小潮小学校 弐
六時半を過ぎた頃、空の地平線に近いところが明るくなってきた。待ちに待った日の出である。三階の教室の一つの窓から空を見ていた凛々は「来た来た」と呟いた。
日の出前の根源探しは効率が悪いので、各自持ち場で準備をした後は、いつも日の出待ちをさせている。凛々がお邪魔していた教室は連絡係の面々が状況把握や情報共有を行うために滞在する教室だ。それぞれ本を読んだり仮眠を取ったり校内地図を眺めたりと自由に過ごしていた連絡係たちは、凛々の呟きをその良すぎる耳で拾うと、慌てて身なりを整えて姿勢を正す。
「紅葉(もみじ)、開始の合図頼む」
いびきをかいて寝ていたのを自分の部下に叩き起こされたにも関わらず 、諦め悪く二度寝を試みていた鳥の巣頭を叩いて指示を出す。この鳥の巣が連絡係のトップなのも凛々がリーダーなのと同じくらい重大な人事ミスである。
「……あい〜、リンリン、らじゃーなのです」
欠伸をしながら起き上がると、開いているか開いていないのか分からない目でお気に入りの懐中時計を確認すると、自分で首を絞めるように喉に右手を当て、『六時三十八分。予定通り日の出確認。根源探し開始』と言った……のだと思う。実際には紅葉の口から音は発せられておらず、代わりに頭の中から紅葉の声がした。
紅葉は百人くらいまで同時に自分の声を送ることができる。この百人は試した最大人数であって、実際は何人まで可能なのかは不明だ。しかし、送る相手は紅葉が認識している必要があるらしく、紅葉は人を覚えるのが得意ではないと言っていたので、おそらく限界の人数だろう。
すごい能力であるが、そのすごい能力の持ち主である紅葉はむせていた。部下に背中をさすられている。
「……その能力って本当に首を絞めないとできないの?」
「……ごほっ。リンリンッ……えほ! びぶんの力がッ……リスク低いからって……げほげほ! 僕のことを疑うのッ?」
組織内では有名だが、凛々と紅葉の仲は良いとは言えない。まず親しくもない年上にリンリンとかいうあだ名をつけて平然と呼んでいる段階で、凛々と合うはずもなかった。凛々はそんな紅葉のことを狸臭いとよく言っていて、紅葉もそのことを知っているはずなのだが、紅葉に態度を変える気はないようだった。
四歳下の紅葉とだなんて大人気ないと言われても、凛々には紅葉が胡散臭く見えて仕方がなかった。紅葉への不信感を完全に隠せるほど、凛々は成熟していなかった。二十三歳はそこまで大人とは言えず、凛々はまだまだ青く尖っていた。
「何で何にも言わないのさ……。ここからはうたた寝もしないから、そんなに怒らないでよ、リンリン〜」
紅葉は不貞腐れたと思ったら凄い勢いで立ち上がり凛々に抱きついてこようとした。凛々はさっと後ろに体を引き、その攻撃をかわした。
空気を抱いた紅葉を見ないようにしている部下たちを見て、連絡係はこのような状態で大丈夫なのかと少し心配に思った。もっとも自分に与えられた役目以外のことに首を突っ込むほど、凛々はお人好しではなかったし、そんな余裕もないので颯希にアイコンタクトをし、教室を出る。
「私たちが出たらこの教室は結界を張るのを忘れないように」
ドアを閉める直前に思い出した指示を残して、凛々も根源探しに向かうことにした。校内地図を見るがこんな紙切れを見たところで何も分からない。
「……颯希、どこに行きたい? 母校だし案内してあげるよ、もうほとんど覚えていないけど」
「どこも行きたくありませんが、この学校にも物知りな彼女はいるんじゃないでしょうか? 在学中に彼女の話、聞きませんでした?」
そう言われて凛々は思い出した。日本全国ほとんどの学校のトイレに存在する怪異のことを。
「花子さんか……。ここの学校にも居るとは思う……。ただ結構あやふやな情報だったと思うから今も同じかは分からない」
「記憶している範囲で構いません。何階の何番目の個室ですか?」
「何階とかは特になくて、確か女子トイレの入り口から3番目の個室だった気がする。どこのトイレでも出るパターンじゃないかな? ここの三階の女子トイレでやってみよう」
十二年前は、明確には分かっていない〈パワースポットが異様に増えた日〉よりも前であり、その時には学校に居たトイレの花子さんであれば根源に関することを知っているかもしれない。凛々たちは花子さんを訪ねることにした。おそらく歓迎されないだろうが。
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