第20話
「変身だと? パルナ嬢が怪物にでもなるのか? とにかく、もう少しちゃんと説明してくれ」
不満をぶちまける翼。その言葉に怯えてか、パルナは不安げな表情で口を結んでこちらを見ている。
いや、怪物という言葉は刺激が強すぎる。あの嗅ぎ狗などを見ても、パルナにとって怪物化は他人事ではあるまい。
俺はなんとかパルナの心情をなだめようと、慎重に言葉を探す。
「籠もっている霊力の質からして、怪物ではないとは思うが……。変身といっても、どちらかといえば変身ヒーローというか、鎧を着込むみたいな感じといえばいいのか? とにかく、このステッキは本来、そういう用途に使うものというのが、俺の推測だ」
先ほど内部の魔力の流れを読み取ったとき、それが放出される際に不思議な形へと収束していくのを見つけたのだ。ただ敵にぶつけるだけなら、こんな奇妙な工夫など必要ない。
「パルナ、君はとりあえず一度、俺のいう通りにしてみてくれ。翼は暴発に備えて結界の準備を頼む」
「まったく、人使いが荒いな……仮にも協会の使者だぞ、私は」
そう言いながらも、翼は柄だけの刀を抜刀ではなく正面に構えてみせる。
この柄こそが、俺にパルナのステッキを疑わせた逸品である。
「それで師匠、これからどうすればいいですか? そもそも、このステッキには、どんな秘密があるんですか?」
流石に説明を省略しすぎたためか、パルナは納得のいっていない様子で俺を問い詰めてくる。
一度自分で試してもらった方が実感しやすいとは思ったのだが、こういった呪具に対しての認識がない相手には、確かに不安の方が大きくなるかもしれない。
「そうだな、まずは少し呪具についての説明からした方がいいかもしれないな。呪具、あるいは術具ともいうが、これは文字通り、術を補助する道具だ。この補助にはいくつかの考え方があって、ひとつは術者の能力を増幅させるとものがある。俺は最初、君のステッキをそのタイプの呪具だと思っていたわけだ」
「あの光弾のことですね」
現状のパルナの決定的な戦闘能力である光弾は、確かに高い威力を持ち、必殺技といってもいいものではある。だがそれとするには、あまりにも物足りないのも事実だ。
「そうだ、あの弾自体はおそらく君の力だけで撃てるものだと思うが、このステッキを通すことで、より魔力の収束精度の高いものになる。そういうものだと思っていたんだが……」
「違うんですか?」
「おかしいとは思っていたんだ、そういう機能の呪具なら、連射性能はあってしかるべきだからな」
正直に言えば、現状のままではパルナのステッキに使い道はひどく限定的になる。
今はまだ威力の増幅などの役に立ってはいるが、すこし鍛えればパルナ自身で同じことができるようになるだろう。
ゲームなんかの最初のイベントで貰うチュートリアルアイテムならそれでいいかもしれないが、滅び行く国が亡命するお姫様にそんなものを持たせるのは、あまりにも残酷だ。
「そこでもうひとつの呪具の考え方だ。それは、術者の霊力や魔力を他の形に変換するというもの。たとえば、そこの相馬翼の持っている柄もその一種だな」
俺の言葉にパルナはすぐに翼へと視線を向け、翼はその刃の無い刀を示して見せる。
「まあ、これ自体は大した呪具ではないがな。しかしこいつのいうとおり、いくらか特殊な機能を秘めている。たとえば……こうだ」
翼が柄に力を込めると、そこに、白い光でできた刃が生まれる。翼の霊力を刃に変換しているのだ。
「これは、柄を通して私の霊力を刃にしている状態だ。これだけなら、先程の光弾と大した差はない。術の増幅だな。だが、こういうこともできる」
そういって翼が手首を返すと、刃は形を変え、翼の右腕を覆う光の盾のようになる。それから爪となり、鋏となり、腕そのものを刃としてみせたあと、光は消えた。
「この柄を基点に、光を自由に操作する。それがこの呪具の真価というわけだ。この応用自体、そこの葛城亮に教えてもらったものだがな」
「そうだったか?」
そういわれても俺としてはまったく記憶にない。
そもそも翼ほどの使い手なら、誰に言われることなく容易にそれを見つけることだろう。翼は納得のいかない表情だったが、そこを広げるつもりはないらしく、ため息をつくだけだった。
「まあ、貴様はそういう奴だ。それで、パルナ嬢のステッキの変身というのは、いったいどういうことなんだ?」
「おそらくあの光弾自体が、ある種の鍵のついた箱のようなものだな。で、その鍵がパルナ自身というわけだ」
俺の説明に、パルナも翼もわかったようなわからなような顔をしている。
「では師匠、それならなぜあの光弾で攻撃ができたんですか? 攻撃用の魔法じゃなかったんですよね」
「鍵の空いていない箱も振り回せば鈍器になるってことだ。おそらく、変身を邪魔されないように防御用のエネルギーが用意されていたんだろうな。今まではそれをぶつけていたというわけだ」
変身の最中がもっとも無防備になる瞬間であり、そこへの攻撃を阻止すべく対策を練るというのは考えてみれば当然のことではある。
そのことさえわからないままステッキを振るっていたのだから、よっぽどの混乱した状況で故郷を出てきたのだろう。
「……わかりました。では師匠、このステッキの本当の使い方、教えてもらえますか」
疑念、期待、信頼、それに押し殺しきれない恐怖心がパルナの言葉の端々に滲んでいる。
もしかしたら自分もあの嗅ぎ狗のような怪物になってしまうかもしれない。
それでなくとも、元の彼女の故郷の世界で、似たようなものを見ていたのかもしれない。翼も余計なことを言ってくれたものだ。
そんなパルナの変身を後押しするために必要なのは、問題がないという事実と、大丈夫であるという安心感の両輪となるだろう。
実際に問題がないかどうかは、正直なところ確証を持って言える材料がない。
だが、彼女に安心感を与えるというのなら、俺にもできることはある。
「ああ、おそらくだが、あの光弾を君自身に打ち込むか、あるいは光弾をその場で開いたりとかするんだろうな。まあ、そう心配しなくても大丈夫だ。もしなんらかの変身があっても、俺も翼もいるからな、そういう術の解除なら専門家みたいなもんだ。それに……」
故郷から唯一持ち出せたそのステッキを握るパルナを見て、俺は、一つ大きな事実を見落としていたことを思い出した。
それは、パルナにとって、とても大切なこと。
「そのステッキは、君の家族が君のために残してくれたものだろう。何重にも契約と防護を重ねて、他の人間には触れないようにして。俺の言葉なんて信じられなくてもいい。でもそのステッキと、そこに託された願いを信じてみてくれないか」
言いながら俺は、もうほとんど覚えてもいない煌兄の顔を思い浮かべる。
俺の中の思い出はほんの少しだが、それでも、きっとあの人ならパルナを大切にしていたであろうことは想像できた。
だからパルナも、俺なんて信じなくていい。
自分の父親を信じてもらえれば、それでいい。
「そうですね……、これはそもそも、私の大切な物でした」
パルナは握っていたステッキを見つめ、やがて、なにかを決心したかのように小さくうなずいた。
「私、やってみます!」
一度そう決めるとパルナの行動は早かった。
ステッキを振りかざし、そこに光の塊を作る。
これまでも何度か見たパルナの必殺技だが、今回はこれまでと少し違う。
大きく、薄く、明らかに攻撃を意図していないのが見てわかる。
その大きさはパルナの身長も超えて縦長の四角形を作り、まさに扉のように彼女の前に立っている。
俺の言葉をそのままイメージにしたのだろうが、まあ、具体的な形にすることは術を使う上で重要なことだ。
「では、行きます! ……私が変身するところを、師匠も見ていてください……!」
そしてパルナは一瞬空を仰ぎ、再び扉を見つめなおしてその中へと飛び込んで行く。
彼女の変身が始まった。
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