第17話

 とにかく、本当に戦争をするなら決めておかねばならないことがいくつかある。

 まず第一に、双方の落とし所だ。

 もちろん、向こうの本当のところの事情は俺にはわからないが、パルナを手に入れるためにこの地球で殲滅戦をするつもりもあるまい。

 ならば、どこかでこちらの言い分を通せる機会はあるはずだ。もちろん、それ相応にこちらの力を見せつける必要はあるだろうが、そこを含めておいおい探っていくことになるだろう。

 問題は、こちらがどこで落とすかだ。

「さて、パルナの価値についてだが……」

 そういって、俺はパルナの顔を見た。

 パルナは迷いを隠しきれずに、少し複雑な表情で俺を見返してくる。

 向かいに座る翼も表情は真剣だが、視線はこちらではなくスマートフォンに向けられている。まあ協会なエージェントともなればやらればならないことも多いのだろう。放っておこう。

 話を戻すが、実際のところ、パルナがただ単にこの国で干渉されず暮らしたいというだけならそこまでは難しくはない。向こうに仕掛けるメリットがないと思わせればいいだけだ。

 だが、それ以上を望むなら、ここからは茨の道となる。まずはそこを考えるとしようか。

 パルナは何を望むのか、ここが分岐点となる。

「パルナ、君の価値は最終的に君が決めることになる。相手にとって無害となるのか、それとも復讐を果たすため、刺さり続ける棘となるのか……」

 その二択を、パルナがどう考えるのか。

 彼女は戸惑っているようだったが、すぐにその奥に秘めていた心を吐露し始めた。

「私は、父やその他の人々を殺し、私の国を滅ぼした相手を許せない……それは確かです。でも、それを望んだとき、なにをしたら私が納得できるのか、答えをまだ見つけられません。その、相手があまりにも大きすぎて……」

 パルナの困惑はもっともだ。

 あちらがパルナという存在にリソースを使うのが割に合わないように、パルナからしても、復讐相手として連中は巨大すぎる。

「おそらく、相手の国を全部討ち滅ぼすのが一番正解に近いのかもしれませんが、そこまでしてしまうのはなにか違う気がしますから……」

「それはそうだ、その規模の復讐までいくと、今度は君が復讐される側にまわることになるだろうな……」

「はい、私と同じような人を多く生んでしまうし、それを行いきるほどの技量も熱量も、今の私にはありません。だからといって、実行犯を見つけてその人たちだけを倒しても、なにも解決しない……。私の感情だけがどこか宙に浮いているようで……」

 ひとくちに復讐といっても、それがどういったものなのかを決めるのは本人の心次第だ。おそらくパルナの本心は、相手のすべてを同じように滅ぼしたいというものだろう。連中は、それだけのことをした。

 だがそれがなにも生まず、ただ復讐の連鎖にしかならないのもわかっているのだ。パルナにそれは受け止めきれない。

 そしてなによりその選択は、その後の処理も含めて、パルナのこれからの人生の全てを捧げることになるだろう。復讐される側に回るというのはそういうことだ。

「正直にいえば、俺も相手を絶滅させるとか、そういう規模の復讐には反対だな。君の人生は、そのためにだけに費やされるべきものではない。復讐の焦点を絞るんだ」

「復讐の、焦点……」

 もはやパルナの人生は取り返しがつかないほどメチャクチャになってしまったが、その補填を彼女の人生の全てとし、最後の最期まで続ける理由はない。

 しかし同時に、パルナになにもせず運命を受け入れて全てを忘れてここで生きろともいえない。パルナがそれで納得するならいいが、燻ったまま諦めて生き続けろというのはあまりにも酷だ。

「具体的目標、と言い換えてもいい。もし本当に相手の国の滅亡まで望んでいるとしても、まずなにをするべきかは決めておいたほうがいい。遠すぎるゴールは息切れするし道も歪むだけだからな。ゴールラインを決めて、ようやくスタートとなるわけだ」

「具体的目標、ですか……」

「そうだ、君の復讐のためには、まずなにをするべきかってことだが……」

 そこで俺も少し言葉に詰まってしまう。ようするに、わかりやすい悪役が必要なのだ。これを倒せば『復讐完了おめでとう』というような……。

 とはいえ、これは受験勉強などとは違う。答えなどない問いである。

「とりあえずは訓練と並行してその情報を集める必要があるな。だがどうやってだ? 一つ目の案、こちらから向こうの国に忍び込んで情報を探る」

 俺はそれを口にすると、パルナはわかりやすく顔をしかめた。

「それは難しいですね、まず向こうに行く手段がありませんし、師匠も見たように、あの国は住人は人間ではありませんから……目立たず潜入するのも一苦労です」

「まあそうだろうな……なら二つ目だ。次に来た刺客をなんとかして捕らえて情報を引き出す、というのはどうだ?」

 だがその言葉に反応したのは、パルナではなく協会のエージェントの方であった。

「ふむ、それについてはつい今さっき本部から最適な連絡があったぞ。残念で厄介なやつだがな」

 それまでスマートフォンを操作していた翼が、深刻で、それでいてどこか清々した顔でこちらにそんなことを口にした。しっかりとこちらの話も聞いていたらしい。

「なんだ? 今の話と関係あるやつか?」

「ああ、まさに貴様の今の話にぴったりな話題だ。心して聞けよ」

「なんだよ、もったいぶって」

「どうやらあの烏丸堅が、あちらの国に雇われているらしい」

「はあ!?」

 先程までの余裕もどこへやら。

 唐突に出てきたその名前に、俺はただただ驚きの声をあげてしまった。

「誰ですか? そのカラスマツヨシとは。お二人の反応を見ると、どうも凄い人物のようですが」

「ああ、とんでもない奴だ。俺の大学の同期で、一番凄かった奴だ……」

 烏丸堅。俺やこの相馬翼と同期の、堀川ゼミ出身の陰陽師だ。

 あの世代の堀川ゼミは百年に一人の逸材が三人も揃った『三神童』のゼミとして界隈でも知られており、烏丸堅は相馬翼、北条曜子とともにその三神童として肩を並べた傑物である。

 だが元々末端の家系出身で家柄の基盤や後ろ盾がなかったこともあり、卒業後は協会の採用試験すら受けず、フリーの陰陽師になると言い残してそのままどこかへと去っていった。

 ある意味で立場としては俺と同じようでもあるが、向こうは己の腕で独立した本物のフリーである。コネと家系に助けられている俺と比べることすら烏滸がましい。

 卒業後いくつか耳にした噂によれば、海外で呪術師と傭兵の間の子みたいなこともしていたらしい。

 その烏丸が、今度は俺たちの相手となるあの国に雇われたというのだ。

「まあ、術の力というならあのゼミでもトップだったな。単純な戦闘だけなら私の方が上だったが」

 張り合うように翼が言葉を続けるが、それでも、戦闘以外については向こうの方が上というのを認めざるを得ないといった口振りである。

「それで、そのカラスマという人物は師匠よりも優秀だというのですか」

 パルナがそんなことを聞いてくるが、俺には、彼女の望むような答えを返すことは出来ない。

「俺なんかと比べること自体が間違ってるというべきだろう。ゼミで俺はあいつになに一つ勝てなかったんだよ」

 俺がそんな絶望を思い出していると、翼が苦笑しながらフォローを入れてくる。

「まあそうは言っても、烏丸も結局は貴様という存在があっての成果だったがな。まああのゼミは私も含めて皆そうだが」

「ふん、どうせ俺は踏み台だよ」

 俺が拗ねたような声を出すと、翼はただ呆れて首をすくめて見せた。

 ここまでが、俺のゼミの話の定番の流れである。

「それはさておき、実際、烏丸が相手というのは、考えようによっては都合がいいかもしれないな。少なくとも、話のチャンネルにはなる」

 烏丸がなにを考えて向こうに雇われたのかはわからないが、少なくとも、こちらと向こうの事情両方に明るいのはとっかかりとしてありがたい。

 だがそんな俺を見て、翼は呆れたようにため息をついた。

「ハァ、随分と呑気なことを言っているな。貴様はずっとそうだ。烏丸がなぜ向こうについたのか、少しは考えたほうがいい」

「どういう意味だ」

「わからないか……まあ貴様はそういう奴だ。全ては烏丸から直接聞け。私が言っても仕方のないことだ」

 翼はそれだけいうとまた大きなため息をついて見せた。

 さらに問い詰めようと思った、その時だった。

「……これは?」

 突然生じた違和感に、俺は思わず立ち上がった。

 当然なにが起こったのかわからず、パルナも翼も俺に不思議そうな視線を向ける。

「どうかしたのか?」

「結界になにか引っかかった。どうやら、敵さんのお出ましらしい……が、どうも様子が変だ。見に行こう」

「はい、師匠!」

 俺が慌てて庭へ向かうと、他の二人もあとを付いてくる。

 結界を突破できるほどの力はないようなのでそこまで緊迫した雰囲気ではないが、放っておくわけにもおくまい。


 庭に出てみると、屋敷の上空を一匹の白いカラスが円を描きながら飛び続けていた。

「あれは……式神か?」

「ああ、しかもあの白いカラス、間違いなく烏丸のものだな。早速向こうから仕掛けてきたってわけか」

 カラスは俺に気が付くと、術が解除されたのか空中で砕けるように紙束となり、その紙束が俺たちに降り注いだ。

「単なる偵察だったのか? いや、これは……」

 落ちてきた紙を一枚手に取ると、そこには四角い、白黒の奇妙な紋様がされていた。

 まず、大きな四角形が一つ。

 そしてその三つの隅に小さな四角いマスが配置され、それ以外の四角の中には角張ったまだら模様が線のようにうねっている図だ。

「これも、何かの術でしょうか……?」

 紙を見たパルナがそう尋ねるが、俺は小さく首を振った。

 なるほど、たしかにそう言った記号に見えるのももっともだ。

「術……まあ、ある意味ではそれに近いが、もっと機械的なものだな。これは二次元バーコード、この世界の情報技術の粋の一つというべきものかな」

 式神を使ってこんなものをばらまく。いかにも伝統や格式に捕らわれない烏丸のやりそうなことだ。

 果たしてこのコードの中には、いったいなにが収納されていることやら……。

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