第14話
刺客との一戦を交えたことで術の特訓は出鼻をくじかれてメチャクチャになってしまったが、それでも、成果は大きかった。
「よし、感覚を忘れないうちに『小蝶舞』を仕上げてしまうとしよう」
鉄は熱いうちに打てという言葉もある。感覚が残っている間に、それを掴んでしまうことが上達の秘訣だ。
それから部屋に戻り、しばらくは術の練習である。
しかしこういう事をさせると、パルナは本当に才気に溢れた少女であることを実感する。
「ほら、ほら、どうですか、もう完璧じゃないですか!?」
その言葉はまごうことなき事実だ。
俺の周りには大小様々な紙の蝶がその羽をはばたかせふわふわと舞っている。それはつまり、紙の大きさに合わせて霊力の加減を調整する技術があることにほかならない。わずか一時間ほど前に『小蝶舞』を知った少女が、既にこの域に達したのだ。
一度『正解』を掴んだら、あっという間にその技術を自分のものにしてしまったわけである。もう既に俺の想像の域を飛び越えつつある。
「ああ、君は本当に凄い」
あまり褒めすぎても調子に乗ってしまうのではとも思ったのだが、それでも、俺はただ純粋に、パルナの能力を褒めるしかなかった。
ここにケチをつけるなど、どれだけ傲慢な振る舞いだろうか。
そしてそれと同時に、これからのパルナに教えていくべきことを考えてみる。
もちろん、他の様々な俺の使う術を教えていくのが一番堅実なのだとは思うが、それだけではもったいないという気持ちが、俺の中で芽生えつつあった。
俺ごときが、この才能の未来を決めていいものか。
今のパルナほどではないにしても、塾で講師をしていても稀にそういう場面に遭遇することはあった。こんな地方都市の片隅にも、それだけの才能を持つ存在が現れることはあるのだ。
そんな時、塾なら玄さんと相談も出来るのだが、パルナは俺以外に頼れる人物がほぼいないのだ。いや、婆さんもいるにはいるが、正直、あの人はあまり当てにしたくはない。荒事では頼りにはなるが、人を教えるにはあまり向いていないのだ。特にパルナのような若い芽にはだ。
なので俺が、今のパルナに必要なものを考えてやる必要がある。
立場としては俺が師匠でパルナは弟子ということになっているが、これはあくまで二人三脚だ。彼女が走るスピードに、俺も必死についていくしかない。
「それで師匠、次はどういう事をすればいいですか?」
もちろん、この弟子は自分の才能がどれほどのものなのか、まだハッキリとは理解していない。自分の力に対する自信はあるだろうが、それがどのようなものなのかまではわかっていないのだ。
そのためにも、今は俺が必要なのだ。
「そうだな、今回は俺が前に立って戦ったが、この先は君が戦うことも多くなるだろう。なにしろあいつらの狙いは君だ。君も、ここでおとなしく引きこもっているつもりもないのだろう」
向こうの狙いがパルナである以上、パルナにはそれに対抗するだけの力を身に着けてもらわなければならない。あちらからの『根回し』の可能性のことも考えると、俺たちだっていつでも側についていられるわけでもないのだ。
最低でもワトくらいなら一人で撃退できるくらいまでにするのが、まずは手っ取り早い目標となるだろう。
「そうですね。確かにこれは私の問題です。でもいったい、私は何をすればいいでしょうか……」
悩めるパルナに対し、俺は人差し指を立てて小さく自分を指し示すように振る。
「それを考えるのが俺の仕事なわけだ。まあシンプルに絞っていくと、君がこれからするべきことは、戦闘の仕方を身に付けていくことになるだろうな。ポイントを大きく三つに分けるなら、相手と対峙した時の戦い方の基礎。相手を攻撃する時の術や力の調整。受け、つまり防御に回った時のダメージの減らし方。まあ、このあたりだな」
単純なことではあるが、おそらくパルナにはそのどれもが備わっていない。経験がない、といったほうがより実情に近いだろう。
そういう意味で、ワトとの戦いを目の前で見られたのは大きかった。
戦いの空気を肌で体感しているかいないかは、この先の指導でもまったく感じ方が違ってくる。
そんなわけで先程の実戦も踏まえ、俺とパルナは再び庭に出て訓練に励む。
いよいよ実践編となるわけだが、そこで俺が最初に選んだのは、パルナの出力の調整だった。
「とにかく、まず君に必要なのは攻撃手段を増やすことだ。現状ではあの全力で出した光の玉をぶつけるだけしか出来ないのだろう?」
「それはまあ、そうですね……」
「もちろん、あの一撃で決められれば問題はない。だが、あのワトと名乗った敵の動きも見ただろう。これから敵と戦うというのは、ああいうのを相手にしていく必要があるわけだ」
それを聞いたパルナが、覚悟を決めたように拳を握った。
ワトはおそらくスピードに特化したタイプで、あれ以上の動きをする奴はそうそう来ないとは思うが、基準をあのレベルに置いておくのは今後を考える上で有益だ。
あれを見ておけば他はどうとでもなるだろう。
「ひとまず、あのステッキを出してみてくれないか。そこからどういう事ができるか考えていこう」
「わかりました『マジカ・ブーシ』」
パルナの術で、無から奇妙な形のステッキが現れる。
ピンク色で艷やかな無機質さを持ち、先端に金色の輪が据え付けられている。おそらくこの輪の中に霊力を集める仕組みなのだろう。
それにステッキ自体からなにか神秘的なオーラが出ている気がする。
間違いない、これは呪具だ。
「ところでそのステッキは、俺も触って大丈夫なやつなのか?」
パルナの手にそれが収まったを確認して、俺はまずそれを尋ねる。
この手の呪具は、持ち主以外に対して文字通り呪いじみた効力を持つものも多くあるのだ。
触れると衝撃が走って持っていられないようなシンプルなものもあれば、そこに宿る負の力で取り殺されてしまうものもある。そこまでではなくても効力などが低下してしまうものもあるし、扱いが難しいのだ。ある種の精密機器みたいなものである。
そしてどうやらパルナのそれも、あまり良くない逸品であるらしい。
「うーん、大丈夫ではないと思います。なにしろ王家秘伝のステッキなので……。少なくとも、私がこれを受け取るときには幾重にも魔法による契約を重ねましたし、他の人に触らせてはいけないとキツく言われましたので……」
「そうか……」
パルナがここまでいうということは、おそらくその言葉はすべて事実なのだろう。
そしてそれは、このステッキ自体に相当な能力が秘められているということも示しているといってもいい。
「でも、別に君が魔法を使う時には、必ずそのステッキが必要というわけではないんだよな?」
実際、俺の教えた『小蝶舞』も別にステッキを取り出すことなく使えていたし、魔力そのものはパルナの中にあるのだろう。
となるとこれは武器、あるいは魔力をより攻撃的なものに変換する装置ということだろうか。
「そうですね、このステッキは護身用としていただきましたから、私自身の魔法には関係ないですね。もう少し使い方がわかればいいのですが、詳しいことを聞く前にこんな事態になってしまったので」
「なるほどな……」
パルナ自身、このステッキの本質を理解していないというわけか。
となるとやはり、一度俺自身の手でしっかり確認しておきたいところではあるが、さてどうしたものか。
まあ、今ここでうだうだ考えても仕方のないことなので、ひとまずはパルナにできることをしてもらうことにしょう。
「術に込める魔力のコントロールは、もう分かるよな。さっき『小蝶舞』でやったようにすればいいんだ」
「はい、大丈夫です。やってみます!」
いいながら、パルナはこれまでよりもかなり軽い霊力の塊を創ってみせた。
このあたりのセンスはさすがとしかいいようがない。応用力もあるし、俺がひとつ教えたことをすぐに他にも適応してみせている。俺は思わず指で小さく円を描いていた。
「よし、それじゃあその光の玉を一発撃ってみてくれ。ああ、今回は俺じゃなくてあの案山子でいいぞ」
標的として示したのは、庭の隅で構えを取る案山子の式神だ。
「わかりました。いきます、『マジカ・ダンガ・ハシッ』!」
ステッキを振るい、光の塊を飛ばす。
だがこれまでと異なり、その大きさはかなり小さい。
塊が案山子の肩に当たると光が弾け、そこに抉れた痕を残す。
「あ、あの、大丈夫ですか、あれ……」
パルナは自分の攻撃の威力と結果を見て、少し驚いたように俺の顔を伺う。
もちろん、このくらいのダメージはなんの問題もない。こいつはそのための式神なのだ。
「ああ、案山子の方は心配ない。使われている術の方はオーバーテクノロジーだが、外傷の修理はしょせんは案山子、簡単なもんだよ。それより君はどうだ? 疲労感とか余力はあるか?」
威力と大きさを下げたところで根本的な消耗が変わらないのなら意味がない。
術の中には、どういう形でも一定の霊力を持っていくタイプのものもあるので、ここは確認しておきたいところだ。
「あ、はい、私の方は大丈夫です。ただ、ステッキは少し時間がかかりそうな感じはありますね……」
「なるほどな……」
どうやら懸念は的中したらしく、発射に一定量の内蔵された霊力を使ってしまうタイプらしい。結局連射はできないというわけだ。
しかし、それではあまりに使い勝手が悪い。王家秘伝の呪具がそんなに不便なものだろうか。なにか見落としがある気がする。
「その間に霊力を溜めておくことは出来たりしないか? 一発撃ってハイお休みだと、ちょっと戦闘では厳しいからな、他にできることは探っておこう」
しかし、それを考える時間は与えられず、また別の問題が葛城の屋敷にやってきたのである。
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