第25話
その一戦を終えて俺とパルナ、それと結局まだ残っていることになった翼は、虫の息で気を失っている鳥人間を抱えて再び葛城の屋敷の庭に戻ってきていた。
「さて、いろいろと言いたいことはあるだろうが、まず私からひとつ言わせてもらっていいか?」
鳥人間の処置を終え、パルナの変身も解除し、場が落ち着いくと、話を切り出したのは翼だった。
「そういえば、パルナになにか言いたそうだったな。いったいなんだ?」
翼がいつになく真剣な表情をしているので俺も身構えてしまう。
もちろん、当事者のパルナも緊張した面持ちで言葉を待つ。
「ああ、これだけはどうしても言っておかねばならないと思ってな。……パルナ嬢よ、あの戦い方はいったいなんだ?」
翼の口から出たのは、よからぬ隠し事を見抜いた教師のような、鋭く冷たい言葉だった。
俺にはとてもそんな雰囲気は出せないが、俺の教えている塾の生徒だったら震え上がってしばらく目も合わせてくれなくなるような心が底冷えする声である。
「戦い方、ですか……、えっと、どこに問題があったのでしょうか。」
しかしパルナは流石に小学生のチビどもとは違う。恐る恐るながら小さく挙手をして、なんとかして翼の言葉に抵抗をしようという意思を示す。
実際のところその戦いぶりはそれはそれは荒削りではあったし、根本的にこれまでの戦いでの問題はそのまま残っている状態だったのは間違いない。力を調節もできずに地面を抉ってしまったのもその一端だ。
殺しまではしないように踏みとどまったものの、感情に流された戦い方になっていたのも課題であるといえるだろう。
だが、そんな風に脳内でパルナの課題の洗い出しをしていた俺の考えを無にするように、翼は静かな苛立ちとともに、その言葉を口にした。
「貴様の戦い方は、まったく魔法少女らしさがない」
「はあ!?」
声を上げたのはパルナではなく俺である。
あまりにも翼の言葉が意味不明であったため、脳内のちゃぶ台をひっくり返して声が出てしまったのだ。
「なんだ葛城亮、何を驚いている?」
「いやいやいや、それはこちらが言いたいことだからな。君こそ魔法少女とか何を言っているんだ。そもそも、魔法少女らしさってなんだ?」
俺がそう尋ねると、翼はいかにも不思議そうに首をひねってみせた。
「魔法少女らしさは魔法少女らしさだ。優雅で可愛く、軽やかに、きらめきに満ち、それでいて力強い意志を秘めた戦闘スタイル。それが魔法少女の戦い方だろう?」
いや、同意を求められても困る。
「ぜんぜんわからん」
翼と同じ日本でずっと生活してきたはずの俺ですらこれである。
パルナに至っては翼の言葉の一割も理解できていないようで、口を結んだまま申し訳無さそうに考え込んでしまっている。
もちろん、この件に関しては理解できないパルナに否があるのではなく、明らかに翼が悪い。
だが、本人にはまったく自覚がないようであった。
「なんだと葛城亮、貴様にも理解ができないというのか!?」
「ああ、まったくわからん」
そこに驚かれても俺のほうが困ってしまう。
魔法少女のアニメなどこれまでほとんど見たことがなかったし、具体的にどういうものなのかも想像もできやしない。
「貴様、キュープリを観たことがないのか!? まじマイは? 魔法少女血風録くらいは観たことあるんじゃないのか? アレは男性向け作品だったしな」
「……なんだそれは、マジで知らんぞ。こっちは君がなにを言っているのかこれっぽちもわからないんだが」
「はあ……」
俺がそう返すと、翼は巨大なため息をついて、あからさまに失望の目を俺に向けた。
「貴様、低学年相手の塾の講師だったな。よくもまあ、それで講師が務まるものだ……」
「いやいや、務まるだろ、普通に」
こいつは塾の講師をなんだと思っているのだろうか。
「ふん、どうだかな。その調子では生徒とのコミュニケーションに難がありまくるのではないか? 貴様のことだから上手くやっていると思っていたのだが、これは案外そうではないかもしれんな……」
翼は勝手に俺の失敗を想像しながら、もう一度大きなため息を吐いた。
「とにかく、貴様がその調子では、パルナ嬢に正しい魔法少女としての戦い方を教えるのはまったく期待できそうもないな。ところで貴様、動画配信サービスはなにに登録している?」
「いや、突然なんの話だ? 特にこれといって登録はしていないが、通販サイトのプレミアム会員のおまけに付いているやつはたまに使っているぞ」
なぜいきなり動画配信サービスの話になったのかわからないが、翼の眼がいつになく真剣だったので一応真面目に答えておく。俺は特に利用していないが、婆さんが時々映画なんかを観ているのは目にすることもあった。
「プライムか……。それもいいが、追加で映西アニメチャンネルに登録しろ。あそこならキュープリを全シリーズ視聴できるし、それ以外にも昔のガールス戦士系も観られるからな。まずはそこから魔法少女の勉強をするんだ」
「なんでそうなるんだ……」
翼がパルナになにをさせたいのか微妙に掴みきれない。
「魔法少女だぞ、魔法少女。魔法少女であるからには、それにふさわしい立ち振舞をしてもらいたいではないか。それになにも、これは私の願望だけで言っているわけではないぞ」
「そうなのか?」
明らかに個人的趣味の押しつけでしかないと思っていたが。
「今のパルナ嬢に足りないのは、絶対的な余裕だからな。魔法少女の戦い方を見て、学び、それを参考にすることで心にゆとりが出来る。そうすれば、戦い方の幅も広がるというものだ」
いかにもそれっぽいことを言いながら翼は一人頷いているが、絶対そんな事考えていなかったと思う。
だが付き合いも長く疑り深い俺と違って、パルナの方は翼のそんな口からでまかせを真に受けてしまったらしい。
「なるほど……、翼さんの言葉でわかった気がします。たしかに私は、ずっと目の前のことでいっぱいいっぱいでした。故郷を失って、なにもわからない世界に来て、師匠と出会って浮かれて、おかげで力が使いこなせるようになって……。でも、それで自分がなにが出来るかまでは考えてこなかったので……」
感銘に目を輝かせているが、発言者は絶対そこまで考えていなかったと思うぞ。
まあ、本人が出した結論はまっとうなものだし、納得しているならそれでいいが。
「うむ、パルナ嬢は素直でいい娘だな。そうだ葛城亮、後で貴様のメールに映西アニメチャンネルのアドレスを送ってやろう。登録もこちらでやっておくから、パルナ嬢にしっかりと魔法少女の戦いというものを教育してやってくれ。いや、むしろ貴様も一緒に観て学ぶべきだな」
「えぇ……」
恐らくその時の俺の顔は、心の底から湧き出た気持ちに満ちたものだったことだろう。
「貴様、なんだその顔は」
「見ての通りのだが」
「わかったわかった。そんなに不満なら私が月額のサービス料も払っておいてやろう。それなら文句もないだろう?」
「金の問題じゃないんだがなあ……」
むしろそこまでされると逃げ場がなくなってしまうのでかえって困るのだが、翼は恐らくそれを想定済みだろう。つまり逃げ場なしということだ。
「いいじゃないですか師匠。私も、その魔法少女というものに興味があります!」
どうやらパルナの方は完全に乗り気らしい。
最後の退路まで絶たれて、俺は全てを投げ出すように息を吐いた。
「わかったよ。わかった。だが、利用料はこっちが自分で出すからな。そこまで君の世話になる気はない」
姪っ子に魔法少女のアニメを見せるために大学時代の同期女性に配信サービス登録料を出してもらうなど、どこをどう切り取っても恥しかないではないか。
「その言葉に二言はないな。確認のメールを送るからな。まずはキュープリの第一作目から観ていくのが私のお薦めだが、まあ、サムネイルでピンと来たものからで構わん。どれも名作揃いだからな。観れば貴様もきっと理解してくれることだろう」
なんらかの確信を持って、翼は一人頷いている。これ以上追求するとますます話がややこしくなるのが目に見えていたので、俺はただ曖昧な表情でただそれを眺めているだけだった。
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