第29話
そして俺たちは、儀式の間から居間へ場所を移して話を再開する。
クァモも寝かせたままというのも見目が悪いので、拘束した状態を保ちつつ一人用のソファーへと座らせてある。
そしてその正面のソファーに腰掛けるパルナと婆さん。俺は立ったまま待機だ。
「貴様らは本当に戦争をするつもりか? 正気か? 貴様ら三人だけで俺たちの国とか?」
パルナや婆さんに嘲るような目を向けながら、クァモがあらためてそれを問う。
まあこいつじゃなくても、その疑問は誰もが持つことだろう。常識的に考えれば無謀がすぎる。なにしろたった三人で国家と戦おうと言っているのだ。
しかしそれを煽られても、もはやパルナが怯むことはない。
「はい。私はあなた達の国と戦争をして、勝ちます」
何度でも、同じように、揺るぎない態度でそれを言い切る。
最初は笑っていたクァモだったが、あまりにパルナの態度がぶれないので、さすがに疑念が湧いてきたらしい。
「はっ、いったいどうやってだ? 貴様らは三人だぞ、三人。それに対して俺たちの国は強力な魔力を持った精鋭の軍隊をいくらでも投入できるんだぞ! 勝ち目があるわけがない!」
ごもっともな意見だ。
そしてそういう専門的な話になるなら、パルナではなく俺の出番となる。
「ほう、ならばなぜ君の国は、その軍隊ではなく烏丸などというこちらの国の人間を使って戦おうというんだ?」
横から話に割って入り、わざと挑発的にそこを突いてみる。
こいつがどこまでそのあたりの実態を知っているのかは怪しいものだが、なにかしらボロを出してくれればいいという当たりくじ感覚のようなものだ。
「ふん、知るか。あの異世界人がさぞかし上手く取り入ったんだろうよ。そもそも最初から三栄鳥イェーグア家の嫡子であるこのクァモ様に全権を与えて攻めさせればよかったんだ。そうすれば今頃は俺と貴様らの立場は逆だっただろうよ」
「だが現実はその異世界人である烏丸がすべてを任され、君は独断専行でこちらに攻めてきた挙げ句無様な敗北を喫したわけだ」
「貴様ッ!!」
俺の安っぽい挑発にもあっさり引っかかり、縛られたままクァモが身をよじらせてわめき散らす。
こいつは確かに能力というか魔力は高いが、やはり性格に難がありすぎる。
もしこいつがいうように指揮官がこいつだったら、この『戦争』もどれだけ楽だったことだろうか。
「で、君よりもその異世界人に全権を与えたのはいったいどんな人物だ? 君らの国のさぞかしお偉い人物なんだろうな」
「ふん、トゥカ将軍のことか。あの男は確かに権力はあるがそう大した人物ではないぞ。そもそも、この三栄鳥イェーグア家の嫡子、クァモ様を抜擢することもできず、異世界の魔法使いにそそのかされてしまっているくらいなのだからな」
クァモの言い分の信用度はともかく、そのトゥカ将軍という人物が一連の黒幕であるのは間違いなさそうだ。そしてそれを裏付ける言葉がどんどんとクァモから出てくる。
「そもそも今回の魔法王国への侵攻にしても、あの男が権力基盤を固めようと目論んだのが始まりだからな。元々は奴の言葉を信じたからこそ、イェーグア家は兵を用意したのだ」
どうやら思っていた以上に、このクァモとイェーグア家がパルナの故郷の壊滅に直接関与していたらしい。
クァモの言葉を聞きながら、俺は横目でパルナの様子を窺う。
彼女は強く手を握り締め、感情をこらえているようである。
「なるほど、話はわかった」
なにも言えないパルナに代わって、さらに俺が話を進めていく。
「つまり君をここで殺して、その死骸をトゥカとかいう将軍に送りつけてやればいいわけだな」
「いや待て、そうではない。なにを聞いていたのだ、主犯はトゥカ将軍と言っただろうが! そもそも国としては揉め事を避けたがっていたし、最初は俺は侵攻に反対したのだのだぞ! 全てはトゥカ将軍の独断だったのだ!」
つい先程まで自分が口にしていたこともひっくり返して弁明するクァモに呆れつつも、あえて泳がせる。
敵を絞るのは、パルナの感情の面にとっても、『戦争』を遂行していくためにも重要なことだ。
「そうか、君の言い分はよく理解した。では、そのトゥカ将軍とやらの話をもう少し聞かせてもらおうじゃないか。感謝したまえよ、君を三栄鳥イェーグア家の嫡子と見込んでのことだからな」
こいつの言葉がどこまで当てになるのかはわからないが、こちらはなにもわからないのだ、情報は少しでも欲しいところである。
「師匠、こんな奴のいうことがあてになるんですか?」
訝しげなパルナに対して微笑みかけ、そしてあらためてクァモに向き直ってそいつには挑発の笑みを向ける。
「なに、ここで嘘をついてしまえば、それはさんざん主張してきた『三栄鳥イェーグア家』の名に自ら泥を塗りたくるようなものだからね。意地でも本当のことしか言うまいさ。そうだろう、三栄鳥イェーグア家の嫡子、クァモ殿」
もちろん、こいつが嘘をつくつもりがなくても、大した知識もなければロクな情報は入ってこないし、こいつ自身の情報が間違っている可能性もそれなりにありそうではあるのだが、それでも無よりはいくらか有益だ。
「ふん、少しは認める気になったか。殊勲な心がけだ。それで、いったい何が聞きたいんだ?」
たったそれだけの言葉で自尊心が満たされたのか、クァモは縛られたままであるにも関わらず、上機嫌にふんぞり返って俺を見る。まあ、単純なのは使いやすくていいことだ。
「まあ、聞きたいことはいくつもあるが、いちばん重要なのは、そのトゥカ将軍とやらが君たちの国の権力序列でどれくらいの順位にいるのかということだな。戦争をしでかす前に、誰かそいつを止めようという勢力はいなかったのか?」
戦争に終止符を打つために必要なのが国そのものを討つことなのか、それとも何かしらのわかりやすい象徴があるのかというのは、今後を考えるととても重要なことになる。実際、話を聞く限り、今回の侵攻は先走った輩が強引に始めてしまったものという印象が強くなってきている。
「もちろんいたさ。トゥカ将軍は軍部を掌握してのし上がってきた成り上がりものだからな。中枢の連中はあまりいい顔をしていないだろうよ。だからこそ、我らがイェーグア家に頼る形でなんとか戦力を整え、結果で持って他の勢力を黙らせようとしたわけだ。そしてそれもほぼ上手く行ったんだ。そこの亡国のプリンセス様を取り逃してしまったこと以外はな」
クァモの言葉であちらさんがパルナに執着する理由も合点がいった。
ようするに、そのトゥカ将軍とやらは他のお歴々に示すための、自分の勝利の象徴をご所望なのだ。そういう意味でも、魔法王国の王女であるパルナを捕まえ損なったのは致命的なミスといってもいい。
もしそれがきっかけで勝利が消え失せ、これから泥沼の戦争が続くことになってしまえば、強引に戦端を開いたトゥカ将軍の責任は極めて重大になるし、そういう事情がある以上、パルナの件は公にすることもできないだろう。トゥカ将軍としては勝利したとシラを切り続けるしかない。
その結果、パルナの捜索に正規軍のような大掛かりな戦力を割くことは不可能となり、烏丸などというどこの馬の骨かもわからない異世界人に頼らざる得なくなったのだ。
「なるほど、それで君も亡国のプリンセスを先に捕らえてトゥカ将軍に対して優位を得ようとこの世界に馳せ参じたわけか」
俺がそう尋ねてやると、クァモはなにも答えずただ鼻を鳴らしただけだった。
そうしてしばらく黙っていたが、やがて自分の立場に対する不満を思い出したのか、再びこちらを睨みつけ、減らず口を吐き出し始めた。
「さあ、俺は話すべきことは話したぞ。さっさとこの三栄鳥イェーグア家の嫡子であるクァモ様を開放しろ」
喚き散らすクァモ。
まあ、これ以上縛り付けておいてもうるさいだけだし、こちらとしてももうこいつの役目は終わったのであとはどこにいってもらっても構わないというのが正直なところだ。ただ......。
「そうだな、こっちにはいつまでも捕虜を飼っておくような余裕もないし、君には本国に帰ってもらうことになるだろう。だがその前に、一つやっておくことがある」
そうして俺は居間の奥に置かれた棚から箱を出し、さらにそこからいかにも意味深に一枚の御札を取り出す。
一挙手一投足を見逃すまいと、クァモの視線がこちらに集中するのを感じる。
そうだ、それでいい。これからすることを考えれば、俺の動きに注目してもらったほうがいい。
「なんのつもりだ……」
「君たちの世界ではどうか知らないが、俺たちの国では『
クァモの言葉に答えるわけでもなく、俺はただ、その札を見せながら淡々とその呪いについて説明をしていく。
俺の言葉をどう聞いたのかはわからないが、クァモの態度が強ばるのが見て取れた。脅しの効果は充分期待できるということだ。
「変に逆恨みをされても困るからな。本国に返す前に君にはここで少しばかりその『呪い』をかけせさせてもらうことにする。まあ、これもここへ攻め入ったことへの報復みたいなものだ。悪く思うなよ」
俺が霊気を込めると、札は薄く青白い光を帯びる。
そしてその札を、ゆっくりとクァモへと近づけていく。
「お、おいやめろ、三栄鳥イェーグア家の嫡子のクァモ様に呪いをかけるなど、それがどんな無礼なことかわかっているのか!? 貴様らの意見ならしっかり伝える、栄鳥イェーグア家から口添えしてやってもいい。トゥカ将軍だって俺の力で抑え込んでやろう。だからそんな、愚かな真似をするのはよせ……!」
しかしそんな訴えに耳を貸すことなく、俺はその札をクァモの額に押し当てる。
その瞬間、札は何かが焼き切れるような音を残し、そのままクァモに染み込むようにその場から消失する。
「ウガガアアアァァァ!!!」
それを目の前で見せられたクァモの口から、恐怖を絞り上げたような声が上がった。部屋中に絶叫が響き、それに合わせてクァモの身体が大きく震えている。
それが終わった時には、クァモは白目を剥いて気を失ってしまっていた。
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