が誰かに頭を下げることもそうだが、本当に自分のことを考えて頭を下げてくれたことに、クレシェントは嬉しさを感じた。しかしそれは同時に、何だか自分と紫薇との間に相容れない壁を作られたようで寂しくもあった。
「変わったね、紫薇」
「何がだ?」
「…ううん、何でもないの。羽月さんとは上手くいってるの?」
「さあ、普通の度合いがわからん。誰かと付き合ったこともないしな。お前はどうだ?新しい仕事先で良い相手でも見付かったか?」
やっぱり何も変わっていないかもとクレシェントはむっとした。
「何か気に触ったか?」
「…別に」
急に機嫌を損ねたクレシェントに紫薇は首を傾げた。
「何だか前もこんな風なことがあったな…」
「…そうね」
そのときのことを思い出したのか、更に機嫌を悪くして腕を組むクレシェントに紫薇は困ってしまった。
「ああ、そうだ」
紫薇は懐に仕舞って置いた一枚のチケットを思い出すとそれを取り出した。
「折角だ、お前の歌…聞かせてくれないか?」
「え?」
「この世界の美意識に毒された女が、どんな歌を唄うのか…非常に興味がある。それにさっきのお返しもしたいしな、貰ってくれると嬉しいんだが」
「紫薇は…私の歌、聴きたい?」
クレシェントは一瞥しながら紫薇の顔を伺った。
「まあな」
そういうとクレシェントはあーあと溜め息を吐いて観念したようにそのチケットを受け取った。
「じゃあ、一曲だけね」
「清聴させて貰うよ」
肩を竦めながら紫薇は少しだけ口角を緩めた。
紫薇は先に屋上の階段に進んでいった。クレシェントは紫薇の姿が視界からいなくなると、
「…惚れた方が負けなのね」
手書きのチケットを指でなぞった。
「もー、あの馬鹿はどこにいるのよ…」
喫煙場所でメンソールの煙草を蒸かしながらジブラルは舌打ちをした。
クレシェントと出かけると、毎度のことながらジブラルは泡を食わされていた。初めて野球場に出かけたときも一人だけドームの中で迷子になって児童迷子センターで見付けたり、たまには美味しいものでも食べに行こうと、夜香街に出かけたときもふらふらどこかに歩いていってナンパされているのを助けてやったりした。
「クレシェントの体に発信機でも埋め込んでやろうかしら」
ふうと煙を吐くと少しは気が落ち着いた。すると遠目からプランジェがこっちに向かって手を振っているのに気が付いた。やっと見付かったのねとジブラルは煙草を消し、軽く香水を振り撒いてからプランジェに近付いていった。
「見付かったの?」
「ああ、それよりもジブラル、すぐに紫薇の教室に向かうぞ。これからクレシェント様が唄われるのだ」
その一言を聞いてジブラルはあのときに味わった戦慄を思い出した。
「…マジ?」
「綾は教室でビデオの準備をしている…って、うわっ!」
ジブラルはプランジェの小さな体を抱えると即座に走り出した。顔は真っ青になりながら死に物狂いで急いでいる。その只ならぬジブラルの形相にプランジェはしどろもどろになりながら聞いた。
「ど、どうしたのだ?」
「駄目なのよ…クレシェントの奴に唄わせたら…!」
しかし既に教室ではクレシェントの出番が近付いてしまっていた。
「クレシェントが私の仕事をたまに手伝ってることは知ってるわね?」
人ごみを懸命に掻き分けながらいった。
「あ、ああ…不本意だがお金の為に仕方がないと…だがそれが何だ?」
「出禁になってんのよ、今…!その理由はね、クレシェントにマイクを持たせたからなのよ!私は過去に三度だけ死にかけたことがあったわ。一つは初めてメディストアと喧嘩したとき、二つ目はデラに殺されそうになったとき、最後は…」
そうして教室に辿り着いた頃、クレシェントの手には既にマイクが握られてしまっていた。
「クレシェントの歌を聴いたとき…」
テレビの音から前奏が流れ、手に持っていたマイクの先がクレシェントの唇に近付けられる。審査の人間や観客の目がクレシェントに向けられた。その中には紫薇や羽月もいて、羽月は携帯でクレシェントを撮っていた。
某月、某キャバクラ店で建物が半壊する事件があった。原因は正体不明の超音波による圧壊、及びその衝撃によっての連続崩壊。死傷者こそいないものの、建物の被害は著しいものだった。クレシェントはその日から店をクビになった。
まず始めにあらゆるガラス類が吹き飛んだ。卯月がかけていた眼鏡は弾け飛び、羽月の持っていた携帯の液晶は中の液を噴出しながら壊れ、教室の窓ガラスは爆発物を使ったように粉々になっていった。次いであらゆる建物に亀裂が入り、辺りの人間は泡を吹いて倒れていった。そうしてぺんぺんぐさも生えなくなったとさ。
「良い歌じゃないか」
しみじみと紫薇だけはその歌を目を閉じながら聞き入った。
「これは…ローレライの歌!?馬鹿な…あれはとうの昔に滅んだ筈…」
霜哉は学校から離れていたが、破壊の歌声は十里先まで響いていた。
「なんだ!?急に魂が増えたぞ…!どこぞで大量絶滅でもあったか?」
アシェラルはこのときだけやって来た魂をもとの体に戻してやった。
ぱちぱちとたった一人の拍手が鳴ると、クレシェントは嬉しそうに笑った。が、紫薇以外に誰もその笑顔を見れる者はいなかった。
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