第18話
「おい待て、まだ見るなよ」
紙を拾い上げスマホを手に取る翼に、俺は慌てて釘を差した。
なにしろ烏丸の用意したブツだ。なにが仕組まれているかわからない。
「考えすぎだろう。奴がそんなことを企てるとは思わんがな」
スマホをしまいつつも、翼はそんな事を言っている。
これは学生の頃からなのだが、翼は烏丸の行動に対して妙に信頼を寄せている節がある。学生の時はそれでよかったかもしれないが、今は完全に敵同士なのだ。どれだけ用心しても足りないということはない。
落ちた札を全て回収して室内に戻り、まずはそれぞれの札を確認する。
とりあえず、紙そのものに毒性のものはなにもないようだ。
さらに確認する。書かれているQRコードはどれも同じだ。
俺はタブレットに一枚の呪符を貼り付け、そのQRコードを読み取る準備を進める。
「おいおい、なんだその物々しい呪符は」
「呪詛避けの護符だよ。起動した途端に呪いが飛んできたらたまったもんじゃないからな。見るだけでヤバいタイプの呪詛がないかを確認するから、俺がいいというまで離れていろよ」
「はい」
「ふん、用心深いことだ」
素直なパルナは返事と、まったく対照的な翼の不満げな言葉。
それを無視して、俺はタブレットでそのコードを読み取る。
画面に表示されたのはひとつのURLで、ためらいながらもそれも開く。呪術的なもの以外には耐性は作れないので、変なウイルスなどないように祈りながら開くしかない。
「これは……」
開いた先はどこかの個人サイトのようで、ただ動画が埋め込まれているだけのページだった。
この動画を開けということだろう。ここまできたら従うしかない。
再生が始まると、画面には殺風景な部屋と、そこに立っている烏丸堅の姿が映る。
学生の頃とほとんど変わらない、まるで柳の木のような、どこか頼り無さそうな立ち姿である。
クセのない少し長い黒髪や穏やかそうな細い垂れ目は、とてもじゃないが神童と呼ばれた天才陰陽師には見えないし、ましてや傭兵という荒事などとはまったく無縁の人間としか見えないだろう。
だが、この姿に騙されてはいけないのは、俺が一番よく知っている。
そして、画面の中の烏丸が口を開く。
『やあ、葛城くん、久しぶりだね。大学の卒業式以来かな?』
飄々とした態度で、そんな挨拶から始まった。
とても今から敵対する相手の態度ではない。
『こんな形でメッセージを送ることになったのは、いささか申し訳ないと思っているよ。こうでもしないと、なかなか君と合間見えることは難しいのが残念だ。積もる話もあるけれど、事態が事態だからね。この映像を見ているのはおそらく君だけじゃないだろうから、さっそく本題に入ろう』
やはり録画らしくこちらのことなど気にかけることもなく話を続けるが、向こうにはこちらの情報が既に知れわたっているらしい。
『僕は今、とある目的のために、異世界の魔法帝国にアドバイザーとして雇われている。僕が卒業後に傭兵のようなことをしていたのは、君の耳にも届いていたことだろう。今度はその契約相手が、ここではない別の世界になったということさ』
何事でもないような口調での現状報告だが、どれも常識では測れないようなことばかりである。そういうことを平然とやってのけるのが、この烏丸堅という男なのだ。
だからこいつは、恐ろしいことを口にする時もしれっとしているのである。
『そう、今の僕の雇い主は、君のお兄さんの漂流先の国を滅ぼしたあの国だ』
翼がそうであったように、烏丸にもこれまでそんな話をしたこともなかったはずなのだが、どうやらこいつは既に煌兄についても把握しているらしい。
その情報網はやはり油断ならない。
『僕は今そこで、君の姪であるプリンセスちゃんを奪還する任務を引き受け、遂行する立場にある』
ほとんど変わらない、再会を懐かしむような態度から飛び出す、決定的な敵対的行動の宣言。
こいつがそういう男だとわかっていても、背筋が寒くなるのを感じる。
『ワトから話は聞いたよ、君はその姪っ子であるプリンセスちゃんの師匠をしているんだってね。それを聞いてなるほど、と思ったね』
ワト、今朝の襲撃者の名前だ。つまりこの動画はあの襲撃の後、つまり極々近い時間に撮影されたということである。
やはりこいつはほぼ全ての状況を把握していて、それでこんな動画を送ってきているということである。
さらに、烏丸の恐るべき言動は続いていく。
『そこでだ、君の一番弟子、つまり彼女の兄弟子を自認する僕としては、そのプリンセスちゃんと是非とも戦ってみたいと思っているわけだ。この任務を受けた理由の半分はそれだといってもいい』
横目でパルナの様子を窺うと、頬を膨らませ、露骨に不満を抱いているのが目に入った。
だがそれに声をかけるよりも前に、動画の烏丸の言葉が出てくる。
『そしてもう半分は、君だよ、葛城くん』
ハッキリと、画面の中のそいつはそう言い切った。
『僕は、君を倒したい。倒さなければいけない。その名目を得るために、僕はこの仕事を選んだんだ。とはいえ、いきなり押しかけていって君とその弟子を倒しても、僕の求める勝利にはならない。だからそうだ、少し君とプリンセスちゃんに時間をあげよう。期限はいまから一週間後、今度は僕自身が葛城のお屋敷に伺わせてもらおう。もう一度直接君に会えることを楽しみにしているよ。それじゃあ、また一週間後に』
そんな宣言を残して動画は終わった。
疑う余地もなく、彼は、俺に対して宣戦布告をしてきたのである。
あの烏丸堅がである。
それがどういう意味なのか認識しきれずにぼんやりとしていると、不意に、額になにかを弾かれたような軽い衝撃が走った。
見ると、飛んできた蝶のような紙切れが俺の額をはたいたのだ。
「なに辛気臭い顔してるんですか、師匠」
そして、パルナのしてやったりの顔が目の前にある。
「いや、君は、あの烏丸堅がどういった奴か……イテッ」
俺が言い終わる前に、さらにもう一発の『小蝶舞』が俺を叩く。
「ええ、私にはそのカラスマという人がどんな人なのかわかりません。師匠がそこまでいうのだから、さぞ凄い人物なのだとは思いますが、それがどうしたっていうんですか。それに師匠、喧嘩を売られたのは師匠だけではありませんよ。なにが戦ってみたいですか、上から目線で!」
パルナはパルナで、色々と立腹しているようである。
だがその姿が実に年相応な無邪気さにも見えて、俺は思わず吹き出してしまった。
「なるほど、いい弟子じゃないか。貴様の負けだな、葛城亮」
翼にも笑われて、俺はもう、自分の小ささを思い知るしかない。
「……そうだな、俺には今、こんなに心強い弟子がいるんだ。烏丸相手でも、まあ、なんとかなるかなあ……」
「もう、そこで弱気にならないでくださいよ。まだ一週間あるんです。それまでに私が強くなる。簡単なことじゃないですか」
パルナは気楽すぎるほど気楽に笑う。
だがその裏にある俺に対する信頼と叱咤、そしてなにより、パルナの自信と強がりの間で揺れる心を俺も感じずにはいられない。
それに、パルナの潜在能力なら、あるいは……。
そうしてもう一度、パルナの顔を見る。
無邪気な笑顔の中で、その瞳が強い意志の湛えて揺れている。
それを見て、俺も、彼女と同じようにを信じてみようと思った。
俺のすべきことは、それしかない。
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