第16話
とりあえずそのまま翼を客間で座らせて茶を出し、これまでの経緯を話す。
パルナのこと、彼女の国のこと、刺客のこと。
それを聞く翼はいかにも不満げで、俺の言葉が終わるなり、すぐさま話を切り出してきた。
「なるほど話はわかった。このパルナという少女は、行方不明になっていたこの家の長兄の異世界での娘だと、そういうことなのだな」
「まあ、そういうことだ」
翼はずっと怪訝な顔をしているが、そうとしかいえないんだから仕方がない。
「……まあそれはいい。こちらにはそれを否定する材料もないからな。そうか、姪か。貴様もおじさんというわけだ」
「君もそれをいうか」
俺が苦笑し、翼もしてやったりと笑う。
だがその顔はすぐに真剣なものに戻り、本題を切り出してくる。
「それで、その話が本当だとして、いったいこれからどうするつもりだったんだ?」
「どうするというと?」
俺がそう尋ね返すと、翼の表情が露骨なほど不機嫌な怒りに染まった。
「決まっている、彼女の今後についてだ。パルナ嬢の国を滅ぼした相手が、今度は彼女の身柄を狙っているのであろう。貴様はそれに対して、このままずっと戦い続けるつもりなのか?」
「……まあ、そうなるな」
問い詰められても、俺にはただそう答えるしか出来ない。
無言の視線が俺を刺すが、俺はただそれに抗うのみだ。
「パルナを見捨てるわけにはいかないだろう。故郷を滅ぼされて、見も知らずの親戚を頼ってここまで来たんだぞ。それを知るかと放り出したりなんかしたら、葛城の家の名が廃る。それになにより、そんな人の心のない生き方を選ぶなんて、俺個人としてもごめんだな」
これはパルナの話を聞いてから一貫して主張し続けていることだ。
しかし翼は、俺の言葉に巨大なため息をついてみせた。
「はぁ……、貴様、それがどういうことかわかっているのか? 貴様の都合で、異世界の侵略国家と戦争になるかもしれない事態なのだぞ。貴様にその責任を負いきれると思っているのか?」
切れ長の目が冷ややかに俺を射抜く。
指摘されるまでもない、過酷な現実だ。
だが、本当により過酷な状況に置かれているのは俺じゃない。
「申し訳ありません、私のせいでこんなことに……」
俺より先に言葉にして頭を下げたのはパルナだった。
この事態の最大の当事者。
故郷を失い、両親を失い、行く場所もない一人の少女。
そんな彼女が自分たちを頼ってきたのなら、出来得る限りのことをしようと思うのが、俺の精一杯の誇りだ。
しかしそれも、翼や陰陽師協会にとってはまったく関係ないことであるのもまた事実だった。
「貴方には申し訳ないが、これはこの世界全体の問題にもなりかねないことだからな。少なくとも、この男に決めさせていい問題ではない。私個人としては見なかったことにしてしまいたいというのが本心だが、もはやそうも言っていられまい。貴方の身柄を一時的に預かり、それを持って相手方との交渉をするという形を取らせてもらいたいが、受けてくれるかな?」
「お断りだ」
パルナより前に俺が答える。
「交渉をするにしても、協会にパルナの身柄を渡すというのは反対させてもらうぞ。それこそ国家間の問題になり、パルナの意志が消されてしまう。それにおそらくだが、あちらさんはこっちと……少なくとも地球を敵に回した戦争をしようなんて考えていないと思うがな」
正直にいえば、そこまで心配する必要はない、というのが俺の分析だった。
「ほう、随分と無責任な意見だな。まあ貴様がそこまでいうからにはなにか根拠があるのだろう? まずはそれを聞かせてもらおうか」
不服な雰囲気をむき出しにはしつつも、翼は俺の考えを提示するように求めてくる。その程度の信頼はあるようで、それについてはありがたい限りだ。
「最初に言ったとおり、既に一度あちらからの斥候が来て、一戦交えたんだよ。今日の霊力磁場の異常もおそらくそれの影響だ。で、その時の印象だが、あのレベルが斥候の平均なら、こちら、ようするに地球の陰陽師とのレベル差はかなりのものになると見ていいだろうな。もちろんこちらの方が上だ。正直にいえば、あちらの国はそう大したことはない。向こうもそれを実感したはずだ」
あのワトとかいう戦士には悪いが、それが俺の考えである。
そしてそれを聞いて、翼も少し表情を戻す。
「ふむ、まあ貴様が実際に戦った上でそう考えるということはそうなんだろうな。しかし、それで向こうがなにもせず黙っていてくれるのか?」
「もちろん、ただ黙って諦めてくれるなんてことはないだろう。だが、戦争なんて大事にはしたくもないということだ。それではパルナと天秤にかけた時にリスクとリターンが釣り合わなさすぎる。この手探りな初動から見てもそれは明白だ。あちらさんはおそらく、実際にはパルナの確保にはそこまで本腰を入れてないし、今のところそんな余力もない。なので向こうからの接触があるとすれば、こちらと事を構えようという強硬的なものよりは、自分たちの動きに対してこちらでの不干渉を求めてくるんじゃないか? あくまでこれは連中とパルナの国の二国間の問題であり、連中だけでパルナの件の処理をする、という感じだろう」
「うーむ、そういうことか……」
俺の言葉を聞いて翼の顔に浮かんだのは、先程までとはまったく異なる、納得したようなしないような、曖昧な表情だった。
「なんだ、なにか思い当たることでもあるのか?」
「いや、ここに来る前に本部の方に何かそういったコンタクトがあったらしい。おかげで本部のほうはてんてこ舞いだ。私は関係ないと思って早々にこちらに出てきたのだが、どうやらもう動きはあった後らしいと思ったのでな」
そして翼は俺を見て、挑発的に笑いかけてくる。
「それで、貴様はどうするつもりだ。もし我々が向こうの不干渉を飲むとして、このまま葛城の家だけでその姪子のために戦争をするつもりか?」
「そうだな……、そうするしかないだろうな」
まあ、それが俺の想定ではあった。
もちろん、まかりなりにも他の国を攻め滅ぼすような国家と戦争を続けるなど無理に決まっているので、どこかで落とし所は作らなければならないが、パルナを守るくらいならなんとか粘りきりたいところではある。
横目でパルナの顔を伺うと、なにかを言いたげに口を結んでいたが、それでも、彼女は今はただ黙っていることを選んでいた。
「整理しよう。ようするに問題は『パルナの価値』だ」
そして、パルナ自身の気持ち。
この膨らんだ『戦争』をどう切り落として処理できる形にしていくか、それが今から俺が考えていくことになりそうだ。
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