第21話
それは、光だった。
パルナの変身は瞬く間に終わった。
だが、時間にしてほんの数秒、ただ一瞬の出来事だったにも関わらず、俺の網膜には光の中の光景が焼き付いていた。
ステッキが作り出した扉の向こうで輝きに包まれたパルナは、まるで彼女自身が光そのものであるかようだった。
服もなにもかもがきらめきの中に消え去り、白い光と化したパルナの身体に、閃光の帯のようなエネルギーが巻き付いていく。
やがてそれらが形を作り上げ、パルナの新たな衣装となっていく。
そして光が消えたとき、そこに立っていたのは、まさに魔法の世界のプリンセスと呼ぶにふさわしい、きらびやかな白いドレスの少女であった。
だが各部を飾るフリルやリボンがドレスらしい華やかさを魅せる一方で、肘や膝、肩と脇といった動きを重視する部分はその動きを阻害しないようシンプルな構成になっており、礼服のようでいて、実際には戦闘服であることも伺える作りである。
「これが……、私?」
その姿にもっとも驚いていたのは、他ならぬパルナ自身のようだ。
手首やスカートのフリルを撫でてみたり、袖や胸元を自分で触って引っ張ってみたり、興味津々といった様子である。
彼女にとっても、どうやらその服は特殊なものであるようだ。
「どうですか、師匠! 私の変身は!」
「ああ、凄い、完璧な変身だ……」
パルナの期待の目に対して、俺が口に出せたのはそれだけだった。
まず第一に、服装についてどうこう評価できるほど俺は審美眼があるわけじゃない。塾でもたまに地雷を踏んで生徒に散々イジられたりすることだってある。
率直にいって可愛らしいと思うのだが、それを口にするのはあまりにも芸が無いことを露呈してしまうようでなんとなく抵抗感がある。
試されている、と勝手に思い込んでいるのだ。
その一方で翼はというと、変身後のパルナの姿を上から下まで感心したように眺めていたが、やがてなにか思いついたかのようにそのたとえを口にした。
「なるほど、これは確かに大したものだ。衣装も相成って、まさに魔法少女というわけだな」
魔法少女ときたか。
ゼミでも屈指の武闘派陰陽師であり、家柄的にもゴリゴリの武家由来の一族である相馬家の出身である相馬翼の口から出るには意外な言葉であるが、こいつはこう見えて昔からその手のアニメが好きだったらしい。
なんでも、戦う女の子を見たかったらその手の作品を見るのが一番だそうで、そもそも見始めたきっかけも家庭の方針という話も大学時代に耳にしたことがある。魔法少女アニメってそういう作品なのか?
しかしそれにしても、魔法少女アニメを見せるという教育方針はそれはそれでどうなのかとは思うが……。
まあ、それで相馬翼がこんな人物になり有能な陰陽師になったのだから、間違いではなかったということでいいのだろうか。
「魔法、少女……? まあ、たしかに私は魔法を使いますが……。そんなに魔法っぽいですか、この格好は?」
一方でパルナの方はまずその言葉の意味を理解できなかったらしく、不思議そうな顔で翼を見ている。
確かにいわゆる『魔法少女』という概念をこの世界の言葉から変換するのは難しそうではある。普通に考えればまさに文字通りの意味になるだろう。
もっと言ってしまえば、俺だって魔法少女というものはよくわからない。
「うーん、なんと説明していいものか……」
「師匠にもわからないことなんですか……?」
首をかしげるパルナになんとか魔法少女について教えようとするが、考えれば考えるほど俺も同じように首をかしげてしまう。
魔法少女とはなんだろうか。
だがそんな俺の悩みなど、言い出しっぺの翼があっさりとどこかへ蹴飛ばしてしまった。
「ああ、魔法っぽいぞ。こちらの世界では魔法使いのイメージは不思議なステッキを持ち、そういうフリフリの衣装を着た少女か、真っ黒な服に三角の帽子をかぶった姿か、だ。つまり貴様は魔法少女というわけだ」
説明に悩む俺の横で、翼はあっさりとそう言ってのけた。
それでいいのだろうか?
陰陽師が平安っぽいと同じくらい安直なイメージだと思うが。
「はい、じゃあ私、魔法少女です!」
もっとも、パルナはそんなことまったく気にもとめずに屈託ない笑顔で胸を張る。
まあ実際、パルナには魔法少女的な要素は多く存在しているし、加えてこの格好となれば、もうほぼ魔法少女といっても過言ではないだろう。
第一、俺よりはるかに詳しい翼が魔法少女認定を出した以上、俺にこれ以上言えることはない。
だがその翼は、さらにおかしな魔法少女認定の条件を挙げてきた。
「まあ、お付きのマスコットみたいな奴もいるしな」
翼が俺に向けた目は、あからさまに小馬鹿にしたものだ。つまりこいつが言いたいことは一つしかない。
「誰がマスコットだ。俺はマスコットじゃなくて師匠ポジションだろう」
「ほう、師匠だと?」
俺が反論すると、翼は俺の方へと向き直り、なにか白い目を向けてくる。
「なんだよ」
「変身後の年頃の娘にあのような破廉恥な変身をさせるとは、いささか趣味が悪いのではないか? お師匠殿よ」
こいつはなにを言い出すんだ。
「いやいや待て待て、それは大きな誤解だ。そもそもあの変身は俺が仕組んだものじゃないからな」
アレはあくまでステッキの機能であって、俺になんの責任もない。
だが翼はそんな俺の弁明など聞く耳持たず、さらに言及を続けてくる。
「ふん、どうだかな。それに、あんな変身を凝視していた時点でほぼ同罪みたいなものではないか」
翼はなにかとんでもない思い違いをしているし、それをパルナが聞いたらさらに余計な事になりかねないだろう。
「……そんなに凄いことになっていたんですか、私のさっきの変身は」
ほら見ろ言わんこっちゃない。
ずっと横で聞いていたパルナだったが、流石に話が変に盛上がりすぎたからか、俺と翼の言い争いにそんな疑問を挟んできた。
明らかにパルナの表情には強い戸惑いがある。まあ確かに、あの光のど真ん中にいては、当人には確認のしようもないだろう。
実際、パルナ自身は変身中もずっとその目を閉じていたわけだし。
「ああ。ピカッと光ったかと思うと裸になり、そこからその服が再構築されていった感じだったぞ。それをこの葛城亮はじっと見ていたわけだ」
「いや、そりゃ見るだろう。いや、いやらしい意味ではなくてだな。あんなに光っているんだし、初めての変身でなにが起こるかわからないんだ。確認しておく必要があるに決まっている」
変に早口になってしまったが、俺の本心は口に出したとおりだ。
それに、まあある程度発育がいいとはいえ、十代前半の姪っ子に対して劣情を抱くほど俺も節操なしではない。
繰り返すが、純粋に心配だったのだ。
俺も確認はしたし、心配するなと言ったとはいえ、呪具は呪具である。
使用者であるパルナや、それを作った人間の想定を超えた事態が起こる可能性も十分にありえたのだ。
余計なことを考えている余裕などなかったし、なにより、あの光そのものが印象に残りすぎている。
「まあ、なんにせよこいつは弟子が裸になる様をじっと見ていたわけだ」
「君というやつは……」
翼の言葉が足りない説明では、完全に誤解を招く流れになってしまう。
案の定、パルナは顔を真っ赤にして、パクパクと口を動かすのを手で抑えている。
「師匠が、師匠が私の裸を……」
「ほらみろ、誤解に誤解を重ねているぞ。そもそも、裸といってもそれ以上に光に包まれていたからな。裸というよりはどちらかといえば白いタイツみたいなもんだ。それだっても一瞬だったからな。こいつの言うようなことは一切ない」
なにしろ実際の変身そのものは十秒にも満たない僅かな時間である。
その間になにが起こったかなど、考えている余裕もない。
「ピッチリの全身タイツというのも、それはそれでいやらしいと思うがな」
「いいから君は余計なことをいうな。とにかく、なにかおかしなことはないか? 変身後の身体の違和感とか、精神的にプレッシャーがあるとか……」
いつまでも翼の茶々に付き合ってもいられない。もしパルナの身になにかあるとしたら、その方が大問題だ。
「いえ、今のところ特には……。あ、そうですね、身体が軽い感じはあります」
その場でぴょんぴょんと跳ねてみせるパルナ。
見た感じだと身軽になっているのかはよくわからないが、とりあえず身体に異変が起きているということはなさそうだ。
「なるほど……、魔力の流れなんかはどうだ?」
まさかこの変身が、服装の変化という外見だけのものではあるまい。
変身がなにをもたらすのか、まずはそれを探り当てる必要があるだろう。
「あ、ちょっと待ってください。ちょっとステッキに魔力を集めてみます……」
パルナがそう言って、手持ちのステッキを軽く振り、そこに魔力を込めた、その瞬間だった。
パルナを中心として、葛城家の庭に光の波が爆発的に広がっていった。
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