第26話
結局、その後も散々魔法少女についてまくしたてまくった挙げ句、相馬翼は嵐のように葛城の屋敷を去っていった。
「翼さん、最初はクールで凛々しい人かと思ったのですが、なんだか少し意外な人でしたね……」
パルナのそんなド正直な印象の吐露を聞いて、俺も思わず頷いてしまう。
「ああ……。そこそこ長い付き合いだとは思っていたのだが、まさかあいつにあんな一面があったとはな。俺も今日初めて知ったところだ」
学生時代もそこまで趣味などに踏み込んだ話をしなかったこともあり、俺も翼の思ってもいなかった一面に正直、戸惑いを隠せずにいた。
いったいなんだったんだ、あの魔法少女のゴリ押しは。
「えっ、師匠も知らなかったんですか? 師匠と翼さんって、いったいどんな関係だったんです?」
妙な期待と不安の入り交じった目でパルナが俺を見ているが、生憎、そんな面白い関係ではない。
「まあ、ただのゼミの同期だな。少なくとも、浮いた話があった訳じゃない」
「ええー、本当にですか?」
俺の言葉を聞いても、パルナは変に食い下がってくる。
「どういう意味だよ」
「恋人とか、そういう間柄だったんじゃないんですか?」
「断じてないな、それは」
どうもおかしな態度だと思ったが、やっぱりそんな想像をしていたか。
そもそも学生時代、翼と二人で行動をしたこと自体数えるほどしかなかったはずだ。
「なーんだ、でも、翼さんなら叔母さんになってもよかったですよ」
平然とそんな事を言っているが、どれだけ気の早い話なのか。
「まあ、その話は今はいい。というかずっと脇にどけておいていい。永遠に封印しておいていい。それより、俺からも君の戦いぶりには言っておきたいことが山ほどある……、が、まず聞いておきたいことは一つだ」
俺の口調が変わったのを察して、流石にパルナもその表情が真剣になる。
そうでなくては困るし、この辺りの察しの良さはこの少女の聡明さの現れといえるところだろう。
これは、彼女にとっても、俺にとっても、これからの方針を考えていく上でとても重要なことなのだ。
ちらりと、固まったまま倒れているクァモと名乗った鳥人間を見る。
「パルナ、君はどうして、この鳥頭を殺さなかったんだ?」
あくまで冷静に、咎めるような態度が出ないように努めて、俺はゆっくりとそのことについて尋ねてみた。
憎むべき相手であったし、その態度も最悪だった。あのまま殺してしまってもおかしくなかったはずだ。
「それは……」
やはりパルナの中でもまとまっていないようで、転がるクァモと自分の掌を交互に見やりながら、掴みきれない感情を探しているようであった。
「いや、君を責めているわけではないんだ。答えを出せないのも当然だ。そんなに簡単に命を奪うことを割り切れるなら、多分、俺は必要なかっただろう」
「そ、そんなことはないです! それでも私には師匠が必要だったはずです! だって、私はなにも出来なかったんですから……」
パルナは今にもすがりつきそうな必死さで俺にそう訴えるが、その態度こそがパルナの答えでもあるような気がした。
それでもパルナ自身の力で、理由を言葉にしておく必要はある。
たとえこの後どういう判断をしていくにしても、ここで『戻ってくる場所』を作るのだ。
悩むパルナを俺はただ黙って見ているだけだ。俺から答えを用意はしないし、正直に言えば、俺だって明確な答えを持っていない。
「……私は確かに、この敵を、この敵たちの国を憎んでいます。それは間違いないです。最初は確かに……殺そうと思いました……」
一つ一つ、パルナは自分の感情に名前をつけるように言葉を選んでいく。
そこにあるのは間違いなく彼女の中の黒い心の内で、それと向き合うことは、優しく穏やかに育てられたであろうパルナにとって辛いことであるのは間違いない。
自分の中にある、目を背けたいような衝動。
だが彼女の選んだ道は、それをどうやって自分のものにするのかということなのだ。それはおそらく、パルナ自身が一番わかっているはずだ。
「だが君は、殺さなかった。きちんと力を制御した」
「はい。その前に翼さんとの話を聞いていて、ただ殺せば解決する問題でないとわかったので……。ここでもしこの敵を殺してしまえば、師匠やお婆様にも、翼さんにも、この世界にも迷惑をかけてしまう。それは、それだけは絶対にあってはいけないことだと……」
そんな言葉を絞り出して、パルナは大粒の涙をこぼす。
悔しさと、責任感と、なによりパルナ自身の根っこにある本質的な優しさが、彼女の気持ちを爆発させたのだろう。
「ああ。君は本当に頑張ったんだ……」
俺は泣きじゃくるパルナを抱きしめ、優しく包み込んでやる。
故郷を奪われた彼女は、全てを失っただけでなく、その後に残された問題も含めて全てを背負い込んでしまったのだ。
だからこそ、彼女の背負うものを少しでも軽くするために、葛城家を頼ってもらえるようにならなければいけないのだ。
「君の殺さないという判断は、あらゆる意味で正解だった。もちろん、この世界のこともあるし、俺たちに気を使ったのもわかる。だがそれ以上に、君がもし感情のままにこいつを殺してしまうところまで行ってしまったら、歯止めが効かなくなってしまうところだった」
それが、パルナの判断に対する俺の評価だ。
「殺すな、とは言わない。何度でも言うが、それだけのことをこいつらはした。君にはその権利がある。だけど、自分の意志のコントロールしきれないまま手にかけたら、そこが君のスタートラインになってしまう。それでは、必ずどこかで後悔することになる。殺すか、殺さないか、その判断をあの場でできたことが、なにより君にとって良かったことだと、俺は思う」
俺の言葉を聞きながら、パルナはまだ泣き続けていた。
本当に、こんな少女が感情に任せて敵を殺してしまわなくて本当に良かった。
それを実感すると、俺も泣きそうになってしまうが、ここはこらえどころだ。
そう思っていると、正門の方から涙も引っ込むような声が飛んできた。
「おいちょっと亮、あの正門の前の穴、いったいなにがあったんだい! またとんでもないことになっているじゃないのさ」
どうやら用事を終えた婆さんが戻ってきたらしい。
目の前の鳥頭も含めて、説明しないといけないことが山のようにあり、考えるだけでも頭が痛い。
「おかえり婆さん。あれはまあ、敵襲があったんだよ、ほら」
こちらに向かってくる婆さんに向かって、俺は足元のクァモを指し示した。
とりあえず、この迷惑な来訪者に責任を被ってもらうことにしよう。
「ああ、なるほどね。こいつがうちの可愛い孫とひ孫に酷い事をしてくれた輩というわけかい」
「わかっていると思うが、こいつが首謀者ではないからな。まあ、正門前の穴はこいつのせいだが……」
今にも転がったクァモにとどめを刺してしまいそうなオーラを出していたので、おれは念の為釘を差しておく。まだ死んでもらうわけにはいかないのだ。
「わかってるよそれくらい。で、こいつはなんで転がってるんだい?」
「死んでもらうわけにはいかないから、今は結界術で固定してあるんだよ。戦闘で大ダメージを追って、正直このまま放っておいたら長く持たないんでな。婆さんの帰りを待っていたんだ」
婆さんは陰陽師としてのキャリアも長く、得意の結界術以外の術にも様々な術を使える術師である。修行の際にはへばりそうになるたびに生命活性術のようなものを使われて、随分と鍛えられたものだ。
「ようするに、アタシにこいつを治せっていうわけだね」
「まあ、そうなる」
俺の言葉を聞いて、婆さんは心底うんざりした表情をみせたが、それはつまり、俺の言葉に同意したということでもある。
もし納得がいかなかったのなら、俺の言葉など聞く耳も持たず、無に近い表情のまま行動に移っているからだ。そう決めた時の婆さんには、一切の迷いがない。
「まったく、老人はもっと労るものだよ。まあいい、ひとまず中に入るよ。アタシの技術じゃちゃんとした下準備が必要だからね。ほら、さっさと運ぶ。儀式の間だよ」
「あの……」
移動を始めようとした時、俺の横でずっと話を聞いていたパルナが婆さんを呼び止めた。
「あ、ありがとうございます!」
そして大きな声でそう礼を言い、さらに大きく頭を下げた。
「あいつ、アンタがやったんだろ。亮の奴にはこんな力はないからね。殺さなかったのは上出来だよ」
そして婆さんは、パルナにニヤリと笑ってみせた。他人行儀のない、自分の家族を称える笑みだ。
俺の言葉なんかよりよっぽど説得力がある。
「はい! ありがとうございました!」
嬉しそうに返事をするパルナ。
そして俺たちは、屋敷の中へと戻っていくのだった。
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