第24話

「よお、亡国のプリンセス様、この三栄鳥イェーグア家の嫡子、クァモ様が直々に戴きに来てやったぞ」

 門前に立っていた黒いアヒルの頭が、ヘラヘラとそんなことを口にした。

 そのシルエットはまるで細長い影のようにスマートであったが、対称的に服装はまるで出来損ないの貴族のごとく装飾過多なものであり、そしてそれ以上に、その言動はいかにも粗野で、言葉の端々から底の浅さが見え隠れするものだった。

 だがそれでも、能力が確かなのはハッキリとわかる。纏っている魔力にしても、明らかに前のワトよりも上だ。

 それを察したのか、パルナは少し震えているようであった。

「……先に言っておくが、向こうからなにかしてこない限り、私は手出しできないからな。問題が個人レベルではなくなる……」

 翼の方も真剣な表情でそう釘を刺してきた。

 それは逆に言えば、翼も目の前の敵の力を理解しているということだ。

 協会でもトップレベルにある翼をもってしても、油断できない相手ということなのだろう。

 しかし、それにしても様子が色々とおかしいところではある。

「どういうつもりだ? 烏丸の話では、時間を与えるということだったはずだが」

 俺がそう尋ねると、黒いアヒル頭が不思議そうに首をすくめてみせた。

「ああ、あの異世界人がそんな事を言っていたのか。だが三栄鳥イェーグア家の嫡子であるこのクァモ様が、なんであんな奴に従う必要がある?」

 わかっていたことではあったが、どうやら敵も一枚岩ではないらしい。

「それに俺は戦いに来たわけではないからな。あの異世界人の言い分など知ったことか」

「戦いに来たのではない、だって?」

 明らかに態度は悪いが、たしかにこいつからは殺意というかそうピリピリしたものほとんどは感じられない。では、いったい何が目的なのか。

「ああ、先程も言ったろうが。俺はその亡国のプリンセスを戴きに来たとな。三栄鳥イェーグア家の嫡子、クァモ様が行き場のなくなったプリンセスを貰ってやろうというのだ。感謝するがいい」

 なるほど、そういうことか。

 パルナが震えているのは恐怖ではなく怒りなのかもしれない。

「どうした? このクァモ様に怖気づいたのか?」

 一方でクァモと名乗った鳥頭は、表情も変えないままこちらを煽り立ててくる。

「まあ、それも仕方のないことだがな。なにしろ俺は三栄鳥イェーグア家の嫡子、クァモ様だからな。逃げたことも今なら不問にしてやろう。さあ小娘、こっちへ来るがいい」

 言いながら大きく手を広げ、パルナを手招きする。

 その態度や言葉の一つ一つからこれでもかというほど傲慢さがにじみ出ている。

 そしてついにパルナが爆発した。

「お断りです!」

 強くそう言い切り、パルナは黒いアヒル頭を睨みつける。

 心情としては当然そうなるだろう。

 なにしろ自分の故郷の仇である相手なのだ。

 このアヒル頭はどんな神経でそんな事を言いだしたのか。まあ、なにも考えていないのだろう。

「ふん、我らの国に滅ぼされた人間が、ちょっと情を与えれば調子に乗ってくれたものだ。そもそも、貴様は誰に口を利いているのかわかってるのか? 俺は三栄鳥イェーグア家の嫡子であるのだぞ」

「なにがイェーグア家ですか! 私は永世魔法王国ロアヴァールの王女にして、安濃津葛城家のパルナ・カツラギ・ロアヴァールです!」

 力強く、ハッキリと、パルナはそういい切ってみせると、アヒル頭は肩を震わせ始めた。

「く、くははは、なにが安濃津葛城家だ。そんな辺境のしょうもない名を出してどうする。それでこの俺のかけた情けを無下にするというのか?……なんと愚かなことか」

 唐突に言葉が途切れる。

 空気が変わる。

「ならば、少し痛い目を見てもらうしかないようだな」

 アヒル頭――クァモを中心に魔力の奔流が起こる。

 やはり口先だけでなく、それを言うだけの能力はあるらしい。

 クァモが両腕を広げると、そこから羽根が逆立つように跳ね上がり、それに合わせて肉体が盛り上がっていく。

 趣味は悪いが仕立てのよい服がその膨張に耐えられず無残に引き千切れ、みるみるうちに全身が筋肉の塊のような身体つきに変化していく。

「こうなるから本当はこの技は使いたくないのだが、俺をナメたことを徹底的に後悔させてやることが必要だろう。俺としてはその小娘だけ連れて帰ればいいのでな、残りの奴らは見せしめにここで引き裂いてくれるわ。あの世で後悔するがいい!」

「パルナ……翼、少し引くぞ、屋敷の結界内に戻るんだ」

「逃がすか!」

 巨体となったクァモが大地を蹴り、こちらに向かって突進してくる。

 なんとかパルナだけでも守るべく慌てて結界を張ろうとするが、速い。とても間に合いそうもない。

 だが、そのクァモの強大な魔力を伴った突進は、俺たちの元に届くことはなかった。

『ガド・フィルド!』

「なっ……」

 クァモの巨体が光の壁に勢いよく衝突し、弾き飛ばされる姿が目に入る。

 アヒル頭の表情は変わらないが、それでも眼の前の出来事にたじろいでいるのがありありとわかった。

 その反応も当然だろう。

 その猛烈だったはずの突撃は、パルナの作り出した障壁に阻まれ、完膚なきまでにに弾き返されてしまったのだ。

「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な!」

 ゆっくりと起き上がりながら、クァモは今自分の身に起こったことを否定しようと叫んでいる。

 まあ気持ちはわからなくもない。守るつもりが守られた俺も、なにが起こったのか理解できていないのだ。

 そして今度は、パルナのほうが魔力の塊をクァモに向けている。先程のクァモのそれと比べても、あまりにも強大な、圧縮された力。

 クァモはそれがどういうことかすぐに理解したらしい。

「ま、待て、俺は三栄鳥イェーグア家の嫡子だぞ。なんならお前の処遇について俺から口利きしてやることだってできるのだ……短絡的な真似はやめて、もう少し話し合うべき――」

『マジカ・ダンガ・ハシッ!』

 だが、クァモの弁明は最後まで語られせてもらえることはなかった。

 パルナのステッキから放たれた強力な一撃が、彼に襲いかかったのだ。

 クァモも慌てて魔力を張って防御態勢を取る。

 ぶつかった魔力の輝きが、葛城家の家の前で花火のように撒き散らされる。

 だがそれはあまりにも一方的で、クァモの障壁がみるみるひび割れ、その魔力の欠片が光となって散らばっているのだ。

 そしてパルナの魔力はついに障壁を粉砕し、クァモの全身を飲み込んで光の爆発を起こす。

 光が晴れた跡に残ったのは、穿たれた抉られた地面と、その中央に潰れたカエルのように横たわるクァモであった。増強された肉体はすっかり萎んでおり、最初の状態よりもみすぼらしいものになっている。

 それを見た俺の印象は、スーパーで叩き売られているタイムセールのローストチキンであった。

 気配を見るになんとか生きてはいるようだが、もはや動くこともままならならず、ここまま放っておけば長くは持たないだろう。

 魔力の散らばりかたからみて、最後はパルナの方が加減をしたのだと思われる。

「生きて、いますか……?」

「一応はな」

 心配そうに俺に尋ねるパルナに、俺は肩をすくめてみせる。

 まあこのまま家の前で死なれても困るので、ひとまずは屋敷の中に連れていくことにしよう。

「翼、悪いがもう少しだけ手を貸してもらえないか。とりあえず、こいつの身体の状態を固定したい」

 治癒の術は俺には使えないが、生命の状態を固定する術ならなんとか覚えがある。これも結界術の応用の一つだ。

 とはいえ、俺の術の程度では人間全体にその術を施すのは無理なので、翼の力を借りざるを得ないのである。

「ああ、構わん。私の方も色々と言っておきたいことが出来たからな」

 翼をそう言いながら、真剣な表情でキッと強い視線をパルナに向ける。

 流石にこれだけの力だ。協会からも釘を差しておかねばならないということだろう。

 歴戦の術師である翼の睨みに、パルナの方はすっかり萎縮してしまっている。

 パルナがそんな状態なので言い出せなかったが、クァモを引きずり出しながら、俺は俺でその自宅の正門前に大きく空いた穴についてのことを考える。

 なにか都合のいい魔法などあったりしないものか……。

 少なくとも、後で婆さんにクドクドお説教をされることになるのは間違いない。

 このことからも、パルナの力の制御については考えていく必要があるだろう。今回は変身してから初めての戦いだし、あの無神経なクァモに対する怒りもあっただろうが、それにしてもである。

 そうして俺たちは再び屋敷へと戻っていくのだった。

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