第19話

「それで翼、君はどうするんだ?」

 パルナとの話が落ち着いたところで、横で聞いていた翼に話を向ける。

 少なくとも、烏丸の狙いが俺ということがわかった以上、協会側はかえってこの事態に手を出しにくくなったともいえる。

「おっと、先に言っておくが、パルナを連れていくのは断固拒否だぞ。残り一週間なんだ。やっておきたいことは山ほどある」

 時間の区切りが決まったことで、俺の中に緊張感が生まれたことは確かだ。

 あの烏丸に対抗するにはどれだけ時間があっても足りない。

 俺の圧が効いたのか、翼は少しだけ悩んだような素振りを見せたものの、呆れながらも俺の言葉に同意をした。

「まあ、パルナ嬢については少し時間は取れるだろう。烏丸の件に関してこちらでもう一度話をしてくる必要が出てくるだろうからな。ただ、そうは言っても、パルナ嬢が異世界からの来訪者であるのもまた事実だ。これについては、ハッキリと筋を通しておきたいのが上層部の本音なのは間違いない。烏丸が向こうでどこまで発言力があるのかもわからない以上、あいつのいうことを信用しきるわけにもいくまい」

「まあ、それはそうだが」

 烏丸に嘘をつく気がなくても、あちらさんを信用しきるのは難しいということだ。

「とはいえ、こっちも話し合ってくるべきことがいろいろできた。今日のところはひとまずこの案件は持ち帰りとなるだろう。おそらく次にこちらに来るのは、いくつか会議等を挟むとして……まあ三日後くらいか」

「三日か……」

「あと、貴様の気持ちはわかるが、一度ちゃんと協会に顔を通しておいた方がいいとは思うぞ。貴様がどう考えているにしても、パルナ嬢が異世界から来た存在というのは事実なのだからな」

 翼の言い分にも一理はある。いつまでも協会に知らぬ存ぜぬを通し続けるわけにも行くまい。

 とはいえ、それはまず目の前の問題が片付いてからだ。

 とりあえず、翼にはここらでお引き取り願おうと思っていたが、その前にパルナが勢いよく手を上げた。

「ところで、ツバサさんがいるうちに聞いておきたいのですが、あのカラスマという人は、師匠の一番弟子を名乗っていましたが、どういう関係だったんですか?」

「どうと言われても、ただのゼミの同期だったはずなんだがな」

 だが俺がそう答えてもパルナは納得するはずもないし、それ以上に、翼が余計な口を挟むのは明白だった。それがわかっているからこそ、パルナも翼のいるところでこの質問を出したのだろう。

「そう思っていたのは貴様だけだ、葛城亮。こう言ってはなんだが、堀川ゼミの面々はどういう形にせよ、貴様をある種の師と思っているからな。堀川先生はあくまで教師であって、術の実践は皆、貴様の言葉に耳を傾けていた。それこそ、堀川先生も含めてだ」

 随分と重大な言葉に、俺はただ呆れるばかりである。

「いや、それは君らにそれだけの能力があってのことだし、堀川先生の指導の方針がそういう方向に適していたからだからな。俺を勝手に師匠なんかに祭り上げられても困る」

 烏丸を含め、どうもこの連中は俺のことをやけに過大評価している気がする。

 そして俺のそんな反論も、パルナはまったく聞いていないようであった。

「ということは、ツバサさんも師匠の弟子のようなものだった、と考えていいんですね」

「よくない」

「ああ、ある意味ではそうなるな。一番熱心だったのは烏丸だが、私も、この葛城亮に教わったことは多い」

 俺の言葉を無視して、パルナと翼の会話が進んでいく。

 どうやらこれ以上割って入っても無駄だと悟り、俺は適当にこいつらの話に耳を傾けることにする。

「そうですか、なら、帰る前に一度私とお手合わせしていただけませんか?」

「え?」

 だがすぐに、パルナの言い出した無茶に割って入らざるを得なくなってしまった。

「おい、自分がなにを言っているのかわかっているのか?」

 相馬翼の実力は俺も充分に知っている。

 さらにあの学生時代から二年。協会の最前線で実績を積んだであろう今の翼がどれほどの力があるのかもはや見当もつかない。

「なるほど、それは面白そうだな。構わないか、師匠殿よ」

 翼も乗り気で、不敵な笑顔をこちらに向けてくる。

 結果は目に見えてはいるが、烏丸と当たる本番の前に一度、三神童の実力を味わっておくのもありだろう。

「どうなんですか、師匠!」

「……そうだな、まあ、叩きのめしてもらえ」

 それが俺の出した結論だった。


 それから三人でまた庭の訓練場所まで移動し、そこにパルナと翼が向き合って立っている。

 俺はというと、案山子と一緒に脇にどいて高みの見物というわけだ。

 手をぐるぐると回して例のステッキを構え、いかにも落ち着きのない様子のパルナに対し、翼はゆらりと脱力して、刀身のない刀の柄を腰に収めそこに立っている。

 一応は居合術の態勢をとってはいるが、明らかに本気ではない。

 緊張感があるのはパルナ、あとはまあ見ているだけの俺くらいなもので、翼の方はどこまでも自然体である。

 もうこの状況だけで、すでに勝敗は見えているといっていい。

「さあ、来るがいい。妹弟子がどこまでできるか、見せてもらおうか」

 そんな余裕の姿勢のまま、翼がパルナを挑発する。

 一方のパルナはというと、構えながらこれまでと同じようにステッキに『魔力』を溜めている。

 なにしろ、今のパルナにはそれしか出来ないのだ。

「『マジカ・ダンガ・ハシッ』!」

 なので、先に動くのもパルナになる。

 ステッキを振るい、光の塊を飛ばす。最大出力の、特大のやつだ。

 だが、翼はそれを見ても表情一つ変えず、刀を抜くべき間を測るだけである。

「なるほど、出力は大したものだ……」

 そして、迫りくるエネルギーの塊に対し、ただ一瞬、軽く右手を振るう。

 握られた刃のない柄から飛び出した白い閃光が、パルナの弾をあっさりと切り裂く。

「だが、単調すぎる」

 パルナの攻撃をそう評した次の瞬間には、翼は決定的な一歩を踏み込んでいた。

 今しがた切り裂いたパルナの弾の間をすり抜け、もう懐へと潜り込んでいる。

「あっ……」

 パルナの身体はそれでもなんとか翼の動きを追いかけ、必死にステッキで防御の構えを取る。

 だが当然、抜刀した翼の速度についていけるはずもなかった。

 一閃。

 そのままステッキをすり抜けて、パルナの胴体を下から袈裟懸けに鋭い光の筋が走り抜けた。

 もちろん今回はただの光だけであったが、これが実戦なら、翼の刃がパルナを切ったということにほかならない。

 勝負ありだ。

 それを認識して、パルナはその場で崩れるように膝をつく。

「……なにも、出来ませんでしたね」

 茫然自失といった表情で、そう敗戦の言葉を漏らす。

 まあ、パルナはショックを受けているようであったが、この結果自体は最初から目に見えていた。

 むしろ、俺の予想に比べて健闘したと言ってもいい。

「いや、あそこから防御姿勢を取れるのは大したものだ」

 それは翼も同意見だったらしい。

 その口調はパルナを慰めようというものではなく、純粋に感心しているようであったし、その意見に俺も賛成だ。

 ただ俺は、その一連の動きの中に一つ大きな違和感を見出していた。

 翼がいるうちに、それを確認しておかねばなるまい。

「……翼、今、協会製の封印の呪符に持ち合わせはあるか?」

「封印の呪符……? ああ、あるが、どうした」

「少し貸してくれ」

 翼が取り出した呪符を受け取り、俺はその呪符越しにパルナのステッキに手を伸ばす。

「パルナ、少しこれを借りるぞ」

「えっ、大丈夫なんですか……?」

 パルナの不安ももっともだ。

 なにしろ翼が来る前、他の人間に触らせてはいけないという話を聞いたばかりである。

「問題ない、そのためのこの呪符だ」

 協会はこういう呪具の扱いも頻繁に行っており、なんならそれが一番主な業務といっても過言ではないだろう。

 この世には呪いをかけようと人間よりも、意図せずとも何かしらの怨念を宿してしまった道具のほうが圧倒的に数が多い。

「ここをこうして……、これでよし」

 呪符はそのままステッキに巻き付け、その機能を停止させる。

 そして呪符を通して、ステッキの魔力の形を探る。

「なるほどな……」

 こうして触れてみると、その答えはすぐにわかった。

 ならば、これからするべきことは一つだ。

「パルナ、一つ試してもらいたいことがある」

 そうしてステッキを返し、封印を解くように指示をする。

「えっと、なんでしょうか?」

「その打ち出している弾、君自身にぶつけるように撃ってみてくれないか?」

「え?」

「はあ!?」

 もちろん、俺の提案にパルナも翼も驚いた声を上げ、目を見開いてこちらを見る。

 確かに、さっきの言葉だけでは説明が足りなさすぎたな。

「そのステッキの真の特性、それはおそらく、変身だ」

 二人はさらに疑念の目を向けてくる。

 まあ、こうなると説明より実践の方が早いかもしれない。

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