第28話

「う、うう、ここは……」

「よう、目が覚めたか、お客様」

 目を開けた時すぐに視界に入るように、俺はかがみ込んでクァモの顔を見ていた。

 この光源の少ない儀式の間なら、さぞかし不気味に映ることだろう。まあ、こいつらの目がどのような見え方をするのか、俺はなにも知らないが。

「き、貴様……!」

 俺に気付いてクァモが起き上がろうとするが、ロープを抜けることは出来ず、ただその場で身をよじらせるだけとなった。

「俺が誰だかわかっているのか!? 三栄鳥イェーグア家の嫡子、クァモ様だぞ! このような無礼、許されると思っているのか!」

 起きた途端にこのわめきようである。やはり口も塞いでおくべきだったか。

「まったく、五月蝿い鳥だね」

 そう思っていたら、婆さんが容赦なく転がったクァモの脛を強く蹴り飛ばした。

 鳴き声のような悲鳴のような、声にならない声が上がる。

「カモだかアヒルだか知らないけど、今のアンタは生殺与奪の権を奪われた哀れな存在ってことを少しは自覚したほうがいいよ。生きてるってことは、殺すことも、殺す手前までこっちで好きなように調節することもできるってわけだからね」

 婆さんはしれっと恐ろしいことを言う。

 こういう時、長きに渡って葛城家を名家として支え続けてきたこの老人はやはりくぐり抜けてきたものが違うと思い知る。

 薄暗い儀式の間の状況と相成って、その姿は魔女か何かに見えてしまいそうだ。

「ま、待て、話をしようじゃないか。三栄鳥イェーグア家の嫡子であるこのクァモ様の力があれば、貴様らの言い分を本国に通すことだって難しくないはずだ。どうだ、悪い話ではないだろう?」

 流石に己の立場を悟ったらしく、その言葉も随分と下手に出たものになっている。

 もっとも、相変わらずその態度はデカイままであったが。

 しかしクァモはそう言ったものの、俺はこいつの言葉をほとんど信用していなかった。元々こいつがなにも考えていない口先だけの輩であるという気配も感じているのだが、それ以上に、こいつがなにを言ったところであの烏丸を止められるとは思えなかったからだ。

「ほう、それはまた大きく出たね。で、パルナ、こいつはこんな事を言っているけど、アンタはどうしたいんだい?」

 婆さんは少しだけ口元を歪めながら、まさにこの話の当事者であるパルナに話を振った。

 一方のパルナはずっとなにかを考えていたようで、話を振られたあともしばらく黙考していた。

 当然、思うところは色々あるのだろう。

 なにかしら助け舟を出そうとも思ったが、そんな俺を制するように婆さんが鋭い視線をこちらに向けた。

 あくまでこれは、パルナがパルナ自身で答えを出すべきということ。

 長年に渡って葛城家の主として君臨し、あらゆる修羅場をくぐり抜けてきた葛城キンだからこそ、こういう場面でパルナに自分で決断することの重要さを教えようとしているのだ。

 これは葛城家の戦いである。だがその前に、やはりパルナという一人の少女の戦いなのだ。

 パルナの沈黙はその重さ。

 そしてパルナは腹をくくったらしく、その表情を限りなく真剣なものにして、ゆっくりと口を開き始めた。

「そうですね……色々あったとはいえ、この人に直接の恨みはないですし、国へ返してもいいと思います……ただ……」

 パルナはつとめて感情を乗せず、平坦な口調で言葉をその場に置いていく。だがそこから、パルナの言葉に熱が込められていく。

「あらためて言います。何度でも言います。私は、永世魔法王国ロアヴァールの王女にして、安濃津葛城家のパルナ・カツラギ・ロアヴァールです! 貴方が本国に帰るなら、それを敵に回していることをしっかりと伝えてください!」

 堂々とした態度で、パルナはそれを言い切った。

 それは正真正銘の、パルナの、パルナによるパルナのための宣戦布告だ。

「ああ? 何だそれは、敵に回しているとか、もしかして宣戦布告のつもりか? 貴様が、我々の国にか?」

「そうです。私がです。私たち葛城家がです。永世魔法王国ロアヴァールの第一王女として、パルナ・カツラギ・ロアヴァールはこの世界の葛城家へと亡命し、そこであなた方の国に対して、戦うことを宣言するのです」

 一国を代表するにふさわしい、凛とした立ち振舞いだ。

 この世界に逃げ込み、怯えていた少女が、自分の故郷を滅ぼした国の貴族相手に、ここまで力強く己の言葉を表明することが出来るようになった。

 元々の素養もあったのだろうが、その成長スピードは眼を見張るものがある。

 だがそんなパルナの宣言を聞いて、クァモはなにを思ったのか大笑いを始めた。

「ふはははは、本気ということか。これは面白い。それでこそ俺が欲しいと思った女だ……いてえ! なにすんだババア! この俺を三栄鳥イェーグア家の嫡子クァモ様だと知っての狼藉か!」

 転がされたままにも関わらず高笑いを響かせるクァモに、婆さんがもう一度蹴りを入れた。クァモは喚くが、もちろん、葛城キンはそれに対してただで済ますような人物ではない。

「黙りな、この負け鳥。ちょっと良く扱ったらすぐに調子に乗りおってからに。うちのパルナをナメたら承知しないよ。なんなら宣戦布告と一緒に、アンタをフライドチキンにしてを国に送ってやってもいいんだよ」

 半ば冗談のようなものだと思うが、この婆さんを本気で怒らせたらそれくらいはやりかねないという質感が確かにあった。

 それでもなおクァモは反抗的に婆さんを見上げていたので、さらに恐ろしい言葉が続くことになる。

「しかしパルナ、こいつを殺さなかったのは本当に偉いよ。これからこいつを国に返すまでの間、いくらでも話が聞けるんだからね」

 言いながら婆さんは祭壇の上に置かれていたハサミを手に取り、意味深に札をスパスパと切って見せる。

 ハラリと、札の切れ端が身動きの取れないクァモの上に落ちていく。

 この世界の国家間戦争では人権に基づき拷問は禁止する条約があったはずだが、クァモはこの世界の人間ではないし、そもそも人間として認められるかどうかも怪しいところである。動物愛護団体の範疇になるのだろうか。

「まあ、いつまでもこんなところで話をしていてもしょうがない。部屋に戻るよ。亮、そいつを運んでおいで」

「へいへい」

 入口を開けて、台車にクァモを放り投げる。

「貴様、三栄鳥イェーグア家の嫡子クァモ様をこんな扱いにしてただで済むと思っているのか!」

「そのまま引きずっていかれないだけありがたいと思うんだな」

 身をよじらせてあがこうとするクァモを無視して、俺は台車を押して廊下を進む。

 こいつとの話は、これからが本番だ。

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