第23話
「出る方法、ですか……」
「ああ、煌兄の話が終わったなら、外に出ないと。翼も心配しているかもしれん」
とりあえず部屋のどこにも外に通じる出入り口らしきものはないので、おそらく、なにかしらの術によってこの結界を解除する方法があるのだろう。
パルナは俺の言葉を聞いてステッキの先を自分の額に当てる。
そうして少し悩んだ後、なにか思い当たるものがあったらしくそのまま少しステッキに力を込めたようであった。
するとパルナの力に反応したように、部屋全体が淡い光を放ち始める。
パルナがステッキから額を離すと、光もまた消えてなくなる。
「ちょっと待って下さいね。多分出るのはすぐ出来ますが、少し試してみたいことがあるので……」
そう言いながら、パルナは今度は手に持ったステッキで床や壁をコツコツと叩き始める。
それでは特に変化は起こらないのだが、やがてパルナは満足したようにステッキを掲げ、天井を指し示す。するとその瞬間、天井からパルナに向かって光が降り注いだ。
俺もつられてその先に目をやると、部屋の光源である吊るされた光の球が、パルナのステッキに向かって光を収束しているようだった。
どうやらそこに魔力を集めているらしい。
よくよく見ると、その光の球はまさにパルナのステッキの先端についているものと同じようであった。
「つまり、この部屋は実際にはステッキの中ということか」
現在外がどうなっているのか見当もつかないが、この結界がステッキと紐付けられているのはわかる。外からの様子は後で翼に聞いてみればいいだろう。
「はい。それで、この部屋自体が魔力を溜めておける仕組みがあるようです。今は必要ないですが、ここから魔力を引き出すことで威力などを上乗せできるのではないかと……」
「なるほどな。予備の魔力を溜めておいたりもできそうな感じだな」
パルナのその推測に、俺も人差し指で円を描いてあらためて天井の球体を指し示す。みるみる光の強さが増しており、そこに魔力が充填されているのが明白だった。
変身前のパルナの魔力の消費の激しさはかなりのものなので、連戦に備えるためにも、こういうストックを作っておけるのはありがたい限りだ。
「おそらく、この部屋自体がそういう意図で作られ、それを可視化したものなんだろうな。準備がいいというか、ありがたい限りだ……」
煌兄がどんな気持ちでこれを準備していたのか、それに思いを馳せてまた少し泣きそうになる。
それをこらえようと上を向いたままでいると、パルナが手を引いてきた
「ほら、師匠、いつまでも感傷に浸っていないで帰りましょう。私たちにはまだするべきことが山ほどあるんですよ!」
パルナにそう言われては、俺も返す言葉がない。
開き直ったように頷き、パルナの手を握り返す。
「それじゃあ、この部屋を一旦閉じます。師匠も、手を離さないでくださいね」
その言葉とともに、部屋そのものが淡い光を放ちながら輪郭を失い始め、やがてすべてが光の中に溶けていく。
その光の中に、俺は微笑み手を振る煌兄の姿を見たような気がした。
そして目を開くと、俺とパルナは、葛城家の庭に立っていた。
目の前には、呆れたような表情の相馬翼がいる。
「まったく、何事が起こったのかと思ったぞ。突然二人が消えて、その杖だけが宙に浮かんでいたからな……」
翼の説明で状況を少しずつ把握する。
どうやらあの結界は肉体もまるごと取り込むタイプのものであるらしい。
「それは申し訳なかったな。ステッキの方になにか異変はなかったか?」
「まあ、特にはなかったな、光の強さが増したりする程度だったか。このままの状態が続くようなら、斬り伏せてしまうところだったぞ」
それが翼の軽口であることは理解できたが、同時に、ステッキそのものには防御力などないことも察せられた。緊急の防御手段などには使えないということだ。
「それで、二人していったいどこにいっていたんだ? なにかやましいことでもしていたのか?」
「やましいことってなんだよ」
「いやらしいことを、したんですか、私と、師匠が……!」
俺が呆れ返る横で、パルマがまた顔を真赤にしている。
「してないし、するわけないだろう」
「ふん、してないのか……へたれめ」
俺は言葉もなく、大げさに肩をすくめるジェスチャーをしてみせる。
たちの悪い冗談に付き合っている暇はない。
「まあいい。貴様をからかっていてもしょうがないからな。さて、すっかり遅くなってしまったし、私はそろそろ協会本部へ戻るが、なにか伝えておきたいことはあるか?」
「そうだな……、まあ、連絡自体はいつでもできるだろうが、少し結界術の解析準備をしておいてくれないか?」
「結界術の? まあいいが、それはつまり、協会にパルナ嬢を連れてくるということでいいんだな」
翼が訝しげに俺の表情を伺うが、まあ当然だろう。
あんなに頑なだったにも関わらず、結界から出てきたら言っていることがまるっとひっくり返ったのだ。
「まあ、そういうことになるな。今後のパルナのことを考えると、協会の力を頼る必要があると思ったんでな……」
「随分と早い心変わりだな。やはり、あの結界の中でなにかあったんだな?」
「あったというか、会ったというべきかな。パルナをきちんと家族にするなら、そのへんも考えておかないといけないと思ってな」
煌兄の笑顔を思い出すと、ちゃんとパルナをこの世界の一人の人間として受け入れる準備をしなければという想いに駆られるのだ。
パルナを強くするのはパルナ自身がするべきことであり、俺にできるのはそのサポートだけだ。
だが、この世界にパルナの居場所を作るのは、この世界の人間、つまり俺や婆さん、葛城家の人間が進めていかないといけないことなのだ。
本当にパルナのためになにかをするのなら、俺もいつまでも協会にわだかまりを感じたままでもいられない。
俺は俺のできることをしなければ、示しがつかないではないか。
「ふん、まあいい。貴様が何を考えているのかはわからんが、こちらとしても素直になってくれたほうがありがたいからな。協会に来る時は事前に連絡を入れてくれ。こちらで色々手配をしておこう」
「わかった。助かる……」
やはりこういうときに持つべきは友人である。
堀川ゼミで落ちこぼれだった俺だが、それでもこうして力になったくれるのだからありがたい。
もっとも、今回はその堀川ゼミの同期である烏丸が、なぜか俺を付け狙う敵になってしまっているわけだが。
「パルナ嬢と烏丸の問題は協会でも考えなければならない事案ではあるからな。私がこうしてやって来た理由もそれだからな」
パルナはともかく、烏丸については協会の力を利用できればそれに越したことはない。
「では、そろそろ行くとしよう。パルナ嬢と仲良くするんだぞ。変なことは考えるなよ」
「けしかけていたのは君だろうが。……パルナ、彼女を見送りに行こう」
「はい、師匠!」
パルナのキビキビとした返事には悪いが、俺がここでパルナを呼んだのは、ただ礼儀として見送りをさせようというだけではなかった。
パルナはおそらく気がついていないし、翼も葛城家の結界にアクセスできているわけではないので気付かないだろう。
敵が来ている。門のすぐ外だ。
烏丸は一週間時間をやるみたいなことを言っていたが、やはり一枚岩ではないということなのだろう。
ただ、そこから感じられる力を見た時、俺には一つの考えが浮かんだ。
それを秘めたまま、俺は何事でもないように門を開ける。
結界が伝えていたとおり、門を開けたすぐ先に、鳥の頭をした怪人が立っていた。
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