第27話
葛城家の屋敷は、屋敷の名に恥じない程度に面積も広く、中も実に多くの部屋がある。今この屋敷に住んでいるのが俺と婆さんだけということもあり、その部屋の多くは使われることもなく置かれているのだが、今向かっている儀式の間は、その中でも特に使用頻度の少ない部屋だ。
俺もこれまでに入ったのは三回ほどだし、実際に使用されているのを見たのも二桁に乗っていないはずだ。
では、そんな儀式の間とはいったいなにをする部屋か? 文字通り、強力な術を編むための儀式を行うための部屋である。
とはいえ実際のところ、葛城家で儀式を行われるほど強力な術を使うのは稀であり、これまでに使われたのも俺の知る限り、ほとんどは今回と同じくなんらかの治癒の術を使うためだったはずだ。
あとは、その時は俺は入れてもらえなかったが、煌兄の行方を捜索するために大規模な儀式を行っていたのも記憶の片隅に残っている。
まだぼんやりとした物心だった頃のことで、物々しい雰囲気をした知らない大人たちがドカドカと大量にやって来て、両親や婆さんを励ましたり、なにか真剣な表情で相談をしたりと、屋敷全体がまるで別世界になってしまったように感じたものだ。
年齢がもう少し高くて意識と自我がハッキリしていた明兄はその状況をもう少し詳しく理解していたみたいだが、それでもあくまで子供の認識である。
当時は俺から見ても明らかに怯えていたし、後で聞いてみてもそこでなにが起こっていたのかは俺の理解と大して変わらないものだった。
後々になって思えば相当の人数を集めて強力な探索術を使ったということだったのだろうが、その結果煌兄がこの世界にいないということしかわからなかったのである。
儀式の間に入ると、その瞬間に空気が変わったのを肌で感じる。
それはパルナもしっかりと感知したらしく、一瞬身震いをしたあと、部屋全体をゆっくり、不思議そうに見回していた。
儀式の間は板張りの八畳ほどの部屋で、出入り口の特殊な紋様の掘られた扉以外は窓などは一切なく、部屋の中央に装飾のない無骨な祭壇が置かれているだけである。
「この部屋、いったいなんなのでしょうか……。魔力の流れが淀んでいて、なんだか立っているだけで溺れてしまいそうです……」
「溺れる、か。確かにいわれてみればそんな感覚だな……」
思いがけない表現に思わず指を回す。
儀式の間は普段から霊気を溜め込んでいるため、部屋の中は常に濃度の高い霊気に満たされているのだが、パルナのように霊気そのものを感じる力が強ければ強いほど、霊気のあり方にも敏感になるということなのだろう。
「さて、じゃあさっさとその鳥人間を祭壇の前まで運んでしまいな。ロープの確認ももう一回やっておきなよ」
「はいはい」
万が一身体の再生とともに意識が戻ったりした時のために、クァモの身体は術式の編まれたロープでグルグル巻きにしてある。ちなみに抱えて運ぶのは流石にしんどかったので、屋敷に入ってからは台車に乗せて運んでいる。大きい呪術具を運搬することもあるため、この屋敷は室内にもこういったものが用意されているのである。
台車からクァモの身体を下ろし、台車を部屋の外に出す。儀式の際に余計なものがあるとそれだけで不確定要素になってしまうためだ。
「えっと、私も外に出たほうがいいでしょうか?」
自分もその『余計なもの』と感じたのだろう、パルナがそんなことを尋ねるが、それは婆さんがバッサリと否定した。
「いーや、パルナ、アンタもここに残りな。もう葛城家の人間なんだし、儀式を見ておいたほうがいい。なんなら、手伝ってもらうことも出てくるかもしれないしね。立ってるものはひ孫でも使えって言うだろう?」
「言わないと思うぞ、普通はひ孫まではなかなかいないしな」
孫である俺に至ってはもはや特に断りもなく使われっぱなしである。
そうして指示を受けながら、俺は所定の位置にクァモの身体を寝かせ、祭壇の上に呪具を並べていく。
「あ、あの、師匠。私もなにかお手伝いしましょうか?」
婆さんの言葉を気にしてか、パルナがそんな声をかけてくる。
戸惑いながらもその目はキラキラしていて、ひとこと声をかけたらそのまま走り回ってしまいそうな雰囲気である。
なるほど、パルナにとってこの『お手伝い』は、葛城家の一員になるための一大イベントのようなものなのだ。
正直に言えば、複雑な手順の行程であるため今パルナに手伝ってもらえるようなことはないのだが、ここまで純粋な目を向けられてしまうと、それを無碍にするのもなにか悪い気もしてくるものだ。
「そうだな……じゃあ、クァモのロープの確認をお願いできるか?」
「はい!」
清々しい返事とともに、パルナは横たえられたクァモの元へと一目散に向かっていく。
俺が婆さんの方を横目に見ると、婆さんは少し苦笑しつつもその様子を微笑ましく見守っているようであった。
「よし、じゃあ儀式を始めるかね。亮、霊気の準備を」
「はいよ。パルナ、しっかり見ておけよ。今回はまだ早いが、次からは君の魔力も頼ることになるかもしれないからな」
そう言って俺は、用意したあった札を自分の腕やつま先へと巻いていく。
「なんですか、これは」
「これは自分の中に他人の術を入れるようにする札だ。こうやって自分自身に術をかけることで、俺の身体も呪具の一つとして扱うようにするわけだ。俺を君のあのステッキみたいなものにする感じかな」
実際のところはもっと複雑だしこの説明はわりと足りないことだらけなのだが、正直に言えば、俺もよくわかっていないから説明のしようがないというのが本当のところだ。少なくとも、今の時間で解説するのは無理がある。
パルナの方もやはりいまひとつ理解できていないようで、不思議そうに首をひねるばかりである。
「さあ、お喋りはそのへんにしておきな。そろそろ儀式をに入るよ」
婆さんの言葉に、俺もパルナも気を引き締め直して所定の位置につく。
パルナは霊気の流れを阻害せず儀式の邪魔にならない出入口の前に。
俺はクァモを挟むように婆さんと相対して立つ。
パルナが入り口を閉めると、部屋の中の明かりは祭壇の上に置かれた小さなライトの光だけになった。昔は熱が問題を起こすとして火は避けられ、この光にも術が使われていたのだが、LEDが出てきてからは婆さんがそれでいいと切り替えて、今祭壇の上にあるのは家電量販店のセールで買った小型のLEDライトであった。
そして婆さんが笏を手に術を口にし始める。
まずは術の下準備として現在クァモにかけられている結界術の解除である。
これがあっては術の効果も半減以下だ。婆さんが自分の術に集中しているので、これは俺の役割となる。
婆さんの術の度合いを確認しながら、解除のタイミングを見計らう。
詠唱が後半に差し掛かる。そこから数秒。
(ここだ)
解除するとその瞬間から、クァモの生命が急速に失われていくのを感じる。
だがそこに婆さんの術が完成し、霊力を注ぎ込まれたことでその身体が一気に活性化する。
「く……、ううぅ……」
くちばしからうめき声が漏れ、意識も戻ろうとしている。
そしてついに、ゆっくりとその目が開かれた。
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